34・不思議な踊り
うん、まぁそういうこともあるか。
だって魔法や魔物やそこらへんがある世界なんだから鎧が一人さ迷い歩いてたところで何ら不思議ではない。
呪われた防具、もとからこういう魔物、持ち主の思念が云々、人体錬成がごにょごにょ。こじつけられる材料はいくらでもある。
気にする要素は何もないだろう。そういう世界だ。
なにより先程までの精神的負担に比べたらこんなもの、何ら問題のあることでもない。
あーもう、にしても損した、埋まった時心配して損した。あのままもっと埋めときゃよかった。
というか最初から鉄くずにしとけばよかった。
「……チッ」
そんな気持ちを隠すことなく敗北者を見下しながら、自分は開けた兜を足で戻し再びお腹を踏みつける。
そんなことをやってると二人の観客がトテトテと近よってきた。
「今度こそ本当に終わりですか?」
「そだね、ここまで来たら文句はないだろうさ」
シルバちゃんの問いに答えながら紅色をぐりぐりしてると、奴は土まみれの手で自分の足を掴んで……。
……こう、折り畳みスコップを出してだな、きちんと組み立ててだな、大きく振りかぶってだな、顔の横に、セイッ!!
「!!」
あ、ごっめーん、も少しで首に当たってたねうふふふふ。
剣先部分が全部埋まる勢いで首に当たったらチョンパしちゃうよねー、ごめんねー、こわかったねー、ごめんねー、手が滑ったのー。
「土臭い手で触んなや汚れるしょや。次やったら刎ねるかんな」
その言葉の直後紅色はゆっくりと足から手を離し、バンザイをするような形で動かなくなった。
うんうん、物わかりのいい人は好きだよ。若干震えてる感はあるけど。
しかし中身なくなくっても首チョンパは怖いのかね? それとも生前の記憶かな?
高名な騎士様が無実の罪で捕まってチョンパッパされちゃったとか? そうならそれで告発本出して売ればいけるんじゃないかな?
どうでもいいけど。
ほんとどうでもいいけど。
しかしこれである程度はすっきりした。あらゆるストレスをすべて発散させてもらった気分だ。
その点だけは感謝しよう。
と、いう訳で自分は埋まったスコップを回収して後ろを振り向き歩き出す。
「そんじゃあ二人とも、ご飯食べに行こう」
「……そうですね、行きましょう」
うん、自分君のそういうドライに自分の意図を汲んでくれるところ好きよムー君。
「えっと、先生、でもこれ……」
そしてシルバちゃんのそういう優し過ぎるところ、嫌いではないけど時と場合考えような?
でないとほら、また――
「きゃ、ま、また立ってきました!」
お前今日財布の中身残ると思うなよ?
いくら君が武器抜いて戦う姿勢見せたとしても後の祭りだからな。
あーもう気にしなければそれでよかったのに。
くっそ、この後シルバちゃんには自分に搾取されながらお小言言われるという最悪のイベントをお届けしてやる。
……いやまぁ、うん、八つ当たりですけども。彼女の行動関係なくついてきそうだけどもさ。そしてついてこられたら来られたでめんどくさいけどもさ。
全く、しょーがないなぁ。
「なに、まだなんかやるの? なら次は溶鉱炉にぶち――」
ぶち込まれる覚悟をしろ! と、格好つけて言いたかったのだが様子がおかしい。
なぜだろう、なぜこの紅色は片膝をついて頭を垂れているのだろう。自分が溶鉱炉なんてどこにあるか知らないことに気付いたのか?
それとも……あ、どうしよう碌な予感がしない。
「……おい、なんのつもりだ?」
と、口では言うものの、こういうイベントでこういう反応をされたら出てくる答えは一つだろう。
きっとあれだろ? 自分を主人と認めた云々という、そういうイベントだろう?
うっわ何だろう、こう、既視感にも似たものを感じる。画面の向うで結構な頻度で見たイベントを自分が行うことになるとは。
本格的に溶鉱炉にブッこんで素材として売り払ったろうか。
とかなんとか自分がこいつを見下しながら考えていると、奴はスッと顔をこちらに向け、肩に手をやり動きを止める。
そして次の瞬間、騎士様は急に立ち上がると左右の肩と背中を慌ただしく確認する。しかし何もない事を確認した途端、そのままの流れで今度は体中の確認をはじめだした。
その様はまるで朝の駅で定期を忘れたのに気付いた学生のそれである。自転車通学だからリアルで見たことはないけどな。
そんなことを奴はしばらく続けると、今度は何かを思い出したかのようにバッと森の方に顔を向け、その場で頭を抱えて崩れ落ちた。
……えっと、うん、ごめん既視感云々あれ嘘だわ。こんなイベント自分は知らない。
「……こいつなにしてるの? 魔法的な舞的ななにか的な何か??」
「いえ、そうではないと思いますけども……」
いや、まぁそうだけど……あ、今度は何か草毟って地面を掘り――また頭抱え始めた。
「壊れた?」
「さ、さぁ? 俺もこれはなにがしたいのか……」
おいおい、ムー君がドン引きするって相当だぞ。
シルバちゃんもほら、お前の狂った行動が恐ろしいのか怯えた瞳をしているぞ。
あーもう本当こいつ面倒くせぇ。
「おい、おま――」
「――!!」
突如紅色はガバッと勢い良く立ち上がると、自分に向かって土で汚れた指を向けた。
なんだ? 話しかけようとして遮られた自分を馬鹿にしているのか?
……いや、どうにも違うな。何か踊りだした。
あ、いやこれは、えっと――
「……お前が? 森に? 入って? 戻って? くるまで? ここで待ってろ?」
「……!!」
どうやら正解だったようだ。
しかし自分もよくわかったなあの不思議な踊り、もといジェスチャーの意味が。波長が合うのかしらん。
と、いう事で件の騎士様は、最後に片手で『いってきます』とでも言いたげなジェスチャーを残して森の方へと消えていった。
後に残るは自分ら三人と、そして一つの芋袋。
「……帰るか」
「そうですね」
「やっとごはんですね」
そして自分たちが奴の命令に従う訳もなく、そのまままっすぐ……ん?
あ、あいつてめぇの獲物落としたまんま行きやがった。騎士の癖に誇りはないんか。
……。
時計を見る。現在午前の10時42分。
よし、嫌がらせだ。
F12『日時計の剣』
名前を付けて、剣を突き刺す。
その煌びやかな剣は雄々しく大地に突き刺さり、燦々と輝く太陽の光を浴び草原に一筋の影を走らせる。
新たな力を手に入れた剣は、今ここにはいない主人の帰りを待つのである。
……え? 新たな力?
12時になるまで地面から抜けない。そうまるでアーサー王伝説の如く。
まぁそれだけだとかわいそうなので、日の高さによって攻撃力が最大1.5倍くらい上昇する、といういかにもファンタジーな能力も付け加えといてやろう。
あー性格悪い。
「先生?」
「ああ、今行く」
こうして自分らは芋と剣をその場に残し、疲れた顔をして帰路についた。
……もうなんというか、今更考えてみると地理的にここにいるなら帰る街くらいならすぐにばれるのではないか、という超今更な疑問はこの際気付かなかったことにした。




