19・ポトフ
そんで現在、自分は悠々とポトフのようなものを頂いていた。
もちろん件の洞穴の中の、やつらのアジトの中でである。
はぁ……幸せ。おいしい。野菜素敵。ベーコンもいい。素敵。
ん? ゼノア? そうね、うん、そこにいるよ?
自分の目の前で女の子に囲まれてイチャコラしてるよ。
「ありがとうございます……うぅ、怖かった……」
「その……感謝する」
「ありがとうねお兄さん。かっこよかったよ」
「あんがと。お礼、いつかする」
「わかった、わかったから。……ナルミ助けて」
「知らん。自分は目的を果たした」
決して嫉んではいない、いないぞ。パルパル。
さて、この彼女達は一体何者であるかについてだが、まぁ平たく言うとどっ架で捕まった人買いに売られる寸前の冒険者をやってた娘達である。計四人。
ロリっぽいの、りりしいっぽいの、お姉さんっぽいの、クールっぽいのとどっかのPCゲーに出てきそうな面子である。それに、我らが隊長が囲まれている。
……嫉んでなんか、いない。自分はご飯さえあればいいのだ。ぐすん。
自分も一緒にがんばったのになぁ。やっぱ調子乗ったのがいけなかったか。
……うん? どう調子乗ったかって? そうね、あー、まぁダイジェスト的に言うと次の通りだ。どこで彼女らのフラグを全部掻っ攫われたか少し振り返って反省してみよう。
自分も男だ、モテ期が欲しいのだ。そのためになら多少の予習復習くらい訳ないさ。
……まぁ自分の人生哲学的に言えば、こういうつり橋効果での恋愛は大隊破綻すると思うがね。いいところかっこいい所を先に見ると後で少しでも悪い所があれば――まぁいい。負け惜しみは止めて話を戻そう。
とりあえず自分らは一気呵成に洞穴に突入すると、主にゼノアが出会う賊を打って叩いて着実に潰していくと言う快挙を見せた。
対する自分はというと、まぁ一応スコップで応戦してはいたが……やっぱり場数踏んでるのと素人は動きが違う。半分も戦果を上げれなかった。
まぁ代わりに『影』の防御をゼノアまで広げて護ってやったり飛んでくる矢とかナイフとかを捕まえたりと防御面では結構活躍してたと思うよ?
と言うか後から言われたのだが、ゼノアは基本防御とかは考えず、所詮避けれなかったらライフで受けるスタイルの戦闘なんだとか。先に言え。
そんな大乱闘の末20人程度だろうか、ちぎっては投げちぎっては投げを繰り返していると奥の方から一人の大男が数人の部下と共に現れた。
彼曰くこの盗賊段のボスらしく金棒の……何とかと言ってた。その名の通り大きな金棒を持って振り回してたが……うん。等身大登別土産の鬼の金棒チョコバーにしか見えなかった。そればっかり考えてて話聞いてなかった。
で、なんだかんだと自分らに向けてよくわかんない事を言って襲い掛かってきて……その、なんだ、そう、そろそろ面倒なので、と言うかお腹すいたので『延髄蹴り』をして黙らせた。『チェストー!』とか叫んだ気がする。それだけ。
他ななんもない。その間にゼノアが残りのザコ数人を伸してたくらいだ。特筆すべきことは何もない。自分は正常。
そして見事賊の殲滅を完了した自分達はとりあえず洞窟の奥へと進むと、素晴らしい事に部屋いっぱいの食料が置いてあったのだ。
肉に野菜に穀物に、まさにこの世の桃源郷。求めるものがそこにはあった。
ご丁寧に鍋やフライパンやかまどなんてものまであって至れり尽くせり。そんな訳で嬉々として自分はざっくばらんに野菜と肉を切って煮てポトフのようなものを作ったのだよ。さっきスープがやられた事でそれっぽいのが食べたかったのだ。
あ、ついでにその横には何かさっき出てきたとある女性冒険者のパーティーが捕まって牢屋の中に入れられてたんだが……まぁ鍵が単純だったからね。能力なくても煮込んでる間に針金であけられたよ。何かゼノアが妙な目で見てたけど気にしない。どこで身につけたのかも、気にしてはいけない。
一言言うなら近所の兄ちゃんが悪い。
ちなみに今その牢屋の中にはむさいおっさん達、つまり賊の方々がぎゅうぎゅうとすし詰めにされております。一応念のためすっぽんぽんに引っぺがして、もともとあったロープと奴らが着ていた衣服で手足縛って猿轡かませて。キッチンの横にこんな見苦しいもの置かないでほしい。
あとさらに奥には自分見てないけどいくつかの財宝的なのもあったらしいよ。今は興味ないけどね。
そんな訳で自分たちはここの攻略を負えてやっと落ち着きひと段落着いているのであった。
以上、終わり。そして最初に戻る。
ヤバイなんで自分の分のフラグまで持ってかれたのかさっぱりわかんない。芋うめぇ。
