37・連休
お家に帰る。そんな目標を掲げ自分は歩みを進めていこうと決めてはみたものの、まぁ何か行動を起こすかと言ったら何も起こすことができないというのが悲しいところ。
日々を懸命に生きるというだけで人間は案外あっぷあっぷなものなのだ。
たとえば、朝起きたら吸血鬼兄妹が群がるように自分の部屋で朝ごはんを待ってたり。
たとえば、なぜかわからんがやたらムー君に懐かれたりだとか。
たとえば、王子様に狙われて追い回されたりだとか。
そうそう、あの触手の木から剥ぎ取った素材を売ってお金もいっぱい手に入ったよ。仲介料で半分くらいギルドに持ってかれたけど。絶対あの組織腐ってる。
あとは……あぁ、恒例の、戦闘後のお姫様によるお叱りタイムも発生した。あれから三日後くらいに。
というのもだ、その理由は、うん……あの紅色騎士様が街に侵入したからですよ。いろんなところをウロウロして怖いと苦情が来たからです。
はい、だから今回は自分の他にもムー君とシルバちゃんも一緒に怒られました。仲間が増えたよやったね。
まぁ城に入れないよう撒いてきた努力は認められたのでそのお叱りもすぐにおわ……あ、そういやまだ誰にもあいつの中身が空っぽで人じゃないんだっていってないや。あとでお姫様かゼノアあたりに伝えとこ。
ま、という風な、濃いんだか薄いんだかわからん毎日を自分は過ごしたわけですよ。
そして迎えた今日という日。それは非常に記念すべき日。
そう、自分が完全オフの日である。しかも二連休。
そしていま自分の手元にはお金がある。これはショッピング待ったなしではなかろうか。
「という訳で誰か暇な人いないっすか?」
そんな訳で今日も職場もといお姫様のもとへと赴き誰かお供を募るのであった。
……いや、真面目な話一人で買い物は問題が大きすぎるからね。
地理わからん、文字わからん、通貨価値もわからん。そこにさらになるだけ正体隠せというね。数え役満かな?
という事を伝えた上での先程の発言だ。実に情けないほど理にかなった願いだと思うのは自分だけかね?
「ちなみにナルミはなにが欲しいのだ?」
お姫様がそう、ミミリィ隊長を盤上で追いつめながら聞いてくる。ルールは知らん。が、ミミリィ隊長のしっぽを見ればわかる。落ち込んでいるな。
あ、ちなみにここにはお姫様とミミリィ隊長、スゥ君とテトラ君と夜勤明けなのにお姫様にいじり倒され三つ編みでベッドに転がされてるシルバちゃんがいる。かわいそう。
しかし欲しいもの、ねぇ。
「欲しいもの……あー、美味しいもん食べたいし、服や日用品もそろそろほしい」
服とかはこっちの世界のは持ってないしね。
というか基本何も考えず外に行きたいと思っただけだから何が欲しいとか考えてなかった。
「剣とか盾とか、そういうのじゃないんですね」
「え? いやよそんな血なまぐさいの」
スゥ君の言葉にそっけなく返す。いや、そんな顔されても、ホントに要らないってか使えないから。
そもそも自分にこれ以上戦闘力持たせてどうする気だお前ら。
「とりあえず自分は武器を持たない主義なの」
「あの凶悪なスコップ振り回してる人が言う言葉ですか」
……いや、うん。そんな強いかな? 確かに自分、君らと訓練なりなんなりするときスコップ振り回してることもあるけどさ。ほかにない場合の応急処置であって、そんな、うん……ほんと結構強いのよね、スコップ。
塹壕戦最強武器の理由がよくわかったよ。技量が低くても扱いやすい。
「……でも考えてみたら、道理だな」
「え? なにが?」
あ、お姫様にため口……黙ってりゃ気付かれん。
「あのスコップ以上の武器はそう見つかるまい。何か能力がある武器を手にしたとして、魔力を持たないナルミならただの打撃武器になる。なら、ただ打撃のみに特化している能力もないあれを最初から使ってた方がいいだろう」
しみじみとお姫様が言う。そしてそれを聞いて、納得したようにスゥ君が口を開いた。
「あ、そうか。そう考えるとそうですよね。そういう理由であれを使ってたんだ。そういえばいつも使う変な術も魔力に寄らないものですしね」
他に選択肢がなかったからです。あと一時のブームでスコップ戦闘術を近所の兄ちゃんにみんなで教わったことがあるからです。その兄ちゃんも動画で学んだだけだがな。
でも納得してるようならそれでいいや。お口チャックする。
と、やってるうちにスゥ君がウサ耳を揺らしながらこちらへ近づいてきた。
顔が近い。お前女の子みたいな顔してるんだから近づくな、勘違いする。
「……逆に先生に聞きたいんですが、そういうただ『斬る』という事に特化したナイフとか、ないですか?」
ねぇよんなも――あ、うーん。
「……ん」
そう言って取り出すは白と黒の15センチもないカッターナイフ。
まさに『切る』ことに特化したナイフだ。ただし切れ味は保証しない。100均製だからな。
「なんだこれ」
「うぉっ!?」
び、びっくりした。お姫様いつの間に後ろに。
「これはどう使うのだ?」
「あー、これはここをこう持ってですね」
そう言ってチキチキとくすんだ金属色の刃を伸ばすと、二人からちょっとだけ歓声が上がった。
「結構薄いな」
「変な形ですね。借りても?」
「どうぞ。切らんように気ぃ付けてな」
と、スゥ君にカッターを手渡してはたと思う。何しにここに来たんだっけ?
