153・スーパーマン
『……そろそろあの娘、邪魔だな』
そんな茶番を繰り広げている間に、重たい声が聞こえてくる。黒フードがゆったりとその枯れたような腕を伸ばし、人差し指で宙にぐるぐると円を描いて……なにやっとるん?
って、考えるまでもなくよからぬことだよね。とりあえず圧を上げてみよう。
『護る、と言ったな』
……効いていない?
あ、やばいかも。仕方がない、顔面ぶん殴ってでも止めて――
『ならば人間よ。護ってみせよ……深淵よりの常闇』
「ちょ!?」
なにそのエターナルフォースブリザードみたいなダサい呪文は。
走りだそうとした瞬間にそういうの聞かされると気が抜けるからやめてほしい。
と、ツッコミを入れようとしたのと同時に、自分の背後から悲鳴が聞こえた。
後ろを見ると、そこには相変わらず魔法陣の下で結界に守られてる人々とその中心で歌い続けるシルバちゃんの姿。よかった何事もない。
……いや、違う。確かに彼女らは今のところ無事ではあるが、その頭上に先程の悲鳴の原因となる変化が起きている。
シルバちゃんたちの頭上にあるのは彼女らを守る結界を形成する魔法陣。しかしそのさらに上に巨大な、禍々しい光の筋が刻まれている。
それは明らかに何かの意思に沿って形を成し、徐々に徐々に、意味のある図形へと、結界のそれよりもさらに巨大な魔法陣が作り出されていく。
奇怪な文字、不思議な幾何学模様、そして何かを象ったかのような図形群。
不気味な、そして明確な悪意に満ちたそれは、真下の少女たちを刈り取るために刻まれる。
『わかるだろう人間。この術はあの結界などたやすく打ち破り、その下にある命の悉くを喰らい尽くす。もはや終わりだ。貴様らの敗北と言う形の、終焉だ』
その言葉を肯定するように魔法陣は光を増し、そして、その形を完全なものに近付いていく。
『だが安心するがいい。貴様だけは我が息子として迎え入れてやろう』
醜悪な言葉と共に、黒マントの奥で何かがにやりと笑った気がした。
……おう。
自分知ってるぞ。あれ、魔法陣から下の方に攻撃判定発生する奴だ。
それならあそこを、えっと、目測あそこまでの距離は……範囲はこれくらいで、うん。
よっし。何が起こるか詳しくはわからんがこれでとにかくは凌げる、かな?
なんにせよ応急処置は終わった。あとは……。
「止めてくれる気は?」
『貴様が我の息子になるというのなら、考えてやらんでもない』
それ考えた結果『やっぱ止めません』ってなるタイプじゃん。
「……わかったよ」
しゃーないな……発生源をつぶせば発動そのものが止まるかもしれないね。
そんなわけでまずは巻き込まれないようエアハンマーを解除して。
「お前を倒して無理やり止めよう」
F12『縮地走法』
瞬時に駆け寄り、右足を上げて飛び込みながら顔面目指して右ストレート。
これぞまさしくスーパーマン・パンチだ。マットに沈めてそのフード剥ぎ取って顔面晒してやるぜ。
『無駄だ』
しかし悲しきかな、意気揚々と自分の放った右こぶしは、奴が一言呟くと同時に展開された光り輝く防護壁に阻まれ――
『ぶぉ!?』
……阻まれることなく、まるで障子をを突き破るかのように防護壁を粉砕しながら黒マントの顔面を打ちぬいた。
自分の拳が顔面にめり込んだ黒マントは、無様に吹き飛び何体かの魔獣を巻き込みながら数バウンドして止まりましたとさ。ギャグかよ。
『ぐ、ふ……貴様!』
あ、生きてた。
結構本気で、それこそ比喩でなく顔面陥没させるつもりでぶん殴ったのに……もったいないことしたな。
『ふ、は、ははははは! いい! 実にいいぞ!』
のっそりと立ち上がりながら黒マントは叫ぶ。
どうした、顔面殴られて実にいいとか。そう言う趣味なの?
『よもやこれほどとは! この私を恐怖させ、戦慄させるとは! 欲しい! 貴様が何よりも欲しい!』
……お、オッサンに欲しいと言われても。
「そういうのはかわいい女の子に言われたいんだけどなぁ」
とりあえず第二弾だ。次はさすがに単調なのは避けられそうだし、そうだな。バイシクル・キックでも叩きこんでみるか。
『……無駄だ』
姿勢を低くし、次の攻撃を仕掛けようとする自分を黒フードは言葉で制する。
さっき顔面に一撃喰らっときながら説得力無いぞ。
という事で無視して再び――
『ガァァァァァ!』
『おのれ人間がぁ!』
お?
怒声。雄叫び。そう言った言葉が背後から聞こえてきた。
振り返るとそこには今まさに自分に襲い掛かってきている魔獣が二体。
姿かたちはどれも奇怪でよくわからないことになってるが、ともかくと奴らが自分を目の敵にして殺しにかかっていることはよくわかる。
クソッ! 油断した!
さっき圧をかけたので全部動かなくなったと思っていたのに……って、さっき解除したからか。
……じゃあおかわりをあげよう。
そんなわけでほい。
『げぁ!?』
哀れな魔獣さんたちは再びペタンコにつぶされましたとさ。
それ。キックキック。ゲシゲシ。
……圧解除するの忘れてた。脚が重い。
けどまぁこれでこいつらも動かなくなっ――
『死ねぇ!』
まだ来るか。
鋭利な鎌状になった腕を振るい人型のカマキリみたいな魔獣が跳び掛かってくる。
……キモッ。
『シャァァァ!』
叫びながら、勢いよく近付いてきてその大きな鎌でもって斬殺せしめようと振りかぶる。
顔面がら空きですよ?
「とうっ」
F12『昏睡トラース・キック』
『ぐげぁ!?』
横向きの状態から脚を真っ直ぐ勢いよく高く伸ばして魔獣の顎を目がけて足裏でもって蹴り上げる。
果たして思惑通りに足が突き刺さった魔獣は、そのまま膝から崩れ落ちて地面の味を堪能するのだ。
……首が割とあらぬ方向向いてるのは気にしないでおこう。
というかここまでくるともう面白くなってくるな。
『だから無駄だと言っただろうに。愚か者め』
ああ、無駄ってそう言う意味だったの。
『だが、よい働きをしてくれた。時間稼ぎには充分だ』
……ん?




