32・誇り高く素晴らしい騎士様
そこにいるのは剣を構えた一人の騎士。
その姿はまるで今にも決闘を開始しようとするような……あー、なんか読めたぞ。
ゲーム脳的推測からするに、これはきっとあれだな。強そうな奴とお手合わせ願おう的な? あの変なモンスター倒した自分らと戦いたい的な?
やだなにこれ。こういうイベント、ベタすぎてホントに起こるのは想定外。
「先生! この人、強いです!」
「構えてください!!」
あ、おい、二人ともやめろ、剣とか槍とか構えるな。おとなしくバグっとけ。
あーもうほら、奴さんやる気出して礼儀的っぽい構えからスッときれいな動作で戦闘態勢に――ガチの人だこれ。
そうか、あの冒険者を襲う不審者ってこいつのことか。なるほどなるほど。
見る限りなかなかの手練れ。そしてそれでいて礼を忘れぬ騎士道精神。しかもこの二人のお墨付きときたものだ。実に天晴。
よし、ならば自分もその礼に応じて――
「ムー君、シルバちゃん」
「はい」
「いつでも行けます」
「帰ろう」
無視しよう。
「え!?」
「は!? 帰る!?」
おーおー、動揺してる動揺してる。
声をあげた二人もそうだが、鎧の人も先程からの洗練された動きを崩して動揺を……いやいや、無視するんだからそんなものはないのだ。
「用事は終わった、留まる事もないでしょ」
「い、いやですが背を向けるわけには――」
「あ、そうだ。ねーシルバちゃん」
「へぁ!? は、はい!!」
「お腹すいた、なんかおいしいもの食べようよ。シルバちゃんの奢りで」
「お腹すいたって、先生――」
「約束だからねー、血を与える代わりにおいしいものを食べさせてくれるっていう。というか考えてみたら自分まだお給金貰ったことねーからお金払えないや。ねぇどういうシステムでお金ってもらえるの?」
「え、あ、私は手渡し、ですけど……」
「あーやっぱり? 銀行振り込みとかなさそうだもんねー。そんな事よか肉食おうぜ肉。あ、奢るのは自分の分だけでいいよ。ムー君の分はムー君に払わせよう」
そう言って自分は颯爽と振り返りお城へと歩みを……慌てたような金属音なんて聞こえない。
「せ、先生ほんとに帰るんですか!?」
「うん、そうだけど……まだなんか用事ある?」
「用事というか、あれ……」
シルバちゃんがどこぞを指さす気配がするが、その先で金属の擦れる音がする気もするが、そんなもの見る気はない。どうせ何もないのだから。
「……いいかい二人とも。今ここには自分たち三人しかいないんだ」
より一層カチャカチャ聞こえるが、聞こえない。
聞こえるのは二人の仲間の声だけだ。
「え? でも」
「先生、それはどういう――」
「よしんば誰かいたとしてもだ」
そこで止めて二人を見る。なんか視界の中でさっきまで流麗に動いてた気がする紅色が、なんかすごい慌ててるような気がするけど気がするだけだろう。
「よしんば誰かいたとして、それが黄昏のよーに美しい紅色をした、誇り高い艶麗な騎士がいたとしてもだ」
あ、持ち直した。さっきまで慌ててたのに、褒められて気を良くしたか?
はっはっは、よかったな。しかし自分もただ無駄にヨイショするために少ない語彙力総動員して合ってるかもわからない形容詞を並べたわけではないのだよ。
次の手はもう打ってあるのだ。穴だらけな気がするけど。
「そんな立派な騎士様が、まっさか無抵抗に後ろ向いてお家帰る人たちに襲い掛かるなんて卑怯で非情で非道な、正しく人としての道を外れた外道と呼ぶに相応しい誇りも気品もドブに捨てたような低俗極まりない行為をするわけないでしょ。しかも事前にきちんと剣を構えて正々堂々戦おうという意思と精神を前面に出してるような、そんな誇り高く素晴らしい騎士様ならなおのことそのようなことはしないだろうから、別に自分ら帰ってもいいと思うんだ。もう用事もないんだし、ほかに誰もいないし。めんどくさいことにかかわりたくないし。おなかすいたし」
少しの沈黙。そして二人は同時に紅色を見た。
ちなみになにか紅色が尋常じゃなく慌てているが、自分には見えない。ざまぁ。
余談だが、騎士道精神をかなぐり捨てて襲って来られたらどうしようかとかは考えてなかったのでとても安心した。
「……そうですね。そんな人として腐った野良騎士がここらへんにいるわけないですよね。そうです、もし不意打ちをしてきたとしたらそれは騎士ではなく、盗賊や山賊のような、所詮卑しいならず者。全く断じて唾棄すべき存在ですよね」
お、シルバちゃんも乗ってきた。
なかなか言うねぇ。結構君Sっ気あるんでない?
その矛先こっちに絶対向けないでよね。
そしてさらにすごくカチャカチャと――こいつもしや喋れないんか?
