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35・極貧注意報

「ここが、私のよく利用するお店です」

 そうシルバちゃんが若干上機嫌に案内してくれた場所は、街の大通りの端っこに居を構える小洒落たお店。

 何だろう、パッと見なんかレストラン的な雰囲気を醸し出してはいるがどこか違う、こうファミレス的な雰囲気ではなく……そうそう。街角にありそうな個人営業の洋食居酒屋のような、そんなお店。

 そんなそこそこの一等地にある噂のお店、その入口の上には堂々とした大きな看板でこう書かれていた。 

「……えりぇ、れ?」

「『夜明けの影猫亭』です。名前は有名な西方神話のアレから取ったらしいですよ。まぁ俺たちは長いからいつも『夜明け亭』とか『猫亭』と言ってますが」

 そう『夜明けの影猫亭』と書いてあるのだ。なんでも店主が有名な西方神話のアレに感銘を受けてそこから名前をとったそうな。アレってなんだろう。

 いや神々しい良い名前ではないか、うん、ごめんねムー君、こんなところでおバカ晒しちゃって。

 ただ今後とも語学のお勉強はあんましない。英語のテストで13点を取るという伝説を残した男に語学の勉強すれというのはどだい無理な話だ。その点数取った直後だってしなかったんだからな。

 で、まぁそんな通称『夜明け亭』であるが、見るとその立地のおかげかはたまた料理の腕がいいからなのかそれなりに繁盛しているように見える。

 窓からは人影がそこそこに動いているのもわかるし、開け放たれた扉の奥にはちらちらと変な格好をした仮装集団が……。

 ……毎日がハロウィン。それが魔法世界の常識なのだ。

「先生? どうしました?」

「……いや、入ろうか」

 まぁね、今更色々気にしたところで意味はないさ。さっさと飯食って帰ろ。

 それに自分もなんだかんだ人のこと言えない格好だし、こんなところで怖気づいてはいけない。ここに来るまでに何回まじまじと注目されたかわからんものな。学ランはこっちではやたら上質な服装に見えるようだし、何より近衛隊の面子を二人引き連れてるのだ。目立つなって方がおかしいしょ。

 この世界においては自分の方がマイノリティ、あの珍妙な集団の方がマジョリティ。なるみおぼえた。

 ま、郷に入っては郷に従えという言葉がある通り、それを自覚したうえで生きていくことこそが重要なのだ。

 と、いう訳で他人の視線なんて今はいい。世間体に悪いような人様に後ろ指さされるようなそんなことはしてはいないのだ。なので今回は飯だ飯。ごはんごはーん。

 そして中に入ってみると、なるほど最初の印象は間違ってはいなかったようで、まさにそこは小洒落た居酒屋のような雰囲気だ。ただ思ったよりレストラン寄りの気配はするね。

 まぁ酒煽ってる獣人だとかエビかじってる魔女だとか、そういうのの存在を除けばあっちの世界でもありそうなお店だ。

 ……あ、ウエィトレスさんに猫耳と尻尾がついてたりするのも今の時代あっちの世界でもありそうやね。うん。

「ここはある程度高いお店なのと店長が恐ろしく強いので、変な荒くれ者はなかなか来なくて落ち着いたいいお店なんです。私もたまにここに来たりしているんですよ」

「そうだな、ここら辺の冒険者はここの常連になれるくらいまでになるのを第一目標にしているようで、一種のステータスみたいなものですね」

「へぇ……」

 シルバちゃんとムー君が武器を横に立てかけ席に座りながらそういう話をしてくれはするが……なんだろう、普通の居酒屋違うんか?

