26・制服
一国のトップと公式な場にお呼ばれする。
そんなイベントを経験したことのある高校生は、現実には今まで何人いるのだろうか。というかいるんだろうか。
まぁ正確にはお姫様曰く、彼女がここに戻ってきた事とかそういうのを報告するためのイベントで、自分についてはそのついで、おまけらしいけどね。
戻ってきたよー、楽しかったよー、あ、あとこいつ新しく近衛隊に入れるからね、覚えといてね。というような感じ、らしい。
あと、これは本来そこまで大々的にやるようなものでもなく、ようは魔王様ご一家の問題であるからして国の貴族を大量に招集してまでやるようなものではないらしいよ。一応告知はして、着たい奴は見に来ればいいさ、というスタンスだと。
ようは大々的におかえりなさいを言うイベントね。
これだけ聞くと何かしょぼいが、これも王族が今どこにいるのか無事でいるのかを示すのに必要なんだと。
そんな訳で、今回のこのイベントの主役はお姫様。自分はおまけ、お子様ランチの中のパセリ。
もうこれを聞いて喜んだね。ただおかえりをするだけの自由参加イベントなら貴族はきっと少ないはず。集まっても魔王様に近しい人たちとかそこらへんだろう。人の目が一つでも少なくなる事はよいことだ。
……が、とはいっても結局魔王様、つまり一国の王様に会うというのは確定事項であり、その事実の前にはそんな気休めは全く意味がないと後から思った。
だって、結局王様に目をつけられたらそれで終わりだもん。なんたって王様だ、そこらの貴族と十把一絡げにしてはいけない。
権力が違うよ権力が。
「……はぁ~」
と、いう訳で現在自分は完全装備でベッドの箸に腰掛けていた。非常に鬱々とした気持ちでな。
ほんと、張り切りすぎて日の昇り始めたくらいの朝早くから起きて準備をしてしまったぜ。はっはっはっは……はぁ。
あ、ちなみにこの場合の完全装備とは、もちろんいつものTシャツジーパンなんて舐め腐った格好じゃないよ?
高校生の一張羅、冠婚葬祭なんでもいける万能礼服にして基本装備。学校制服、詰襟学ランである。
ちなみに冬服ね。ここで夏服チョイスするのは自殺志願者だと思う。
ピシッとした上着、皺のないズボン、糊のきいたワイシャツ。そして襟にある校章もクラスを表す『2-8』バッジも、図書委員の『図書』と書いたバッジも寸分の曲がりもなくピシッとしてる。
よかったこっちに来る前の金曜日に土砂降りに降られて。土曜日にきちんとクリーニングに出せて。ちくしょうめ。
ああしかし……謁見はお昼前か。
現在自分の腕時計は午前7時35分を指している。11時に始まるとしても大体あと3時間と30分くらいかな? とても長い。
本当、処刑寸前の死刑囚ってこんな気持ちなんだろうか?
「はぁ~」
何度目かの溜息が口から零れる。
起きてから何度目だろうか溜息吐くの。少なく見積もっても、20回は吐いている。
溜息一回で幸せ一つ逃げていく。とは言うが、幸せが逃げる以前にこっちの世界来てから幸せがそもそも自分のところに寄りついていない気がするのは気のせいだろうか?
「……はぁ~」
ああ、もう逃げ出したい。
そう思って項垂れる……と、そこで勢いよく扉が開いてきた。
「ナルミ! 起きてるか!!」
びっくりしながら顔を向けると、そこにはいつもの自信に溢れる笑顔をしたお姫様と、その後ろに控える近衛隊の女性陣。
自分が驚き固まってるうちに彼女、お姫様は不躾にも当然のように自分の部屋へと足を踏み入れ――
「なんだ、もう起きてたのか! なら早速だがお前にこれを……」
二、三歩進んだ辺りで固まった。なんだ、どうしたその顔は。
……まさか変な所ある? 服装も大丈夫だし、髪もきちんと整えたし、鼻毛もでてない、爪も伸びてない。後なにある? 靴だってきちんと入学式の時にしか使っていない革靴をわざわざだしたんだ。思い当たる節はない。
「お前、その格好……」
「え? なにやっぱりどこか変?」
慌てて立ち上がり色々チェックをするが変なところは見当たらない、と思う。
そしてしばらくそうやってるうちにお姫様が自分の目の前にやってきた。あと後の二人と……あ、スゥ君いたの。ごめん扉の影かわからんけど見えてなかった。
わぁい、女の子と男の娘が大挙して自分の部屋にやってきたぞー。ごめんなさい。
「……ナルミ、その格好、なんだ?」
「え? あー、一応自分の学校の制服なんですけど、何か問題ありますか?」
「……」
……やめて、その目を細めて呆れたような見下すような顔やめて。死にたくなる。今の精神状態だと本当に死にたくなる。
「……なんで」
「はい?」
「何で今までそれを着なかったバカタレ!」
……は?
