29・自爆特攻
結局。
「あれが今回の討伐対象のヤテベオですね」
「見て分かるように巨大な蠢く木の魔物です。根や蔦で獲物を捕らえ、一輪だけある大きな花の中心にある口で捕食します。ちなみに弱点は火と、嘴の中の目玉です」
「……どんな進化の選択したらそんな色々めんどくさいところに目ン玉つける気になるんだろうねぇ。食いカスついたりしないんだろうか?」
次の日の朝にはこうやってクエストに駆り出されることになってしまった。
拒否権? ねぇよんなもん。自分がおめざを食べてる間にお姫様が嬉々としてギルドから依頼をひっぱってきて今に至るのだ。有無を言わさず、すごくいい笑顔で。
ついでに最近ここよりちょっと向うで新しくダンジョンが発見されたとか、冒険者に決闘を挑む不審者がいるだとか、隣国の動きが怪しいだとか、その隣国の王が乱心なされたとか、そこら付近で奴隷狩りが活発だとかいろんなことを一方的に言ってくれた。興味ねーよ。
正直そろそろ自分は怒っていいと思うんだ。というか相手が権力持ってなかったら既に爆発していただろう。
が、過ぎたことはもういい。考えないでおく。
そんなこんなで、自分は現在とある依頼を受けているわけで。その依頼内容は『北の街道付近に出現した食人木の討伐』らしい。強くて大きくて危険で、あと横に森があるからさらに大きくなる可能性があるんだって。大変だね。
ちな、パーティーは自分とシルバちゃんとあとムー君な。この選出は近衛隊大じゃんけん大会でムー君が優勝した結果である。この世界にもじゃんけんがあったとはびっくりだよ。
あ、ちなみにシルバちゃんの方は最初っからやる気満々で、なぜかじゃんけん関係なくついてくるのが決定されてたけどね。なんでだろうね。
あとお姫様はさすがに危険なのでお留守番だそうで。ここら辺の聞き分けは良いようだ。
ま、そんなわけで自分たち三人は王都の北の街道の端にて、件の食人木を眺めているのだ。
たまーに関係ない人が近くを通ったりもの珍しそうに自分らを見たりするけど、それらは気にしない方向で。
ほら今だっていかにも騎士って感じな赤い甲冑やら小さこい女の子やら大荷物抱えた商人やらが、遠くで立ち止まり自分らをまじまじ見てる。
で、問題の討伐対象なのだが、なんというかあれだね、なんで無駄に表面がヌメッてるんだろうね?
蔦とか根とか、正直そういう肌色の多いゲームに出てきそうな気持ち悪いのは自分の関係ないところでやってほしい。そもそもまだ対象年齢になるまでにあと数か月あるんだし。
「さて、どうしましょう」
ボケーっとどうしようもないことを考えている自分の気持ちなどつゆ知らず、ムー君が真面目な声で聞いてきた。
どうしましょうって、しらないよ。自分に聞くな。そもそも自分は魔物に対する知識も何もないんじゃ。というか動物と魔物の違いが判らんくらいには無知だからね。
「……伐採すりゃぁいいんじゃないの?」
「近づけますか?」
「ヌメヌメしてるからあんまり近づきたくないねぇ」
おい、そんな目で見るな。悪かったって、なげやりになって。
ただな、自分にとっちゃこんな案件どーでもいいのよお兄さん。それにあんな触手にネチョられるのは勘弁願いたいのです。というかそもそもあいつ根を張って動けないんだから近づかなければ無害じゃね?
……でもあれ倒さなきゃ帰れないのもまた事実。頼まれごとを投げ出すってのも世間体に悪いしね。さてどうすっかねぇ。
「やっぱり燃やすのが一番ですかね」
「あー、やっぱそうなっちゃう?」
実際それが一番楽だしね。近づかんでいいし、作業も簡単。粘液が若干の懸念材料ではあるが、まぁ大丈夫でしょう。七割水の人間だって燃えるんだ、問題ない。
でもむしろこの方法で問題があるとしたら――
「しかしそうすると近くの森に延焼する恐れがありますから、それをどうにかしないと」
「まぁ確かに、半分一体化してる場所に陣取ってっからね」
同じ理由で除草剤も無理と。もってないけ――あれ?
