2・始まりの草原
見渡す限り草、草、草でたまに土。360度が緑のきれいな地平線。その真ん中にある、クレータの中心にて甚平姿で大の字になっている男がひとり。
現在自分は自称・神様が自分を飛ばした異世界とやらにいるのだろう。飛ばしたというか正確には落としただが。だからこんなクレーターができてるんだね。
さすがにこの状況で昨日のあれは夢でした、とは言えないね。つまるところ、ここがその異世界なのだろう。
どんな世界かはしらねぇけど。はぁ……。
とりあえず、十勝平野だってもうちょいなんか見えるはずだぞ。これがこの世界の全てだとしたら、恐らく自分は発狂する。
まぁここまできたらどうとでもなれだ。変な能力ついてるらしいしどーにかなる……はず。
……自信無くなってきた。
自信はなくなってはいるが、とりあえずどっかいこう。とかく歩き出さなきゃどこにもつきません。
そう思いながら起き上がると、ポケットの中に何か固いものが入っている事に気がついた。
見るとそれ赤くて薄い遠足のしおりのようなもので、その表紙には『神様の力の使い方と異世界について』と書いてある。
……あるんなら最初っから渡せっての、あの貧乏神! 回りくどい!!
……とりあえず読もう、薄いけど、4ページくらいしかないけど。
これで一つの世界を語りきれるとは思えんけど。
『そのいち・能力名はかっちょいいのにしてください。とりあえずイメージしたらなんでもできるのでがんばりましょう』
……説明になってない、がまぁ一度やったからね。要するにやりたいと思っただけで発動する能力だからね。
ただ自分の意図しないとこで暴発しないかだけは心配。
で、能力名? まるのまま『名前をつけて保存』でいいべ。 それか『F12』。
あ、なんか『F12』ってそれだけなら必殺技っぽい。『12』を『トゥウェンティ』って言うだけでさらに必殺技っぽい。どうでもいいが。
『そのに・その世界には魔法があります。そして、いろいろと出せますが魔法の力は君には無いです。ちなみにあげた能力は魔法じゃありません。もっと神秘的な、神懸かった、私のスーパーな能力です。常人にはとうていできない能力です』
……魔法、ね。
お約束だよね、自分にとっては恐怖でしかないが。
というか必要な情報が最初の一行だけじゃねぇか。
そして最後の方はスルーだ、いちいちつっこんでらんねぇ。
『さいご・お情けで言葉は通じるようにしたけど文字は読めません。がんば』
……終わり? もう? 必要な情報なくない? 主にこの世界についてとか。
なんか書くのめんどくなったのか? 手書きっぽいしな、コレ。
てかまだ2ページはのこってんのになにさ、残りの2ぺー…うわっ、きたねっ!
ナニコレ、地図って書いてっけど到底みえねぇ、萎びたミミズ並べたほうがまだ地図といえる。
次のページもこれはまた……『クエストスタンプカード』とか書いてる文字は読めるが、升目すらキレイに書けないのかよ。
字は綺麗なのに神様に絵心はないらしいね。画伯だよ画伯。
……あ、一番最後のページに他にもなんか書いてる。
『クエスト発令・後方に待機している目標を撃破せよ。PS・チュートリアルだから気楽にね。オーバー』
おーばー……。
……よし、歩こう。
人生は前に向かって歩くのが一番、後ろに気配や獣の臭いを感じても、振り向かず、前をみて……。
「ブルァァァァァァァァ!!!!!」
「ひいぃぃぃぃぃ!!」
そう、自分がパンフを読んでる間に自分の後ろ5メートル弱の所に待機なさっていたのが、何を隠そう、全長4メートルはある乙事主様の如き雄々しい猪様でございます。
これから祟り神になるんじゃねって勢いで睨んでおられます。
あ、ダメだ自分、死んだなこれ。
っと、来る来る来る、突進してくる! 死にたくないってやめてください! うぉっ!
なんとか避けた、右に転がってなんとか凌いだ。そして彼は走って行った。
けどね、あれよ。
「ブフゥゥ」
やっぱし戻ってくるのね。わざわざ止まって自分にロックオンして。
遮蔽物がないからぶつかったりしないから彼も無傷だし。
「ブファァァァァァ!!」
雄叫びと共に気合を入れる猪さん。次きそうです、はい。
というかきます。やらなきゃやられる。
チュートリアルって、言われても昨今ではチュートリアルで死ぬゲームもあるんだよ!!