 ……ま、今はそんなよその冒険者がどうのこうのなんてどうでもいい。それより飯だ、飯。

 あ、そうだ大事なこと忘れてた。

「で、ここのおすすめは何があるの?」

 そう言って机に置いてあったメニューを開き、そのままそっと元に戻す。

 いやだって反射的に取っちゃったけど文字読めないんだもん。写真ないんだもん。

「そうですね……マルコ牛のステーキとか?」

 ほう、ステーキ。うーん、いい響きだ。ステーキ、素晴らしい。採用。

「ん、んじゃそれで。あとこれもう服脱いでいい? 暑い」

「うーん、やめた方がいいかと思います。多分今以上に注目されながら食事するこになると思いますよ?」

 あ、そりゃ無理だな。ご飯はゆっくり食べていたい。

「……じゃあこのままでいい」

「はい。ムーは決まったの?」

「あー、少し待ってくれ。俺はまだ――」

 いやいかしあれだな、改めて見るとこの世界凄いな。

 あっちの世界なら考えられない光景がまるで日常のように……いや、まぁこれが日常なんだろうけどさ。とりあえずそこかしこに転がってるわけですよ。

 猫耳犬耳なんて序の口序の口。ほぼ爬虫類してる人型のドラゴンがかわいらしい角生えた女の子とイチャコラしてたり、上半身裸のちっさいおっさんが質量保存の法則ガン無視した量の酒を煽ってたり、変な仮面とフードにマントという不審者街道爆走中な三人組が仮面をずらして隙間から飯を食べてるというシュールなシーンが展開されてたり、よく見りゃ30センチくらいの妖精さんが数人がかりで宙を舞ってたり。ほんと、下手なアトラクションより見るものに溢れてるね。

「よし、俺は決めたぞ」

「相変わらずこういうの決めるの遅いわね」

「別にいいだろ」

「まぁ私はいいけど、優柔不断なの直した方がいいわよ」

「メニューくらいゆっくり決めさせろ」

「メニューだけならね。でもあれでしょ? 恋文出すか出さないか迷ってたら――」

「おいそれ誰から聞いた!?」

「スゥ以外にいないでしょう」

「くっそあいつ……」

 二人とも仲いいな。

 なんかこういう光景見てると、夏休み皆でファミレスに集まって宿題をやってた時を思い出すよ。懐かしいね。もう会えないけど。

「ったく。で、シルバはなににするんだ?」

「あ、私はナツマメパンでお願いね」

「わかった。おーい、注文」

 ムー君の声に反応して奥の方から『はーい』という掛け声の後にウサギの耳を装備したウエィトレスさんが駆けてくる。なんかますますそういうお店っぽいな。

「マルコ牛とナツマメパン、あと若鳥の香草焼きとブドウ酒」

「はーい。えっと、全部で……625ね」

 あ、先払い制なのね。

「ん、ほら。鳥と酒の分。他はあっち」

 ムー君が財布からいくつかの高価を手渡した。

「はいはい」

「えっと……うん、これ牛とパンの分丁度」

 同じくシルバちゃんも、革袋のような財布から効果を取り出しそれを渡す。

「はいはい、ちょとまってね……ん、確かに。それじゃちょっと待っててねー」

 それぞれからお金を受け取った彼女は、そう言っては伝票も置かずピョンコピョンコと奥の方へと消え――

「店長注文ー。あとなんかムーちゃん達がすっごい偉そうな変な人連れてるー」

「バカお前声下げろ」

「あ、はーい。でもすごい変なんだよー」

 ……なるほど。うん。なるほど。

 そんな偉そうに見えるか。なんかショックだわ。 今後の立ち振る舞いをば考えんといけんなこれは。

 そしてあとは――

「シルバちゃん、座っとき」

「しかし……」

「言わしときゃいいさ。気にしちゃいないよ」

 嘘ですものすっごい気にしてます。

 が、こういう時こそ事を荒立てない事こそ大人の対応というものだ。騒ぐと世間体に悪いし。

 ヘタレ、と言われたらその通りなのだがね。

「……そうですか」

 納得いかない、と顔に書いたままシルバちゃんは腰を下ろす。若干店の奥を睨みながら。

 なんだろうねこの娘。自分と会ってからまだ数か月にも満たないのに、なんというかこう、真剣になってくれてるというか、うん。

 いい子だね。貴族の出らしいし、きっと親御さんがきちんと教育してくれたのだろう。それか自分の餌付けが成功したか、このどっちかだね。ちなみに自分は後者だと睨んでいる。

