30・教育テレビ的
まぁ、そうなりますわな。うん、わかってた。
だからいろいろ考えてるの。
んっとねー、そうねー。
「……チキチキ」
「は?」
「楽しい科学実験コーナー」
「はい?」
……うん、そんな目で見ないで。なんで自分でも今こんなこと言ったかわからんのだから。
なんで今自分はこう目に見えてスベるとわかってるところに自ら突っ込んでいくかね。たぶんそこで頭抱えてる女の子から目を逸らすためだと思うが。
……まぁ、いい。とりあえず、自分はかわいそうなものを見る目をしたムー君の方に見えるように、影から一つのペットボトルを取り出した。ついでに反対の手に軍手も装備した。
「ここに500ミリリットルの炭酸用ペットボトルがあります」
「なんですかそれ」
「要するに蓋のできる容器だよ。これに、こう、それ」
そう言って自分は能力を使って空気中の――あ。
自分が魔法によらないかまいたちでも発生させてぶっ放して根こそぎ伐採すれば一発で終わるじゃん。何やってんのさ自分。
……まぁいい、とりあえず最後までやる。
とりあえずだね、空気中の水分を集めて冷やして、と。
「こーやって水を入れてあげます」
満杯まで入れない、結構少量でも案外大丈夫。
そんで次に、空気中の二酸化炭素さんを冷やして凝縮。
「でもってドライアイスを――」
「ドライアイス?」
「二酸化炭素、空気の構成要素の一つだね。それを冷やして圧縮して固めたのがこちら。あ、素手で触るなよ。冷たくて火傷するから」
「はぁ……」
「俗に言う低温火傷ね。で、こちらをこのペットボトルに入れます」
するとどうだ、入れた瞬間ペットボトルからはもうもうと白い煙が。これにはムー君もびっくりです。
ちょっと入れすぎた感はあるが、問題はないだろう。
「で、あとはこれにしっかり蓋をして……釘も入れておこう」
なにせ武器だからね。効果の程はわからんが。
「そんで密封すると……完成」
これぞ氷属性の爆弾、その名も『ドライアイス爆弾』だ。まんまやね。
「……それをどうするんですか?」
「あ、ちょっとまってね」
しかし残念ながらこの爆弾、自由に起爆できないのだ。
よって丁度よく爆破させるには時間調整が必要。えっと、どれくらい――考えてみりゃあ投げても嘴で防がれるなら意味なくない?
そもそもからして爆破までの時間なんて自分知らないよ?
あれ? 目ン玉にジャストヒットさせて水晶体傷つけたろうぜ、って作戦だったのに……企画倒れだね。
そもそも弓矢でさえ口閉じて防ぐ言うてたのに、こんなん投げて当たるかって―の。人の話を聞かないからこうなる。
勢いでやった結果がこれだよ。おとなしくかまいたちでも出しときゃよかった。
あとこんなもんであれを倒せるとは到底思えない。大きさが違うのよ大きさが。2リットル用意してからこういう事せーや。
「……ごめんムー君」
「は?」
「間違えた」
そう言いながら、自分はムー君の顔を見ないようにパンパンになったペットボトルを力の限り投擲する。
結構距離はあるが、まぁとりあえずもったいないし当たればいいや。
えーい、F12『強肩』っと。
青く澄んだ空をくるくる回って飛んでく白いボトル。それはまるで雲のよう。
あーあ、やっちゃった。こんなんだから説教なんてするもんじゃない、かっこ悪い。先生としての最初っからあったかもわからん威厳が地に堕ちた。そうまるで今まさに落下の体制に入ったあの白いペットボトルのように。
そんな後悔の念を抱きつつ、自分はムー君の方へと向き直る。
「さぁ、これか――」
といった所で破裂音……は、いいんだけど、なんだろね。
「キシャァァァァ!!」
なんかそれと同時にそんな声も聞こえた。
あとムー君の顔が驚きで凄いことになってる。
あ、シルバちゃんヤッホー。バグ治ったの? でも君もムー君と同じようにすごい顔してるよ?
「……先生、あれ」
そう言って自分の後ろを指さすのはムー君だ。
やっぱり自分も見なきゃダメ? ダメ?
……わぁったよ。見るよ。
自分が振り向くとそこにあったのは、目玉が半分跡形もなく吹き飛び水晶体を露出させ、ついでに嘴も完全にへし折れた状態でビクンビクンのたうってる、えっと……名称不明の花生えた木である。
うわー、あいつ汁吹き出して痙攣してら。ウケルー。
……うわぁ。
「やっぱり入れすぎたか」
そうじゃないんだけどね、きっと。
ただなんか呟かなきゃやってらんないなんだこれ。
なんだよあれ、あんなに攻撃力あるなんて聞いてねぇよ。
釘か? 釘のせいなのか?
