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143・きょうかい


『話は済みましたか?』

 自分が悩んでいると不意に聞こえる低い声。

 それは自分たちの前方の、魔獣の群れから聞こえ、そちらに顔を向けると一体の魔獣が前に出てきていた。

 それは赤い目玉がぎょろりと丸く飛び出した、いわば人型の鳥のような魔獣。

 白い羽毛を身にまとったそいつは、いかにも余裕綽々とでも言いたげに、人が手で口を覆うように嘴に翼を当ててクククと笑う。

『驚きましたよ。まさかこのような形で人間と出会えるなんて。噂はかねがね』

 あっそう。どんな噂かは気になるが、別にうれしかねーや。

『なんでも宝玉を破壊したとか……ククク。どおりでいくつかの同胞が大きく弱体化し力を発揮できない者がいるわけだ』

 あ、そこも噂になってるの。情報の伝達早いな。

『しかし、あの程度の存在を斃した程度で喜んでいては……ふふふ。かわいい』

 ……さぶいぼ!

「自分、あいつ嫌い」

「あいつの挑発に乗ってはいけないよ。奴の言葉には人を惑わせる力がある。ああやって人を惑わし、陥れるのが目的だ。さっきもそれで何人かやられた」

 いやリム副隊長の忠告はありがたいが、その、なんだ。挑発とか云々以前に生理的な拒否反応が。

 純粋にキモい。

「……本来はああいう危険な奴こそ、俺たち素人ではなく教会が相手するべきものなのだがな。いないものは仕方がない、俺たちで相手するしかない。気を付けろよ」

 ……きょうかい?

「きょうかいって、なにそれ」

「一言でいうと対悪魔、魔獣の専門機関だ。もっとも、それだけではないが」

 あ、そう言うのあるの。

「……なんでここにおらんの?」

「しらん」

「いまあそこ腐りきってるからね」

 ……ああ。どこも大変ね。

『教会……人種族が我らに対するために立ち上げた機関。神に縋り惨めに跪きながら生を請う奴隷集団……ふふふ、いるのならば呼べばいいではないですか。人間だろうと、教会だろうと獲物が増えたところで何ら問題はありません。むしろ多少手ごたえのある相手がいた方が、こちらも楽しめる』

 しっかしあっちはあっちでほんとにゲーム感覚なんだなぁ。性根が腐りきってやがる。

 これにゼノアとムー君と、あとフィーさんがやられて死にかけてるのか。

 ……そっか。

『そうですね、では教会の者もいないようですし……誰か人間に挑みたいと言うものはいませんか?』

 鳥魔獣が偉そうに号令をかける。

 ……さっきからこちらに魔獣けしかけてた声とは、まったく違う声な気がするが気のせいだろうか?

 ま、いいか。

 すると真っ先に一体の、緑の犬が飛び出してきた。

 その犬はまさしく緑としか形容できないほど真緑で、大きさはレトリバーくらいか。

 へぇ、普通の生き物みたいな魔獣もいるのね。

『おれがいく。ニンゲン、つよい。でもおれのほうがつよい。つよいもののにく、うまい』

 とうとう捕食対象とみられてしまったか。

 と言うか喋るのか。

『では任せましたよ』

 鳥魔獣の言葉の後、緑の犬が駆けてくる。

 明らかに獲物を狩る野生の表情をしたそれは、駆け出したその瞬間にどういうからくりかはわからんが三体に分身して自分目がけて走ってくるのだ。

「ナルミ!」

「わぁってるよ」

 それを確認し自分もまた一歩前に出る。

 それと同時くらいだろう。緑の犬が大きな口を開いて噛みつこうとしてきたのは。

 三体がほぼ同時に襲い掛かる鋭い牙。普通なら避けることも受け止めることもできずにくらってしまうところだろう。

 でもほら、そこは自分人間だし? あと今まで培ってきた知識と経験から、ねぇ?

 ……三体の内一体だけ動作が一瞬早いんだよ。

「てめぇが本体か」

『キャン!』

 横っ面に拳を一発。

 名前なんてない、ただの粗雑な普通のパンチ。

 しかしそれが直撃した緑の犬は、近場の建物の壁を突き破ってどこかに消えた。ついでに分身も霧散した。

 ゴキッ! とか殴った時に聞こえた気がしたけど気にしてはいけない。

 むしろ一撃で楽にしてあげたのだから感謝してほしいくらいだ。

「次」

『……』

 あら、どうしたのかな魔獣さんたち。そんな呆然と黙り込んじゃって。ビビっちゃったぁ?

「……さすが、といったところか」

 ふふん、どうした王子様。褒めても何も出ないぞ。

「よく看過できたね。普通あのスピードで――」

「諦めろリム。もうここまで来たらすべて『ナルミだから』の一言で済んでしまう。考えるのをやめるんだ」

 やっぱり褒められてなかったのかな?

『なるほど素晴らしい! さすがは人の伝承に伝えられる種族。あの程度の存在では、まさしく歯も立たないという訳だ。いやはや興味深い。想像以上だ。私をここまで関心させるなんて、これは大いに誇っていいことですよ』

 その褒め方もどうかと。


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