え、なにいってんのこの娘……とか思う間もなく、お姫様が興奮したように自分に駆け寄り裾を掴んだ。
ほぼ同時に、残り三人も自分に寄ってきてそれぞれ思い思いに自分を観察し始める。
……ここで『何これホントどういうこと?』と思わないで『お姫様と妹と人妻と男の娘に囲まれるとか、今これが自分の一番のモテ期かも知れん』とか考えてしまった辺り、たぶん自分は腐ってる。
「なんだこれは何でできてるんだ? 編み目も凄い細かいし見たことない材質だし、本当になんだこれ」
「……なんですかこの金ボタン。金みたいですけど金じゃないみたいですし、しかも全部寸分違わない彫刻って……どんな技術なんですか?」
「すっご、かっこいいなにこれ。もうここまで真っ黒だといっそ清清しいですね」
……あー、そうか、この格好が珍しくてこの反応か。
学ランって、そんなハイテクノロジカルなものだっけ?
ただ一人、シルバちゃんだけは何か近くでぼうっとこっちを見てるだけである。
きっとアレだな、コメントが思いつかないんだ。
「本当なぜお前は今までこんなかっこいい服を着なかった! いつもの格好も大概奇妙でミステリアスではあるが、こんな研ぎ澄まされたような格好があってなんで今まで隠してた!!」
「研ぎ澄まされた……いや、これ暑いし」
「バカ!!」
……なんというか、昨日の出来事とこの後のイベントのせいで精神状態が平時とは違うというのを差し引いても、なんかこのお姫様相手にすると、毒のバッドステータスみたいに地味にストレスたまってくんだがどうしよう。
「ほんとなんでこんなかっこいい服装を……どうしようこれ、凄く誰かに自慢したくなってきた」
……ホント地味にストレスが溜まる。
怒るほどではないが、なんだ、自分はお前のおもちゃか何かか?
「……せんせ――!!」
そして何か言おうとした直後鼻と口を押さえて後を振り向いたシルバちゃんは、いったいなにがあったのだ?
「シルバちゃん大丈夫? 何かあったの?」
「は、はい……だいじょぶです」
とは言うものの後ろを向いたままこちらを向かない彼女はどう見ても大丈夫そうではない。
ミミリィ隊長も同じように感じたのか、他の二人とは違い彼女はスッと自分から離れてシルバちゃんの方へ――
「ちょっとシルバ、鼻血……」
本当になにがあったの!?
