3・発見
アレから自分はただ歩いた。ただただ歩いた。
途中さすがに甚平とはだしではきついと気がつきTシャツジーパンに中学時代の運動靴に着替えたのと、緑色の角生えたウサギとか赤色の六本脚の狐とかと遭遇した以外は、ただただ真っ直ぐ歩いていた。
いやぁ、こっちの生物って怖いんだね。みんなエンカウントしたら速攻襲って来るんだもん。
というかウサギなんか角で刺そうと飛び跳ねながら頭突きしてくるし、狐にいたっては火を吐いてくるんだぜ。しかも脚が六本だからね、六本。
……まぁそれに対して自分はなんやかんやとして撃退した。そう、主に『名前をつけて保存』という変態能力使って。
手からビームとか、口からファイヤーとか、もうホントに何でもござれさ。
ただ、さすがになんもないところから物質を作り出すのはできないようで、武器やらなにやらは出せなかった。
まぁいいさ。武器持ってるし。昔仲間内でキャンプ行った時に使った折りたたみスコップあるし。
自分はスコップこそが白兵戦最強武器であると信仰しているから、別に満足だし。
それに折りたたみスコップは凄いんだからね。スコップとしてはもちろん桑にも変形させる事ができるしノコギリがついてるし、何なら木材程度なら叩き切れるししかも折りたたみのクセにある程度頑丈でお値段も1000円ちょっとくらいとリーズナブル。
正直、災害時の備えに一つはあったほうがいい、と言うか必需品だと思う。トイレも穴掘って埋めれば水使わなくて済むしね。
そんな訳で自分はTシャツジーパン運動靴にスコップを装備して歩いていいた。
ちなみに着替えるに当たって青空の下で服を脱いだわけだが、誰もいないとわかっていても非常に恥ずかしさの残る体験であった。
……んなこたどーでもいいんだよ。で、自分は歩いていたのよさっきまで、そんな格好で。
そう、さっきまで……うん。
「何者だ貴様」
そんな声をかけられるまでは。
落下地点から30分程歩いたところで自分は異変に気が付いちゃった。
なんかね、岩山の方向からいっぱい来てるんですよ。馬とか人とか鎧とか。
それを視認して自分は、あぁ人だ。よかった人が居た。だけど何か物々しいぞ、ちょい怖いからあっちに避けるか。とか考えてる間にあちらもこちらに気が付いて……こんな状況である。
どんな状況かって? 行く手塞がれて槍向けられてるんだよコンチクショウ。
目を向ければ完全武装の武器持った鎧たちが、いっぱいいる。馬みたいなのに乗ってるのから何にも乗らず武器を持ってる方から色々と。思わず、両手を挙げる。
自分は悪いハセガワじゃないよ。
そう思って辺りを見回す。そうだ、きっと自分ではない他の誰かがどこかにいる……訳ねぇよな。自分以外に誰もいない。
そして再び鎧たちを見る。その一番前には鬼とも修羅ともいえる目つきが悪くて怖い顔した赤い髪した馬らしきものに載ってる長身の男性がいる。その背中に大きな諸刃の斧と大きな鉈を背負っており、処刑人とか言われたら信じてしまう風貌だ。
そしてさらによく見るとその後ろには槍を構えたたくさんの……えっと、たくさんの……え? なにこいつらなんで猫耳とか角とか鱗とか生えてんの? なんでそう変なものがおっさんの頭に……あー、確かここ魔法とかあるファンタジーな世界よね?
馬もよく見たら一つ目だったり鮫みたいな牙が見えてたり鱗があったり……あ、なーんか嫌な予感してきた。
とりあえず、笑っとこ。微笑んどこ。どんな時にも笑顔は大事なのです。
「何者かと聞いている、質問に速やかに答えろ」
赤い人が低く唸る。見下すようにこちらを見ながら。いや、何者と言われてもねぇ。
神様からほっぽり出されて空から落ちてきた理由もわからん異世界人です。と言っても信じてくれるはず無いよなぁ。
「……自分の名前は長谷川鳴海で、風来人やってます」
とっさに答えたこの言葉。どこの世界にこんな格好で風来人やってる奴がいるんだよ。まだ見た目的には炭鉱夫の方がしっくり来るぞ。まぁ場所に対する違和感がパないけどな!