自分が防御担当だったから? 雨合羽に帽子にゴーグルという奇妙な格好だから? それとも彼女らをスルーしてポトフを……あ、これだな。これ以外考えられない。あとポトフ作るのに夢中で後始末全部ゼノアに丸投げしたのも大きなマイナスポイントだ。
うむ、ならば仕方がないな。フラグよりも食欲、これ大事ね。黄色キャベツゼタうめぇ。
だってあの時本当死にそうであぶなかったんだから。正直ポトフ煮込んでる間に数回意識とびかけた。芋を串に刺して丸焼きしてなかったら死んでいた。
そんな状況で命かけてまで女の子をとる事は自分にはできない。そもそも気付かなかったし。
ということで自分は娘達に感謝されるのをあきらめ、モテ期到来中のゼノアとその周りの娘達を優しい瞳で見ながらポトフを啜るのである。赤色玉葱わやうめぇ。
しかし目に毒だな彼女らは。でかいのちっちゃいのといろいろいるが、どれも服はボロボロできわどいものがあり、いくつか擦り傷切り傷も小さいながら見て取れる。
……あ、なにがでかいかちっちゃいかの主語はその、色々だよ。
ちなみに詳しく観察する気はない。そんな事よりポトフだ。紫人参テラうめぇ。
とか自分が舌鼓を打ってる間にゼノアがお姉さんキャラみたいな女子に後ろから抱きつかれてその豊満なナンチャラを押し付けられた! そして凛々しくてナンチャラが貧相な女性が引き離した!! 何かわからん肉鬼うめぇ。
はいはい仲のよい事で、ケッ。と多様な四人組に囲まれイチャこらしてる彼を横目にそろそろ自分は四杯目のおかわりを――
「ったく、お前ら俺ばかりではなくナルミの方にも感謝しろ! そもそもあいつがいなければ俺もここにはこれなかったんだ!!」
イチャコラが止まり四人分の女性の目玉がこちらを見る。が、気にせずポトフをよそう。
いやね、もう自分を巻き込まないで。特にそういう修羅場予備軍的なものに。
「あ、自分そういうのいいんでそちらでやってください。自分をまきこまないで」
「いやそうじゃなくてだな……あーもう! はっきり言う! 迷惑! ひっつくな!!」
……まぁそう思うのもわかるけどさ、も少し言葉選ぼうか。あと猫を追っ払うようにしっしとするな。彼女らの顔を見てみろ、たぶんこれでフラグが折れたぞ。芋うめぇ。
「さて、ナルミ。話がある」
そしてそんな彼女らを置いてゼノアは自分の横に腰掛ける。
それは真剣で真っ直ぐな、淀みのカケラもないような瞳であり――
「……ふむ。わかった、ゼノア」
「あぁ、まず――」
「ポトフなら自由に食っていい。あ、君たちも食べていいよ、多めに作ったから」
「え? いいのか?」
そう嬉しそうな顔をするな、えっと……凛々しくてナンチャラの平たい人よ。
全く、ポトフが欲しいならそれならそうと――
「ナルミ」
「……はい、ごめんなさいちゃんと聞きます」
「それじゃあお言葉に甘えてぽとふ、すこしだけもらうわね」
……やっぱりポトフとは違ったか。
「食べ物、まともなの、久しぶり」
「そうだね! おいしそうだね!!」
うん、わかってるんだ、彼が物凄い真剣な話をしようというのは。恐らくここに突入する前に言ってた、『話したい事』なんだろう?
何かそれ、本当、妹様に手を出したから死ね、とかじゃないよね。
「今後の俺たちに関わる、真面目な話だ」
ゼノアのあまりに重苦しい言葉に、浮き足立っていた冒険者達も手を止めこちらを見る。
今後、ねぇ。ますますいやな予感しか――
「この後俺たちはどうやって帰ればいい?」
……。
「ねぇ一発殴っていい?」
「は?」
「いやあまりに真剣な顔で何を言うかと思えば、確かに重要な事だけども、あまりにあんまりだよ」
全くこいつは……というかだ。こいつはなにを見ているのだろうか。
「それにここに来る途中木に印をつけながら歩いてきたからそれを辿れば帰れるしょ」
「……そうだっけか? すまんそこまで見てなかった」
「まったく……齧るぞ」
ガウ、とお腹が満たされた事で上機嫌な自分はふざけながら歯を見せる。
するとどうだ、後からガンガラガッシャンという何かが大量に落ちる音と『ひぃ!』だの『ひゃぁ!!』だのといった何かにびびる声がする。
見るとそこには皿やら調理器具やらをひっくり返して怯える一人の冒険者と、そこまで行かずとも引き攣った顔でこちらを警戒する残りの冒険者の姿があった。
完全に怯えてる方の冒険者は鍋をかぶってフルディフェンスを決め込んでいる。だがその角度はやめてくれ、見えそうで困る。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
いやそんな謝られても……あ!
