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16・干からびる

 村が襲撃された、とはいえ運がよかったのかなんなのか自分たちお姫様護送部隊が丁度よく通りかかった事により被害は案外少なかったそうだ。

 速攻でゼノアが部隊の人員を半分ほど持って特攻した事により迅速に敵、山賊らしいが奴らを追い返すことができたのだ。

 ただ残念ながら被害の拡大を防ぐためにまた村民を護ることを最優先にしたため、奴らをとっ捕まえるにはいたらずまんまと逃げられたそうな。

 しかしまぁ被害が少なかったのでよしとしよう。えっと、なんだっけ? 今回やられたのは――


 侵入者に対する防壁としてた囲いの一部破損にけが人多数、そして近くにあった食料庫の中身を持ち出されたり燃えたり家が壊れたり燃えたり家畜が数頭逃げたりだっけ? 甚大じゃねぇか。


 まぁ無論、ゼノアも皮肉で言っていたというのはわかっているが、にしてもひどい。

 犠牲者はいなかったとはいえ残った村人を含めるとこのままでは持ってきた食料が……いや違う。こんなに焼いたり燃やしたりしおって。許せん。

 ……だめだおなかがすきすぎて真面目な事考えられない。

 もちろん自分としてもこんなことをした奴らは許せんよ? 目の前に広がる光景はなんとも悲惨で、奴らにはそれ相応の罰的な何かが下ればいいと思うよ?

 ただ現在の自分には、そういう憎しみに回すだけのエネルギーも残っていないのだ。

 しってるか? デブは一回食事を抜くだけで餓死するという名言があるが、自分みたいな細長い体系は一日食事抜くだけで餓死できるんだぞ。あ、くっそ自分で細長いとか言ってしまった。気にしてんのに。

 とまぁ余計な事を考えているのは自分だけのようで、一緒にいた皆は各々色々な作業に移っている。

 例えばお姫様なんかは――

「おぉ……エリザ姫様、うぅ……ありがとうございます。ありがとうございます……」

「よい。そんな事よりも次だ。なにがあるともわからないから、誰であろうと小さな怪我であろうとも遠慮せずにこい。今の私にはこれくらいしかできん」

「そんな、充分でございます。村を救っていただいた上このような事までしていただき……」

「たまたま通りかかっただけだ。それを言うならもう少し早く来ていればもっと被害はなかったというのに……すまない」

「そんな! 姫様のせいではございません!」

「そうです! そんなにお気になさらず!!」

 といった具合に村人に囲まれて座っている。こう、魔法でけが人を治療しながら。

 なんでもリム副隊長曰く、お姫様は治癒魔法の才能がずば抜けているらしく、どこぞの界隈では『癒し手』と呼ばれてるそうな。

 あとついで余談だがすこぶる戦略を立てるのもうまく、部屋から動かず伝えられる情報のみから戦局をひっくり返す作戦を叩き出したりしたことから『机上の姫騎士』とも呼ばれているらしい。

 それで教会からも騎士の称号を与えられたりした相当有名な人物なんだと。

 ……うっそだー、と思ったのは言うまでも無い。

 が、どうも前者の情報は事実のようで、やけどや裂傷などのさまざまな大怪我を目の前でビシビシと治しまくっている。

 おかげで今の彼女は村人の人気者だ。中には神か仏かにでも会ったのかのように拝み倒している人もいる。

 あ、ちなみにゼノアは兵隊さんへの指揮に忙しくあっちゃこっちゃを動き回って大変そうでここにはいない。

 それに比べて近衛隊はお姫様の護衛であるからして彼女の近くにいればいいだけなんで申し訳ないくらいに暇である……と、言いたい所だがそうもいかない。

「そうだ! お前らがもっと早く来ていればこんなことにはならなかっ――ぐぁ!」

「気持ちはわかるけど、落ち着いて。ね?」

 と、鮮やかにミミリィ隊長に押さえ込まれたこのおっさんのようにお姫様に突っかかる者も少なからずいるのである。それを制圧しお姫様を護るのが自分達近衛隊の仕事である。

「くそぅ……ちくしょう……」

「……ミミリィ、離してやれ。すまない、だが必ず何とかしよう。それまで耐えてくれ」

「うぅ……」

 そしてそれを角が立たないように説得するのもお姫様の仕事。

 え? 自分?

