140・大丈夫なんか?
すべてが終わってから聞けばいい。彼女がこの言語で歌うと決めたのなら、そこには自分が知らない意味があるのだろう。
素人が待ったをかける謂れはないだろう。
「これ、本格的にもう俺らの出番ないんじゃないか?」
「フィーの結界の中で歌っていてなおかつナルミ君がいる状況ですからねぇ。」
自分に期待を寄せ過ぎとは違いますかね。
「……一応万全でもってシルバの詠唱が終わるまで護らなければならないという役割があると思うのですが」
そうだそうだ。言ってやれミミリィ隊長。
「なんかもうナルミがいればいいんじゃないか? さっきの見てるとそう思えるんだが。なぁ?」
王子様が笑いながら肩を叩いてくる。
なにが『なぁ?』だ。まったくもう。
……うん? でも確かにここで自分一人でやった方が最悪の被害は少なくなるか。
自惚れかもわからんが、今の自分は戦闘能力が高いんだ。それくらいやってのける自信がある。
「そっすね。まかしてくださいな。女の子が気持ちよーく歌ってるのを邪魔する無粋なファンは自分がつまみだしてしまいましょう」
「言うねぇナルミ君」
おん? リム副隊長、どしたん? あなたそんな気合入れて人の肩叩くキャラだったっけ?
……あり? なんで自分二人に挟まれる形になっとるん?
「つまりはここでお前と協力すればより大きな手柄を立てることができるという事だな」
「頑張ってくれよナルミ君。おいしいところは僕が攫ってあげるから」
……おい。下がるんじゃなかったのか。
「と、いう訳だミミリィ。お前は下がってろ」
「なんかあった時は姫様をよろしくねー」
そう言って二人は武器を構えて前に出る。その軽口と表情からは余裕の色さえ見て取れる。
が、お前らそろって満身創痍なんと違うんか? 大丈夫なん?
「そんな――」
「命令だ。下がれ」
「腕だってもう、動かないんでしょ? ここは僕たちに任せてさ」
戸惑うミミリィ隊長の方をまったく見ずに二人は言う。
ヤダ、なんかこの二人がかっこよく見えて……ん?
……いや、そんな目で自分を見ないでくださいミミリィ隊長。
「まぁ、後は任してくださいな。ミミリィ隊長の分も、しっかり働きますので」
微笑み手を振る自分を見て、彼女は申し訳なさそうに目を伏せる。
が、それも一瞬の事。
「……わかりました。申し訳ありません、離脱します」
すぐにミミリィ隊長は顔をあげ、そう言葉を残してお姫様たちのところへ駆けていった。
ふむ。まぁ、とりあえずはこれでいい。
あとの問題はこの二人だ。
「で、あなた達二人も――」
「ナルミ君、構えて」
「来るぞ」
自分が声をかけようとしたその瞬間、何とも言えぬ獣の咆哮がこだまする。
見るとそれは魔獣の群れの中にある、一つの巨大な獣の姿。
身の丈4メートルはありそうな、栗色の体毛を持つ猿のような異形の生き物が、のっしのっしと結界を超えて前に出てきたのだ。
一つしかない真っ赤な目は輝き自分たちを見据えており、鋭利な牙はまさしくこちらを食い殺さんと光っている。
「ずいぶんと大物だな。お嬢の歌を聴いて焦ったか?」
「斃し甲斐がありますね」
余裕ぶっこいてるがホントに二人とも大丈夫なんか?
「……二人とも平気なん?」
「問題ねぇよ」
「ここで退いたらかっこ悪いしね」
……リム副隊長のはあんま答えになってない気がする。
『殺せ』
と、そんなこんなをやってるうちに再び先程の声による号令が響き、それに呼応して猿のような魔獣が襲い掛かる。
猿は高く跳躍したかと思うと、瞬時に燃え上がり全身を真っ赤な火だるまと化しながら自分たち目がけて落ちてくる。なるほど、炎属性か。
まぁそれならF12『耐火――
「俺が止める! ウンディーネ!」
自分が猿をカウンターで殴り飛ばさんと下準備をしていると、王子様が巨大な水柱を生成し燃え盛る猿にぶつけ消火を行うと同時にその体制を崩すことに成功した。というか打ち上げた。すごいな水の威力。
「リム! ナルミ! 頼んだぞ!」
「仰せのままに!」
そんな叫びと同時に目の前にいたはずのリム副隊長の姿が消え、代わりに宙に浮かんだ猿が巨大な水球に包まれ、直後その身体に多数の裂傷が刻まれる。
……あ、よく見たらリム副隊長が水の中ですごい勢いで飛び跳ねるように泳ぎながら猿を滅多切りにしてる。
猿も必死に己を傷つける犯人を捕まえようと身体をひねって抵抗するが、いかんせん水の中なのとリム副隊長の動きが早すぎてついていけていないようだ。
よくそんなに空中で動けるね。舞空術でも……いや、あれは空か? 飛んでるのか泳いでるのかどっちの能力だ?
……まぁどっちにしても魔法がある世界だしできても不思議じゃないか。
と言うかさっき自分も似たようなことやってたな。うん。
まぁ何にせよ、これならリム副隊長がきっちり倒しきってくれそう――
「ちぃ! 硬い! ごめんナルミ君! あと頼んだ!」
お? あと?
……ん? なんか、水がはじけて猿が、自分目がけて落ちてきてるような……あ、あぁ! そうか自分が倒すのか! リム副隊長仕留めきれなかったのか!
え、えっとこの場合、そう! 上半身無敵の対空技の、その……。
そう! F12――
「必殺昇天アッパー!」
拳が猿の顔面にめり込む。
そしてそれは皮を割き、肉を潰し、骨を砕きながら確かな衝撃を身体に伝える。
つまりはそのままお空へ飛んで行ったという事だね。
……すごい飛んだな。
そして昇天アッパーってお前。ほんとネーミングセンス進化してねぇな。まったく。
まぁ首がエライ方向向いてるからたぶん倒せたとは思うけどもさ。




