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138・全面戦争

「……あ、あー、そうだ。後、申し訳ありませんが先生、もうひとつお願いがありまして」

 と、いう事で自分が拳を握りしめて王子様たちのもとへ行こうとしたところで、シルバちゃんに呼び止められた。

 なんね。人がせっかくやる気になってる時に。

「どしたん?」

「少しだけ、血を分けてください。あいつらを叩き潰す力を、私にお貸し頂けないでしょうか」

 ……あの、目が、怖いです。

「はい」

 思わず近づき首を差し出してしまう。

 すると彼女は躊躇なく自分の頸動脈目がけて牙を突き立て、ちうちうと血液を横流しし始める。

 そして数秒、思ったよりも短い時間でそれは終わり、彼女は口を拭いながら自分から離れていく。

「ありがとうございます。これで、存分に歌えます。滅びの歌を、破滅を呼ぶ絶望の歌をあいつらに聴かせてみせます」

 つまり超ど級の戦術魔法をかましてやるという事ですな。

 わかりにくいわ。

 あと違うんだけど、違うんだけどもさ。

 わざわざ呼び止められて死刑宣告された気になるのは何なのだろうか。

「私は絶対にあいつらを許さない。エリザちゃんをいじめてお兄様をいたぶって、しかもフィーさんをあんなに追い詰めて……潰してやるんだ。ただ殺すだけでは生ぬるい。苦痛と絶望の光にまかれながら死ねばいい。永劫の死の深淵に後悔しながら沈めばいい」

 だから怖いって。

 と言うかお前キャラがだいぶアレだ、中二ポエム染みてるぞ。キレたらそうなるんか。

「落ち着き」

 とりあえずこの状況はいろいろアレなので、彼女の頭を優しくなでながらそう声をかける。

「女の子がそんな顔して物騒なこと言っちゃだめよ」

 そう言って彼女の頭から手をはなし前に出る。

「あうっ」

 確か彼女は発動は遅いが火力が高い魔法を使うタイプだ。前衛は多い方がいい。

 それに何より、そろそろ王子様たちの負担も軽くしてあげないといかれないしね。

 と言うかいろいろ展開早すぎてて普通に思考停止してたわ。さすがにさぼりすぎやね。

「前は任せてな。君はお姫様のそばで優雅にお歌を歌ってくださいな。君の歌声を楽しみにしてるよ」

「……お気をつけて」

 ……女の子にそんな心配そうな顔されたら頑張らないわけにはいかないわな。

「君もね。ま、無茶せずでかいのかましてやってな。期待してるよん」

 ただし自分が死なない程度には加減してほしいな。

「はい!」

 お、いい返事だ。

 よし、それでは……そんでそこで物欲しそうな顔をしているゼノちゃんよ。

「お前もいくか? 回復するには栄養とるのが一番だ」

「いただこう」

 こうやって出発がどんどん遅れていく。

 が、まぁこれも自分にしかできない大事なことだと言い訳しながら首を出す。怖い顔が近づいてきて凶悪な牙が首筋に歯形を付ける。

 ……息が荒くて怖いのですが。

「落ち着け。逃げやしないさ」

 そして手早くたっぷりと吸われた後、やっと彼は自分の首から口をはなした。

「助かる」

「いいってことよ」

 君の助けになるなら万々歳さ。

「すまない。俺も回復したらすぐに復帰しよう」

 ……魔法とは言え怪我人がそんなすぐに動くようになるのかな?

「期待してないで待ってるよ。ゼノちゃんはそこで指を咥えて見ていなさい」

「ふっ、手柄をお前ひとりに取られてたまるか」

「無理すんなって」

 あ、今凄い少年漫画チック。

「……ん? ゼノちゃん?」

 あ、ばれた。

「それじゃ、たのんだよ」

 さて、こうして自分は再び逃げるように王子様のもとに……うん? 今何かに足を掴まれたような――

「ちょ、まって……」

「……なしたん」

 足元を見るとそこではなんか、帝国のお姫様が這い蹲りながら自分の裾を掴んでいた。

「姫! あなた何を! また勝手に動いて!」

 この様子をみてすかさず小鳥さんが駆け寄ってきた。

「こんなところにいたら邪魔でしょう! もどりなさ――」

「うるさい」

「きゃん!?」

 が、帝国のお姫様は飛び寄る彼女をぞんざいにはたき落とすと、そのまま続けて喋りつづける。

「ふ、ふふふ、やはりこの、状態では無理はできん……さっき、全力で魔獣に雷をかましたら、もう、この状態、だ。今にも、意識が遠のきそうだ」

 いやいやいや。病人……病人?