 しかしどちらにしろ自分の為に動こうとしてくれたのは事実。そこは感謝せねばなるまい。

「ま、気にしちゃいないけど自分の為に抗議しようとしてくれたのは嬉しいよ。ありがとううな」

 自分がそう言うと彼女はちょっとだけびっくりしたような顔をして、すぐに俯きながらもじもじしだした。

「え、あ、えっと、そんな、その、どういたしまして……」

「あ、でもだからって今日は君のお財布に遠慮はしないからな」

 なんだシルバちゃんいきなりそんな脱力して。

 ……おいなんだムー君その目は。その『ないわー』とでも言いたげな目は。

「……なんね」

「……いえ」

 おい目を逸らすな。さっきのウサギさんよりこっちの方を抗議するべきと自分の本能が言っている。

「なにか言いたいこの――」

「兄貴!? 兄貴じゃないか!!」

 何か言いたいことあるなら言ってごらん、怒らんから。という言葉は、突如現れた野太い声に潰された。

 そしてその声の主はというと、今現在片手に瓶を持ちながらもう片方の腕で肩を組む形でムー君に絡んでいた。

 容姿としては細身の悪人面で、緑の髪をすべて立てて逆台形に揃えるというエキセントリックな髪形をしている。なんか角刈りをそのまま成長させたような、そんな髪型の酔っ払い。

「久しぶりだな兄貴! 元気かい!? 恋人できたか!?」

「……重い、離れろ」

「なんだ、やっぱり駄目だったか。ま、兄貴だししょうがないよな」

「黙れ、凍らせるぞ」

「つれないねぇ、っと」

 ムー君に突き放された酔っ払いはそう言うと近くの椅子を引き寄せて……おいこっちに参加する気か?

 べつにいいが、こっちに絡むなよ?

 自分は静かに飯を食いたいんだ。仮に絡んできても無視すっからな。

「で、何人に振られたんだい?」

「黙れ」

「何人? 二人? 三人?」

「……五人だ」

「あーそいつは残念。ま、呑もうぜ」

「まだグラスがない」

「ありゃりゃ、重ねて残念。で、兄貴、そこのお方は誰だい?」

 絡むな酔っ払い。

「彼は俺の――」

「はいはーい。ステーキとマメパンと鶏肉でーす」

 ……店員ちゃん、いくら猫耳かわいく揺らしたって空気読むスキルなかったらモテないぜ。いや料理が早く来てくれるのはいいけど、君、今話の腰をユンボで踏みつぶす勢いでへし折ったかんな。ほら、ムー君の顔見てみ、とても悲しそうな――

「酒は?」

「私の手は二本しかないの。まぁ尻尾で持ってるんだけど、はい」

「うむ、これがなくてはな」

 くっそ呑兵衛め。そのボトルを注ぐ直前に落として割ってしまえばいいのに。というか今昼間じゃねぇかダメ人間め。

 そんな会話の後猫耳ウェイトレスさんはバックヤードに消えていった。もういい。自分は肉を食う。

 そんな訳で運ばれてきた肉だが、それは白いお皿に一枚だけ、シンプルに盛られた400グラムはあるであろう大きさのステーキであった。付け合わせには白い根野菜のようなもののソテーと紫のコーンのようななにか。ステーキの部位としては脂の乗り方から言って自分が最初期待していたサーロインではなく、肩ロースであると思われる。

 脂も多く、身も大きい、程よく霜降りも乗ってることの多い部位である。しかしそんなステーキではあるが、そこから香る匂いはどこか嗅いだことのない不思議なものだ。恐らくは何かの香辛料だろうか、似た香りで言うなら八角あたりが近い。だが悪くはない。ステーキから香る肉の香りと自己主張しすぎないレベルの香辛料の香り。非常に食欲をそそられる。