 ほら、前使ったときからそのまま放置していた『自動防御式蠢く収納影』があるし、護ってはいるよ? たぶん。

 ……まぁ隅っこで死んだように立ってるだけだがね。

 ちなみに今回、髪とか目とか諸々隠すために帽子とスキー用ゴーグル、そして黄色い雨合羽にTシャツジーパンという珍妙な格好をしております。あと武器としてスコップ。

「必ず、なんとかしよう。それまで私達はここにいる。だから安心して今は休め」

「あぅ……絶対奴らを何とかしてくれ」

「……必ず」

 ……しかしあれだね、こう見てるとお姫様も非常に冷静に見えはするが――いや、彼女だけではなく先程会ったゼノアも、ここにいる近衛隊もみんな、なんというか、よろしくない。

 特にシルバちゃんとかお姫様とか、そういういたいけな幼い女の子がこう、憎しみ怒りに焦がれた目をしているのは、なんとも悲しくよろしくない。

 見てるこっちがやるせなくなる。自分の精神衛生的にも、こういう顔はしないでほしいね。




***




 そんなこんなで夜である。

 日も暮れ月も出、ご飯も食べずに夜である。

 なんでも防壁の再構築とか見張りとか奴らが逃げてった森の捜索とかでてんやわんやしてるうちにご飯は後に回されてこうなってしまったのだ。しかも村人優先でやってたから自分らにお鉢が回るのはこんな時間と。チクショーメ。

 ……いやさすがに自分もこんな状態になった被害者達を押しのけてまで飯を食べたくはないけどね。

 そんな訳で自分らは今馬車の中に待機している。というのも、お姫様含む自分らにやる事がなくなったからだ。

 今後の事も含め全ての始動は明日、明るくなってから。そしたら自分らが朝までいたお城からも兵隊さんが派遣されてくるので、それまではただ警戒しているだけに留めようとのことで。

 もっと早く来ていれば、とエリザが物に当たりながら叫んでた。

 そして自分は隅っこでぐでーっと座ってるのである。糸の切れた人形みたいに、何も考えずに。あれだ、脳を動かすエネルギーも惜しい。

 後この重たい空気から逃げたい。物に当たった後エリザはブツブツ言いながら不貞寝してるし、他の皆も他の皆で武器の手入れとかを真剣な顔で……スゥ君それ何本目のナイフ? もう少なくとも300は手入れしてるよね。

 テトラ君なんて種族柄明日捜索の最前線に貸し出されるからって矢の一本一本を鋭く研いで何かを掘って魔法陣の描かれた紙の上においてと……明らかに特殊な矢を製作にかかってるよね。すっごい怖い。

 ……とにかく何も考えなければ空気を察する事もあるまいて。

 さて、しばらくするとそんな馬車の中に一人の男性が入ってきた。我らが兄貴、ゼノアである。

 彼は自らの妹と一言二言会話をすると、二人揃ってこちらに近づいてきた。

「……あの、先生。こんなときに言うのもおかしいですが、その、今朝は、ごめんなさい」

「私からも謝る、すまん」

 二人なかよく頭をさげた。

「……また謝ってんのかい。もういいっての」

 何たってさっきシルバちゃんに泣きながら謝られたんだし、この程度許さないほど鬼畜ではない。

 ただできればご飯が欲しいね。飯。

 しかしそういいたいのをグッと堪えていると、彼等は自分の言葉を聞いてホッとした表情を浮かべた。

 そんな彼らを見て自分はふと、ある疑問が浮かんできた。

「しかし、そんなに自分の血は旨いのかね? 自分にはよくわからん」

「はい、あの、なんかこう、甘くて、コクがあって爽やかで喉越しスッキリで……いままでで一番美味しかったです!!」

 そんなお酒みたいな……まぁいい。

「…やっぱり人間だと違うのかね」

 とりあえずスルー。

 しかし、自分の血に対する思わぬ高評価にただならぬ興味を示す者がいた。

「……そんなに美味しいのか?」

 ゼノアである、吸血兄妹の兄の方。

「うん! すっごく美味しかったの!」

 ゼノアの質問に全力の笑顔で答えるシルバちゃん。やはりこんな状況とは言え、女の子は笑顔であるべきだと思うんだ。いや女の子だけでなく、できればみんな。

 そうすれば自分の精神衛生的にもとてもやりやすいのだよ。

 そう現状を嘆きながら彼らを見ると、お兄様の眼が……あれ? 展開が読めてきたぞ。

「……ナルミ、少しだけ、ホントに少しだけ吸わせて貰えないか?」

 ほらきた。

「…少しだけだよ」

 ……断れない自分が嫌いだ。

 あぁここであげるとさらに飢えるのに……とはいえもうすぐご飯ができるのでそこまで心配はしていなかったりする。こいつにはできる時に恩を売ったほうがいいような気もするし。

