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154・南無

『今こそ、哀れな人種族どもを我が糧に昇華してくれよう!』

 奴はそう叫び、その汚らしい右腕を天に伸ばす。

 そして続けて、余裕たっぷりに口を開くのだ。

『これで終わりだ……貴様の護ろうとしたその儚き命、すべて我が力としてくれよう。我が力が籠った魔法陣により、愚かな希望に縋りその真下にて肩を寄せ合う下等な生物共は、これより偉大なる我の一部となるのだ』

 つまりこれから魔法を発動しますよ、ってことですね。

 やれるもんならやってみ? 後悔することになるぜ?

 ……でも少し不安だな。たぶんこの対策でなんとかなるとは思うが……ここからさらに何ができるかはわからないが、一応いつでもフォローできるよう皆に近付いてみるか。

 ついでにちょっと、彼らを少し煽っておこう。

 いかにも焦り、考えなしに仲間のもとに駆けていくかのように演じながら。

「な! くそっ! 間に合わなかった!?」

『そう己を責めるな。我を斃し止めようとする。その選択を取れた勇気、それを成し遂げんとするその力。それは十分に賞賛に値するものだ、我が息子よ』

「褒められてもうれしくないよ!」

 叫び、駆ける。まるでがむしゃらに、必死に何かを求めるように。

「終わりだなんて、自分にできることが、くそが!」

 自分の苛立ちとも後悔ともとれるような気がしないでもない適当なほぼ意味のない音の直後、魔法陣がより強く、明るく、、禍々しく光り輝く。

『さぁ、滅びの時だ』

 そして言葉が響いた。その瞬間、空を覆う魔法陣から極太の黒いレーザーが射出された。

 それは、結界を破壊し、中の命を蒸発せしめんとして発射されたそれはまっすぐまっすぐ真下へ落ちて……途中で消えたかと思うと見事発動主たる魔獣さんたちの真上に落ちました。

『ぐぉあぁぁぁぁぁ!』

 F12『空間結合』

 結界の頭上の空間を捻じ曲げ裂け目を作り、君たち魔獣の頭上の空間へとくっつけたんだ。

 つまり魔獣さんたちのところに落ちるはずのものがあれば結界の上に落下し、結界の上に落ちるはずのものは魔獣さんの上に落ちてくるのだ。

 と、いうことで結界の上に落ちるはずだったビームが発動者本人とその仲間たちのところに帰ってきたわけである。

 人々に断末魔をあげさせるために放ったものがそのまま己に降り注いで悲鳴をあげる結果となるとは、なんと滑稽なことだろうね。

 ということで、走っていた自分は当然その場で停止すると、先程までの焦りとは一転、悠々と身体を魔獣さんたちに向けるのだ。

「ざーんーねーんでーした。これで君たちが終わりだなんてねぇ……もうちょと君たちと遊びたかったのになぁ。ごめんねー、自分にできることこれしかなくって」

 舌を出しながらにやけ笑いを彼らに向ける。

 はっはっは、自業自得じゃ。

 あー、愉快愉快。あー……性格悪い。

 ……ん? あ、あれ? あそこ、あー、うん。そっか。

 自分、こっちに来ていなかったら巻き込まれてたのか。うん。

 ……あっぶねぇ!

 と、自分が一人で戦慄しているうちに、だんだんとレーザーの太さも細く、光もちいさくなってゆき、そしてやがては消えていった。

 それと同時に発生源である魔法陣も溶けるように消えて行き、そして残るは抉れた地面とその真ん中に立つ……黒マントのおっさんだけである。

『ぐ、が……ぎ、我の、力が……ぐっ』

 ……さすがに生きてるか。

 でも……うん。近くにいた魔獣の数が大幅に減ったあたり、そっちはそういうことだろう。

 しかしそれでも全滅とはいかない。生き残りはやはりいるわけで、そいつらが慌てたように黒マントに近付いていく。

『オ、オヤジ……』

『無事か!?』

 慕われてるねぇ。

 こういうところを見ると、魔獣もまた人間臭いといえなくもない。

『おのれ……おのれぇ! なんたる屈辱! 汚辱! 許さんぞ! 許さんぞぉ!』

 ……あ、黒マントがキレた。

『ブチ殺す!』

 いきなり小物臭くなったな。

 と、そう自分が思うのと同時だ。黒マントの魔獣がその身体から無数の腕を伸ばしてきたのは。

 10、20、いやそんなものでは効かないほど数多の黒く枯れた異様に長い腕が、まるではいずり回るかの蠢いている。

 これだけの腕、どこに収納していたのだろうか。明らかに見てくれの体積以上の腕が、奴を中心に展開しているのだ。

 そしてそれらは、まるでそれが当然のように、さも当たり前のように近くの命へと伸び、掴み、そしてその命を手折っていく。

『ぎゃぁぁぁぁ!』

『そんな! オヤジ! オヤジぃ!』

『死にたくない! 死にたくない!』

 ……あの、なんというかその、えー?

 なんで他の魔獣さんを襲ってるんですかね?

 黒マントはその伸びた腕でもって彼を慕い寄ってきた魔獣たちを掴み、絡め取る。そして拘束された魔獣はと言うと、悲鳴をあげ抵抗をしながらも、しかし虚しくそのマントの内へと消えていった。

 もはや質量保存の法則などこの世界には存在しないのだろうか。黒マントはただ貪欲に、わんこそばライクなスピードで魔獣たちを喰らい尽くす。

 ……本気で何してるんだ?

『我が子よ! 我が家族よ! 今こそ、団欒の時だ! 眼前の敵を喰らい尽くすべく、その命を! その力を! その血肉を食卓に並べ我が内に還すがよい!』

 意訳。みんなの力を集めて俺一人だけ強くなるぜ。

 たぶん遠からず当たってるん違う?

 まぁこっちとしては敵の数が減るからいいけどもさぁ。

『あぁぁぁぁ!』

『やだっ! いやだぁ!』

 ……化け物言うても断末魔の命乞いは精神衛生によくないね。

 しかもこれがもともと人であった可能性だってあるんだ。そう思うと……うん。

 かわいそう、と思わなくもない。

 ま、途中から魔獣助けること放棄してる奴が言えることじゃないけどね。

 正直そこまでカバーできる余裕は現状ない。一応自分が敵を倒す時はなるだけ死なないように能力使うが……まぁ、あれだ。

 後ろで歌ってる彼女や仲間たちのが大事なのだ。

 知らない誰かと知ってる仲間なら、天秤がどちらに傾くかは明白だろう?

 だから自分は助けない。ただその命が蹂躙されていく様を眺め、頭の中で念仏唱えるくらいしかするつもりはない。

 それによく考えればここであいつに喰われなかったとしても、どっちにしろシルバちゃんの魔法で滅殺されるんだ。あんま変わらんべ。

 南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。自分は何も悪くない。化けて出るなよ。


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