えっと……そう、買い物にいこうとしてたんだ。それでお供を探してたんだった。
なんでこんなことしとるんだか。休日に職場へとやってきて上司の機嫌を取る。社畜かな?
というかこれあげたとして、カッターなんて消耗品なんだから武器として使うのは問題しかないよね。そもそも以前に折れやすいよう設計されてるし、絶対向かない。
だったらもっと――
「痛った!!」
「ちょ、スゥ指! こっち向けろ今治す!!」
あースゥ君やらかしたな。気をつけろ言うたのに……おい。
ちょっと、それ切れすぎじゃない? 人指し指がバックリと行ってて血がドクドクなてってんだが。
いまここにお姫様がいなかったら結構危ない傷だぞ。
「スゥ君、お前なにした」
「ち、ちょっと刃先を触れてみたらスッと……すいません」
彼はお姫様が手から放つ光に傷を当てながら本当にすまなそうな顔で謝ってくる。
いや、そう謝られても、この場合自分が悪いんちがうんか? こう、こんなことになると想定せず渡した自分が。
「いや、こっちこそごめんね。こんな危ないもの渡して」
言いながら彼が落として床に転がる血に濡れたカッターを拾……おうとして傷ついてない方のスゥ君の手にとられた。
「……へい、パス」
右手を出して返せの意思表示。しかし彼はカッターをしっかり握りしめて渡す気配は微塵もない。
「僕このナイフ欲しいです」
これまたどストレートな。
「そういう消耗品に命を預けようとかしない」
「ナイフは基本的に消耗品ですよ?」
「にしてももっとちゃんとしたの使いなさい」
「『切れ味』と言う点でみればこれが今までで見た中で一番ちゃんとしたものですよ」
スゥ君はまっすぐこちらを、嘘混じりけのないしっかりとした瞳でこちらを見つめる。
……どうしても返す気はないようで。まぁそこまで言うならいいけども。それ100均のだし、530円の高い方はこっちにあるし。
「……ほれ」
「これは?」
「刃の換えだよ。だめになったら換えなさい」
プラスチックの細長い箱に入ったそれは全部で……何枚だろ? 何回か換えたから10枚ではないのは確かだ。
「……これって」
「あぁ、ちょい貸して」
「はい」
自分は受け取ったカッターのお尻を外してカッターの刃を取り出し……先っちょに血が。
「……まぁ、うん。こうやって取り替えてね」
血をぬぐい取って刃を戻す。
なんだろうね、人間がステータスをバンプアップされてるのと同じように、色々な物の方もステータスが上がってるのかしら。
「あ、ちなみに先っぽがだめになったらこうやってちぎってね。折れやすい構造だから、使うときはミシン目二つが出るか出ないかくらいで使ってね」
ついでにカッターの刃先も折ってからスゥ君へと手渡す。
……渡して思ったが、本気でこれに命預けるとか言ったことせんよなこのウサギ。
「ありがとうございます」
あ、この様子はホントにそんなことしそうだ。
「……真面目にそれ、戦闘面で期待せんでよ? とか使うなよ? ほんっとにただ『切る』だけで、それも紙とかそういうのだけだからな? さっきみたいに折れやすい構造しとるから生き物切るとか、防御に使うとかしたらほぼ確実に折れるからね?」
「……はい、わかりました」
こんなまじめな表情のスゥ君はじめてだ。やっぱこれを武器としてしか認識してねぇ。
「一度きりのものとして認識しておきます」
……やっぱこれを武器としてしか認識してねぇ。
「……やっぱ返して」
「それはできかねます」
まぁいい笑顔。これテコでも渡す気ねぇな。
「……それのせいで何かあっても責任取らんからな」
「なにかあったらそれは僕の技量不足のせいですので」
そうかい、ならいいけど。本気で自分はもう関係ないからな。
「……じゃぁそういうこって」
「はい、終わり」
自分とスゥ君の会話が終わるのを見計らったかのようなタイミングでお姫様がそう言って魔法を止めた。先程まで血が流れ出ていたスゥ君の指はまるで何もなかったかのようにきれいに……お前本当に男なん? 完全に女子の指じゃん。
「ナルミ。私もなんか欲しい」