「君らポトフ落としたな!」
「ひぃ!!」
……そんな怯えなくとも、身構えなくとも。まぁいい。
いや一言くらい声かけてからとれとか言いたい気も……あ、何か何気に言ってたような気がする。ごめん。
いや、そんなことよりも、だ。
「食べ物粗末にしたらいかんよ! 気をつけてね!!」
「は、はいぃ!!」
そう言って彼女は落ちたポトフを――
「待て! さすがにそれを食べるのまでする必要ないから! やめなさい!!」
「ひぃ! ごめんなさいごめんなさい食べないでぇ!!」
なにしてんのこいつ。なんかすっごい扱いにくい。
そして食べないでってなにさ。自分が人肉を食べてるように見えるのか?
ええい、もうこのままじゃ埒があかない。
「……自分君らに何かした?」
素直にストレートに、今一番話の通じそうな前で身構えてる大きなお姉さんに話を振る。
すると彼女は『あー』だとか『そうね』だとかいくつか目を泳がせた後にこう言ってきた。
「……ごめんなさい魔術師さん、アナタは何もしていないわ。それに私達も感謝はしていの。でもね、その……今から言う事、怒らないでね?」
「うん」
内容によるが。あとどこで魔術師と判断したかはあとで聞こう。
「その……アナタがね、とっても怖いの」
「うん? 怖い?」
「ええ、その、というか理解ができないの。影を操ってるのは、どこかの秘術だとは思うのだけど……けど、ね?」
うん? 影を操るの見られてたの?
へぇ、つー事はつまり……あ、あ、もしかして――
「けど、その……『齧るぞ』って宣言した後に本当に金棒を全部噛み砕いて食べちゃうのは、どうしても理解ができないの」
……そこまで見られていましたか。
そうです、自分は金棒を食べました。
何かほざいてたここのボスにイラッとしたのと金棒がおいしそうに見えてきたのでてつい『うっさい黙ってチョコバーよこせ齧るぞゴミが』とか言っちゃって、キレたボスに顔面目掛けて金棒振るスイングされて……能力使えばホントにこれチョコバーとして食べれるんじゃね、とか思ってそのままかぶりついて噛み砕いたのです。テヘ。
ちなみにこの時の技名は『大食漢』。効果は金棒をチョコバーとして食べる能力。そのまんまだね。
そんな訳で自分は等身大のガチ金棒を砕いて齧ってラッパ食いというなんともまぁ面白い一発芸を演じて残った賊の方々の正気度を奪ったのでした。ちなみにこの時なんかこの世の終わりみたいな顔して絶叫したボスを延髄蹴りで黙らせたのはいい思い出。あと『相変わらず無茶苦茶やるな』と笑いながらゼノアに言われたのもいい思い出だ。
うん、正直後で思い返すとやっちゃったゼ、という感じの黒歴史です。なぜ食べた、バカだろ。気が狂ってたねあの時は。だれか黄色の救急車呼んで。
……あ、ちなみにこの後確かに一瞬お腹いっぱいにはなりましたが、このままうっかりお腹に金棒が残ったまんま能力を解除したらどうなるかわからんという事と、そもそもこれ消化できなくて出てくる時色々裂けるんではないかということで全て影に仕舞ってなかった事にされています。内臓にも影はあるんだよな。
ほんと、思い出すと笑えてくるわ。あはは、はははは……はぁ。
「……そんな怯えなくてもいいだろう。こいつは悪い奴じゃないんだ」
お、おぉ……ゼノアさんアナタいい人。
今まさしくアナタのフォローが輝いて――
「……それに人間の勇者だったら多少破天荒な方が話題性としてもいいからな」
おい。凄く小さい声だが聞えてるぞ。
「おいそれどういう意味だ?」
「あ、聞えたか? すまない」
「隣にいたら小声だろうと嫌でも聞えるわい。なにが話題性だ。パンダか? 自分はパンダなのか?」
「別に性格が破綻しているといった意味で破天荒といったわけではないぞ。ただ行動が多少世間からずれてるというだけだ」
「……もうおまえにポトフはやらん。生の人参でも齧っとれ」
こいつはまったく……。
というか話題性って、自分に一体なにを求めているのだお前は。
「……仲、いいね」
「うん?」
「二人、仲良し。二人とも、いい人。あなたも、いいひと」
自分とゼノアがいつの間にやらこちらの方にやってきた一人の冒険者。
どこか落ち着いたクールっぽい喋り方の彼女はじっと感情の少ない目で自分を見ると――
「……助けてくれて、ありがと」
とだけ言って仲間のもとへと戻っていった。
ふむ、なんとか多少は心を開いてくれたようで――
「彼、人間で、勇者なんだって」
「え? 人間?」
「おバカね、そんなのいるはずないでしょう。人間なんて御伽噺よ御伽噺」
「でも、怖くない方の、お兄さんが、そう言ってた」
「聞き間違いよ」
「……ぽとふ、おいしい。あったかい」
……。
「ゼノア君、これガ『話題性』か?」
「……いや、すまない。これは想定外だった」
小声でひそひそ。なんかこう、話をするうち関わるうちにこいつの駄目な所が痛く目についてくる。おまえそれでよく隊長できるな。
あれか、この国は隊長って何かデメリットを持ってなかったらなれない職業なのか?
