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134・防護陣

「はいはーい。お姉ちゃんはここにいますよー。怖いおばけはちゃちゃっとやっつけちゃうからいい子で待っててねー」

 シルバちゃんはお手てをひらひらと振りながら、前を見たままおどけるようにそう答える。

 だがその声の明るさとは対照的に、静かにブチギレてるのか顔面はものすごく怖い。

「よがっだ! おねぇぢゃん! ぢゃんどいぎでだぁ!」

「生きてるわよー」

 特に目がヤバいね。視線だけで人を殺せる。

 まぁ彼女にとってお姫様は大切な妹みたいなものらしいし――

「……先生。私は非常に今イライラしています」

 ……え!? 自分!? なんで!?

「え、そ、え、え?」

「あいつらは私の大切なエリザちゃんを怖がらせた。あの子を泣かせるという絶対に、絶対に許されない大罪を犯した」

 あ、よかった自分じゃない。

「先生。あいつらを、あの化け物どもを一体残らず共にすり潰しましょう」

 でも怖い。

「その愉しみをお嬢とナルミだけに取られるのは面白くないな」

「そうですね。それに部下が頑張ってるのに隊長がさぼっていては示しがつきませんし」

「おいしいところを独り占め、っていうのは許されないよねぇ」

 とかやってる自分たちの近くに、王子様とミミリィ隊長、そしてリム副隊長が近付いてきた。

 彼らは真剣で、その口からでる軽口とは裏腹にとても怒りに満ち満ちた、そう言う顔に染まっている。

 特にミミリィ隊長なんか犬歯むき出しで喉を鳴らすし、シルバちゃんとは別の意味で怖い。

「お帰り、シルバ」

「はい。ご心配をおかけしました」

 おいそこの女子二人。お前ら顔面をもうちょっと言葉に合わせてまろやかにだな。

「さっそくで悪いけどあいつらぶっ殺すわよ」

「ご安心を。肉片の一つも残すつもりはありません」

 言葉を顔面に合わせるんじゃねぇよ。

 まったくもう。状況が状況だからしようがないかも……あ、精霊さんたちやっほー。王子様凄いね。精霊がまとわりついててもはや何の塊かぱっと見だと判別がつきづらい。

 と言うかさすがにその密集度は苦しくない?

「生きてる?」

「なんとかな。フィーが命を懸けて防護陣を構築してくれたおかげで、なんとか皆生きていれる」

 ……うん? 意図と違う方向のものすごい回答が得られてしまったぞ?

「ぼうごじん?」

「ああ、後ろをよく見てみろ」

 言われて後ろを見る。そこには身を寄せ合う人々と……んー? なんか空中に光る線みたいなのが見えるぞ。

「魔獣を拒絶する高位防護陣だ。あれのおかげで皆無事でいられる。その代り、フィーの魔力が枯渇しかけていて動けなくなっている。死んではいないがな」

 ……なんというか、こういうところは素直に敬意を表しよう。

 だが、守ることを否定はしないがこの囲まれた状況どうすんの?

「で、この後どうするか考えてる?」

「あぁ。あの防護陣で身を守りながらそれに組み込んだの術式を基にして俺たち全員の魔力を集めてここにいる魔獣を一掃する算段だ。ただまぁ、これもフィーが用意してくれたものだがな。ほんと、あいつは強いよ。あとは、エリザの号令待ちだ。なにせこの街全体を覆うものを発動しようというんだ。それなりの準備が必要だ」

 ここにきてフィーさんの株が急上昇である。

「ちなみにあいつの為に言っとくが、最初からやっておけなんて言ってやるなよ? さすがにあの規模ともなるとあいつの身体への負担も大きいし、巻き込まれる一般人もただじゃ済まねぇんだ。そこは理解してやれよ」

「わぁってるよ」

 さすがにそこまで酷じゃない、というか考えが回っとらんかったわ。

「さて、それじゃあナルミ。ぜってぇ勝つぞ」

 あ、うん。ごめんいきなりそう同意を求められてちょっとビビった。

「うっす」

「あいつらにエリザを泣かした罪を、そして何より俺の親友を痛めつけた罪を、しっかり償ってもらわねぇとなぁ」

 ……おん? 親友って――

「おねぇぢゃん! おにいぢゃんが! おにいぢゃんがぁ!」

 後ろでお姫様の泣き声が響く。

 お兄ちゃんが、って……王子様? どうかしたの?

「俺じゃねぇ、俺を見るな。俺は『兄様』だ」

 あ、そう。うん。

 そこ使い分けてるのね。

「……あそこまで言っておいて悪いがナルミ、そしてお嬢。考えが変わった。一度この場は俺たちに任せて、エリザのそばに行ってやってくれないか?」

 王子様がつぶやくようにそう告げる。

 その表情はどこか苦しそうで、泣きそうな印象を受ける。

「お前たちはエリザが号令をかけたらどう動けばいいかはわからんだろう。なら下がっていてくれた方がありがたい。それにお嬢がいた方がフィーの負担も減るだろう。そして、もしも何か方法があるなら、あいつらを救ってやってくれないか?」

 ……あいつらを救ってやって、ということは何か重大な問題があるという事やね。

「そうですね、ここでごちゃごちゃするよりもその方がいいと思います。正直あの子はもう限界だし、シルバ、頼んだわよ」

「それにシルバは姫様のそばにいてあげた方がいいと思うよ。特に今はね」

 隊長ご夫妻がずいと前に出る。

「そう言う事だ。ここは俺たちが何とかする。なに、心配には及ばん。俺たちはここを今まで護っていたんだ。安心して後ろに下がっていろ」

 できる状況かよ。

 いや、そんないい笑顔で白い歯見せられても。

「あの――」

「この状況で退けと?」

 シルバちゃんに発言が潰された。最近多くない?

「そうだ。そしてこれは命令だ」」

 ……そう言われると、従った方がいいのかな?

 何せ王子様が直々に命令と言うのだからな。

「先生、行きましょう」

 自分と同じことをシルバちゃんも感じたのだろう。素直に従い、自分の腕を引いて人々の群れへといざなおうとする。

 拒否したい気持ちはあるが、明確な拒否する理由もないので、自分は腕を引かれるそのままに彼女の後を――

「ナルミ」

 行かせたいのか行かせたくないのかはっきりしなさい。

「はい?」

「エリザとお嬢のこと、頼んだぞ」

 ……いやいやいや。

 何そんな今から死ぬ人みたいなセリフ残すのか。

 がんばるけどさぁ。

「当然。だけど王子様も無事でいてよね。お姫様泣き止んでも君に何かあったらまた泣かしてしまうことになる。それはだめさ」

「ふん。俺を誰だと思ってる?」

 ……王子様と書いてバーサーカー。

 と、ふざけて答えられる空気じゃないね。

 でもちょっとおべっかしてあげよう。やる気は力になるからね。

「頼りにしてるわよ、親友」

「……行け、相棒」

「あいよ」

 そんなやり取りを経て、自分とシルバちゃんはお姫様のところまで駆け出した。


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