「そういや目ン玉が弱点ならこっから魔法で狙撃できない?」
「難しいかと。俺の魔法はあまり遠くには飛ばせませんし、仮に届いたとしても嘴を閉じられて防がれます。シルバだと逆に後ろの森ごと更地にする可能性がありますし」
「あ、そうなん」
……あれ? 今サラッと流しちゃったがなんかすごい言葉が聞こえた気がする。
「そもそも目玉には魔法が効きにくいのでほぼ無意味です。それ以外の、単純な打撃等は並以上には効きますが、まぁそもそも炎以外の魔法耐性が高いので遠くからの魔法はあまり得策ではありません。遠くからの矢も本体が木ですのでなかなか深く刺さらないのですよ」
じゃあテトラ君引っ張ってきてやっつけてもらうのも無理か。
さてはてとなるとどうしたものか――
「仕方がないですねぇ」
自分が顎に手を当て珍しく真面目にいろいろ考えてると、横から嬉しそうな声がする。
見るとそこにはいつもの大剣を携えて、嬉しそうな自信に溢れた顔のシルバちゃんが胸を張って立っていた。
……そーいやこの人たちこういうときも近衛隊の制服なんだね。メイドと執事と詰襟レインコートの組み合わせは、いや、今そんなことどうでもいいけども。
もっと言うと学ランに黄色い雨合羽に追加して、スキーゴーグルと帽子といういつもの強盗スタイルでここにいます。あんまり表に出るときは髪とかさらさない方がいいんだってさ。一応国の上の方の、信用できる方々には身分晒したけど、そのほかにはある程度隠しておいた方がいいんだと。うん、言いたいことはわかるし納得はしよう。そのあとに言った噂がある程度一人歩きした方が都合がいい場合もあるしな、という言葉だけは理解に苦しむが。
あともう割合手遅れじゃね? 方針がぶれすぎな気がする。
そんな訳で暑苦しい格好だが、さすがに合羽と学ランの前は開けさせてもらってる。蒸れるし。暑いし。あ、あとゴーグルは能力で視界が黄色に染まらないように改良した。さすがにあのままならいろいろと辛すぎたのでね。
「ヤテベオが相手ならば私が何とかしましょう」
で、話を戻すとシルバちゃんは胸を張りながら誇らしげに言う訳だ。いきなりどうした、いったい。
「……やっぱりそうなるか。頼めるか、シルバ」
そしてなんでムー君もこれだけで理解できんの?
「……なんか対策でもあるん?」
「はい。見ていてください」
そう言って彼女が剣を抜きずんずんと前へ――進むのを肩をつかんで制止する。おい、待てなんかすっげー嫌な予感するんだけど。
「待ちんしゃい、まず何をしようとしているか説明してからにしなさい」
勝手に突っ走って触手に絡まる女の子を自分は画面の向うで何人も見ている。そしてこいつは今そんな空気を出している。それは非常にまずい。なにがまずいって倫理的にも自分の精神衛生的にも色々まずい。
「はい、えっと、まず魔法で炎を身に纏います」
「うん」
「ヤテベオは火が弱点なので、こうすると蔦が絡まっても焼き尽くすことができるんです」
「ほう」
「あとは蔦とか根とかを叩き斬りながら近づいて、本体を直接叩いて薪にしてやればいいんですよ」
言って、彼女はテンション高めに剣を構えて……おいこいつどうすんだよなんか色々雑だぞ。
どーすんのよムー君。これでいいんかこれで。
「大丈夫ですよ。シルバはこういう何も考えないで攻めるのは非常に優秀です」
それ褒めてないよね。確かにスッカスカな内容ですけどももうちょい言い方あるでしょ。
「そうです。それに近づけさえすればほかに燃え移らないようコントロールもできます」
そんでシルバちゃんも誇らしげな顔すんな。ムー君のあれは褒めてるふりして割と貶してっからね。
つーかそもそもだ、なんでそんな女の子一人触手の海に特攻させる案を平然と出すのかね。人として男として自分は理解できない。
なんていうか、なんでこっちの世界の人たちはこう適当なんだろうか。
要は『あの敵にはこの子が有効だから一人で突撃かまさせますぅ~』ってこったろ?
まるで犬じゃないか。フリスビーとって来いって言われてしっぽ振ってるようなもんだぞ。
命令する方もされる方も、もっとプライドとかそういうのはないんだろうか。
なんか、すっごいイライラしてきた。
というような顔で二人を見ていると、シルバちゃんが何かを感じたのか覗き込むように自分を見つめる。
そして、少しポカンとした後に嬉しそうな顔と声で言うのである。
「……あ、もしかして心配してくれてます? 大丈夫ですよ、何回かヤテベオなら倒したことがありますし、これでも火力には自信があるんです。根や蔦が向ってきても焼き切ることができるので大きなけがはすることはありません。ただちょっと火力が強いので火傷くらいはしますが、あとで姫様に治してもらえますし」
おどけて言う様がなおのこと腹立つ。
「姫様がいるとこういう無茶もしやすいから便利だよな。俺もよく凍傷しながら突っ込んでいったものだ」
「はい、だから多少のことなら大丈夫ですよ。そもそもこういうことを想定して私がここにいるんですから。あ、あとほら、姫様からちゃんとお薬ももらってきてますし万一けがをしてもすぐに何とかなりますよ」
言葉とともに見せてくれたのは緑の液体が入ったいくつかの小瓶。
なるほど、ポーションや白魔法みたいな回復手段があるからライフで受けても問題ない、という訳か。そーいやゼノアも防御ガン捨てで特攻していたけど、お姫様の回復魔法をあてにしての行動なのかね。
うん、アリじゃないそういう戦法。自分もよくRPGでやったりするし、理にかなってると思うよ。
三回受けて一回回復とか、死んだら復活魔法が自動で発動するとかそういうのでしょ?