ンなわけあるか。自分もみんなで何回もこの実験やったけどこんなに威力なかったぞ。
被害があったとしてもそれはせいぜい親のげんこつが飛んでくるくらいだ。
「せ、先生あれ、何なんですか?」
ん? おーおー、どーしたムー君青い顔しちゃって。
って、人のこと言えんか。あは、あはははは。はぁ。
「先生が投げたあれをあいつが食った途端爆発して……いったい何なんですか? 魔法、ではないですよね」
あ、食べたの。なるほどだからか。
きっとかじって穴開けて大爆発の流れでしょう。それか噛んで圧をかけたか。どーりでジャストな位置で爆発したと思った。
にしても威力がなぁ……え? あ、うん説明ね。うん、まかせろ。
「……ドライアイスってねぇ、気化すると体積が700から800倍くらいになるの。で、そんな固体をそれなりに暖かい水に入れて密閉すれば、一気に中で体積が大きくなって、その圧に耐え切れなくなった瞬間……バァン」
と、夏場に百物語で鍛えた物々しいトーク術とジェスチャーでお伝えしました。
だってそうでもしてよそに気を回さないとやっていけないもん。
しっかし正直自分でもこんな説明をしておいて割と無理あるなって思うんだがどうでしょう。
なんだよ、あれ。1.5リットルでやっとコンクリ砕く程度の攻撃力でなかったのか?
「……ドライアイス」
あ、なんかムー君の琴線に触れたっぽい。男の子は爆発とトランスフォームとバルスに弱いからね。
まぁ、魔法があればできるでしょう。頑張ってくださいね。自分はもう封印しますから。
「……あ、ちなみに空気中に二酸化炭素は0.032パーセントしか含有されてませんのでドライアイス作成はいろいろがんばってね」
実際はどんだけ大変なのかはわからんが。いっつも遊んでいた時はアイス屋さんでもらってたからね。
「……ええ、わかりました」
うんうん、そうやって人は成長していくのだ。決して投げっぱなしでは――ん?
「先生、なんで……」
……地雷が服引っ張ってこちらを見ている。涙目で、上目づかいで、服の裾を引っ張ってる。
何もなかったらかわいいのだろう、そそるのだろう。しかし今は……やめてください。
「なんで、私を叱ったんですか?」
うわぁい。二枚三枚どころでなくオセロの端から端までひっくり返すような勢いで地雷を素破抜てるぜー。
なにこれどこにこんなことになるフラグがあったの? 自分こんなことになるなんて全く思っていなかったよ?
いくらなんでもイベント条件唐突すぎやしませんかねお嬢さん。それともこれを足掛かりに今後のイベントを進行していくのか?
だとしたらシナリオ考えたやつクソだろ。人生はクソゲーだ。
「なんでって、そりゃぁ……」
そんな、そんな純粋な焦点の合ってない目で見るな!
これはなに!? なにが正解!? どの選択肢を選べばいいの!?
なんで叱ったってそりゃあ自分の精神衛生の保全以外の何物でもないのだよ。
だけどこれ正直に言ったら大爆発しそうな気が……えっと、えーっと。
「き、君のためとかおこがましいことは言わないけどさ。だけど君が傷つくのを見たくなかったんでね」
そう言いながらこう、彼女の頬に触れ、少し浮き出た涙をなぞるように髪を梳くように撫でてやる。そしてなるたけやさしく頬笑み……はいここ地雷一発踏み抜きました!
こーいうイケメンにのみ許される行為を何でしちゃうかな!!
恥ずかしすぎて泣けてくるんですけど死にたい!!
嘘と真実ブレンドしようとした結果がこれだよ! 大失敗! 死にたい!! あはははは!
「そ、そんな……」
ほら、シルバちゃんも頭のクルクルパーな人を見るような目で嘲るように――あれ?
なんでそんな顔赤くすんの? なんで顔付せんの? なにこれ想定外なんですけど。
「……そんな、そんな、あ、ありがとうございます」
消え入りそうな声でつぶやくと、彼女は頬に触れてる自分の手に、その小さな手を重ねてくる。
あ、はい邪魔ですよね、手、離しますね。ごめんなさい。
そうね、考えてみたらこんな痛い人が目の前にいたら、自分も恥ずかしさが伝染して赤くなるってもんだ。目を伏せるってもんだ。
食糧がナマ言ってすんませんした。死にたい。どっかにロープ落ちてないかな。
「あ……」
はぁ、ま、そんなもんでしょ。イケメン以外には厳しい世界なのよ。
あれ? てことはイケメンが多いこの世界は自分にとってハードモードってことかな? つらい。
「先生」
「どうしたムー君。変なものでもいたか?」
「ええ、あそこ」
……ん?
首を傾けるとそこには臨戦態勢のムー君と……なんだ、あれ。
向うの方に見えるのは赤い影。
重々しく陽の光反射させるそれは、一振りの諸刃の剣を中心線に沿うように構えた紅色の甲冑姿。
それが、いつのまにやら自分たちのすぐ近くに待機していたのだ。
……あ? なにこの状況でまだ問題増えるの?