 さらに見た目も焼き色がしっかりとついており、先程の香りと相まって視覚、嗅覚ともに自分のお腹を刺激する。

 まさに『肉』というシンプルな一品ではあるが、そのボリュームから食べ応えや満足感は十分すぎるくらいにあるだろうというのは想像に難くない。あまり年行った人からすればあれかもしれないが、17歳の若い身体からすればこの厚さ2センチはある一枚岩は大変魅力的な存在だ。我儘を言えばこれに米があればモアベターなのだが、まぁそこは我儘、我慢しよう。

 さぁ、ここまでくれば残すところはあとは味。見た目としては及第点を超える代物ではあるが、さてさて。その噂のお店のステーキの味はいったいどんなものなのでしょう。

 待望の時間である。その一口大に小さく切り取られた肉のかけら、それを満を持して口へと運ぶ。それは想像していたよりもずっと柔らかく、深みのある――

「あ、すいません先生」

 ……ちょっとまって。まって、うん、よし飲み込んだ。

「……ん、なんだいシルバちゃん」

「ちょっと席を外してもいいですか?」

「まぁ、うん、どうぞ。なんかあったん?」

「いえ、ちょっと知り合いがいましたので、少し顔を見せに行きたくて」

 あれです、と言いながら彼女が指した先にはなんかキャイキャイキャピキャピとした女子が三人。魔女っ娘だったり、盗賊ルックだったり、鎧着てたり。まぁ何ともバランスの取れたパーティーですこと。でもこの面子ならプリーストも欲しいところだね。

「行っておいで」

「はい、じゃあ何かあればお呼びください」

 そう言って彼女はその三人組の方へと歩いて行っ――

「キャー! え!? うそ! お姉様!?」

「お姉様!? お久しぶりです! なんでここに!?」

 ……見なかったことにしよう。

 あ、いや、でもやっぱひとつだけ突っ込ませて。お前『お姉様』って柄と違うべ。自分は焼身しながら特攻を仕掛けようとするお姉様キャラなんて認めんからな。

「可憐だ」

 そして酔っ払いが何か言ってるー。

「やはりランドルフのお嬢様は可憐で美しい。なぁ兄貴」

 うっとりと、恍惚としたような声。キモイ。

「ハッ、そうかもな」

 対してムー君は心底どうでもよさげに、鼻で笑いながら吐き捨てる。

「だろ? 兄貴は狙わないのか?」

「バカ言え、何度も言ってるだろう。俺は貴族と結婚するつもりはない」

 付き合ってらんね、とでも言いたげに視線を逸らしながら酒を煽るムー君。

 個人的に、貴族とかのちゃんとした身分の人からしたらむしろ昼間っからお酒煽る君らの方がむしろご遠慮くださいなのではないか、と思ってしまう自分がいる。

「相変わらず変な意地張るねー。金も地位も思いのままだろうに」

「ふん。俺はああいう煩わしいのは好かん」

 お酒片手だと説得力ありますね。

「相変わらず面倒くさいこと言って。そして相変わらずお嬢様はいい女だ」

「……まぁ、そうだな。俺は狙わないが、そうかもしれんな」

 子のムー君のセリフだけはどこか遠慮してるような、言葉を選んでるような気配があった。

「あぁ、本当に、可憐で愛らしく、美しい。あんな女を一度は抱いてみたいものだ。あの小さい尻を揉んでみたい。成長しかけの胸もいい。メイド服のまま押し倒してみたい」

 エロおやじ拗らせたもてない男の妄想まんまやね。

「なぁ、師匠の旦那もそう思うだろう?」

 しっかしなー。まぁ彼女も見た目は凄くかわいらしい部類だし――

「おーい、旦那―」

 うん?

「なに、旦那って、自分のこと?」

「兄貴の師匠と言ったら他に誰がいるってさ」

 あー、いつの間に話してたんよ。って、自分が肉に見とれている間か。

「ごめんなさい、気付かなくって。で、何です?」

「あの可憐で美しく清楚なお嬢様を男として征服してみたいよなって話」

 さっきより妄想がひどくなったんだが、まぁいい。

 しかし可憐で美しく清楚、清楚、清楚……清楚。

「……あれが?」

「ん? どういう意味だい旦那、何かあるのかい」

 あ、つい声に出てしまった。いや、まぁ、うん、あれだ。

「いや、なんでもないですよ。そうだね、その通り――」

「何か思うところあるのなら言ってみてくださいよ。先生のシルバの評価がどうなのか、俺も気になります」

 わーおムー君も敵に回った。どうしよこれ。まさに口は禍の元だね。ねぇそろそろ肉味わってもいい?

