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34・ジャーマン

 そんな怒ることっすか?

 自分がやったのはただ平和的決闘法を提示しただけで、卑怯なことも悪いことも何もしていない。提案段階で激おこぶち切れ怒髪天とか、さすがに堪忍袋の緒が細すぎやしないですか?

 そもそもあれよ、考えてみ。自分はいきなり不審者にストーキングされた側なのよ? はっきりと言えるが、自分は被害者なんよ?

 もうちょっとテメェの事ばっかでなく人のことも考えて行動しろよバーカ。

 ……と、ほんとに声に出せたらいいんだけどねぇ。

 そうできないのが現状の辛いところ。というかそういうことを言える空気じゃない。キャラでもない。

 さすがに空気読みスキルの少ない自分でもわかるくらい目の前の紅色がまさしく殺意を込めて、今にも獲物に飛び掛かろうとする狼のような眼でこちらを睨んでくれてるからね。そんなこと言ったら喉元食いちぎられるよ。

 ……実際には奴の目なんて兜に隠れて見えないけど。狼とか見たことないけど。

 まーそれは置いといて、どーすっべかこの状況。

 なにをどう間違ってももう逃げられない雰囲気だよねー。めんどくせぇ。

 ほらそこも、何てめーら二人して緊張し腐った目で見とるんじゃ。そういう格ゲーの背景みたいな行動しなくていいから。

 あーもう、これなに? やるしかないの? 自分そういうの求めていないのに?

 本当自分こっち来てから決定権剥奪されすぎじゃない? ねぇ、そろそろ自分もストレス爆発するよ?

 せめて意見を聞くくらいさぁ……いや、うん、もういいや。聞いてくれなかった結果がこの状況だ。

 これ以上グダグダいうのもなんか女々しいし、うん。とりあえず目の前の金属の塊をブッ飛ばせばいいんだね。

 もうこの際だ、今まで貯めたストレスとか諸々とかを死なない程度にぶち当てればいいんだね。オッケー任せろ。

 騎士様がなんじゃ、こちとら神様の御加護がついてるんだ、覚悟せーよ。

 ……が、その前に、だ。これだけは先に聞いておかんといかんべ。

「……あのですね、まずやる前に一つだけ聞きたいんですけども」

「……」

 無言、どころか微動だにしない。なんかしようぜ? せめて喋れないとかにしても頷くとかのアクションがほしいところなんだがなー。

 そんなんだと自分、イライラしちゃう。イライラポイント一点獲得。

「うん、あのね、あのですね。なーんでアナタは自分にこーやって戦いを挑むのですかな? その理由くらいは聞いてもいいですよね? 常識的に考えて」

「……」

 無言、動こうともしない。もーちょっとリアクションがほしいものですねー。クールキャラ狙いの行動だとしたら自分怒っちゃうゾ。

 イライラしちゃう。イライラポイント二点目だ。

 ……あ、そっか。うん自分わかった、そりゃそうだね、喋れないキャラ貫くなら返事もクソもないもんね。うっかりうっかり。

 ついでにさっきから自分は無視したりなんだりしてるし、きっと不意打ちとかそんなのを警戒してるんだろう。信用ないって辛いわね。

 アクションを起こしてるところに攻撃とか、人間性が足りない人たちはよくやるよね。自分もよくやってたしやられてた。

 それならアクション起こしにくいよね。うん、そうに違いない。きっとそうだ。そうだよね。

「そう、もしアナタが喋られないんならそうですね、首を縦に振ってくれませんかね? そうでないのならばフツーに喋ってくれるとありがたい。言葉による意思疎通は知的生命体の特権ですよ? そう、隙を晒すのが心配ならば大丈夫、神様仏様ご先祖様お天道様に誓って不意打ち闇討ちその他諸々は行いませんので安心してくださいな。さぁ、どうぞ」

 全力で、踊るように全身で身振り手振りを持ってしてそう伝える。親しみを込めて笑顔を忘れず、なるたけ話しやすい空気を出して。気分はまさにカルト宗教の勧誘のおばさん。

 しかし、無言、動く気配はからっきし。ここまでお膳立てしたんだ、ちょーっとは動こう? お天道様指さしたりあんたに向けて指ぱっちんしてやったりした自分が空回りしてるバカみたいじゃないの。

 イライラしちゃう。三点目獲得。仏の顔ならもうアウト。

「……なんかアクションくださいな」

「……」

「いろいろやったのは謝りますから、せめて理由くらい教えてくださいよ」

「……」

「教えてくれたら真面目にやりますから、ね?」

「……」

「ねぇ、なんか言ってよ」

「……」

「なんか言えよ、せめて動けよ」

「……」

「おい聞いてんのか?」

「……」

 ……ふぅ、なるほど。相手をしたくないという解釈でよろしいか? よろしいね。

 うん、わかった、うん。

「……オッケーオッケー、君の気持ちはようようわかった。話すつもりはない、ただ力と力をぶつけ合って戦いの中で語り合おうとかそういうノリでしょ? うんうん、よくある話ですよ」

