152・黒いフードの
「倒した」
「あ、え、あ……その、すまない。わたしが、その、斃したと思い込んでいたばかりに」
それはいいよ、別に。
「大丈夫さ。君が無事なら何より。それよりも、頼んだよ。君にしかできない仕事なんだから」
そう言って自分は人柱に指を向ける。
すると彼女ははっとした表情の後、改めて斧をしっかり握り――
「ええ、わかっています。では、喰らい尽くせ! 『マニティア』!」
そして躊躇なく斧を振り回し、彼女は人柱を叩き斬る。
これは先程彼女が言ったように、斧によって魔を、呪いを喰らっているのだろう。
さてさて、さっきああいったものの、果たしてこれはどうなるか……。
「……よくぞ私の願いに応え喰らってくれた」
……彼女のセリフから察するに、どうやら成功はしたらしいね。
人柱に傷はなく、見てくれだけは先程と何ら変わらない。しかし、先程から吐き出されていた苦しみからくる呪詛が、いつの間にやら聞こえなくなっている。
よくよく見ると、人柱の表情が幾分かマシに見えなくもない……わからん。
あとアニスさんはアニスさんでどこか苦しいのか、額にものすごい汗を浮かべながら肩で息をしている。
そして何よりその斧、ひびが入ってるぜ?
まさに満身創痍。相当、頑張ってくれたんだな。
「ふふふ、まだ、入るか。欲張りな奴だ」
あ、その状態で調子乗る?
あと自分は見逃さなかったぜ。彼女がだいぶ減らしたはずなのに、魔獣がさっきよりも増えてやがる。と言うか集まってきてる。
これは危険ですな。
「来るがいい魔獣ども! 貴様らの希望は今私が喰らい尽くした! さぁ! 懺悔せよ! 今ここで私が貴様らを――」
「ちょーしに乗るな」
「あいたっ!?」
今まさに突っ込もうとしていた彼女の頭をチョップで叩き、よっこいしょっと人柱を支える丸太を引き抜く。
さてと、これを……お? なした精霊さんたち。
いくら美女美少女であってもそんなに大量に寄ってこられると怖いん、ちょ、おい何皆して自分に無言で手を伸ばして、ちょ! 何を……あ、あぁ。
……人柱を奪われてしまった。
そして彼女たちは人海戦術で、皆で力を合わせてそれを結界の方まで運んでいく。
……昔こういうゲームやったな。宇宙船の部品やお宝集めるやつ。
「頼んだよー」
彼女らの後姿に声をかけ、そして再び前をむくと、ちょっと恨めしそうな目をしたアニスさんがいましたとさ。
「……なんね、その目は」
「……なぜ止めた」
「考えなしに突っ込みそうだったから。あと魔獣が増えてるし、君自身疲れてるでしょ」
もっと言えば自爆しそうだったからです。
「私は! まだやれる!」
「それに、前に出過ぎた。ここ結界の外なんだべ? 王子様たちんところまで退くよ」
「しかし今が好機だ! 今奴らを殲滅すれば――」
「黙れ」
問答無用。
「うぇ?」
襟首掴んで。
「斧のひび割れ治るまでしばらくお休みなさいな」
「それはどういう――」
そぉい!
「あぁぁぁぁぁぁぁ!」
F12『無衝撃適当投げ』
怪我はせんだろうて。結界内で休んでなさい。
「戻るよ」
空飛ぶアニスさんを追って自分と紅騎士は駆け出した。
一目散に、王子様のもとをめがけて……おい、王子様お前結界の中入ってろよまったくもう。
『これは、なるほど。我らの存在に感づいたか、引き際をわきまえておる』
『武に溺れるでなく知にも長けている。強いはずだ』
『遊んでる場合じゃえぇか。面白れぇ』
……そして何やら魔獣さんたちの琴線に触れてしまったようで。
声のする方を見るとそこにはなんというか百鬼夜行と言うか魑魅魍魎というか、そんな存在がひしめく割と頭がおかしくなりそうな光景が広がっていた。
また増えてら。
「ただいま。助かりましたよ。さすが王子様」
「いや、それはいいんだが……もうちょっと何とかならなかったのか?」
自分の軽快な一言に、王子様は呆れたようにアニスさんが飛んでいった方向を見ながら言う。
確かにそうかもしれなかったけど。
「説明の時間も惜しかったし、あの場に留まる方が危なかった。それにレディの柔肌には薄傷一つつけていないはずだけど?」
「……危なかったのか?」
「確証はないけど」
だいたいゲーム漫画ではあのあとピンチになるからね。
「それに敵の数がべらぼうに増えているじゃないですか」
「……たしかにな。どうやら他のところにいた奴らもすべてここに集結しているようだ。確かに、危険だ」
「理解いただけたようで」
さて、それはいいとしてだ。
問題はこの未だに続々増えていく魔獣さんたちをどうするかなんですよねぇ。
「……ねぇ、シルバちゃんのお歌はまだ終わらないのかい?」
「もう少しだ。ただ人柱の出現などで、術式を大きく変更したはずだ。その影響で恐らく、もう少し時間がかかる」
どっち?
『なるほど。人間は確かに我らにとって脅威になりうる存在だ』
ぬぅっと、何かが前に出てきた。
それは黒いフードのついたマントを着込んだ大男である。
その顔は完全に陰で隠れてまったく見えず、身体も何もかもすべてが隠されその全容を窺い知ることはできない。
ただわかることは彼が身の丈3メートルはありそうなことと、声が低く威厳がこもったものであることくらいである。
そしてその声には聞き覚えがある。先程から魔獣に指示を出していたあの短い声のそれと同じである。
「……!」
「……なんだ、あいつは。なんだこの威圧感は」
「わからないですけど、相当強いですよ、アレ」
三人の仲間がまるで気圧されたかのようにたじろぎながら、しかし気力を振るって警戒する。彼らが言うのだから間違いないだろう。やはりあいつは相当強い奴のようだ。
思わず自分も身構えてしまう。




