125・交渉
さて、そのずんぐりむっくりした金属塊は胴に見合わず小さな頭を少しばかり左右に動かし、そしてピタとお姫様の方を見つめ少しだけ動きを止める。
『セシリア・イヴ・フレイ・エンダルシアを確認。任務の優先順位の変更。これよりウェンズリー・レイの捜索を中断、周囲の生命反応の抹消後セシリア・イヴ・フレイ・エンダルシアを確保し帰還する』
ロボか。
そして隣見てみろ。ポンコツか。
……しかし、はぁ。
「うるさい」
『ゴッ!?』
さすがに真横で皆殺し及び拉致の計画を高らかに説明されたら止めるぞ。
という事で、先程名前を付けたままであった『破砕の拳』でもってそのダルマ腹に全力で裏拳を叩きこむ。
いや、裏拳に特に意味はないけどね? しいて言えば位置的に脚動かさないで一番やりやすいのがこれだったからと言うだけで。
さて、こうして見事どてっぱらに拳を叩きこまれた魔獣……たぶん魔獣、だよね? 魔獣という事にしとこう。魔獣はそのまま後ろに吹き飛びゴロゴロ転がって壁にぶつかった。
ちらりと見るとそれは手足を投げ出し、穴の開いた斧は……あ、斧ごといってたのか。ごめん見ていなかった。で、斧は砕けて床に転がり、その空いた鎧の穴からは気体とも液体とも似た瘴気のような何かがうねうねとうごめいていた。
やーっぱり魔獣か。めんどくさい。
と言うかそうだ。咄嗟だったから『昏睡』の属性をつけ忘れてた。もっと言えば『不殺』も忘れてた。
し、死んでない……いや蠢いてるからまだ大丈夫だ。
くっそ。こうなりゃもう一撃良いの叩きこんで昏睡させて――
「わかってんじゃねぇか」
『ゴギュ!』
間髪入れずに星のような瞬きと共に、青白い結晶が魔獣目がけて飛んでいく。
それは鋭利な刃物のように鋭く尖った、何かを殺すために作られた形をしたもの。無数のその刃がまっすぐと魔獣に、自分が明けた鎧の穴目がけて一切の慈悲もなく叩きこまれる。
「終わりだ。散れ」
デビル君の掛け声の後、結晶は光を増して黒く淀んだ鎧の内部を照らし輝く。
するとドロリとその瘴気のような何かは溶けるように滴りはじめた。
『ガガガガガガ!』
エラー音とも壊れたハードディスクのガリガリ音とも似た悲鳴がこだまする。
恐らく奴は苦しんでいるのだろう。身体を痙攣させながら、悲鳴を鳴らし続けている。
しかしそれもすぐに終わる。
『ギョ!?』
最後になにかが割れたような断末魔を残し、鎧の魔獣は動かなくなった。
……まぁ、こんな事態だから同情はしないが、すまんな。
元人だったかどうかはわからないが、何となく謝っておこう。すまんな。
「おいグレイ、魔獣が」
「ええ……魔獣がああもあっさりと屠られるとは」
「ニンゲンさんがすごいのは知ってたけど、それよりこれは――」
「悪魔も斃せる、とはハッタリではなさそうですね」
思い思いに口を開くうちの陣営の女性陣。
どうやらデビル君に相当の警戒心を持ったようだ。
対してデビル君陣営はと言うと。
「ごしゅじんさまもにんげんさんも、すごい」
能天気に拍手かますちびっこメイドさんと
「……やっぱり人間もバケモノじゃないの。どうしようどうしようどうしよう。こんなのと敵対するとか割に合わない。そもそも逃げられるのかしらこれいや逃げても最悪追ってこられたら……絶対割に合わない安すぎる。いやこの際報酬はどうでもいい。どうやったら生き残る? 捕まったら処刑残ったら巻き添えで逃げるにしても頼みの綱がどこまで人間に通用するか……むしろ現状だと最悪までいけばすべてのカードを逃げに回せずに使い切る可能性が……」
相当追い込まれているキエラである。爪噛むのはやめた方がいいぞ。
「あいつは重くて遅いが装甲が硬くて厄介だった。直接中身に魔術をぶち込めればいいがいかんせんアレが魔術を遮る、非常に対処の面倒な魔獣だったが、やるじゃねぇか」
そしてデビル君本人は悪人が何かをやり遂げたかのような典型的な悪い顔、と。
「そらどうも」
君に褒められてもあんまうれしくない。
というか、うん。ちょっと今は黙っててほしいな。
「咄嗟の連携にしちゃ上出来だ。最小限の行動で最大の成果を出すあの動きも好感が持てる。なかなか気が合うじゃねぇか」
「反りは合わんがな」
何こいつテンション上がってんのさ。
「ふん。まぁいい。それより伝えることも伝えた。ちょうどあいつにも見つかったことだし、俺らは先に脱出させてもらう。せいぜい頑張れよ、人間」
……いやそんな邪悪な笑顔を向けられたところで逃がすと思うか?
ちょっと生き物が死ぬ様を目の前で見たせいで若干テンション下がってはいるが、さすがにそこまで間抜けじゃねぇぞ事の元凶。
そんなわけでえーい。
自分はずっと持っていた一本の竹串を勢いよくデビル君に、彼の足元の影に目がけて投擲する。
さすがに突然すぎたその行動に、デビル君はじめこの場にいたみんなが驚き目を丸くする。
が、しかしその着地点を見てみんながみんな何とも言えない、微妙な表情で自分を見るのだ。
「……不意打ちのつもりか? あたってないぞ?」
呆れたようなデビル君の言葉である。
しかし自分の目論見は外れてないぞ。
「あたってるじゃん」
「床にな」
彼がそう言って視線を下ろす先には床に刺さった一本の竹串。
いやぁ、綺麗に深々と刺さってますなぁ。まるで床に何かを縫い付けてるようだ。
そうまるで君の影なんかをね。
「さて、交渉のお時間だ」