 よろしい、ならば――と、言おうとしたところで目の前の紅色が小さく頷き獲物を持つ手に力を入れる。

 あっそう、そうですか。こういうことには反応するんだ。へーそう、うん、わかった。

 ぷっちーん、ときたよ。イライラポイント限界突破だ、よーくわかったよ君の事。ほんだらお望みどーりに――

「いいよ、わかった。そんなら来いよ、お行儀よく待ってないでさ。てめーの自慢の鎧真正面からスクラップにしたるから、覚悟せーよ」

 正々堂々ブッ飛ばしてやろう。後悔すんなよ。

 騎士様神様お姫様、諸々からいただいた今までのストレス全部まとめて叩き込んだる。そんでとっとと終わらせてさっさと帰ってご飯食べて寝よう。

 そんな訳で。

「三つ」

 自分は指を三本立てて奴に見せる。

「後から不意打ち云々卑怯だなんだとかくっそくだらないこと言われたくないから三つ数えたら自分攻撃すっから。先制攻撃でもなんでもお好きにどうぞ。あ、ちなみに自分、素手でいかしてもらいますんで」

 ごめん少し調子乗った。イライラに任せて口が回りすぎた。

 ちなみにこのおふざけ煽ってくスタイルは影が守ってくれるという安心感からくるものです。それがなかったら絶対しない。

 このような状況に陥る根底の原因である自称神様を恨みはすれど、その御加護に全体重を預けてるとは何かの皮肉かもしれないね。

「んじゃあいくよ」

 奴は動かない。なんかこちらの様子を伺ってる、というか何をするのかを見極めようとしているのように見える。

「ひとーつ」

 あ、そうそう。ちなみになんで自分が過去使っていたスコップ使わないかというと、そこも理由があるのだよ。

「ふたーつ」

 まずないよりましと振り回していただけで、スコップでの戦い方とか動画で見た程度でよく知らんし。それにそもそも――冷静に考えたら自分、素手の対人戦闘は少しだけ心得あるのだよ。

「みっつ! F12『縮地走法』!!」

 叫ぶと同時、自分は地を蹴り駆けだした。目標はもちろん紅色に煌めくそこのバカだ。

「――!!」

「残念、後ろだよ」

 一跳びで奴の目の前に詰めた自分は、驚いたようなリアクションを取る紅色をしり目にそっとバカにしたように言いながら、今度は一瞬でそのすぐ後ろに回りこむ。

 使ってて、というか自分で技を作っといてなんだがこれって『走法』言うてるけどもうほとんど瞬間移動と相違ないよね。どうでもいいが。

「――!!」

 紅色は慌てたように振り向きながら、距離を取ろうと地面を蹴る。

 が、さすがにそこで逃がすほど自分も調子乗ってない。

 というか、もうすでに奴は自分に捕まってるのだ。こう、胴体をしっかりと。両腕で抱きしめるように。

「遅いわ! ふんぬっ!!」

 そしてそのままブリッジをするように……有体に言えばまぁ、ジャーマンスープレックスをかましてやったのですよ。

 相手の胴を掴んだまま後ろに思いっきり叩きつける。そうまさにブリッジをするように。

 これが自分の格闘スタイル。高い身長からの重力を武器にした各種投げ技プロレス技。

 ……と、言えば聞こえはいいが現実ただの趣味である。戦闘経験ってのも要は体育館で友達とやったプロレスごっこというだけさ。

 このジャーマンスープレックスを会得するために何回おでこに傷を負ったか、ついでに何回友達をマットに沈めたか。

 そして何回沈められたか。

 そんな青春の一ページ。懐かし過ぎて涙が出るぜ。

 まぁそんな訳でタイマンならばスコップを変に振り回すよりも体に染みついたものの方がいいでしょう。

 精度練度の程度は置いといて、取りあえずどっかの王子様を悶絶させるくらいには使えるからね。

「!!」

 いやー、しかし凄いねこいつ、声の一つもあげやしない。

 自分もそうそう聞かないくらい大きな衝突音がしたのにここまで我慢強いとは。

 じゃあ次はそうだね、ボディスラムでも決めたろうか、なっと。

 そんなことを思いながら腕を離して立ち上がる。そして距離をとった後に自分が見たものは、その、なんだ。

 地面に鎧が生えていた。

 紅色の鎧が頭どころか肩までめり込ませて生えていた。

 ……その、なんだ、ごめんな? そりゃあ頭地面に入ってるなら悲鳴もそうそう聞こえないわな。

 ……死んでないよね? 腕とか下半身とかすっごい脱力してぶらぶらやってるけど、死んでないよね?

 えっと、うん、鎧着てるし防御力はあるだろうから大丈夫でしょう。そう思っとこう。その方が平和だし。

 まぁ、なにはともあれ――

「……い、いえーい。じ、自分のか勝ちな」

 こうも埋まったなら文句もないだろう。

 なんだか締まらない決着のつき方だなおい。

 ま、こっちに怪我がなかったんだし気にしない方が吉かね? ね?

