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136・発情

 自分はポケットをまさぐり、影の中から目的の物を掴みだす。

 それは三つの小瓶であり、とろりと琥珀色した甘そうな蜜が詰まっている。

 いつぞや買ったなんたらの蜜。たしかポーション作るのに使えたはずだ。

 なら、原液でもそれなりには役に立つのではないか。焼け石に水かもわからんが、でも、ないよりはましだと信じたい。

「……ひ、ふ、み、よし。お姫様」

 自分は彼女に小瓶を手渡す。

 不意を突かれたのだろうか、思わず彼女は手を伸ばしそれを手に取り、不思議そうにまじまじと見る。

「……ふぇ? なに、これ……」

 狙い通り、お姫様の近くに袋が落ちる。

 当然お姫様はそれを手にして中身を取り出す。

 そして、不思議そうな顔をするのだ。

「これ……」

「これは、月光花の蜜! しかもこれ新月の月光花の!」

 あ、シルバちゃんが気付いてくれた。なら説明不要だろう。

「プレゼントだ。あげる」

「月光花の……」

 さぁ。あれがどう使えるかはわからんがとりあえず彼女にしてやれることはこれくらいだ。

 あとはこの周りの奴らをさっさと何とかしてやろう。そしてさっさとゼノアたちを安全に治療してあげるんだ。

 このまま終わりなんてさせねぇよ。いやだと言ってもぜってぇ生かしてやるからな。

 そう自分は思いながら後ろを振り向く。自分の見る視線の先にはまさに魔獣とたたかっている――

「ナルミ、お前……は、はははっ。この変態め」

 え!? なんで!?

 突然の暴言に思わず彼女の方を見る。

 するとそこには目を泣きはらして涙の跡を残しながらも、ものすごくいい笑顔をしたシルバちゃん、じゃないお姫様がいた。シルバちゃんはその横で心配そうな顔をしながら自分を見ている。

 うん? な、なんだそのお姫様の一気に自信を取り戻したかのような顔は。

「感謝するぞナルミ! お前の願い、確かに受け取った!」

 お姫様はそう叫びながら瓶の栓を抜いて、小さく呪文を唱えると風呂上がりに牛乳を飲むかのように一気に中身を流し込む。

 ふむ。なんかようわからんがどうやら使えるもののようでよかったよか――

 ……お姫様が瓶の中身を流し込んだ次の瞬間。彼女は近くにいたゼノアの襟をつかんで引き寄せて、そして戸惑うことなく口づけをした。

 それはただ唇が触れ合うだけなんていう生易しいものではなく、舌としたが絡まるような本格的なもの。自分もいまだに未知で未経験な、オトナな行為。

 それをあそこの二人はこの状況で……えー。

「……ぷはっ。ゼノア! 待ってろ今すぐ治療してやる!」

「ぐっ、く……エリ、ザ……」

「初めてではないのだから乙女のようにうろたえるな! ナルミからの贈り物だ。お前を救えと、あいつからの願いの籠った甘い媚薬だ! ありがたく受け取れ!」

 ……え!? 媚薬!?

 ちょ、そんなつもりは毛頭……あ。そう言えばあれ、惚れ薬の材料になるとか何とか言ってたような……。

「おまえ……よくも、エリザに、媚薬の原液、を……くそっ……」

 ごめんなさいそんなの知らなかったんです本当にすいません!

「発情するくらいなんだ! そんなもの一人でだって発散できる!」

 乙女がそんなこと言うたらいかんのではなかろうか。

「そんなことより腕をだせ! 右腕をつなげて治す! あとその間は私を見ろ!」

 そう言うやいなやお姫様は魔法を唱え、まずは水を出してゼノアの腕と傷口を洗浄したのち、そっとそれらをつなぎ合わせて小さく呪文を唱えだす。

 するとその結合部に緑色の淡い光と魔法陣のようなものが浮かび上がる。その直後から、ゆっくりしかし着実に出血量が減少していくのがここからもわかる。

「……とりあえずは、繋がった」

 早っ!

「だがまだ動くなよ、もう少しだ。今はまだくっついているだけで、完全には治っていない。今動くとすぐにまたもげてしまう。あとは勝手に治るはずだから、術式が切れるまで安静にしておけ」

 それでも十分凄いと思うぜ。

「……すまない」

「そういうのはあとだ。今は完全に治すことに専念しろ。待ってろ、腹の傷も治してやる」

 お姫様が手をゼノアのおなかにあてると、やはり淡緑の光があふれ、傷口がすごいスピードで……こう見るとキモいな。

 まぁそんな自分の感想なんかどうでもいいので置いといて、だ。

 お姫様は手の中に残るもう二本の小瓶を見ると、そのうち一本それをフィーさんに投げ渡した。

「残り二本……フィー、使え!」

「はぁ、くぅ……いらない」

 が、雑に返されてしまった。

「いらないって――」

「それを使ったうえで怪我を負った私を動かせるまで回復させるのならばシルバがに空っぽになるまで魔術を展開してもらった後にそれを使って回復してもらった方がいい。この防護陣を展開した上でシルバがいる以上、もう他に私でなければならない仕事はない。私の生命維持以上のリソースを割く必要はない。現にもう私の魔力はシルバが来た時点ですべて防護陣の強化に回した。この子の歌う舞台を用意した以上、もう私に役目はない……でもやっぱりひと舐めちょうだい。さすがに、私も魔力がなくなって、苦しい……多少発情したところで、問題ないわ」

 そう言ってフィーさんは再び瓶を奪い返し、雑に栓を開けて指を突っ込み掬い舐める。

「ちゅ、ん。あとは頼んだわよ、シルバ」

 そして空いた小瓶は近くにいたシルバちゃんに渡される。

「……ええ。安心して寝てなさい」

「期待してるわよ、歌姫さま」

「貸し一つ、だからね」

「……図太いわね」

「あなたの口癖じゃない」

 あ、やっぱそうなんだ。

 と、思いながら彼女たちをみていると、不意にフィーさんがこちらを向いた。

「こんにちは勇者様。あなたのおかげで死なずに済んだわ」

 何の話だろう?

「……ほんと、ごねておくものね」

 そう言って彼女は自身の髪を留めている髪留めを優しくなでる。そういや渡してたね。

「ふふふ。これが無かったら三回くらい胴体が真っ二つになってたところよ」

 君どんな活躍してたの?

「でも、おかげで防護陣を無理やり展開できた。最後の砦を作ることができた。勇者様、皆を護るのは、私に任せて……あなたは敵を、魔獣を、斃して」

 ……そんな苦しそうな顔で言わないの。

「じゃあ後はシルバと勇者様に任せて、私は寝るわ。ふかふかのベッドの上で起きることを期待してるわね」

 彼女はそう言って目を瞑り、まるで死んだように動かなくなった。

 ……え? ホント大丈夫?

「……ちょっと、死んでないわよね?」

 シルバちゃんがゆする。が、すぐにその手を叩き落とされてしまった。

「いいから。私はいいから行きなさい」

「……はい」

 ちょっとこわい。シルバちゃんが素直に頷く程度には怖い。

 調子悪いときって人相悪くなるよね。


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