25・所有権
めんどくせぇ。それが今の自分の心境である。
「ナルミ! お前こんな小娘の所辞めて俺の近衛にこい! 歓迎してやる!!」
「はぁ!? なーにトンチンカンなこと言ってるんですか兄様! ナルミは私の近衛です! 勝手に引き抜くな!!」
「うるさい! 兄貴に逆らうのか!?」
「私の兄はゼノアだけですー! 勝手に人の近衛を引き抜くようなアホな兄などいりません!!」
「なっ!? くっそゼノアめ……ナ、ナルミ! こんな奴のもとにいてもいいことないぞ!!」
「うるさい! 毎日稽古と称して兵士や近衛を虐めてる兄様に比べたら私の方がよっぽど幸せです!!」
「ナルミ! こっちにくるよな!?」
「ナルミ! いくな! ここにいろ!!」
「……落ち着けこのアッパラパー共。しばき倒すぞ」
という具合である。早い話、ここに王子様とお姫様の自分争奪戦が発生してるという訳である。
わーい自分モテモテだー。こういうのを傾国とでもいうんだろうか。ばかやろう。
「むー……先生は先生で私たちの先生ですからとらないでください王子様。かわりにおみやげあげますから」
「そうだそうだ。お兄様はアッパラパーなんだからポリャの実で我慢してください」
「そんなものいらん! 後誰がアッパラパーだ!!」
いやー、それにしても4畳半に6人は狭くないか? ね、一人頭半畳もスペースがない。
机と椅子があるからなおさら狭い。だからお前ら、そういのはあっちでやってくれ。そんな扉またいでではなく、廊下に出てからやってくれ。
「……勇者様も大変ですね」
「そうね、人間の勇者だからね」
そしてそこの姉妹はなにまだのんきにくつろいでるんですか。止めろよ。
といった念を込めて彼女らをできる限りの眼力で睨みつけていると、それに気付いたのかフィーさんが干しポリャを食べながら一言。
「むぐむぐ……私は止めませんよ?」
それだけ言って再び談笑を、ってまてまてまて、止めろよ。
「いや、止めてよ。この状況招いたの基本的にあなたですからね?」
「そうですけど、私からしたら王子様の意見には諸手を挙げて賛成なので、余計な口は挟みたくありません。もぐもぐ」
なぬ? なぜにアナタが賛成?
「え? なんで?」
「んぐ……見てわかるとおり、私は王子様の近衛に所属しておりまして」
……あ、そうなん? ごめん見てわかんなかった。
「ですが王子様は非常に活発でして、毎日毎日私達近衛や近隣兵士に迷惑をかけるんです。曰く『もっと強くなりたい』から、という理由で。そんな訳で私達は毎日王子様に振り回されっぱなしなのです。ですので、人間の勇者さまが私達の仲間に入ってくれれば王子様は余計な事をせず、日々勇者様に挑み――」
「体のいいスケープゴートでないかそれは」
……なんだろう、だめだどうしても自分の中でのフィーさんの株が上がる気配が見られない。
そりゃあ初対面から今までの経緯が色々アレだったからしゃーないっちゃしゃーないが……あ、それ踏まえて考えるとどう足掻いてもこれ以上評価が上がる気がしない・
よし、今日が終わったら彼女ともう二度と絶対に関わらないようにしよう。
「……お姉ちゃん、それ酷い」
あ、ほら妹さんもメッチャ引いた顔であなたを見て――
「でも勇者様が来てくれれば、もううちの隊からは隊長みたいに無理して屋上から落下して入院したりする人が居なくなるのよ? それに後からあの時言っていなかった、といわれるよりは随分親切だと思うけど」
……そうか、そうか。フィーさんも苦労してるんだな。
全てを許す気はないが、少しくらいは同情してやろう。
そう哀れみにも似た視線で彼女を見ていると、不意にクイクイと服の裾、背中の方を引っ張られる感覚に気がついた。
見るとそこでは、何か不安そうな顔をしたシルバちゃんが自分の裾を引いていた。
上目遣いとか、そういうあざとい動作に弱いんだからやてほしい。
「あの、先生……行っちゃわないですよね?」
心配そうに、気遣うようにか細い声で聞いてくる。
まるでそれは想い人がどこかに行ってしまうのを哀しむ乙女のような顔であった。
……なんでこの人自分如きにこんな顔するんだろう?
確かに自分、一回フラグ立てたよ? 彼女を身を挺して護る、という実にベターなフラグを立てたよ?