 そんな訳で、すっと左腕を差し出すと、彼は迷わず首筋に噛り付いてきた。

 なんつーか、おまえらなんなの? そういう家訓なの?

 それから10秒位して、ゼノアが首筋から離れた。長い。

「うまい」

 驚きの混じったような笑顔で呟いた。怖い。

 そんなにうまいんか?

 すると、シルバちゃんが一言。

「……私ももう一口いいですか?」

 遠慮がち遠慮ないことをいってきた。

 しかしシルバさん、上目使いは反則です。

「少しだけなら……」

 そう言うと彼女は控えめに首に牙を立てた。腕を出すのは諦めた。

 ……なんか、この体制は見る方向によってはやばくね?

「……お前らのんきだな」

 そしてお姫様の呆れたような一言である。うん、自分もそう思う。

 が、まぁ犠牲者がいない事だしこれくらいいいんではない?

 これで村娘の一人でも攫われてたらこの空気はおかしいと思うが。

「まぁ、現状でそこまで何かをする事があるかといわれたらそれまでだが……ところで、そんなにうまいのか?」

「あぁ、凄く旨い。濃厚で、甘い」

 ……自分には鉄の味しかしませんがね。

「すっごいおいしいです!」

 アナタも口を離した途端何を言いますかシルバさん。糸引いてますよ。

「ほう……ナルミ、私にも」

 はい?

「ちょ、何故に? そもそも姫様も吸血鬼なん?」

「私の種族は誇り高い霊王種ファントムだ。そんなことも知らんのか?」

「全く知らね。で、なによそのファントムって」

「ふむ、かい摘まんで言うとあらゆる種族の祖となる種族。つまりいろんな種族のいいとこ取りな種族だ。まぁとは言えいろいろとあるがな。だから小さいながら牙もある」

 そう言って口を広げて牙を見せる間抜け面のお姫様。

 ずいぶんアバウトな物言いで。

「と、いうわけで。つまり吸血種みたいに血を嗜むことも知っている訳だ。なので飲ませろ。よけるんだシルバ」

 そう言って彼女はシルバちゃんの肩をつかむと横にコロンと転がした。少しは抵抗しろよ。一瞬中身見えたぞ。

 くっそこうなったら逃げ……あ、ヤバイ血を取られすぎた力はいんない。

「……随分のんきっすな」

 精一杯の攻撃。

「それはそれだ。さっきも言ったようにやる事が無いからな。それに美味しいものでも食べて明日に備えたい。あとどうせこのくらいなら明日山狩りすればすぐに解決するだろう。そうしたら解決だ」

 しかしさらりとかわされてしまう。

 ……仕方がない。

「断固拒否する!」

 これ以上は干からびる。というかこいつは干からびるまで飲みそうだし。

「拒否権なーし!」

 グハッ!

 飛び掛るな! マウントとるな!

 そして顔を近づけるな!!

 カプッ、と首筋に一撃。

 四回目だと、もう慣れたよ。

 ちなみに、噛まれる時にシルバちゃんが謝ってた気がするのは気のせいではないだろう。

 そして姫様、目を見開き一言。

「……これは、なんと甘美な。今まで飲んだ何よりも甘い」

 さいですか、それはようござんした。

 さぁ、とっとと離れろ。

 とお姫様を引き剥がすため手を伸ばそうとするともう一度カプッと……コルァ! 何二口目突入しとんじゃワレ!

 やめろ! この欲望の塊め! マジで死ぬから! マジで! 本気で!

 お願い! やめて! お願いします! 干からびる!

 しかも口が思ったとおり動かないし! ちょ! 冗談!!

「う……、あ……し、死ぬ、たすけ……」

 ここで自分の意識はプッツンした

 こいつぜってーいつか泣かす。


あ、ちなみにいまさらだけど今回の改訂版は本能の赴くままに趣味に走ります性癖を晒します

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