 うん、あっちが勝手にケンカ売って返り討たれて沈んだだけ。自分悪くねぇ。自分は被害者だ。何も悪くない。

 正当防衛、何の問題も――

「フリィィィズ!!」

「ふぇ!?」

「む?」

 え、あ、その、あの、うん。

 いきなり叫んでごめん二人とも。でもあれだ、近づかないで。うん、ほんとごめん。

 その、やばい嫌な汗出てきた。とりあえず、あれだ。

「く、来るな! 戻れ! ターンバック!!」

 自分の精神衛生の保全の為こっち来て遺体、違う死んでない! こいつの確認をしないでください。

 いや、なんの解決にもならんことはわかってるけどね? 犯行現場をあの二人が見てるわけだし。

 ……あの二人を始末すれば、あ、いや、ごめん思っただけ。

 実行する度胸はありません、一人も二人もおんなじだとかそういう理論はゲームの中でしか実行しませ……んんっ?

 あれ、なんかよく見たら微妙にこいつピクピク動いてる気が……。

 とか思ってるうちに、紅色は急に息を吹き返したかのように手足を動かしそして自らの力で這い出てきた。

 そうまるで何事もなかったかのように、多少たどたどしいながらも両の足でしっかりと地面を踏みしめている。

 そんで奴は足を多少ふらつかせながらも獲物を右手にしっかりとこちらに向いており、 土に汚れ傷つきながらも立ち向かう様は正しく正しい騎士の姿であるのだろう。

 ……なにこれ超むかつくんですけど。

 なんだろう、今本心から、冗談抜きにこう思ったんだけど。

 死ねばよかったのにって。自分の心配を返せ。逆恨みだけど。

 そう思った直後である。紅色が刃を煌めかせながら駆け出したのは。

 姿勢を少しばかり低くして、刃先はさらに低く地面すれすれをなぞるようにしてこちらに向かう。

 恐らく数多の格ゲーアクションゲーをやってきた自分の予想からすると、奴はこのまま逆袈裟に自分に斬りかかってくるのだろう。それか思いっきり突きを放つかのどちらかだね。姿勢からして逆に下段はなさそう。

 どちらにしろこれをガードしたら恐らく固められて上下に……あいや何でもない。格ゲー談義は今はよそう。というか格ゲーと現実を一緒にするのは無理があるよね。しかもにわか知識で。

 そんな訳で奴は自分にダッシュで向かってきている訳で。

 さぁ、ここで一つ問題です。こうやって距離を詰めてくる相手にとって、一番嫌な行動とは何だと思う? ゲーム脳抜きで考えてみよう。

 全力で逃げる? 冷静に受け止められる? それともその場で迎撃される?

 どれも正しい。がしかし一番かと言えばそうではない。

 相手にとって一番嫌な行動。それは――半歩前に出てからカウンターしてくることらしいよ。インパクトのタイミングを奪われかつ紙一重で躱されるから。

 と、近所の兄ちゃんが言ってました。

 信憑性は薄い。

「……!?」

 ということで自分は奴がその切っ先を自分に向けて突き出す瞬間、腰を低くしちょっとだけ前に距離を詰め――

「ふんっ!!」

「!?」

 その顎に全力のウエスタン・ラリアート。もといF12による命名『峰打ち・ラリアート』である。特殊効果はこの技じゃ死なないというものね。

 もう死んだか死んでないかでヒヤヒヤしたくないので。

 だがだからと言って決して弱い攻撃ではないぞ。自分の体重と前進する勢い、そして相手の突進の勢い全てが乗ったラリアートが顎に当たったんだ。相当なダメージだろう。

 その証拠にほら、紅色も獲物を手放し潰れたカエルみたいな恰好で天を拝んで転がってやがる。意識はあるみたいで多少蠢いてはいるがな。

 それに当たった時の音だって、空の金属鍋を全力で殴り飛ばしたかのようないい音だった。

 しかし本当気持ちよく入ったな。場所、角度、タイミング、すべてが完璧で申し分ないものだった。ほんとなんでプロの騎士様の動きについてこれたのかわからない。というかなんで自分は鎧にラリアートして腕が痛くないんだろう。

 ……まぁいい。とりあえず少しは気が晴れた。

 そんな訳で自分は右手の小指と親指を立てるとそのまま腕を天に突き立て、

「ウィ……ん、ゴホン」

 ようとしてやめた。そうだ観客がいるんだ、恥ずかしい。

 ……観客がいるからパフォーマンスやめるってなんか矛盾してないか?

 いや、まぁいい。

 とにかく勝ったのだ、このムカつく騎士様に。

 つーことでヒジョーに性格の悪い捻じくれものの自分は、無様に這いつくばってる敗北者の腹を踏むように足を乗せ……ガインガインと、奴を踏むたび空の金属鍋を殴るようないい音がする。

 ……あれ? 何さっきもこんな音だった? なにこの中身のない金属音。ハリボテ?

 もしかしてあれか? なんかRPGとかによくある、こう、ねぇ?

 とりあえず確認の為、足で紅色の兜を押し上げて……あー、うん、やっぱりこいつ中身空っぽろりんだわ。


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