 というかこっちの世界と自分とは判断基準に違いがだな。

「俺らだけの秘密にしますから、誰にも言いません」

「そうそう。ほら旦那、言っちゃいなよ」

「あ、酒呑みます?」

 こいつら、めんどくさい大学生か。まぁそんな悪口とかでは……ニアピンだけど、まぁいいか。あとムー君、やめろ。話すからやめろ。

「わかった、わぁかったから。あとお酒いらない、苦いの嫌い。むしろお冷ほしい」

「そうですか」

「で、どうなんだい旦那。旦那の中のお嬢様の評価は」

 そうね、自分から見たシルバちゃんね。うん。

「……確かにかわいいけど、結構、子供っぽいよね」

「は?」

 批判する訳とは違うが、可憐だ美しいだ清楚だと言っていたけど、どっか子供っぽいというか、ねぇ。あとあざとい。

 主に空腹に任せて血を吸い過ぎたり、火傷しながら敵を燃やそうとしたりと、やることが割と全体的に浅はかというかなんというか、短絡的? そんな感じ。見てるこっちがハラハラするし、何より実害被ってるからね自分。

「育ちがよくてきっちり教育されてるのはわかるけど……可憐で清楚とは違うね。どっちかってーと快活で元気な、天真爛漫系? あとあざとい」

 まぁ悪い子だとは思ってないけど、早々にどうにかしなかったらいけないかもな、とは思ってる。自己犠牲精神旺盛なところも、利点であり欠点であるしそっちもな。

 ま、自分がそこらを矯正させたる、なんておこがましい事は言わんがな。

「かわいいというのは認めよう。きっと将来美人になる。今はまだ見た目にも幼さ残るけどね」

 女性は皆かわいい。そう言っておけばとりあえず満足するって誰かが言ってた。

 いやシルバちゃんがかわいくないって意味とは違うよ? 本心よ本心。

「……兄貴、この旦那目ぇ腐ってる」

「……あぁ、うん、まぁ、うん」

 こら、人を指さすな酔っ払い。外見については認めてるんだから目は腐っとらんべ。あとなんでムー君は若干頭抱えてそんな深刻な顔してるのか。

「でも旦那! そうは言ってもお嬢様が迫ってきたら、抱くよな!? な!?」

 え? シルバちゃんが迫ってきたら?

 あー、うん。何度か血を吸われたときに確かに柔こかったしいい匂いしたし、成長もしてるようだし正直襲いたくなったけども、だけど、ねぇ?

「子供は対象範囲外です」

 ごめん、言い方きついけどロリコンのレッテルは張られたくないでござる。だって彼女15だし。知ってる? うろ覚えだが、16歳だかそんくらい以下の女子とそういうことやったら日本なら両手が後ろに回るんだぜ。そこは理性をフル稼働させて留まるべきラインだ。

 正直ああいうあざといタイプ、嫌いじゃないというかむしろ好みだけどさ。かつて日曜朝を飾った黄色とか、豆腐屋さんの支援型アイドルとかかわいいと思うけどさ大好きだけどさ。

 だからって手出したら終わりでしょう。しかも相手の親はそれなり以上に地位がある。社会的にも物理的にも抹殺される可能性は高い。

 あとあの娘に欲情したら本格的に自分はあの疫病ゴッデスもそういう好みの範疇に入りそうで嫌だ。

 ということを考えながらそう自分が応えると、目の前の二人はこちらを数秒凝視した後、同時にシルバちゃんの方へと顔を向ける。なんか面白い絵面。もうお肉食べていい? というか食べる。