……お姫様がなんか言ってる。いや、若干予想はできたがな。
「……なに欲しいんです?」
「なんか……凄いの」
ずいぶんふわっふわした要望で。
「そんな曖昧な希望では何を出したらいいかわからないので今回はなしということで」
「えー」
そうむくれない。お姫様ならこんなちんけなの欲しがらないでももっと、伝説の魔剣とかを集められるんでないの? 権力にモノを言わせて。
「……じゃあ凄い回復魔法使えるの」
そんなキメ顔で言われても。
「人間が魔法関連のアイテムを持っていると思います?」
「むー。じゃあ……考えておく」
お姫様はそう言って椅子へ戻りミミリィ隊長とのゲームに戻る。
まぁいくら考えてなにか言われようと適当言ってはぐらかすんですがねー。
しっかしカッター一つでこんな喜ぶとはね、あっちの世界のものはこっちなら価値があるんだろうか。
……あ、価値といえば、そうだ。調理器具買わなきゃ。結構いいの買ったのにあれ全部台所だからこっち持ってこれてないんだ。
あぁ、高い金払って買った圧力鍋……圧力鍋ってこっちにあるのだろうか? あれで豚の角煮作るとすごく柔らかいんだ。
「……あ、そうだ」
とか考えてるうちにカッターを回しながらスゥ君がこちらを向いて呟いた。
「それじゃあコレのお礼にこの後買い物に付き合いましょうか?」
あぁ、それはいい。
「そう? お願いできる?」
「ええ、ただ着替えたりするのでちょっと時間はかかりますが」
服脱いで着るだけならそんな時間掛からな……あー、全身に凶器仕込んでるからなこいつ。
……あ、着替え、そう、着替え。
「うん、いいよ少しくらい。で、お姫さまー、お願いがあります」
「ん? なんだ?」
自分の声に反応したお姫様は駒をクルクル回しながらこちらを向く。
その向こうではミミリィ隊長が凄い真剣な顔をしながら盤上を睨み付けている。どうやら戦局はよろしくないようだ。
……ま、自分にゃ関係ないですが。
そんな事より、だ。
「近衛隊のあの、制服みたいなの着る許可をください」
そう、自分は今ここにいる間ずっと詰襟を着させられている。顔隠して、フード被って、詰襟着て。正直暑い。
せっかくみんなと同じものをもらったのに、お姫様の命でそれを切ることを許されないのだ。
そしてメイドさん執事さんに囲まれてのこれは非常に目立つ。というか街中でも目立った。はずい。
「……それでいいではないか。珍しい装備で非常にいいものじゃないか」
基準そこか。
「正直この集団の中でこれは悪目立ちする」
「別にあれを着なければならないという訳ではないぞ。仕事さえできれば何でもいい。姉様の近衛には常に上半身裸のアホがいるから、それと比べたらそれは非常にいいものだ」
そんな変態といっしょにすんな。
というか、あれだよ。自分がこう、別の服が欲しいのは暑いとか目立つとかもそうだがその……うん。一着しかないってのが一番の問題なのだ。
「……そういう問題じゃないんだよなぁ」
自分のいつにない真剣な声に、シルバちゃんを除くこの部屋の全員の視線が集まってくる。
ちなみにシルバちゃんはいつの間にかうつ伏せになって転がっていた。息できるのか?
「……なんだ? もしかして呪いの類でもついている、とかか?」
珍しく真剣な口調のお姫様。
「しかしそのような力は感じられませんが」
同じく真面目に目を光らせるミミリィ隊長。
彼女らの真面目スイッチは案外入りやすい。
「いや、ミミリィ、それは私たちの尺度の話だ。なにせ人間の装備だ、魔力に寄らない『なにか』があったとしたら――」
いでも、いや、勝手に話大きくしないで。
「そんな物騒なものではないですので安心してください」
「じゃあいったい何なのだ」
う、うん。それは、凄く言いにくいんですがね?
「……一着しかないから毎日着てたらコレ、多分臭うんですよ」
ね、正直消臭剤も限りがあるからこれはのっぴきならない問題……ごめんなさいミミリィ隊長。無言で少し後ろ下がるのやめてもらいます? 素直に傷つく。
「……まぁ、許可しよう」
そしてお姫様のその顔もスッごく傷つくんだ。