圧倒的なまでに不審者じゃないか。不思議のダンジョンでもみねぇぞ。モンスターハウスにでも入ってろ。
しかし赤い人はそんな答えでも納得してくれたのか、すこし何か考えるように黙り込んだ後、手で合図して周りの鎧に槍を下ろさせた。
助かった、と思うのもつかの間、彼は言った。
「では、ハセガワナルミ。いくつか質問させてもらうぞ」
むっ、なんかこう、上から目線だな。もっとフレンドリーにできんのか。
……まぁ立場的に上から目線は仕方なさそうですがね。
「……はい」
「では聞こう。ここらでカームルを見なかったか?」
……は? なにその質問。
自分がどこから来たかとかじゃないの?
この場合真っ先に聞くべきでしょう。こんな不審者相手だったら。
つーかそもそもね、アナタ……
「あの、ごめんなさいカームルってなんですか?」
そう、自分の知識の中にはカームルなぞゆう単語はないのだ。
そしてこの質問をすると赤い兄ちゃんは目を見開いた。
「……カームルを知らない、のか?」
「はい」
「よくそれで旅に出る気になったな」
外野の鎧から信じられないやら有り得ないなど、困惑の反応。
きっとあーいう冒険者がカームルの子供にちょっかいかけて村に被害を出すんだぜ、とも。
あとやっぱりあんなふざけた髪してるから常識ないんだなとかもう言われたい放題です。
わるぅごさんしたねぇ。
「……カームルとは、猪型の魔物で普通の猪の比にならないくらいの大きさの魔物だ。大きさの他に、特徴としてはタテガミと長い二本の尻尾で見分ける事ができる」
兄ちゃんが説明してくれた、なんかアバウトっぽいけど。
なるほど猪。猪ねぇ……あれ、自分が倒した猪ってタテガミとか尻尾とかあったっけ?
うーん……覚えてねぇや。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ。ただ自分が首の骨折った猪ってそんな特徴あったっけかなと……」
いって気付いた。あ、これも詩化して駄目な奴じゃね?
と思うやいなや、ザッ! という風を切るようなきれいな音がした。槍が再び向けられた瞬間である。
怖いですやめてください怖いです槍怖いです。どんだけぴったりのタイミングで槍向けくるんすか。兄ちゃんこいつらどうにかしてください。
と、救いを求めて赤い人の方を見たのがいけなかった。そこにはさっきの3割増位の睨みを自分に向けている赤い人が居た。
恐っ! 人間あそこまでなるともはや悪魔の領域だよっ! この人も目からビームでてくんじゃね!? あ、歯がマジ悪魔っぽい。じゃなくて! と言うかこの兵隊さんのラインナップならガチでこの人悪魔かもわからんからメッチャ怖い!!
何もしかして自分、特別天然記念物を食べてたりするの!? 守り神様へし折ったりした扱いなの!?
そう思いながら彼から目おはなせないでいると、その引き攣った口から更なる質問が飛んできた。
「……どこにある?」
「……へ?」
「死体だ。殺したのなら、どこかにあるはずだろう」
そう言いながらも眼光鋭く、まさに自分を射抜かんとするようにこちらを見る。
「あ、あっちです」
「おい」
彼の言葉に間髪入れず、鎧集団の中から何かが自分の指した方向に駆けていく。
あぁ、きっと確かめに行くんだ。でもあれだ、徒歩でここまで30分かかったんだからいくらがんばっても結構な時間かかるぞ。
あぁ、またこの怖い人に質問されるんだろうな。嫌だな。
……と、思っていた時期もありました。
「隊長、確かにあの方向にカームルらしき死骸がありました。詳しくは調べていませんが、恐らく間違いないかと」
そう報告するのは、きっとさっき走って行った人の一人だろう。詳しく走らんけど。
でもこれだけは言わせて。はえぇよ。自分の30分を返せ。
そう内心で舌打ちしていると、赤い人が再び話しかけてきた。先程より警戒したような感じで。
「……それは、本当に貴様がやったのか?」
「は? え、あっはい……そうっすけど……」
あっぶね、ちょっと素が出た。
「どうやってやった」
……いやどうやってって言われても、説明に困る。
下顎殴ったら、ベキッといっちゃいましたってか? 無理があるべ。
「……下顎殴ったら、ベキッといっちゃいました」
しかし無理があろうとなかろうと、それが現実なのでそう答えるしかないのである。
