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144・槍

「さぁいけ! 奴らを飲み込め!」

 悪役っぽいせりふを調子乗りながら叫ぶ王子様。

 その言葉に従い、竜巻はスピードを上げ魔獣の群れへと進んで行き、そして――

『愚かな』

 高いとも低いとも言えないそんな声が響いた直後、まるで何事もなかったかのように霧散して消えてしまった。

 残るはもはや石畳に影だけ残す魔獣の死骸と、空から堕ちてくる二人の精霊さんだけである。

「……は?」

 さすがの王子様も面食らってやがる。まぁかくいう自分も驚いているけど。

 まさかあれを止められるとは。

「イ、イフリータ! シルフィード!」

 再起動した王子様が叫び、近くで倒れる精霊さんたちに駆け寄った。

 ……生きてはいるっぽいな。動いているし。

 ただ、もう前線で戦うのは無理そうだ。

「くそっ! すまないお前たち、俺のミスだ。ゆっくり休んでいろ。あとは俺が何とかする」

 彼がそう告げると、二人の精霊さんは心配そうな表情を浮かべながらフッと、宙に溶けるように消えてしまった。

 ……消滅、ではないなきっと。休んでいるだけなのだろう。

 ただ王子様の戦力がガックリ落ちたのは確実だろう。

『……なるほどなるほど、これが人の言う『知恵』というものですか』

 と、王子様の様子を見てる間に鳥型の魔獣がまた飛び出してきた。

 偉そうに、そして人を小バカにするような動作をしながら奴は悠々と語り続ける。

『あの状況でこちらに反撃に出るなど考えもしておりませんでした。確かにこれは脅威になりうる可能性もないわけではない』

 どっちやね。

『素直に賞賛いたしましょう。よくあれだけの力を創り出し私たちに立ち向かう選択肢をとったということを』

「……くっ、ほとんど効いていねぇか」

「さすがに無傷と言うのは、予想外だね」

『驚きはしましたが、そうですね。まだ浅はかだった、と言っておきましょう』

 ……うーん。なんか、こう、言葉は余裕ぶっこいてるけどね鳥さん。

「……あなた、目が相当泳いでるよ? 実はすごく焦ってたでしょ?」

『そ、んなわけないじゃないですか!』

 焦ってるじゃん。

『えー、ごほん。そうですね。私たちを楽しませたお礼に、一ついい事を教えて差し上げましょう』

 あ、でも余裕見せるのは続けるんだ。

 そしてそれはお前ら側の死亡フラグだぞ。

『あなた達が最後の頼みにしている彼女の詠唱。あともう少しで完成のようですが、果たして本当に発動できるでしょうか?』

 ……どういうことかな?

『あなた方も先ほどお話していましたよね? なぜ阻止しようとしないのか、と。その答えをお教えいたしましょう』

 鳥型の魔獣がそう言って指パッチンするような動作で羽を鳴らすと、一体の魔獣が彼の後ろにやってきた。

 それは巨大な、不自然なほどに筋骨隆々な男性の姿の魔獣であった。

 目隠しをされつぎはぎにまみれた身体をしたその魔獣は、太い一本の巨大な槍を持ちながらただそこで何も言わずに立っている。

『破魔の槍、でしたっけ? この国で大切に保管されていた武器の一つです。これは魔術を喰らい無効化する能力をもっている。無論、巨大な力相手には太刀打ちできるだけの物ではありませんが……人種族の作り出した結界に穴をあけ、人ひとりを串刺しにする程度の事はできるものです』

 ……つまりその槍を投げてシルバちゃんを狙撃しようというつもりか。

 ふーん。

 そこから投げて彼女の方に行くとなると……ふぅむ。

『うふふふふ。見たところあの結界も、我らを遮るここの結界も、今はそこで詠唱を続けている少女が維持している様子。ここで彼女を貫き殺せば、どれほど心地よい絶望の声が聞こえるでしょう』

 性格悪い挑発やね、と。

 ここらへんかな? たぶんそこから投げる軌道としてはここを通るはずだね。うん。

 仮に多少上を通ったとしても、まぁいけるべ。

「て、めぇ! ウンディーネ!」

「『二ノ太刀・風斬刎(かざきりばね)』!」

 鳥魔獣さんの言葉はとっても安い挑発ではあったが、王子様とリム副隊長は見事にそれに乗ってしまったようで、槍持った魔獣相手に必殺技を叩きこむ。

 王子様は水の弾を、リム副隊長は風の刃をそれぞれ力の限り打ち出した。

 が、しかしだ。

『無駄ですよ』

 鳥の魔獣のその言葉と共に、二人の攻撃はあっさりと消えてしまった。

 まるで最初っから何事もなかったかのように。

「クソッ!」

「ちぃ!」

『その程度の攻撃で止められるとでも? さすがにあなた方人種族が愚かだとしても、それはいくらなんでも浅はか過ぎませんか?』

 うわ。鳥なのにいやな笑顔。

『もっといい事を教えてあげましょう。さっき言ったとおりこれは魔を喰らう槍。一度投げられてしまえば魔術では止めるすべなどない。この意味、おわかりですね?』

 さらに嫌な笑顔。

『……ねぇ、こいつやっぱり調子乗ってる』

『余計なことばっかり言って』

『賭けるか?』

『失敗する方に賭けよう。勝った方が先に狩りに出られるでいいな?』

 そして魔獣さんサイドの外野のうるさい事よ。

 鳥魔獣さん人望ない……あれ?

 さっきまでこんなにしゃべる魔獣いたっけ? というか、明らかに数が増えてるような……。

『うふふふふ。まぁ勿体付けて待たせてしまうのもかわいそうですし、手早く終わらせてあげましょう。そこで見ていなさい、あなた達の希望が潰える瞬間を』

 お? おお。

 自分が余計なことを考えてる間にも奴は槍を投げる決心がついたようで、大手を広げ、声を大にして叫ぶのだ。

『さぁ! あの少女を射抜き殺すのです!』

 その直後槍を持った魔獣は動き出し、大きく身体をしならせ太い腕を目いっぱいに振りかぶり、そして手に持つ槍を力の限りに――

『ウガァ!』

 投げた。

 それはそのままいけばまっすぐまっすぐ風を切り、結界を破り、そしてシルバちゃんの身体を貫き彼女の綺麗な歌声はそこで潰えることになるのだろう。

 そのままいけばな。


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