「し、しかしですよ? もし仮に今シルバが先生に好意を――」

 肉を切り分け口に運ぼうとしたところでムー君がちょっと慌てたように振り返る。君はなにをいったいそんなに必死になっとるんよ。

 ……いや言いたいことはわかる。さすがに鈍い自分だってあの娘の挙動がどこかおかしいことは気づいていたさ。きっと君もそんな彼女の様子から、彼女のフォローに回ろうとしていたのだろう。

 だが残念。君は恐らく勘違いをしている。そしてそのことについてもう答えは出てる。

「食料としてでしょ? そんなん自分も気付いてますって。美味しい食事を毎日食べるためにご機嫌取ってるんだべ。ましてや彼女はさっきも言ったように幼さが残るとはいえ容姿がいいからね、それを自覚して女としての武器をフル稼働させて引き留めてるんでしょう。逆の立場なら自分もそうするよ。ねぇ、もうお肉食べていい?」

 自覚して勘違いさせようとしてるあたり本当あざとい。

 あ、今更だがあざといというのは悪口ではないよ? 自分そういうの好きだもん。黄色とか、未来人とか。現実で言えば森ガールとか……いや自分の性癖は今どうでもいいんだよ。

 ……あ、ムー君の顔が引きつってる。まぁね、彼女も不器用だから傍から見たら恋する乙女みたいな反応してるし勘違いしても不思議でないけさ。でもやっぱりそれが真理なんよ。まだまだ甘いね、君も。

 そもそも、自分と彼女は出会って短い上、そういう感情を持たれる要素がない。確かに一回彼女を護ったことはあるが、直後の行動で水の泡と化している。よって、好かれるいわれはないのだ。むしろキモがられて死ねって言われる可能性すらある。

 ていうか言うかこの程度で落ちたら正直彼女の将来が不安になるレベルでちょろすぎるぞ。絶対世にいうダメ男生産機になるよ。

 あとね、自分他人の容姿どうこう言えるほど整ってないからね。この世界では多分下から数えた方が早いレベルだ。下手したらバッタに負ける。

 と、思いながら肉を食う。口に広がる濃厚な肉汁。程よく効いた塩味とピリッと舌を刺激する香辛料。そして柔らかくしかし肉独特の歯ごたえはしっかり残した赤身ととろけるような舌触りの脂身。うん、旨い。

 決して高いお肉ではない、がしかし安いお肉でもないだろう。多少の固さはあるが柔らかく、ジューシーな、まさに肉らしさが全面に出ている肉らしい肉。味付けもいい。シンプルでわかりやすく、肉の味を邪魔しない、しかしきちんと自己主張も行う塩と香辛料。噛めば少しの炭と香辛料のほのかな香り、そして溢れる豊かな肉汁。肉や脂、そして肉汁とも共存しあうその王道を往く味付けと、口の中に広がる堅実でいて誠実なフレーバー。もはやこれには素晴らしいという以外に文句のつけようが微塵もない。マーベラス、この肉を的確に表現するだけの語彙力がない事が悔やまれる。あと米がない事も。

 まぁあれだ、こうなんだかんだ言った所できっと本当にいいお肉を使ったものはもっとおいしいんだろうとは思うけど、そこはあれよ、貧乏舌でよかっ――

「結局お前彼女作れたのか? まさか何も収穫なしでこっち戻ってきたわけじゃあねぇよな?」

「うるさい、黙れ」

「兄貴はあっちで5人に声かけて振られたらしいぜ」

「ほー、ずいぶん声をかけたな。で、全部だめだったと。よかっ――」

「な、なんでムーが振られて私が良かったってことになるのよバカ!」

「ふーん……じゃあムー、私と付き合うか?」

「なっ! ちょ――」

「すまないがこういうふざけた流れで付き合うつもりはない。交際には愛がないといけない」

「そ、そうだよな、あはははは」

「……ふぅ。ま、全く、あんたはそういうこと言ってるからいつまでも独りなのよ! いい年して夢みてばっか! バッカみたい!!」

 ……なんか増えた。変なのが二人増えた。そしてムー君がギャルゲーしてる。

 いや、変なのとはいっても片方はまだましだ。水色の長いウェーブがかった髪をして灰色のマントを着込んだ身長160くらいの魔女っ娘。あっちの世界ならコスプレ待ったなしだが、こっちの世界ならなんら違和感なく存在している格好だ。そしてそれが似合ってるから怖い。ちなみに顔立ちはなんか気の強さがすでに滲み出ている。学級委員とか風紀員とかやってそう。