とか無駄な事を考えながら横に跳ぶ。同時に猪が先程まで自分がいたところを地鳴りを上げて駆け抜ける。
直線でしかこないから避けるのは簡単だけど、プレッシャーやらなんやらでいつまで持つか正直怪しい。あと体力がもたないと思う。
というかアレ当たったら死ぬというかもう、機動力の高い2トントラックがこっちを執拗に追いかけてくるようなもんでしょう。ミンチよりひどい事になるよ下手したら・
なんか、なんかないかっ打開策!
「ブルァァァァァァァァ!!」
再び雄叫び。しかし先程より大きく震えるその声は自分の足を竦焦るのには充分だった。
彼は止まって方向をこっちを向き狙いを定めているのだろう。真っ直ぐこちらを見つめている。
そして地を蹴り、駆け出した。ただ自分へ向かい一直線へ。
対して自分はと言うと、思うように動かない足、迫る猪、それら諸々の要因による恐怖でもう何がなんだかわからなくなっていた。
ブルァブルァうるせーよ。お前は若本かっつーの。もういいよ、もうどうとでもなぁれ。
だめでもともとじゃいこんチクショウ! いいよこいよやってやんよ!!
それはもはや諦めとか腹をくくったとかそういうカッコイイものではなく、ただただ状況に振り回されて混乱した末の行動なのだとあとから思う。
自分は拳を握り締め、走り向かってくる猪を睨み、呟く。
「F12」
そしていざ、ぶつかろうとするその瞬間に――
「必殺昇天アッパー!!」
「ゲボグアァァァ!?」
叫びながら撃った、藁にも縋る思いであのクソ女神の言葉を信じて。
真っ先に思い付いた意味不明な必殺技的な物を猪の鼻下にぶっ放した。
イメージしたのは化物さえも一瞬で昇天するような強烈なアッパー。ただそれだけをイメージした一撃だ。
するとどうだ、全身全霊のアッパーその拳の軌道たるや洗練されたボクサーのそれであり、 その動きに合わせて猪の面も体も浮き上がり、『グキッ!』と言う音と共に上を向き――グキッ?
ドゴオォン! と言う轟音が聞えた。目の前で猪が三回転半して背中から落ちた音だ。
「……はい?」
間抜けな声を出しながら、茫然自失。
……おい、確かどっかのシミュレートでは時速200キロのアッパーで始めて人間が4エートル飛ぶって結果だったはずだぞ。一体自分は何キロのアッパーを出したんよ。
「はい?」
もう一度この言葉を発するまでたっぷり20秒はかかった。 そして――
「なんじゃこりゃぁぁ!!」
叫んだ、限りなく。多分緊張から開放されて叫びたくなったんだよ。後叫ばずにはいられんよこの状況。
ただとりあえず言えるのは現在自分は身体は無事だけど精神ズタボロです。
このままいけばいずれ、いや、絶対ストレスで胃潰瘍になる自信がある。理解の及ばないものを抱えたみんな絶対そうなるって……はぁ
とりあえず落ち着こう、はい深呼吸。吸ってーはいてー、吸ってーはいてー。
……。
…………。
うっし、なんとか落ち着いた。心はボロボロのままだけども。落ち着いたという事にしなくちゃはじまらない。
そして現状を確認しましょう。現実を見ると言うのも現実逃避をするためには必要な行動だと思うんだ。見た上でなかったことにすればいい。
現在自分の目の前には血の混じった泡を吹いて倒れている首の曲がった大きな猪が一頭。
そしてそれを引き起こしたのは他ならない自分であり、あのアホ女神より賜った謎能力によってただの素人アッパーが『必殺昇天アッパー』というアッパラパーな名前の謎必殺技になり、それを鼻先にぶち込んだ結果である。
必殺って、昇天って……自分にはネーミングセンスはないようだ。
それは置いといて、以上のことから自称・神は本物の神様で、自分『F12』、別名『名前をつけて保存』は本物の謎能力っつーわけであるということがわかる。うん。
わかるけど、釈然としない。
と言うか今更だが『物質』とかには能力が作用するのはわかってたが……『行動』にも作用するんだ。何で確実にできるってわかるものに能力使わなかったのさ自分。
……。
空を見る。集中する。名前をつけて、保存。
シュバッ!
