120・なんでいるのさ
書きたいこと思いついたままに書いて言ったら長くなるというアレ
「今最前線で戦ってますよ。この国と、あなたの為に」
「それは――」
「うちの姫様の計らいです。先生のおかげでここに来るまでに襲ってきたそちらの人たちはみんな生きて捕らえることができましたので、いっそ味方として戦ってもらうことにしたんです」
そこでひそかに自分を持ち上げるのは、うん。いい笑顔すんなや。
まぁいいけんども。
「……は、ははは、うそだろ? だってあいつは、他のみんなとともに魔獣の下僕にされて、私の言葉も届かなくなって、それで、それで――」
「その呪縛から、彼女たちは救われたのです。証拠を出せ、と言われて出せるものではありませんが、まぁ気になるなら今から一緒に見に行けばいいじゃないですか」
さりげなくついて来いというシルバちゃんはホント抜け目ないと思う。
いつもはなんかアレなのになぁ。
……これ、もしかして自分はいまだに彼女の被る猫の毛皮しか見たことないとか、そう言うことないよな?
「そう言えば今、カノン様。カノン・エヴィ・アルディノ・ジャコランタ様が行方不明、とのことでしたね」
「あ? あ、あぁ。そうだが……」
「彼女もまた、その呪縛から解放され今私たちと共に戦っています」
なんというか、利用できそうなものはすべて利用してるね。
ホントに彼女が怖くなってきた。
「おまえ……嘘だろあのババア」
おい。ババアってお前。
確かにお姫様よか年上だけどババアって。
「あの若作りまだくたばってなかったのですか!?」
グレイさんあのなぁ。鏡を見ろ。干支何周下だと思っとるんね。
……何周なんだろ? と言うか彼女は何歳なんだろ?
「彼女たちが戦っている中、あなたは一人ベッドに転がってるだけですか? 敗北の汚泥に沈むのがそんなに心地いいの? 一度失った尊厳を取り戻したいとは思わないの? 思わないのだとしたら、彼らの賭けている命に、一体何の意味があるのかしら」
ここでシルバちゃんがお姫様の手を払い、再び近づき目線を合わせて挑発する。
あぁ、これはもうシメに入ってるな。
「……さすがに、そう言われると腹が立つな。私に何ができる?」
「何も知らない民や兵に、何が敵かを知らしめることが。もっと言えばすべてが終わった後の、民を導く希望の標となることができるかと」
「そうか……ははは、わざと見捨てられようと暴言を吐いてふざけていたのにこんな結果になるとは、やはり私にはこういうのは向いていないのかもしれないな」
あー、そういうつもりだったの。
「バカが考えるだけ時間の無駄です」
バッサリ切るねグレイさん。
「お前な……まぁ、それよりもだ。すまなかった、呪いにあてられ少々ネガティブになっていたようだ。自己犠牲なんて柄じゃないのにな」
完全攻略。
「まぁ姫が何かする前に兵士たちがシルバさんのお姫様に懐柔されてたらあまり意味はないけどね」
小鳥さん水差さない。
「……お前は主に対する口の利き方をもう一度教育しなおす必要があるようだな」
「今の私はあなたの使い魔じゃありませーん。べー、だ」
「くっ……グレイ、あの鳥をどうにかしろ」
「私に被害がないのでどうでもいいです」
「おまえらは主を敬うという事を知らんのか」
「野良の鳥はそんなことしらないわ」
「主があなたですので」
「おいグレイそれどういうことだ」
仲のいいことで。
「まったくこいつらは……しかし、ふふふん、面白くなってきたな。考えてみれば歩くことができないとはいえ魔術は使える。呪いに侵されながらも悪に立ち向かう戦姫。格好いいじゃないか」
おい。お前何前線に立とうとしてるんだ? 裏方で旗になってりゃいいんだよ。
「そうだグレイ、支度は――」
「あとは姫が着替えれば完了です」
「……準備がいいな」
「どんなことがあろうとも主の求めに即座に応じるのが私の務めですので」
「……お前、もしかして」
「さて? なんのことやら」
いたずらっぽく笑うグレイさん。
どうやら彼女もまた、お姫様をどうにか救おうとしていた一人らしい。
「……すまん」
「それに姫の事ですから、どうせ戦闘を見に行くと言い出すかと思っていまして」
「お前は私をなんだと――」
「あ、やっぱりこのお姫様もそういうタイプですか」
おっと、シルバちゃんがそこへ食いつくとは。
「あら。ではそちらも?」
「たびたび」
「どこの国も同じなのですね」
「姫って生き物は一回絶滅した方がいいんじゃないかしら」
小鳥さんまで参戦しおって……。
どうでもいいけど君、このお姫様の事最初王女様って言ってたのにいつの間に呼び方変わったんだろう。
「ほぅ……トゥインバルの姫君とは話が合いそうだな!」
……そのいい笑顔やめて。なんかアレとコレが一緒になるのって、すごく怖い。
「やめた方がいいですよ。トゥインバルの姫君は非常に賢く頭脳明晰な方らしいので、姫では話についていけないかと。姫とでは野猿と人くらいの違いがあるのではないでしょうか」
グレイさんが辛辣過ぎてこわい。
「なっ! わ、私だってそれなりには――」
「使い魔である私に知識量で負けてる時点でそんなわけないでしょう」
グレイさんも小鳥さんも容赦ないっすね。
「うぅ……」
そしてすがるような視線でシルバちゃんを見る。
しかし彼女はそんなお姫様の視線など意にも介さず、背に背負った羽を外してかばんを装備する片手間に適当に答えるのだ。
「もっと本をお読みなさい」
「……ブラッディ・カルマなら」
「……好きにすればいいわ」
うん。君の反応は至極全うだ。
いわばこれは『いつも勉強でどんな本を読んでいますか』と言う問いに対し『恋愛小説読んでいます』って答えてるものだからね。
シルバちゃんの溜息はとても正しいものだと思う。
「……それ、作り物だったのか」
お姫様の視線の先には床に捨てられた翼の残骸。こうやって見ると確かによくできてるのな。
「ええ、今の私は主の影でしたので。これ、お返ししますわ」
「お?」
「ご自身の手で、未来を託してください」
シルバちゃんはそうなんかかっこいいこと言って先程渡された剣をそのまま押し付ける。
「未来、か……なぁグレイ。さっきああいった手前今更だがアレに未来を託すというのはものすごく不安なのだが」
「……まぁ、なんとかなりますよ」
「一応王子さまもほら、なんというか……泣き虫だけど、その、やるときは、今までやらなかったけど今回こそは、やって、くれる……はず」
おいなんかすっごい不穏なこと言ってるぞこいつら。小鳥さんなんかフォローが逆にボロクソでひどいことになってるぞ。
と言うかお前ら、顔それ、お通夜か。
「……不安になる会話しないでください」
ほら、シルバちゃんでさえ若干引き気味だぞ。もう。
……まぁ、なんにせよこのお姫様も元の調子にたぶん戻ったようで、これであとは彼女が着替えるのを待つだけか。
ふぅ。一時はどうなるかと思ったよ。
「まったく、さっきまでの空気はどこに行ったのやらねぇ」
誰に言うでもない独り言。
扉の壁にもたれながら、息を吐くと同時に言ったそれはホントに何となしに口から出てきた、特に意味のない発言である。
「まったくだな。この狂った戦の場に相応しくない、緩み切った反吐が出る空気だ」
だからそう何となしにいきなり出てこないでくれませんかねぇ。
ねぇ? なんでいるのさデビル君。