 で、そんな灰色マントの彼女は顔を真っ赤にして「バッカみたい」と呟きながらムー君の右肩をビシバシ叩く。なるほど、ツンデレか。まぁこの程度の暴力だったら目をつむろう。本気で叩いてる様子でもないし。まぁいいや。それより問題は――

「お、そうだムー、これ北方地方の酒なんだが、呑むか?」

 こいつである。この酒瓶片手に持ってムー君の左側にくっついてるこの痴女である。

 翡翠色の髪を短く切りそろえた彼女は実に健康的で端整な顔立ちをしており、体系も出るところは出てへこむところはへこむ。まさに『オトナ』の雰囲気を醸し出してはいるが……うん、その、なんだ。

 上半身は胸の部分にぶっとい革ベルトを一本巻き付けただけ。上乳下乳丸見え、むしろ押し付けられてはっきり見えるという暴力的ビックバンアピール。しかもその胸もなかなかにビックバンだから困る。

 下半身は太ももまる出しでホットパンツを一枚サスペンダーで吊り下げてるのと長いソックスをしてるだけ。絶対領域を生成しながらもそのホットパンツ、ベルトはしてるけどユルユルでさらにはボタンの一番上が閉まっていないという……ほんと痴女真っ盛りの格好やね。女子怖い。

 あと頭に牛みたいな角が生えてるという。女子怖い。

「ん、あぁ、頂こう」

「……むぅ」

 そして痴女と魔女っ娘に挟まれてるギャルゲ主人公枠のムー君ね。おい、魔女っ娘めっちゃ不満そうな顔してるぞ。明らかにツンデレの普遍的症状だろ。お前モテないん違ったのか?

 あれか、今流行りの無自覚系主人公とかいう――

「へー、これがお姉様のせんせ?」

「見たことない素材の服ね。何かの魔物の革?」

「高そうだねー。あ、こんにちはー、私たちいつもお姉様にお世話になっている『月下の麒麟草』というチームですー」

「ごめんなさい先生。先生のお話をしたらついてきてしまって……」

 ……振り向くとそこにはさっきまで向うにいたシルバちゃんプラス魔女っ娘と鎧と盗賊というさっきの三人組。

 彼女らはシルバちゃんの横で自分の事をまじまじと……うん、まぁいいやもう適当にうろちょろしてて。君らの存在にも容姿にもチーム名も突っ込まん。自由に生きるがよい。

 もう自分はこれ以上新キャラ出ても対処せーへんよ。自分の人生に一度に新キャラが出てきていいのはクラス替え除いたら三人が限度だ。あとは知らん。ただ魔女っ娘、おまえあっちの魔女っ娘と見た目のキャラ7割被ってるぞ。2Pか。

「あ、さよか」

 というわけでそれだけ言って肉を――

「ふーん。ほんとに第三王女様の近衛隊に新しい人が来たんですね」

「本当ね。まぁ中には人間が来たとかいう正気を疑う内容もあったけど」

「そうだったらそうだったでおもしろかったんだけどねー」

 ここ、一瞬どきりとした。


「でもやっぱりこうやって見ると実際に来たのは噂通りバジリスクだったみたいですねー。珍しー」


 そしてもう一度どきりとした。

 待って。何それ聞いてない。

 これはどういった反応をすればいいのか、と助け舟を求めるように自分は視線をシルバちゃんに……あ、これはだめだ。

 シルバちゃんのこの顔は自分と同じく何も知らないという顔だ。目が合ったと思うと笑顔になって小さく手を振ってやがる。

 お前ホント今月極貧生活覚悟しとけよ。



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