22・王都にて
さてさて、自分の目の前には余裕で40メートルはあろうかという巨大な門と壁がそびえ立っております。何を隠そう、これこそ……名前忘れたが嘔吐の正門及び外壁であるとのことです。
「でっけー。すっげー」
自分は馬車の窓からそれを見て、無意識に声をあげていた。ついつい声に出してしまう。それくらいでかいのである。
まるではじめて遊園地に来たときのような、そんな気持ちがこみ上げる。
「ふふん、そうであろう、このグラディシアの都が出来て約7000年もの間に強化、拡張され続けた自慢の門と城壁だ。ただでさえ国が自然の護りのある中でこの防壁、そう破られる事はない」
ちなみに自然の護りとは、この国の北は海で西と南は魔物の巣窟な険しい山脈、東はただ草しかない平原と完璧囲まれてるのだそうな。
とかなんとか姫がご丁寧につらつら喋っていたらしいが、自分はそんなの真面目には全く聞いてなかった。
いや、突っ込みどころは色々あったよ? お前ら7000年ってどんだけ歴史古いのよ、とかその自然の護りとやらは攻められる事はなくても同時に交易も絶望的に不便なんではないか、とか。
……が、まぁいまはそんなどーでもいい事は飲み込んでだ。んなことよかもっと大事な事がある。
「ところですぐ王様に会いにいくんすか?」
これよね、自分が今1番気になんの。
だっていくら色々がんばっておぼえたとは言え、国家元首にお会いするなんて色々、そう、色々だよ。
なるべく先送りにしたい。
「んー、すぐは無理だな。一日、長ければ二日は調整に必要だろう」
「へぇ……魔王様も大変なのね」
「というか、お前がとっ捕まえた賊についての事を先にやる必要があるからな」
「あー、あの裸で馬車に押し込められてる。確かにイレギュラーな出来事だったからね」
「しかも精神をおかしくしてる奴がいるから面倒くさい。影を見て怯えるのはなんとなくわかるが、金属を擦る音や発狂して叫んでひどい事になってるし……全くなにがあったんだか」
「……ごめんなさい」
「ま、気にするな。最近ここらで問題になっている大規模な人攫い集団の尻尾を掴んだかもしれないのだ。これは大きな功績だぞ」
そう言って自慢そうにふふんと鼻を鳴らしながらお姫様は胸を張る。よだれ垂らして完全爆睡モードのシルバちゃんの髪で遊びながら。
ちなみに彼女が寝てる事は決して悪い事ではない。昨晩夜通しで見張りを行った彼女の正当な権利なのだ。
あれって結構辛いのよ。なぜか自分はやらせてもらえなかったけど
……やりたいとも思わないけどね。
しかし、でも寝てる間にもこうやって遊ばれてるならある意味では今も仕事してると言う事になるんではないだろうか。
あ、いやそれはまぁいい。とりあえずお姫様が胸を張って誇らしげにしているのだ。
なんでだろうね。確か今自分の功績云々の話してと思ったんだが。
「……まぁ、いいや」
そう自分は呟いて、再び窓の外を見る。
そこにはどこか圧倒され畏怖の念すら感じてしまう程に威厳のある大層立派な門と外壁が、まさしくこの国の繁栄を象徴するかのような雄大な佇まいでそびえている。
……とりあえず、残った時間で色々と確認をしておこう。
なんでも割かし偉い貴族だとかそういう方々が集まって自分の姿を見るのだとか。
そんな訳で自分は恥をかかないため、というよりむしろ下手こいて偉い方々の怒りを買わないように努力するしかないのである。
……あぁ、欝だ。
「……どうした?」
「いえ、魔王様とかお貴族様に会うと思うとね」
「なんだそんなことか。そんなの、そんな肩肘張らなくてもなんとかなるぞ。貴族なんて適当にあしらえばいいではないか」
それはアナタがお姫様で魔王様の娘さんだからではないか?
「それにそもそも父様は私の父様だ。なんら問題ないだろう」
……それが一番問題なんだよ。
はぁ。がんばろう。
***
……と、いった感じで決心したのが大体3時間前。
現在自分は全てを投げ出しお城の屋上にやってきていた。
え? マナーの見直し? 色々確認?
んなもん1時間もせずに飽きて投げ出したわ。
だってあっちのお城出る前にも叩き込まれたし、何回もイメトレしたしもういいかなって思ったんだもん。そういう性格なの、自分。
あと一人でやるのなんか寂しいし間違っててもわかんないし。
あ、ちなみに話し全く変わるが、自分には王宮衛士宿舎四号棟の三階にある王族近衛隊男子部屋306号室が自分の部屋として割り当てられた。ちなみに305はムー君だと。
なんでもこの棟は護衛などの王族に近しいところで働く超エリート達の住む、一般兵士憧れの場所の一つなのだとか。
部屋の内装も綺麗で、豪華すぎず質素すぎず、どこか上品な雰囲気漂うそこそこ広めのお部屋だった。
さて、話を戻そう。とりあえず自分は全てをほっぽり出してこの拾いお城の中を一人で探検しているのだ。もちろん件の銀行強盗的格好で。
いやしかしこの城は本当に広い。我が学校が10校、いやそれ以上入るほど広い。
しかも高い。遠目からもまさに天を突く高さといっていい、通天閣くらいはありそうな高さの塔まである。
自分の常識では測れないほどの広さと高さを持った建造物だ。これも魔法のおかげだろうか?
