123・降臨
そうやって男衆が間抜けを晒しているうちに、自分の背後へ小さな影が忍び寄っていた。
「先生」
ん? あ、なしたシルバちゃん。
いつの間に自分の近くに、というかなに、小声で。
「ん?」
「今から私があの二人を捕らえに行きますか? 先生がこいつを抑えてくだされば少なくとも、小さい方は捕らえて人質にはできるかと思います。セシリア姫とグレイ様の協力もとりつけましたので、遅れはとらないかと」
……まぁ、有用ではあるかもしれんがねぇ。
でもさすがにそれはだめさ。
理由は三つ。
一つ、キエラは仮にも近衛隊全員相手取って君を攫ったんだ。正直きついと思う。
二つ、罠の可能性も十分ある。出てくるタイミングもあいつらのキャラクターも、疑う余地が多すぎる。
三つ、あの小さいメイドさん。正直こういうところにいるあーいうキャラって、アホみたいに高い性能持ってる可能性あるのよね。最悪彼女が敵の最終兵器の可能性もある。
そしてこれらを総合すると、だ。
「だめ。相手の手札が分からん以上下手はできん」
まぁそれは置いといて、そう言う汚れ仕事を君にやらせたくないってのもあるけどもね。
どーしようもない綺麗事なんはわかってるさ。が、自分の精神衛生に悪いことはしたくないのさ。こう言う状況で何言ってんだと思われるかもだが。
「……わかりました」
そう言ってすっと後ろに下がるシルバちゃん。
ものわかりのいい子は好きよ。
でもそうね、このままこいつを返すのも癪だしなにかなかなとこっそりポケットをごそごそ。
えっと、これは……電池、本、ハンガー……目的ないと本当に何が出てくるかわからんのよな。しかも触覚だけで判断してるから地味にわかりにくいという。
筆箱、ティッシュ箱……この場で竹串なんて何に使うのさ。
あ、ちなみにこれ昔輪ゴムボウ作ろうとした名残り――
「あぁ! そうだ!」
ん?
「企んでいるわけではない、が。一つお前らに警告してやろうと思ってな」
……お、おう。
「いきなりどした」
「……え? いや、さっきお前が俺に『悪いこと考えているんだろう』と言ったから、それに答えただけだが……」
あ、あぁ! 言ったね、うん。確かに言った。
……え、なにじゃあこいつ今までそれ思い出そうと努力してたの?
真面目と言うかなんというか、まぁ、いい。
「で、その警告とやらはなんだい? もう話の腰折れる前にさっさと話して」
「そう急ぐな人間」
今までさんざ会話キャンセルされた口がよう言うわ。
「くくく、聞いて驚け。もうすぐこの場に、悪魔が降臨するのだ」
そう答えるデビル君の表情は、まさに悪魔染みた邪悪なそれである。
先程までの空気がなければ様になっていたのだろう。
しかしはて? 悪魔とな?
と、自分が疑問符を浮かべるのとほぼ同時に、この場の空気が、自分以外の空気が張り詰める。
「あなた、正気?」
そう口を開いたのはシルバちゃんである。
まるで戦慄したかのように、恐れおののいているかのようにその声はどこか震えているようにも聞こえる。
しかし彼女のその問いにデビル君は答えない。
いや、違う。
答える前にまたキャンセルされた、と言うのが正しいか。
「きさまぁ!」
お姫様の叫びと共に、複数の光の矢がデビル君目がけて飛んでいく。
しかしそれらはすべて、奴の作り出す結晶によって防がれてしまった。
小気味の良い音と共にその魔法はすべからく結晶へと突き刺さり、そしてやがて消えていった。
「貴様! 殺す! 殺してやる! よくもみんなを! 命をどこまで弄べば気が済むのだ!」
怒れる姫君は下半身が動かないんのも忘れて、今まさにデビル君へと襲い掛かろうと蠢いている。
しかし今の彼女ではそんなことができるはずもなく、結局ベッドから転がり落ちそうになったところをグレイさんに支えられて元の位置に戻された。
だがそのグレイさんもまた彼女と同じような気持ちなのだろう。その目は明らかな怒りと侮蔑、そして憎しみのこもった視線でデビル君を睨んでいる。
対して睨まれてるデビル君はと言うと、相も変わらず憎たらしい笑みを浮かべて立っている。
「いやぁ、苦労したぜぇ? 何せ悪魔だ。こちらに呼び出すともなると、それこそ下級神を引きずり堕とすくらいの力が必要だが……幸いと大量の生贄がこの街にはいたものでな。随分と楽をさせてもらった。あとはもう俺らにできることはねぇ。ここを離脱し、悠々と高みから見物させてもらうぜ」
「きさまぁ!」
「くくく……さぁて、どうなるかなぁこの街は? 悪魔に対してお前たちは、どんな手を打って戯れてくれるか。今から楽しみでしようがない」
……クソみたいな性格してるな。
「……あなたは何が目的なの? 悪魔なんて召喚して、いったい何がしたいの?」
シルバちゃんの静かな声。
そこには怒りと、そしてどこか怯えがある。
「目的、ねぇ……」
あ、まーたデビル君悪悪しい邪悪な顔してる。
しかし彼が何かを言おうと口を開きかけたところで、だ。
「私たちも好きで悪魔なんて呼んだりしないのにね?」
「そうよねぇ……さすがにそこまで狂っちゃ……利用しようとするあたり狂ってはいるわね。おいしいけどちょっと薬臭いわねこれ」
「ごしゅじんさま、ものずき」
小声ではあるが部屋の隅の、二人の女性のそんな小さな会話が聞こえた。
んー? あんたらが呼ぶんじゃないの?
「お前たち、少し黙ってろ」
……釘を刺すあたり、どうやらこの会話は自分らに聞かれてはいかれなかったもののようだ。
あいにくと他の人たちの反応を見るに、聞こえたのは自分とデビル君のみのようである。
しかし……どういうこったろ?
「ま、俺らの目的としてはせいぜいお前たちの抗う姿を見たいから、ではだめか?」
ひゃっひゃっひゃと笑うデビル君。
ここだけ切り取ると相変わらずクソな性格だな。
しかしその笑い方喉傷めない?
「ひゃっひゃっひゅごぇ!? げふっ! ごふっ! ごふっ!」
咽てんじゃねぇよ。




