152・現金な
『ちっ、オヤジが出てきやがった』
『残りの獲物は父上のものか』
『あいつらはもうおしまいだ』
彼の登場に反応を示したのは自分たちだけではない。魔獣たちもまた、思い思いに大男の出現に声をあげるのだ。
……奴らの反応から見るに、やはり魔獣の中でも相当な地位にいる奴ららしいな。
『純粋な肉体による力。単純故、しかし対処も難しい。面白い存在だ。しかも己の力の使い道を心得ているともくれば、大いなる脅威となる』
それは自分の事をいってるのかな?
「よせやい。そんな褒めるな。照れる」
受けたボールを適当に返す。
口調はおどけて、しかししっかり警戒を解かないように、相手の出方をうかがうように。
さて、まぁこの程度でどうこうなるとも思えんが、何か反応は――
『我を前にして軽口を叩く余裕まである。面白い。人間、貴様ならば我らが家族に加わってもいい。どうだ、こちらに来る気はないか』
……予想外の反応が来ましたな。
奴はマントの中から細くしわがれ黒ずんだ腕を伸ばしてこちらを誘う。
さすがにこれは即答で断らせていただきますよ。
「残念。うれしいお誘いだがかわいい女の子裏切って知らないオッサンについていく趣味はないのでね。それに自分はあの娘を守ると約束したし、これから敗ける側につくほど物好きでもない」
『そう言うな息子よ』
誰が息子か。
『そうだな、そんなにそこの人種族どもが大切だというのなら、お前が我らのもとにくれば、我らは奴らに手を出さないと誓おう』
その後の展開どうなるか予想つくぞ。
敵に回った自分が暴れてみんなをたおしちゃうんだ。だれがやるか。
「言い方が悪かったかな? お断り、と言ったつもりだったのだけど」
そう言って自分は、そうだな。
せっかくだから先制攻撃をかまさせてもらおう。
F12『エアハンマー』
『ヌッ!?』
黒マントの頭上、および周りの魔獣どもにまとめて圧をかける。
余裕こいてスカウト活動してるからじゃ。このまま押しつぶしてくれよう。
と言うか最初っからやっとけばよかった。
『ぬぅ……なるほど、これが貴様の真の力か。筋力だけではない、得体のしれぬ力……ますます面白い。ぜひ我が子として迎え入れたいものだ』
……あんま効いてなさそうだな。うしろの魔獣たちはほとんどがエライ形状で地に伏しているというのに。
どうしよう。もうちょいと圧をかけてみようか。
「俺らの仲間を見くびるなよバケモノ」
「彼がその程度の誘いに乗るほど弱いと思わないでほしいね」
とかやってると、ここぞとばかりに肩を叩かれた。いい性格してるね二人とも。
というか王子様。肩組むな、機動力が落ち――
「ナルミ、引くぞ」
……おん?
ひそひそと小声でささやく王子様。
なに? ここで逃げるの?
冗談。
「それって――」
「人柱がいなくなったおかげで思ったよりも早くお嬢の詠唱が、歌が終わる。結界も十分に機能している。あとは俺らの魔力と合わせてこいつらを焼き払うだけだ」
あぁ、なるほど。そういうことか。
「幸いお前のおかげでほとんどの魔獣がここに集まっている。あとは俺らが戻るだけだ」
残念ながらそれはできないんですよ。
自分が巻き込まれるということで予定組まれちゃってますからね。
……それに、すごく引っかかるのよ。
なぜ差し迫って目の前で己を滅ぼそうとしているシルバちゃんの魔法が完成しつつあるのにこんなに余裕綽々に自分をスカウトしているのだろう。
その疑問の答えがでないことには、ここを動いたらいけない気がするんだ。
あとそもそも動く必要がない。
「行ってらっしゃい。ここは自分にまかせてくださいな」
「お前――」
「自分にゃ魔力はない。そして魔法は効かない。これだけ言って自分の役割が何かわからないほど王子様はおバカじゃないだろう?」
そう言って自分は肩にかかった彼の手を払いのけ、一歩前に足を踏み出す。
「いきなさい。それとも君にとって自分はここを任せられないほど頼りないのかな?」
あ、自分今凄くかっこいい。
「……ナルミ、頼むぞ」
「頼んだよ」
自分の気持ちを汲んでくれたのか、二人はそう言い残して足音を立て駆けていく。
「うい。魔法が発動する前に全部倒しちゃっても恨まないでくださいねー」
そして残るは単独で敵に立ち向かう自分がただ一人――
「お前も帰るんだよ」
「……」
あ、この紅騎士いう事聞かない気だ。一緒に戦う気満々で構えてやがる。
こいつどうせ何か変なスキルがあるから大丈夫とか思ってるんだろうなぁ。
……。
「帰れ。今帰らなかったらお前の事装備してやらない。でも今帰ったら、そうだね。帰ってシルバちゃんを守ってくれたら、お前は晴れて自分のものだ。装備だって気が済むまでしてやるよ」
「……!」
その言葉を聞いて、紅騎士は剣を納める。
まったく、現金な野郎……あ、そうだ。
「ついでにこれも持ってって。正直邪魔」
持ってた槍を押し付けながらそう言うと、こいつは文句も言わずにそれを受け取り、敬礼し、ダッシュで帰る。
つくづく現金な野郎だ。