……まぁいい。きっと彼には自分には及びもつかない才能がある人物なのだろう。それかオンとオフの切り替えが激しすぎるかのどっちかだな。
まぁとりあえず、自分が人間云々は挽回できる範囲だし、だいじょうぶだ。
なんせ残りの三人はクールっぽい子の話を信じてない。まだ言いくるめられる。
あとゼノアが怖くない方のお兄さんってどういうことだ。断然顔面偏差値的には自分の方が怖くない……あ、顔半分近く隠れてるんだった。
くっそ、それでも納得できねぇぞ。何かムカついてきた。
後お腹いっぱいで眠くなってきた。
「……じゃあ後の尻拭いはゼノアやっといてね。自分寝るから」
「え? ちょっと待て」
そんな訳で面倒な事は全部ゼノアに丸投げしましょそうしましょ。
そうしておなかも満たされ満足した自分は、ゼノアを無視してキッチンの奥の部屋、まぁ誰にも迷惑のかからないだろう宝物庫に身を潜め、その隅っこで自らの影からベッドを引っ張り出して――
「……ねぇ、ベッド、出てきた。あれ、どんな魔法?」
「さ、さすがにお姉さんもあんな魔法は知らないかな……」
「……そもそもあれ、魔法なの? 魔力の動きが感じられなかったんだけど」
「やっぱり、怖い方の、お兄さんは、人間?」
「おかわり……」
……ごめんゼノア、これは自分が迂闊だった。まさか覗くとは。
しかしどうしようか。これじゃあ合羽とか脱げないじゃん。さすがにこの格好のままベッドインは遠慮したい。
あ、歯も磨いてねぇや。歯は磨かないとだめだよなぁ……磨いたって朝口が気持ち悪いのに、磨かなかったらなんて想像したくないが……F12『完璧な口内環境』。よし、これでいい。
あとあれだ、さっきからこちらに興味を示さず黙々とポトフを消費している彼女については、自分は絶対突っ込まないぞ。
「……はぁ。ったく、ほら、お前らこっちこい。とりあえずナルミが寝るらしいからほうっておいて、それより色々聞きたいことがある」
とかやってるうちにゼノアが彼女らを追い払って出ていってくれた。
ありがたい、が、こっちを覗きいたときにしたそのその意味ありげなウインクはやめろ。怖い。
……まぁ、そんな訳で自分はゆっくりと身体を休めて眠りにつくことができたのであった。
離し変わるが、こう、財宝に囲まれて寝るとか、少し憧れるよね。ピラミッドの中で寝てみたいとか……あ、思いませんかそうですか。
そしてそれから数刻後。
夜も更けだらしなくよだれ垂らしながら寝ていたところ、胸にかかる重みと首にかかる荒い息で目が覚めた。
「おい、なにやってんだ」
「いや、寝る前に少しだけ血を――」
「帰れ」
「少し、少しだけだから。戦って疲れたんだ」
「うっさい」
男に絡みつかれて眠る趣味はない。
あと今回自分が空腹で死にそうになったそもそもの原因は、お前ら吸血鬼が根本からの原因だからな? そこ、憶えておけよ。
そうしておなかも満たされ満足した自分は、覆いかぶさろうとするゼノアを放り投げ、ゆっくりと目を閉じるのであった。
……というやり取りを朝陽が昇るまでの間で4回繰りされたのだが、やっぱりこの国は人事選考を見直したほうがいいんじゃないだろうか?
お盆なので更新が乱れるかも




