131・帝国女子ズ
「……しかし、少ないですね」
と、跳びはじめて少しすると、シルバちゃんが何か言いだした。
「何が少ないって?」
「敵が少ないんです。最初攻め入った時、この街にはもっと魔獣がひしめいていました。だけど今は数えるほどしか見えません」
……いや結構蹴散らしたわよ?
お城を出てから倒した魔獣の数だってさっきの巨人含めると二ケタの大台へ突入したからね?
でもまぁ魔獣の数については自分も疑問を持ってるのは確かなのよね。
正直、あの玉座の人が言った魔獣の数に比べてものすごく多いように見受けられるのよ。
この差はなんなのだろうね。
「自分が聞いた話だと魔獣は十三体しかいないという話だったんだがね」
「あれはおそらく『魔石に封印されている魔獣』が十三体だけなのでは。そのあと何らかの要因で増えた魔獣が大勢いるのではないでしょうか。おそらく、先生のご想像通りの手段で。現にあの甲殻類型の魔獣も100や200では済まない数でしたし、たぶん、そういうことかと」
……あー、うん。納得した。それだけ犠牲者がいた、ということね。
「……しかし言われてみればあのカニどもの姿が見えないな。民にとって恐怖の象徴と化すほどに蔓延っていたあいつらが一斉に消えるとは、確かにおかしいな」
あ、いえお姫様、カニについてはそんなに疑問に思うところはなくてですね。
「その甲殻類についてはほとんど先生が潰したので気にしなくてもいいのですが――」
「なんだと!?」
ちょ!? やめてお姫様!
「お願いお姫様揺れないでください!」
「す、すまない……」
「あっぶねあっぶね……ここでバランス崩したら大変なことになるべさ」
「……そんなバランス崩したようには感じなかったけど」
そりゃ自分が踏ん張ったからね。
「君らに不快な思いさせないようにがんばったの。自分は今かわいい女の子四人も抱えて護ったらないかれんのだから、そこら辺は気を付けてるわけですよ」
「まぁ、かわいい女の子ですって」
あ、うん。グレイさんかわいい反応ですね。はい。
「黙れババア」
「年を考えてください」
帝国女子ズは辛辣だ。
「なぁ? シルバ殿もそう思うよな?」
「心底どうでもいいです」
うわ、いい声。絶対これ輝かんばかりの笑顔してるべ。
「シルバさんってたまに怖いわよね」
うん。それは自分も小鳥さんと同意見。
「……まぁそれはいいとして、ハセガワ殿は本当にあれを全部斃したのか?」
アレとはカニさんのことだよね?
うーん、どうだろう。たぶん全部ではないとは思う。
あの時廊下にいたのは倒したけど、窓の方はノータッチだったからね。
「全部ではないですね」
「でもほとんどは潰したんじゃないでしょうか? 何せ廊下まるごと分の甲殻類をつぶしたのですし」
「やっぱりあれあなた達の仕業だったのね」
小鳥さんがしみじみと、しかし呆れたようにそう言った。
「あなたたちがいた部屋の前の廊下で壁床天井全部にカニがひしめいていてすごく気持ち悪かったのよね。で、どうしようかと迷っていたら天井が落ちてきて全部潰れちゃって……危うく巻き込まれるところだったわ」
それはすまなかったとしか言えないな。
でもそうしなかったら自分らが巻き込まれていたんだ。謝罪以上の事は出来ん。
「……天井が落ちてきたって、どういうことだ?」
「人間さんが即興で廊下を吊天井にしたんですって。びっくりしたわよ、だって一瞬で天井が落ちてきたんですもの」
「本当あれは私もどうやったのかいまだに理解できないんですよね。先生もしかして罠師の最高位スキルを何か持ってるんですか?」
……いや、そんなけったいなものはもっていない……いやそれ以上にけったいなもの使ってるんだよな。
「……廊下の天井を落とした、とは文面通りに受け取っていいのかしら?」
おん? どしたんグレイさんそんな深刻そうな声だして。
「ええ、そう、ですけど……どうかしました?」
小鳥さんがそう、心配そうに尋ねるもグレイさんは少し考えるようにしばし沈黙すると、不意に暗い声でこういうのだ。
「……廊下まるごととなると、直すのにどれだけかかるのかしら」
……自分は何も聞こえない。
「……は、話を戻しましょう」
「そう、そうだね! なんだっけ、魔獣が少ないって話だっけ!?」
「おいこの外国人共話逸らしだしたぞ」
黙れお姫様! 外交問題に発展するぞ!
「そうです。魔獣があまりに少ないんですよ。最初見たときはもっと多くの魔獣がいました。それこそ大小さまざまなものが。しかし今はほとんどいないんです」
なるほろね。でもそれってうちの主人公共の仕業じゃない?
「みんな倒しちゃったんじゃないの? ゼノアとか王子様が頑張ったらそれくらいできない?」
言って気付いたが、それだったらシルバちゃんもここまで疑問には思わんだろうしいくらなんでもその可能性は――
「……ありえるから困るんですよね」
あるんかい。
「普通魔獣なんて人の身で斃すことができるはずのない存在なんですけども、あの二人は常人の皮被った人外ですからね」
「それ人間さんもそうなんじゃないの?」
はっはっは、小鳥さんの言葉に反論できない――
「締め殺すわよ?」
……み、耳元でそんな怖い声ださないでください。すっごいなんだ、ゾワゾワする。
「……ごめんなさい」
「……でもあの人たちがやったとして、そうだとしたら今度は死骸がないのが不自然なんです。いくらあの人たちでもこんな状況で死骸をいちいち処理しながら戦うなんてことするわけがないんですよ」
切り替え早いな。
でも確かにそれは不自然かな。
「……あ、もしかして」
で、小鳥さんが何か思い出したのかそう声を上げる。
「見たことはないんだけど、生き物の死骸を取り込んで己の力とする魔獣がいるって話を聞いたことがあるわ」
「……なるほど、確かにそれなら死骸がない事は説明がつきますね」
いや、たしかにそうだけども。
「肉食って強くなるってそれ普通の生き物なんじゃ?」
「人間さんそれ、いや、人間さんだもんね」
どう言う意味だ?
「……今の話を聞いて思ったのですが」
うん? どしたんグレイさん。
「なにかありました?」
「いえ、そのような魔獣が街中の魔獣の死骸を取り込んだとなると、その魔獣は相当な力を得たのではないでしょうか?」
……あ。
「でも先生が相手ならそれも誤差の範囲だと思いますよ?」
シルバちゃんのその盲信にも似た信頼はどこから来るんだろう。
「……そ、そうよ! に、人間さんなら大丈夫、よね?」
「そ、そうだな! ハセガワ殿なら何とかしてくれるな!」
いやいやいや、二人ともそう言うがその、うん、たぶん、うん、どうだろう?
いや、大丈夫! そう、自分できる子!
それにここで否定して彼女たちに不安を残すのはいいこととは言えない!
ここは力強く肯定してあげねば。
「任せろ。君らに手を出そうという輩はどんな相手だろうと捻りつぶしてくれるわ」
「ふふふ。心強いお言葉ですね」
そう? 結構内心不安でバクバクなのよ?
「……これだけの男気をうちの弟も持ち合わせて居たらなぁ」
「やめましょう姫。悲しくなります」
「あの方は本当にヘタレと言うか、はぁ」
そして帝国女子ズによって唐突に貶される帝国の王子様かわいそう。