……まさか自分に――
「は、はい……でも、もう止まりました、大丈夫です」
「なに、今回は何があったの?」
「いえ、あの……朝、ベッドから床へ顔から落ちまして……」
「また?」
自分のドキドキを返せ。
なんだよ、もしかしたら自分の格好が彼女の趣味にドストライクでー、とか少し考えた自分が恥ずかしいわ。
……いや、でもあれ見てると普段日常で鼻血を出す原因を量産してるシルバちゃんの方がはずかしいか。
あ、ちなみにエロいことで鼻血をだす、というのは正確には正解とはいえないんだよ。正確には『興奮して血流が早くなり同時に体温も上昇し血管が広がり血流もよくなり、それに耐え切れずに鼻の粘膜が傷ついて鼻血が出る』が正解。エロい事限定ではないのだ。
ちなみに高血圧だったり、鼻の粘膜が弱い人程興奮で鼻血が出やすい。
以上、鼻血についての豆知識な。
……しかしなんだ、シルバちゃんはベッドから落ちて顔を打つのか。
あざとい。露骨なドジッ子アピールかこいつ。
かわいいじゃないの。自分、そういうの好きよ。
ほらあれだよ、自分の尻尾追いかける犬とか自分で出した音で驚き飛び上がる猫とか、そんなかわいさがある。
だから自分はリアルなドジッ子にはある程度寛大な心で接し萌える事ができます。例えそれが明らかに狙ってやってたとしても関係ない。かわいければいいのだ
ただし、こっちに被害がなければ。
こっちに被害がなければ。
そんな訳で自分は今現在進行形でお姫様によって溜められているストレスを、シルバちゃんで発散する事ができた。やったぜ。
「ナルミ! 命令だ! これからはずっとこれ着ていろ!!」
しかし同じだけまた溜まった。こいつめ。
「……しかし替えがありませんので」
「似たようなのはないのか!!」
「ねぇよ」
あ、つい素が。
でも詰襟が他にないのは確かな事実。中学の時のは近所の子にあげちゃったしね。
というか、あったとしても着れない。身長伸びたし。
……伸びたし。
……。
「で、あなた達はなにをしにここにきたんですか」
つい、いまだ成長し続ける忌まわしき己の肉体に対する私怨を彼女達にぶつけてるような言い方になってしまった。
が、誰も気付いていないようなので気にしないでおこう。
「あ、そうだった。お前に渡したいものがあったのだ」
「渡したいもの?」
「うむ。お前の近衛隊としての制服だ。それを着て父様に会う予定だったのだ」
ほう、制服か。てーことは自分は男だから、そこのスゥ君みたいな執事服もどきになるんだろう。
あれ地味にちょっとかっこいいなと思っていたんですよ。
あ、そういえば昨日フィーさんも言ってたな。正確には覚えていないが、近衛隊なら制服をうんちゃら、的なニュアンスなのを。
……ん? という事は、今回の謁見もこれに着替えたら――
「が、そんないい服があるなら別にいらない」
「いやいくないでしょうが」
何を言ってるのだ貴様は。制服なかったらまた昨日みたいな事になるかもわからないだろうに。
それに仮にこの格好がまかり通ったとして、これが汚れたら替えがないではないか。それは非常に面倒。
「むぅ、そうか……まぁ、もう作ってしまったからな。無駄になるし、渡すだけ渡そう。スゥ」
「はい姫様」
そう言うとスゥ君はサッと部屋の外に出ると、すぐに何か木箱を抱えて戻ってきた。
そして彼がそれをあけると、そこには新品の近衛隊の制服があるではありませんか。それも三着。
「おお」
「凄いだろう。近衛隊他一部上級職は全部オーダーメイドしたものなのだ」
事前に工房に注文しといて作らせたのだ、と続いた彼女の言葉は自分の耳には届かない。
なぜならある疑問が頭の中に浮かんだからだ。
「……オーダーメイド?」
「うむ、そうだ」
「いつ採寸した?」
少なくとも、自分はこっち来てから測られた記憶は微塵もない。
「ん? リムとスゥとテトラに頼んだらやってくれたぞ」
……今の自分は一体どんな顔をしてるんだろう。
少なくとも、スゥ君が『ヒィ』っと言うくらいの顔はしていたようだ。
なんというか、非常に残念な気持ちでいっぱいです。
「という訳でこれはお前の制服だ。それが近衛隊の基本の格好となる」
「……わかりましたよ」
対応が投げやりなのは、しかたがないだろう。
なんというか、一言声くらいかけてくれたらよかったのにな。
「が、まぁそっちの格好の方がカッコイイから基本そっちでも問題ないぞ。というかその方がいい」
……そうかわかったぞ今日のストレスの原因が。
さっきからあれだ、服装ばかり褒めららて暗に『馬子にも衣装』といわれてるんだ。
本人達は褒めてるつもりで悪意がないから、余計ストレスが溜まるんだ。
「あ、あと今回の謁見では今の格好で来るように! 着替えなくていいからな!!」
……チッ。
「……ぶっ」
「あ、ほらまた鼻血出して。落ち着きなさい」
「ふぁ、ふぁい」
……そして、こっち向くたびに鼻血を出すあの娘は本当に大丈夫なんだろうか?
まぁ、なんか車輪回しすぎて一緒にくるくる回っちゃうハムスターみたいな小動物感があって癒されるから自分的にはいいけどさぁ。