なるほど、だとしたら……いや、藪をつつくのはやめよう。『もし誰かいるなら声の一つも聞こえるよねー』とか言った直後変な声が聞こえたらテンパる。
「でしょ? 帰ろ帰ろ。余計なことは考えずに、自分らは何も見なかった」
「そうですね、私たちは何も見ませんでした。それではご飯を食べに行きましょう」
そんな事を話しながら自分とシルバちゃんは――
「待ってください。このまま帰ったらだめです」
……おい、ムー君。空気読め。
ほら紅色が気を取り直して構え――
「ヤテベオの水晶体、網膜、めしべ、中枢根、芋、体液に嘴と、もってけるものはすべて回収してから帰りましょう。売るにしても素材にするにしても、あれだけの大きさなら相当価値があるはずでし」
……なるほど。そういうシステムか。よくあるよくある。
というかあいつ芋あるのね、木なのに。
「あー、忘れてました」
「……結構忘れちゃいけない重大なシステムだと思うのだが」
多分、こういうクエストをやる冒険者にとって一番の報酬だと思うよ? ゲーム脳的に言って。
「いつも炭しか残らないので」
……そんな訳で自分たちはその、なんだ、テ、テベオヤ? のところに……ところに……。
おい、道塞ぐな存在しない紅。
ったく。まぁ横に避ければ……避ければ――
お前さっきまでの騎士然とした佇まいはどうした、全力で自分たちの進行を阻止しようとすんな。バスケのディフェンスみたいな動きしやがって。
見えなくてもわかるぞ、お前今涙目だろ。
「……先生、これ」
「どうでもいい話だけど、今すっごいばらけて歩きたい気分。自分直進行くから、ムー君右、シルバちゃん左ね。ついた人から剥ぎ取りして、終わり次第声かけあって帰ろうぜ。てなわけで、解散!!」
しかし情けはかけない。自分の号令とともに理解の早い仲間たちは指示の通りばらけて目的地に向かう。
そして紅色は誰に突っかかればいいかわからなくて混乱する……と、言いたいところだが、まぁなんというかやっぱりというか、どうやらこの紅色はターゲットを自分一人に絞ってるようで、他の二人なんて目もくれずに自分の進行方向に立ちはだかる。
右へ踏み出せばこいつも右へ。
左を行けばこいつも左へ。
正直こうなるって予想はついてた。
ま、だからあの二人を、こら、こっち見ない。気にしないでさっさと行く。
だからあの二人を先に行かせたんだけどね。そもそもからして自分、あいつのどの部位をどうはぎとればいいのかわからないから足手まとい甚だしいことになりそうだし。
あと近づきたくないし。きもい。
そんな訳で自分はここでゆっくりと腰を据えてサボってればいいのである。たまに前に進む意思があるかのように動きながらね。
あはははは、どうした騎士様、なんか肩が震えてるぞ。
なんだ? 泣いてるのか? 相手にされなさ過ぎて泣いてるのか?
ざまぁ。
「……ふっ」
あ、つい顔にでてしまった。
ついでにそれに反応して一瞬紅色の身体に力が入ったように見えた。
やっばいなんか癖になりそう。ゾクゾクする。
と、自分が変な扉を開きそうになったその時である。目の前の紅色が不意に動きを止めたのは。
そしてその次の瞬間に奴は持っていた剣を鞘に納め、身体をずらして道を開ける。
ついでにまるでどうぞお進みくださいとでも言うかのようなジェスチャーまでし始めた。
……なんだ、いったいどうした。
訝しい。が、進めるのならば進んでしまおう。もうちょっと自分を引き留めとけよ役立たず。
でもまぁ、一人でこいつの相手するよりシルバちゃんたちと合流した方が幾分か気が楽かな。
そんな訳で一歩一歩、慎重に警戒しながら歩き出す。
しかし視界の端に映る紅色はこちらに手出しをする様子もなく、何事も起こらず自分は……ごめん、嘘。一つ問題が起きた。
こいつ自分の後ろをついてきてやがる。
なんだ、何が目的――いや、いかん。ここには紅色の騎士なんて存在しないんだ。無視無視。
「先生、それ……」
「シルバ、無駄口叩かないで、何も考えずに芋を掘れ」
よく言ったムー君。そうだ、なんにも触れるなよシルバちゃん。沈黙は金なのだ。
「先生も芋を掘るのを手伝ってください。あ、なるべく中枢根は触らないでください、傷つきやすいので。では俺はめしべと水晶体をとってきます」
なるほど、芋掘りか。任せろ。
毎年じいちゃん家の畑でジャガイモを掘ってる自分の実力を見せてや、る……。
……。
「え、えっと……あの、先生、これ……」
……自分の目の前には今、フル装備の騎士が装備もそのままに芋掘りを行うという、まことに奇妙な光景が広がっている。
これにはその横にいるシルバちゃんも困り顔。何か訴えたそうな顔でこちらを見ている。
「……さぁ、掘ろうか」
が、自分の方にはなーんにもコメントなんてないのだよ。気にするな。気にしたら負けだ。
「そ、そうですね……」
「そう、一心不乱に芋を掘るのだ」
「……」
こらそこ、仲間面して頷かない。
全く、何を考えて――
「えぁ!? え!? あ、え? あ、うん、置く場所? なら芋含めて素材はあっちに……あ」
……両手いっぱいの大きな芋を抱えた騎士が、満足そうに頷きながら芋を運んで背を向ける。
この際、肩を叩かれたシルバちゃんが反応してしまったのは良しとしよう。仕方がなかったことだ。
だがあれだ、あいつはいったい何を考えているのだろうか?