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121・良い事

「お前は!」

「くっ!」

 扉から入って来たデビル君の姿を見て、シルバちゃんとグレイさんは即座に臨戦態勢をとる。

 対して自分はと言うと、いきなりの事に何もできず、と言うかびっくりしすぎて動けない。

 ただじぃっとデビル君の横顔を見つめるだけだ。こうやって見るとお前意外とちいさこいのな。

 というか、え、なんでこいつがここにいるの?

「……ウェンズリー・レイ。何をしに来た?」

 お姫様が怒りを隠さない低い声で彼を、たぶん彼の名前を呼ぶ。

 あーあーもう。せっかくまともな空気になってたのに。

 ……ん? でも今は戦争してるということになってるから、むしろこっちの空気のが正しいのか?

 ま、いいや。とりあえず彼女の怒りなどはどうでもいいとでも言いたいのか、デビル君はお姫様を見てフンと鼻を鳴らすと、彼もまた扉の横の壁に背を預ける。

「今更お前に興味などない」

「ならば何をしに来た?」

「少し良い事を教えてやろうと思ってな」

 うっわ、すっごいいい笑顔でこっち見てる。

 邪悪な笑みともいう。

 ……で、それ引っ込めたと思うと何で君はこっちゃ見るのかね?

「……いつから気付いてた?」

 ……え? なにを?

「いんにゃ、なにも気付いとらんよ?」

「……ふん。白々しい」

 あれ? なんで自分は普通に受け答えしているんだろう?

「まぁいい。それよりも、お前たちに朗報だ。俺たちはこの国から手を引くことにする」

 ……はぁ。

「手を引く? 敗けそうだから逃げるの間違いじゃない?」

 挑発するねぇシルバちゃん。

「勘違いするな。引くのは俺とマリー、そしてキエラの三人だけだ。ランドールの野郎があまりに愚かすぎてな。共にいると疲れるので帰ることにしたのだ」

「帰すと思うか?」

 その言葉と共にグレイさんの姿が消え、デビル君の眼前でまさに拳を叩きこまんと腕を振るう。

 が、デビル君はそれを目の前にしながらもいたって不敵に……あぁ。

「愚かな」

「くっ!?」

 デビル君の声と共に、大きな結晶がグレイさんとの間に出現し、彼女の拳を受け止める。

 ……本当それはどういうからくりなんなのか。

「この程度!」

 しかしそれでくじけては隊長は務まらない。

 彼女はその拳でもって結晶を叩き、大きな音を響かせる。

 正面からだけではなく上下側面、結晶の隙間を縫うように様々な方向から鉄拳を叩きこむのだ。

 すげーな。魔族ってほんとにゲームエフェクトみたいな連打ができるんだな。

「無駄だ」

 だがまったくもってすべてを防がれる。どの角度から攻撃しても結晶が現れ拳を阻み、それを止める。

 また拳が当たったところでびくともしないあたり、その結晶の硬度がどのくらいのものかが窺い知れる。

 ……それでも、どうやら彼がその結晶で守りに徹していなければならないほどの連撃をグレイさんはしているようで、デビル君はその場に張り付けに……いや、余裕ぶっこいてるだけか? 表情的にはそっちっぽいが。

 ……まぁ、どっちでもいいか。

 どっちにしろ彼は何のアクションも起こさずそこにいる。

 腕を組み、余裕の表情でグレイさんを眺めているのだ。

 そんな彼のために、一人の少女が長々と大技を放つべくその準備を行っているのを、彼は気づいているのであろうか。

「永劫の虚無と終わりなき深淵の海に眠る悍ましき神よ! 悠久の闇の底に沈む我が血と肉と魂の始祖なる存在よ! 罪深き罪人を汝の寝床に誘いて贖罪の微睡みと暗き抱擁を与えよ! 人の産まれ出り人が捨てた最果てへの扉を開き彼の者を導き給え! 現れよ! 第三追放式『人の檻』!」

 シルバちゃんが叫ぶと同時に、デビル君の足元に黒い穴が開きそこから細く黒ずみしわがれた人の腕のようなものが大量に……んっ、んー。

 な、なかなかに個性的な、正気度の減りそうななんというか、うん。

 その不気味で非常にアレな見た目の長い腕がデビル君を穴の中に引きずり込もうと彼の身体を掴むのだ。

 ……で、自分だったら確実に訳わからんくて焦ってどうにかなりそうな感じになるだろうと思うその状況で、何で君は薄ら笑いを浮かべとるのか。

「……なるほど、拘束術式の類か。甘いな」

「なんとでも。ただあなたには聞きたいことが山ほどありますのでこのまま捕らえさせてもらいます。しかし何ならここで縊り殺されるのがお望みですか? 抵抗するなら、そうしますよ。まだ情報源は残っておりますので」

 あ、なんだかんだすごい怒ってらっしゃる。

「抵抗、ねぇ」

 彼はふっと笑い、そしてパチンと指を鳴らす。

 すると一瞬だけデビル君が真っ白い光に包まれたかと思うと、彼を掴んでいた不気味な腕が離れまるで押し込まれるかのように穴の中に戻っていった。そして途端に、その穴はまるで何事もなかったかのように閉じ残るは何の変哲もない床だけである。

「甘いと言ったろう? 単純だが中々に珍しい術式でかつ強力なものであることは認めよう。だが、甘い。あの手の拘束術式は対処法さえ解っていれば容易に抜けられるものだ。もう少し対策を練って組み直して来い。」

 ホントに余裕そうだね。

「くっ。すいませんグレイ様」

「いえ、あなたは打ち合わせ通りに動きました。仕方がありません、あれだけの術式で抜けられるとは普通は思いません」

 二人の女性がいったん退きながらそんな会話をしている。

 お前らいつの間に打ち合わせしたん?

「アドバイスするなら、そうだな。やりたいことはわかるができることを盛りすぎている。『拘束』と『隔離』の二点のみに絞ればもっと上等なものになるだろう。あと詠唱が長すぎだ。威力向上もいいが、もう少し見直した方がいい。前衛がいることが前提の魔術はあまり褒められたものではない」

 対してデビル君はいまだに説教面してしゃべり続ける。語りたがりか。

「そもそもこの術には――」

「謝ることはないぞ」

 デビル君のセリフをキャンセルしてそう言葉を響かせるのは、ベッドの上で合掌のように手を合わせてる……あれ? なんかお姫様の手がすごく眩く輝いて……んっんー?

「時間稼ぎとしては十分だ」

 彼女がゆっくりと合わせた手をそのまま真っ直ぐ開いていく。するとそこには金色に輝く小さな銛のようなものが生えてきて――

「雷神の槍!」

 うわぁい投げたぁ。

 彼女の手から離れたそれはまっすぐとデビル君目がけて飛んでゆき、ついでにその周りを小さな雷がまるでそう、大きな魚の周りを追う小魚のように追いかけている。

 まさしく雷属性の強力な魔法とかそんな類なのだろう。

 それがものすごい勢いで飛んでゆき、そして轟音と共に壁を扉を粉砕する。まさしく一瞬の出来事である。

 自分じゃなかったら見逃しちゃうね。

 ……なかなかアグレッシブなお姫様ですこと。


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