ただね、だからといってこれはおかしいと思うんだ。
だってまず、自分はフラグを立てた直後彼女の脚を吸うという暴挙に出て、速攻フラグをへし折ったと思うんだ。普通いきなりそんなことされたら、相当引かれた上で二度と近づく事は許されないと思うんだ。
まぁそれは直後、毒を心配して云々と言って申し訳程度のフォローはしたけどね。
けどそれを差し引いても、やっぱり自分の行動は変態だと思うのよ。
それにそもそもそこでフラグが折れなくても、次に自分が行った行動はスープの敵討ち兼食物探しに森に突入だからね。
普通、そんな食い意地張った野郎は色々と、ねぇ? なんだよスープの敵討ちって、引くわ。
そしてだ。仮にそれでフラグが折れなかったとしてもだ。それだけの理由でこんな顔するのはいくらなんでもチョロすぎ――あ、そうかわかった思い出した。そうだったね、君自分にベタ惚れだったね。そりゃいなくなるのかもと思ったらそういう顔もするわ。
この娘きっと、自分のことをとても珍しくておいしいご飯という認識をしてるんだ。
あー、なんだよ自分の自意識過剰かよ。ドキドキして損した。
でもちょっと悲しい。
「……先生?」
「ん? あぁ、うん。自分は――」
「よし! ならこいつに決めて貰おうじゃないか! ナルミ! もちろん俺のところに来るよな!」
「違うだろう! ナルミ !私のとこに残るだろうな!」
まだやってたんかいこいつら、
というかなに、この割と究極の二択。
つかいざ自分に選択権が与えられると困るね実際。
何たって、自由になる選択肢が無いんだもん。
「……どうなんですか?」
「……そんな取り合いしたり心配せんでも、自分はエリザのとこから動く気はありません」
「いよっしゃぁー!!」
「なぜだー!?」
……二人共本当に王族か?
はしたない通り越して見苦しいぞ。
あとシルバちゃん、なんだそのどこか挑発的で勝ち誇ったような顔は。そして何でその顔でそこの姉妹を見ているんだ。
「どうだ! 参ったか兄様!!」
「何故だナルミ!? まさかこのじゃじゃ馬に惚れてるのか!?」
ない、それは地球が逆回転する程にありえない。
そしてシルバちゃん、抱きつく腕の力がだいぶ強くなってるけど何をそんなお怒りですか。
大丈夫だから。自分は君の大事な妹さんをとりませんって。
「違う! お前のとこは毎日お前が“稽古”をするんだろ? やってられるか! そもそも自分に子供をそういう目線で見る趣味はない!! というかこんな事態に巻き込んだ張本人なんかんとこなんて誰が行くか!!」
自分がそう高らかに宣言すると、先程まで騒いでいたバリスがシンと静まり……なんだその目は。なんだ、その若干かわいそうなものを見る目は。
「……それは違うぞナルミ」
「なにがだ?」
「お前、こんな美人捕まえて子供って……大丈夫か?」
「なんとなくお前の性格がわかった気がする」
そっちかよ。こいつシスコンか。
「……お前も苦労してるな」
そう言いながらバリスは優しい眼でエリザを見やる。
するとエリザは少し悔しそうな顔をした後、どこか影を帯びた顔でボソッと口を開いて言葉を吐き出す。
「……別に私はもういいですよ、ナルミを誘惑するつもりもないですし。ナルミにとって私が対象外だった、それだけです」
エリザはそれだけ言うとプイッとそっぽを向いてまるでふてくされたように黙りこくる。
しまった、女性にこういうのはタブーだったか。
……でもこうやって見ると、この破天荒なお姫様に気に入られて毎日遊び相手になってるシルバちゃんって、割とすごいんじゃないかな?
「……どうかしました?」
「いや、君って結構凄いんだなーと思って」
「ふえ!?」
だからなんでそこで赤くなる? 褒められなれてないのかな?
あー、まぁ確かにそうだね、彼女が褒められる場面ってというか近衛隊員が誰かに褒められる場面って見たことがない。
まだ若いのに、難儀な事――
「……こういうことですよ」
「……なるほどな」
ん? なにがどういうこと?
自分話聞いてなかったんだけど……なんだその生暖かい顔は。
……まぁ、どうせお姫様がろくでもないこといったんでしょう。もうバリスが納得したらそれでいいです。
「……あ、そうだ。ナルミが私の近衛ということで落ち着いたし――」
「俺は納得してないぞ」
「うるさい。で、私がナルミを探していた理由を忘れていた」
「ん? 理由なんてあったの?」
さてはて、いったいなん――
「ああ、とても大事な理由だ――お前が父様と会う日程が決まった。明日の昼前に決定した」
おい、それ言い争いの前にさっさと伝えとくべきものなんじゃないのか?
しかし明日か……明日か。
がんばろう。
……ちなみに、だが自分はこの時こう、内容のインパクトが自分的には強すぎて全く気付かなかったのだが――
「……まぁ、今はそっちでもいずれ必ずこっちにひきこむけれどもね」
という言葉を果物を食べながら言った人物が近くにいたらしい。
と、その人の妹であるノアちゃんが警告してくれた。気をつけてくださいね、との言葉と共に。
……ただ、この時自分はその内容よりも自分の横で凄い勢いでノアちゃんを睨んでいるシルバちゃんの方が恐ろしかった。
本当、この娘よくわかんない。