 呪い受けてる身で何やっとるかね君。

「だったらおとなしくしててくださいよ。あとやっとくから」

「は、はは。大丈夫、この程度では、な。私とて奴らに一矢報いたかったのだ。それに、くくくくく……この私に救われたと知ったアニスの顔は、見ものだったぞ。あいつの獲物を奪ってやった。ちらりとこちらを見たかと思うと思いっきり二度見して間抜け面晒して……すべてが終わったらしばらくこのネタでからかってやろう」

 余裕そうだな。

「でも、もうこれ以上力も出ない。ならば最後に、少しだけでいい。残った力を振り絞ってな……し、神代の雷よ、彼の者に勝利と、祝福とをもたらし給え『魔装の雷エンチャント・ライトニング』」

 そう彼女が呪文を唱えると」、自分の靴に光り輝く雷が纏わりつき……次の瞬間ぽすっと消えた。

「え、なんで?」

 そんな素っ頓狂な声出されても。

「せ、せめて魔装だけでもと、見た限り武器はないようだが、せめて靴だけでも強化をと、少しは役に立つかと雷を……」

 テンパってて日本語が怪しいことになってるな。

 でも言いたいことは伝わったぞ。そして原因もわかった。

「この靴、ゴムっていう電気通さない素材でできてるんでたぶんそれのせいかと」

 このスニーカー、靴底がゴムで絶縁体だもんな。

「雷対策は万全という事か……どうやら私は役立たずのようだ……」

 ……なんかごめん。

「く、すまない、不甲斐なくて……」

「わかったから。あとやっとくからおとなしくしてなさい」

 自分がそう言うと彼女はふっと小さな笑みを浮かべると、裾を掴んでいた手を離す。

「そうか、では、みんなを、この国を、頼ん……」

 彼女はそう言いきる前にがくりと力なく、うつぶせになるようにうなだれる。

 ……まぁ結果は残念だったが、彼女も自分のために己の身体に鞭を打って行動してくれたのだ。

 ぼろぼろになり、力を使い果たし、首を落としてまで身を粉にしてくれた美人さんの頼みとなれば、聞いてあげなけりゃ男じゃない……まって、ちょっと違和感が。

 えっと、あの、え、ち、ちょ……な、なんで、お姫様ちゃんのお首が、その、胴体と、さようならして、ますの?

「姫、姫! そんな、姫! このバカ娘!」

 小鳥さんが泣きそうな声で彼女に近付きの胴体をゆする。

 その横で自分の視線はただ足元に転がる、彼女の美しい、寝顔のような頭部にあった。

 そっと、優しく持ち上げる。それはまさしく今まさに寝息を立て熟睡してる女性のような、穏やかで優しい、口の端から涎がちょっと垂れててどこか間抜けだが美しい表情だ。

 手に触れる肌はまだ温かく、血液の流れすら感じられそうなほどに血色の良い色をしている。

 そんな、翠色の髪を持つ女性の頭部が、本来胴体とくっついていて然るべきはずのそれが単体で、しかも自分の手の中に存在しているのだ。

 さっきまで生きていて、会話をしていた女の子が目の前で、こうもあっさりと無残な姿にされてしまったのだ。

 ……へー。

「……小鳥さん。ちょっと、このお姫様を、お願いしますわ」

「え? あ、ええ」

 自分はお姫様の胴の上に彼女の首を優しく置く。そして再び拳を鳴らしながら遠くを、自分らを取り囲む魔獣たちを見る。

「え、あ、ちょっと……人間さん? あなたの目、それ……」

 彼らは皆どこかにやけたような表情をしながら、自分たちの方を眺めている。明らかに面白がって、まるでスポーツ観戦をするかのような表情でこちらを見ているのだ。

「なんで、泣いてるの?」

 ……ふーん。

「さて、と」

 よぅし、わかった。

「うん。これはね、うん。さすがにトサカに来たからね」

 自分は本当に怒るとね、アレなの。泣いちゃう体質の人間なの。

 最大まで行くと嗚咽漏らして、感情の抑制が効かなくなる。

 でもまだ大丈夫。今はまだ、冷静さを保ってられる。

 だってねぇ? ここで冷静さ失ったら、終わりじゃん。


 さぁ、全面戦争じゃ。


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