うん、合理的合理的。
「却下だバカたれ。もうちょいマシなの考えんさいよ」
……さて、何なんでしょうねお二方のこの顔は。
「え? な、なぜですか?」
そらきた。
理由? 理由ねぇ……。
「自分が気に入らないからです。以上」
詳しい説明面倒くさい。
というか、この一言にすべてが集約されている。
「で、でも、これが一番効率がいいんですよ。簡単に殲滅できますし、被害も出ないです。それに何回も私はやってきたので、そうそう失敗することも失敗する要素もありません」
こいつ、効率厨か。
「あのねぇ。そういうことじゃないの」
「じゃあどういうことですか!?」
あーこれ結局説明する流れ? 面倒くせぇ。
嫌いなんだよねこーいうの。自分お説教するよーなキャラでもないし、できるほど人としてできてるとは思わないから。……手短に体面よく済ませよう。
「……シルバちゃんさ、もーちょっと己をかわいがってもいーんでないの?」
「へ?」
「シルバちゃんさ、痛いの好き?」
「え、あ……嫌い、ですけど」
「だべ? んなら進んで火傷しに行くこともないべ。ましてや女の子だ、なおさらそういうことはやめといてほしいね」
「で、ですけど――」
「そもそも女の子が怪我してるのを見るのは気持ちいいものではないの。罪悪感が半端ない。見てる自分の精神衛生に悪い」
これ、重要な。自分の精神衛生の保全が何事においても最重要なのだ。
というかむしろ自分の精神衛生のために彼女を止めたといってもいい。
自分、割と洒落にならないくらいに利己主義者だからね。そういうマイナスなもの抱え込まないためならいろいろやるしいろいろやってきたよ。
「しかし――」
「うるさい。しかしもなにもねーよ。もうちょっと自身を大切に扱いなさい、そんなんじゃーいつか破滅すんよ。ほかの誰でもなく君自身が。自己犠牲も否定はしないが、ほどほどにな。安売りするもんじゃーないの、よっと」
「あうっ」
ペシッとでこピン。もうこれ以上の議論はしないよ。
さあ鉄砲玉にここまで言ったんだ、こうなったらそれを命令したムー君にも一言いってしまお――
「だ、だけど、だけど……え? なんで? え? なんで私叱られてるの? なんで? どうして先生に? え? 姫様でなく? 私が? なんで? なんで私が? なんで叱られてるの? なんで?」
……。
「ムー君、なんでこの娘バグってんの?」
「……バグ?」
「……なんでこの娘壊れてんの?」
「さあ? 俺にもわかりません」
目の前には顔色をなくして頭を抱え時折掻き毟りながらブツブツ呟くシルバちゃん。
あ、こりゃ自分もしかしたら特大の地雷スッパ抜いたかもわからん。
なぜにこの娘はお説教されただけで混乱しよるのか。
あれか、お姫様があれだからいっつもお姫様に罪を擦り付けてて、じつは怒られた経験がないとかそんなんか。またはなんだかんだでお嬢様だから蝶よ花よと大事に大事に育てられてたとか。
……そーいやいままで彼女が誰かに怒られてるとこ見たことがない気がするな。たびたびドジして注意されることはあっても、がっつり叱られることは見たことないね。スゥ君がシメられるんだったら日常茶飯事なんだが。
「まぁ、とりあえず置いておきましょう」
「それでいいんか?」
「大丈夫でしょう。たまにこうなりますし、ほっとけば治ります」
そしてムー君はどこまでもクールだね。なんで最初に彼女募集中とか言ったのかわからんくらいクールだね。
しかしこんな状態がたびたびあるんならこれもうお医者さん案件と違く――
「で、先生」
「……なに?」
「シルバに任せる以外のあれをどうにかする方法、あるんですか?」
そう言って彼が指さす先には……名前なんだっけ?
「あそこまで言ったのなら、よりよい方法があるんですよね?」
あぁ、それ? うん、考えてる、よ?
……わかったからそういう目で見るな、目を逸らす方の気持ちにもなってくれごめんなさい。