いや、さすがに『名前をつけて保存』についてまでは言及しないよ? なんかこう、まだ相手がなんなのかわからんのにそこまで曝けるのは、ねぇ。
と、やってる間に今度は先程報告に着た鎧の人が赤い人の服を引っ張って、彼が屈むと彼に耳打ちした。
いや、赤い人。馬から降りようよ。
しかし降りることなく一言二言会話をした赤い人はしばらく考え出して、
「……何故だ」
いきなり話しかけてきた。なにがだ。
「えーと……、何故、とは?」
「何故カームルを殺した?」
あぁ、やっぱり護り神的なの殺しちゃったのかな? メッチャ顔が怖い。
……でも考えてみれば猪は正当防衛だし、今の現状怪しいだけで風来人、というか住所不定無職ってのは仕方のないことだし、別段こんな数百年前の軍隊染みたコスプレ集団に文句言われるいわれは無いわな。やらなきゃやられた、それだけですよ。
あ、そう考えるとだんだん腹立ってきた。
「……襲われたから返り討ちにしただけです。やらなきゃやられた。問題あります? あなた達だって敵が来たら反撃するでしょう? 同じっすよ同じ」
ちょっとだけ不機嫌さを滲ませながらそう言った。
もういいよ、別に天然記念物だろうが関係ないね。来るならきてみろ、服だけ溶かすビームを目から撃ってやる。
だがしかしだ。ここで自分は赤い人の瞳が揺れるのを見逃さなかった。
相変わらず顔は怖いままだが、なんかこう、戸惑ってるみたいな。
「……なら、なぜだ」
「は?」
「ならなぜ私達を撃退しない? 明らかに私達は敵意を持って貴様に対峙している、命の危機に直面している。なぜ攻撃しない?」
彼のその言葉の直後、後ろから『なに言ってるんですか!』とか『挑発しないでください!』とかいった声が聞えてくる。おいさっき隠そうともせず悪口行ってたくせに随分弱気じゃないか。
というか何を言ってるんだこいつは。撃退とか、ねぇ。
「だって言葉通じるじゃん。こうやってお話して解決したらだめなん?」
と言うかあんた兵力差を考えて物言いなさいよ。1対なんぼよ、話し合いと逃げる以外で自分が生き残る術あるか?
「……そうか」
しかしナニを勘違いしたのか赤い人は納得した様子でそれだけ言うと、サッと馬から飛び降りて周りの静止も聞かずこちらにツカツカ寄ってきた。
な、何だヤル気か!? 敬語じゃなくなったのは油断して化けの皮が剥がれただけです謝りますから許してください!!
「最後に二つだけ、質問しても言いか?」
自分の近くに寄ってきた赤い人は、こちらに目線を合わせるようにしゃがんでそう言った。
その顔は先程までの戦場に駆り出す修羅のような表情とは違って、まるで契約成功した悪魔のような慈愛に満ちた顔である。
……うん、こえぇよ。微笑んでるし、声も先程までと違い和やかだし、歩み寄ろうとしているのはわかる。が、どうにも怖いのだ。あれだ、隠し切れないインテリヤクザ臭がするよ、この人。
「……どうぞ」
しかし顔が怖いだけで差別しないのが自分である。決して状況的にも顔面的にも逆らったら死にそうとか考えていない。決して。
「君は、どこから来て、なぜここに来たのだ?」
優しい声色。顔はともかく、
しかしこの質問は、なんつーかなんとも答えづらい質問で。
下手に日本とか言ってこの世界にとっての日本の認識が『悪魔の住む国』とかならやだしな。あのクソ女神ならそんな原因になりそうな人物放り込みそうだし。
まぁそんな心配は早々ないと思うが……ない、よね。うん。
そして後者についても……あー、うん。そうだね。
「……自分は、日本と言う国から来た日本人だ」
胸を張ってそう言った。さすがにこれは、嘘をつきたくない。悪魔の国ならそんときゃそん時だ。
……で、そう胸を張っときながら続く言葉がなんとも間抜けなものなのですよ。
「……で、なぜここにいるかですが……ちょっと、逆に聞いていいですか?」
「なんだ?」
いぶかしげな眼がこちらを見る。めっさ怖い。しかも聞かれ方によっちゃふざけてると思われそうなこと言おうとしてるからなお怖い。あと近い。
「えっとですねぇ……あー、うん」
口ごもり、目を逸らし、腹を括って言うのは、なんとも間抜けな言葉である、
「……ここ、どこですか?」
重たい沈黙の中、炭が燃え爆ぜる音だけが響いていた。
視線が、痛いよぅ。