そうだな、どこぞの魔法学校みたいなお城だと思えばいいであろう。梟が飛んでないのが残念だ。
……で、何が言いたいかというとよーするにデカすぎるのだよこのお城。
しかしだからといって城内迷子なんてお約束にはなりたくないため、一番近くの階段をのぼってそこから1番上で景色を見ると言うミッションを遂行すると言う訳です。
馬鹿と煙はなんとやら 、てね。
で、そんな訳でただいま兵士宿舎の屋上にいます。
かぜが優しく頬を撫で、夕焼けが眩しく眼下に広がる町並みを赤く染めるその光景は、幻想的で引き込まれるような魅力がある……のだが、なんだろうこれ。
……なぁ、屋上ってこんなに屍屍累累としてるもんなん?
現在床には約十人程の兵士が転がっております。
一応息はあるっぽいけど、まるでカラスにあさられたゴミ袋みたいな状態だ。
そして、その兵士達が倒れてる中に佇む影が一つ。
「……誰だおまえ」
ダークレッドな髪を靡かせながら自分に気付き、影は中性的な声で聞いてきた。
背中には灰色の羽を持ち、獰猛な笑みを浮かべている。
右手の大剣が恐いです。自分知ってるそれクレイモアってやつだと思う。恐いです。
「……失礼しました」
ペコリと一礼。
とりあえず危険と判断し、即座にターンし入ってきた扉に向き直る。
自分だって死にたくないもん、周りの兵士みたくなりたくないもん。
そうだ、自分は兵士も危ない人も見ていなー―
「待てよ。お前は誰だと聞いているんだ。見たところ魔術師のようだが……珍妙な格好をしているな。お前は何者だ? ここへなにをしに来た?」
そんな声と同時に、顔の横についさっき見た覚えのある大剣が突き刺さる。
まぁこうやって近くで見るとなんとも凝ったデザインで……あっぶね!
なに! あんたなに投げちゃってくれてんの!? 今日の天気は大剣ですってか? んなわけあるか!!
「なぁ、お前は何者で、なぜここにいる?」
これがあれか、逃げようとして周りこまれた勇者の気分か。
「……自分は、第三王女様の近衛騎士隊に所属する長谷川鳴海と言う者です」
とりあえずこれくらいの情報ならば問題はないだろうと判断した。
下手に隠すと後から色々面倒になりそうな気がしたと言うのもありますがね。
そんな自分の言葉を聞いた彼は驚いたような表情をして――
「ほー、エリザの。という事はお前が噂の『人間』だな」
……えっと、二つばかり突っ込みたい所が。
まず一つ。なぜ人間だという情報がもう流れているのだ。緘口令はどうした。
そして二つめだが……そうかそうか、『エリザ』か。
お姫様を呼び捨てとは、こいつ実は結構な貴族の方なのではないか?
「どうなんだ? ハセガワナルミ」
「……黙秘権を試行します」
「ふん、まぁいい。それよりもうひとつ聞きたいことがあるのだが」
そう言って彼は一歩また一歩としっかりとした足取りで自分に近づいてくる。
その自信に溢れた威風堂々とした姿に、思わず一瞬だけだが怯んでしまう。
「な、なんでしょ?」
「人間だろうとなかろうと、近衛隊なら腕は立つのだろう。なのにお前はなぜ、こいつら見捨てようとしたんだ?」
……いや、うん。見なかったことにしようと思ってたのにそちらからそう話を振るか。
理由? 簡単さ。自分が巻き込まれたくないからだよ。関わりたくないからだよ。
自分は何より自分が一番大事だからね。そういう性格なの、自分。利己主義者なの利己主義者。
とは自分の世間体に関わるので言わないでおこう。
「いやぁ、これだけの数たった一人で倒したんなら人読んだ方が得策かなぁなんて……」
口から出まかせ嘘八百。仲間はみんな仕事です。
すると、赤髪さんは面白そうに笑みを浮べて……あ、何かこの顔どっかで見たことあるぞ。
なんだ、すっごく身近な何かだとは思うのだが――
「くっくっく……確かにそうだな。人を呼ぶ、というのは確かに一つの正解かもしれない。いやー久しぶりだ! こんな状況でそこまで冷静な奴は! ゼノア以来だ! 気に入った!!」
はぁ、ども。
でも言うほど自分、冷静と違うからね。
だって顔の横に大きな剣が生えたんだよ? そうそう冷静でいられるかって。
しかしあれだな、やっぱりゼノアの名前が出てくる時点でこいつは危ない。逃げよう。
「よし! ハセガワナルミ! これも何かの縁だ、一つここで手合わせ願おう」
……こいつは危ない。逃げよう。