うん、本物だ。
本当に目からビーム出おってからに。
マジでなんでもありだなぁおい。
あぁ、鬱になる。何か自分がどんどん人間でなくなって気がする。
ごめんなさい父さん母さん。あなた方から頂いた身体が今何かとんでもないことになってしまいました。
……というのはさておいてだ、いまだ精神は混乱状態にあるがとりあえず身を守る術を会得したので歩き回ってみよう。できれば人のいる方向へ。
その為に何か、それっぽい目印になるものが……ん? 太陽のある方角に見えるあれは、人工物か? 辛うじてギリギリ見えるか見えないかしか見えない。
どこかただの岩山にも見えなくはないが……まぁ、他に目標もないしあそこに行こう。本当に岩山でも、登れば少しは遠くも見えるべ。
そういうことで自分は、新天地へと進む一歩を踏み出した。
不安とかそういうものは非常に多いが、それと同じくらい期待を持っていることが自分でわかる。
魔法とかのある世界に、不思議な力を持って召還される。
それだけで言えば、この『非日常』に心躍らしてしまう自分のことをわかってくれる人はいると思う。
ただあくまで、深く考えず、という条件がつけばの話。
その前提のもと、とりあえず自分は今後ろで事切れている危険生物については考えないことにする。
*out side*
そこかしこから焦るような足音と、金属の擦れ合う音がする。
それはいくつもの甲冑姿の人々が慌しげに動いているが故に発せられる音であり、いまここが非常事態であることを示しているに他ならない。
「司令官殿! 東の方向より謎の光の筋が飛んでいきました!」
そんな中の一つの部屋に、鎧姿の男が報告をするため扉を開けて駆け込んできた。
「何処にむかってだ」
司令官と呼ばれた20歳ほどの赤髪の青年が、低い威厳のある声で言う。
「北の空に飛んで行きました! また、魔力は感知されませんでした!」
「……そうか、下がっていいぞ。」
「ハッ!」
兵士が下がると青年は頭を抱えた。
なんだこれは、と。
事の始まりはつい先程、東の平原に何かが落下したのが始まりだ。
そしてそれから少しして、今度はそこを縄張りにしていた魔物と思われる反応が消失し、次いで謎の光が空を駆ける。
そもそも消失した『カームル』というその魔物は、巨大な猪の魔物であり縄張り意識が強く凶暴、そして皮膚も固く何より持ちうる魔力の全てを防御に回しているため非常に防御能力の高い魔物だ。
そしてその防御性能と巨体から繰り出される一撃の破壊力はすさまじいの一言であり、非常に危険な魔物である。
それが消えた。
討伐隊を編成しようとしていた矢先なので、それだけ見れば普通は喜ばしいのだが、なにせ何故消えたかが謎なのである。
もしその原因がカームルより凶悪なもので、それがこの城を襲わないともかぎらない。
直接行って調べるのが一番だが、場所が草原で、草と土以外なにもない。あるとしても小型の魔物くらいだ。
なので隠密部隊に行かせても、隠れることが出来ず意味が無い。
だからと言って強い者を単身、あるいは少数送り見に行かせるわけにもいかない。
カームルでさえ少数で勝てる者はそういないのに、それを倒した可能性がるナニかの所に少数を送り先頭になった場合どうなるかは考えたくもない。
したがって彼は決断し、近くにある魔法石をとって、それに向かって指示を出す。
「一個中隊、第一中隊を率いて原因を探りにいく。残りは警戒を続けて待機。全力でここを守れ。特に姫様だけはナニが何でも守り抜け。出発は30分後だ」
それに対し、了解の意が複数、魔法石から聞こえてくる。その声は非常に深刻で、緊張感のあるものだった。
彼はそれを聞き、マントと己の獲物を取って部屋を後にする。
戦争を始めるかのような、物々しい軍隊を率いるために。
「くっそ、なんだって言うんだこんな時に。これじゃあおちおち休めもしない。ったく、か早く還せば良かった。もしあいつになんかあったら――魔王様に顔向けできない」
彼の名は、ゼノア・ランドルフ。
種族は――吸血鬼である。