122・すーすーする
「死んで償え、外道が」
忌々し気な声が響く。
それはまさしくたった今魔法が当たって消し炭になったであろうデビル君の方を見ながらの、怨嗟のこもった声である。
「そうか。ならばまだ償いの時ではないという事だな」
が、その当のデビル君はと言うと特に変わった様子もなくピンピンしていたりする。
正確には結晶の盾を作って彼女の魔法を防いでいたのだ。
自分じゃなかったら見逃しちゃうね。
「く……バケモノめ」
「ふん。なんとでも言え。まぁアドバイスするなら……練りが甘いな。魔力が散りすぎている。もう少し練度をあげればこの程度の防壁は貫通していただろう。私怨に振り回されるのもたいがいにしとけよ」
君はあれか。評論家か何かなのか?
しかし、彼女らの気持ちもわかるしこいつを伸したい気持ちもわかるが、これ以上はなんというか、時間を浪費するだけな気がする。
というかこいつがわざわざここに来たんだ。何かしらの意味があって来たのだろう。
それにそもそも、今現在こいつをとっちめても損得で言えばあまり意味はない気がするのよね。
……なんというか、女性陣が真っ先に暴れ回ってくれたおかげで割合冷静になれてる気がするな。
ま、それはおいといて。とりあえずこれは、うん。
止めよう。
「はいストーップ」
「ほう」
結晶の盾とそれに対峙する三人の女性との間に入り、彼女たちを止める。
デビル君が偉そうに感嘆詞を吐いた気はするが気にしてはいけない。
「なっ!」
「先生!」
ま、当然抗議はくるわな。
まぁグレイさんはさすがに察したのか悔しそうな顔をしながらも握った拳を解いてくれた。
「現状じゃやるだけ時間の無駄さ。それより彼の話を聞いてみよう」
「なかなか話がわかるじゃねぇか」
……F12『破砕の拳』
「うっさい」
こつんと後ろ手で、さっきからずっと浮いている結晶をノックする。
すると結晶はそこからひび割れバラバラと落ちていった。
「……バケモノめ」
「はっはっは。あんま調子こくなよ? 自分もうちの娘さんかわいがってくれたお礼をたーっぷりしたいの我慢してんだ。そこんとこ勘違いしないよーに」
威嚇するように顔を近づける。そのイケメン齧りとるぞ?
でも正直とっちめたいのはやまやまだが、こいつとっちめても今この状況はかわらんのよな。
現状の問題は魔獣を倒すこと。そしてその発生源は彼ではなくあの偉そうな人なのだ。
なればここはこいつをどうこうするよか話を聞いた方がよさそうだ。
でもむかつくから威嚇はしておこう。
女の子怖がらせた罪は重いのだ。
「こっちゃはムカつくの押し込めて君の話を聞いてやろうって言ってんだ。決して君に従ってるわけではない。損得の問題。ここで君一人をひき肉にしたところで事態は好転しないの。自分らは頑張ってるみんなを助けるためにここにいる。オーケー? 言っとくがくっだらない内容だったら即卍固めだかんな」
顔を近づけ、なるだけ声を低くして彼に言う。
しかしデビル君の表情はまったく変わらず、やはりこれは自分の顔面が優しすぎるのかはたまた彼が豪胆なの……あ、いや。唇が少しひきつってる。あと額に汗が滲んでやがる。
なんだ、自分でも人をビビらせることができるのか。ちょっと新鮮。
と、そんなことをやっていると彼と自分との間に立ちふさがる小さな影が……ん?
「ごしゅじんさま、いじめないで」
「……マリー、お前」
それは件の小さなメイドさん。
彼女は小さな体を身いっぱいに広げデビル君を守るように立っているのだ。どっからでてきた。
……しかしまぁなんとけなげなミニチュアメイドさんでしょう。
いい子だ。飴ちゃんをあげよう。
「ほら、これあげるからあっちいっておとなしくしてな」
自分はそう言って彼女にハッカ飴を渡す。
するとどうだ、メイドさんは一瞬不思議そうな顔をしはしたが、何の疑いもなくそれを手に取り開けて食べるではないか。
「おいしい」
「おい、マリー……」
「ごしゅじんさま。にんげんさん、いいひと」
「……」
はっはっは。ざまぁ見さらせ。
なかなかいいぞ、そのしょぼくれフェイス。
「キエラちゃん。これすごいすーすーする」
「よ、よかったわね」
あ、扉のあった場所の向こうにキエラもいた。
なるほど、最初っからそこにいたわけか。
「息つめたい。キエラちゃん、ふー」
「う、うんそう……つめたっ!」
……ハッカに息を冷たくする効能はないぞ?
「まったく、この狂った戦の場に相応しくない、緩み切った反吐が出る空気だ」
「……チッ」
これが俗に言う意趣返しと言うやつかな?
しかしあの光景がキエラとかいう糞娘ではなく別の女の子だったらもっと和やかにみれてたのにな。残念。
「……で、何の用なん?」
しかしそれをずっと眺めてるわけにもいかず、自分は先程と同じポジションに戻って口を開く。
なんかこのまま放置していたら永遠に話が進まなそうだ。
「あ、あぁそうだ。……あー、どこまで話した?」
お前もポンコツか。
「君らが手を引く、と言うところ」
「あ、あぁそうだ。おれたち三人は手を引く。つまり残るお前たちの敵はランドールとその魔獣という訳だ」
ほーん。
……正直その『魔獣』って存在が厄介なんだがな。と言うか目下の敵よ敵。
で、なぜそれを自分らに?
「なんでんなことを自分らに伝えるん? 逃げるなら勝手に逃げたらいいじゃん」
「あぁ、確かにそうだな。俺たちが逃げるだけなら、お前らにそれを伝える理由はない」
……まるで他に何か理由があるみたいな口ぶりだね。
と言うか十中八九何かする気だよね。
「また何か悪いこと企んでるしょ?」
自分の言葉にデビル君はにやりと笑う。
あぁ、あっぱりこいつは――
「にんげんさんにんげんさん」
……。
「なんだいお嬢ちゃん」
「すーすーするあまいあまい、すごくかたい」
……話の腰! そんで脈絡!
「……キエラ、マリーを頼む」
あ、デビル君もさすがにこれにはあきれ顔だ。
と言うか頭抱えてる。
苦労してるのね。
「はいはい。ほら、こっちおいで」
そしてキエラが完全に保母さんという。
キエラに引きずられるように、ちびっ子は部屋の隅へと――
「まって。にんげんさん」
「あ、こら!」
振り切って戻ってきおった。
「な、なにかな?」
「キエラちゃんの分も、すーすーするの、いい?」
……。
「ほら」
「わーい」
飴ちゃんを手に握りしめ、彼女はキエラのもとへと駆け戻っていった。
「はいキエラちゃん」
「あ、ありがと」
……。
「あの子、なんというか少なくともこの場にいたらいかれない人種だよ? 悪いことすんなら別のとこに置いといてかららしなさいよ教育に悪い。悪に染めたいっていうんならそれはそれで育て方考えた方がいくない?」
「……どこかに置いておけるもんなら置いているさ」
あ、なんか事情ありそうな雰囲気。
聞くのやめよ。
「で、何の話をしていたっけ?」
えっとたしか……なんだっけ?
「ん? あ、あぁ、えっと……どこまで話した?」
お前も忘れとるんかい。




