135・MPがない
後ろでいろいろやりあう音を聞きながら走ること数秒。若干の人込みをかき分け、素の中心に自分たちはやって来た。
そこには泣き顔に崩れドロドロに化粧の落ちたシルバちゃ……じゃない。メイド服を着たお姫様が何かを大切そうに抱えながら、淡い緑色の光に包まれてへたり込んでいた。
その光は彼女だけではなくその近くにいるゼノア、ムー君をはじめフィーさん含め複数人の人も包んで、包んで……お姫様抱えてるそれ、え? え?
……血に濡れ汚れた彼女が抱えているのは一本の腕。逞しく男らしい、筋肉質な人の腕。
それを至極大事そうに彼女は抱え、涙と鼻水にまみれながらも彼女はそれを護っている。
「エリザちゃん、それ――」
「おね、おねぇぢゃ、おにいぢゃんが、おにいぢゃんのおててが、あだじのぜいで、あだしをまもっでぇ!」
「叫ぶな。体力の無駄だ。あといい加減そんなゴミ捨ててしまえ」
横で苦しそうにしているゼノアが左腕でお姫様の頭を撫でながらそう呟く。
彼はまさしく死に体で、腹部には爪で刻まれたであろう裂傷が刻まれ、傷口と口からとめどなく血を流す。まさしく死に体。意識があるのが不思議なくらいの重体で、血だまりを作りながらお姫様の隣で座っている。
……おま! ちょっとそれやばくね!?
それと同時に頭に乗ったゼノアの手を振り払うようにお姫様が首を振り、吠えるように叫ぶのだ。
「やだ! やだやだやだ! だって! おにいぢゃんが!」
「それはもう使い物にならないんだ。諦めろ」
「ダメなの! ぜっだい! ぜっだい治すの! わたじがぐっづけるの!」
……お兄ちゃん、ねぇ。
シルバちゃんがお姉ちゃん。そして王子様が兄様なら、残るお兄ちゃん枠と言えば――
「その腕、まさか……まさか! お兄様!」
シルバちゃんが思わず駆け寄る。
彼女に向き直るために身体をずらしたゼノアの姿を見てみると、やはりと言うかなんというかその本来あるはずの右腕がバッサリと無くなっており、傷口からはとめどなく血液が流れている。
……。
「お兄様それ! 腕! 腕が!」
シルバちゃんが叫びながらゼノアに寄り添う。
彼女を見る彼の表情は穏やかで、今までになく柔らかいものである。
「ああ、シルバ。そんな顔をするな、俺は大丈夫だ」
「でも腕が!」
「こんなもの、妹のためなら何でもない。むしろエリザを護るためになら差し出してもいい」
何でもあるだろう。
「そんな強がり! いいわけないじゃない!」
「死にはしないさ」
いや死ぬべ。
「でも、でもぉ! そんな! ぞんなごど!」
あ、シルバちゃんも泣きだした。
……これは、うん。ちょっとねぇ。
まってこれ、ちょっと自分も泣きそう……ていうか、うん。まって涙こぼれた。ハンケチハンケチ。
深呼吸深呼吸。冷静に冷静に。
すぅー、はぁー。
……落ち着かない。イライラが止まらんな。
「それよりも、くっ、まだ、もう少しだ。すまない、まだ動けそうにない。さすがに、この傷ともなればエリザの治癒と言えど治りが遅い」
……あのねぇ。
「寝てろたくらんけ」
ゼノアの頭をポコンと叩く。何言ってんだこいつ。
「怪我人は寝てろ」
「ナルミか。元気か?」
言葉だけは余裕だな。
「自分はいい。お前は今大丈夫なのか?」
「この程度問題ないさ」
言ってることコロコロ変わるな。
「お姫様の治癒で治らんのにか?」
「こいつを護るためなら安いもんだ」
そうかいそうかい。答えになっとらんがな。
「護りたいなら泣かすなアホが」
女の子泣かすのはいかれんよ。自分の精神衛生的に。
女の子の涙はこんな形で消費していいものじゃないんですよ全く。
まぁ今はそんな自分の気持ちとか精神衛生なんてどうでもいい。問題はこいつらだ。
ゼノアもそうだがムー君も傷がひどいしフィーさんも外傷こそないが完全にグロッキーだ。
お姫様の回復魔法で治しきれないのか。
「……で、治らんの?」
「エリザの魔力が足りない。ここまでにいろいろあってな。力を使い過ぎた。アイテムもほとんど使い果たし、俺の腕を治すだけの力が残っていない」
……MP切れか。
そしていろいろというのは……まぁここでひと固まりになってる兵士さんやら一般人さんたちの事だろうなぁ。全員とは言わんが、事態が事態だ。相当数を回復したのだろう。
「まだ、まだできるもん! わたじだって! わだじだっで……シャドウ!」
お姫様が唐突に叫ぶ。すると彼女の足元から影が飛び出し向うの方へ、アニスさんと、今まさに彼女に襲い掛かろうとしていた魔獣の間に立ちはだかる。
「感謝する!」
あ、斧で斬伏せた。つよい。
「ミミリィ! みぎにゴーレム! テドラは右上をけいがいしろ! 抜かれる! コーデァどのはひだりを! 絶対にちかづかぜるな!」
お姫様の言葉に従い、彼らは各々が指示された通りに行動する。
ミミリィ隊長は土と石でできたゴーレムを創り出し、右側からくる魔獣の攻撃を受け止める。
テトラ君は弓と矢でもって空から襲い来る敵の翼を射抜いて落とし、アニスさんの親父さんは彼の死角を縫って素早くこちらに抜けてこようとする魔獣の首を一瞥もせずに叩き落す。
……あの簡素にもほどがある指示でよくあれだけ動けるものだ。
と言うかお姫様もよくこんな状況で周りをみながら指揮できるね。
「まだ! まだできる! わだじはまだ! まだまほうがつかえる!」
しかし指揮ができどもMPがないのでは回復は使えないのではなぁ。
「しかしそうはいっても、お前は力を使い過ぎている。俺の腕を維持するために使ってるその力だってもう――」
「うるざい! だまれぇ!」
……愛されてるな。だからこそ、そんな女の子を泣かすのはいかれんぞゼノちゃん。
「エリザちゃん魔力が、くっ、なにか、何かアイテムは……」
シルバちゃんが涙を見せながらも身体を探る。しかしそれと役に立ちそうなもの出てこないようだ。
……MP回復、ねぇ。実は心当たりはある。
「自分の血液ではどうだ?」
「名案だがさすがに吸血鬼のようにはいかない」
ゼノアに否定されてしまった。
あー、だめかぁ。そうかそういやシルバちゃんは吸血鬼だけどお姫様は違うんだもんな。
じゃあ後はほかに方法は……あぁ、そう言えば。
使えるかもしれないものを自分はこの前手に入れてたね。




