119・しんみり
自分の言葉の直後沈黙が流れる。
それは先程までのわっちゃわっちゃした空気とは一転して重く、苦しいものであった。
「どういう、ことですか?」
最初に沈黙を破ったのはシルバちゃんだ。彼女は信じられないといった声で、ベッドの上のお姫様を見つめている。
「彼女これだけ騒いでおきながら下半身がほとんど動いていないから、まぁこういう場合ってそう言う事なのではないかなと。あと小鳥さんの口ぶりからもなんとなく」
ゲーム脳と言う名の経験則。
「……はぁ。隠しきれていたつもりだったのだがしかたがないか。人間の観察眼はごまかせないという事か」
しみじみと、深く重たいため息と共に彼女は言う。
そしてふと横にいるグレイさんに目配せをして、短くと一言指示を出す。
「グレイ、やれ」
「……よいのですか?」
「かまわん。彼らはここまで命を懸けてやって来た。この私のロイヤルな肢体を舐めるように眺めるくらいの褒美があっても、問題ないだろう」
いろいろひどい言葉だ。
しかしグレイさんはその言葉に納得したのか、小さく頷くと彼女に掛けられた布団に手をかけそれをのける。
するとそこには露出の少ないネグリジュのような寝間着を着た彼女の身体と……その隙間から見える石のように変色した脚があった。
思わず声を失い言葉に詰まる。
「これは……」
シルバちゃんも息をのむ。それほどまでにこの光景は異様なのだ。
「これは呪いだ。ランドールの反逆の後、捕らえられた私は逃げられないよう、そして人質となるよう呪いをかけられた。これは私の身体の自由を奪う。末端から徐々に徐々に石化していく死の呪い。命を緩やかに蝕む、忌々しい禁術だ」
生きたまま石化か。当事者になると考えたらぞっとするよ。
「で、でも! 姫は前言ったじゃない! 解呪の方法があるって! 治すことができるって! あの宝玉さえ破壊すれば治るって! そうでなくてもがんばればなんとかなるって! 今解くと奴らにばれるからやらないだけで、助けが来たらすぐに解くって! なのになんでやらないのよ! 今がまさにそのときでしょ!」
小鳥さんが叫ぶ。しかしエンダルシアのお姫様はあいまいに微笑むだけで、何も答えない。
「……うそ、だったの?」
「……」
「解けないのに解けるって、嘘ついてたの? 最初っから、封印された人たちを助けるためだけに私を使いに出させていたの?」
「……」
「答えなさいよ!」
「うるさい!」
お姫様の一喝。それにより先程まで騒いでいた小鳥さんは口をつぐむ。
「おまえもわかっているだろう。王権を取られたらすべてが終わりだ。そうならないためにも、一刻も早く剣をエディに渡さなければならない」
「でも、でも……」
「くどい! 所詮私はどうあったところで助からない! そんな命など捨て置き、未来を拓くために時間を使え!」
……おいなんだこのしんみり空間。やめろ。涙声で叫ぶんじゃない。つらくなる。
どうしたらいいんだこれは。
「姫! そんなの認めないわ! あなたも一緒に行くの! 絶対助かるんだから!」
「……今までありがとう。お前と一緒にいられて、たのしかったぞ」
「え、あ、あぁ! そんな、そんな……契約が……」
……どうした小鳥さん。そんな絶望的な声出して。
「二人とも、そいつを頼んだぞ。そいつはもはや私の使い魔ではないが、せめて、安全なところに連れて行ってやってくれ」
「姫、ひめぇ……」
……最初の時とは一転、すごいしんみりと、なんだ。うん。
うっし。うちには回復魔法の専門家がいるんだ。とりあえずなんと呼ばれようといいから、このかっこつけお姫様をこのまま抱えてでも持って帰――
「失礼」
自分がまさに彼女に襲い掛かろうと組んだ両腕を解いたそれと同時に、シルバちゃんがそう言いながら彼女に近付く。
そしてその石と化した下半身に手を這わせ、小声で何かをぶつぶつと呟くのだ。
……よく聞こえないがとりあえずお姫様を捕まえるのはあとにした方がよさそうだな!
「……なるほど、まためんどうくさい。でも先生が宝玉を破壊してくれたおかげか、何ともならないわけじゃないわね。はぁ、面倒くさい」
そしてしばらくしたのち、シルバちゃんがそう吐き捨てる。
何かわかったのかな?
「……えいっ」
「あたっ!?」
「先生、相談があるのですが」
……他国のお姫様にデコピンしたことは目をつむろう。
こいつらの方もいろいろやらかしてくれたからな。
でも君、忘れがちだが割合鋭利な爪してることは自覚しような? お姫様のおでこ若干切れてるぜ。
「なんね」
「彼女を抱えて自陣まで戦場を駆け抜けることは可能ですか?」
つまりお姫様を持ったまま逃げられるのかという事か?
……まぁ、できなくはない。はず。
と言うかさっき自分もやろうとしたし、この状況ならやらないわけにはいかれないべさ。
「できるよ」
「ま、待て!」
お姫様が額をおさえながら焦ったように声を出す。
が、シルバちゃんは聞きもしない。
「ではお願いします。このまま私たちは彼女を抱えて一時離脱しましょう。今後の方針についても考えがありますので詳しくは移動しながら――」
「待てといってるだろう!」
怒ったように伸ばしたお姫様の腕が勢いよくシルバちゃんの肩を掴む。
しかしそれでも彼女は動かず、ハエを払うように掴んだその手をぺしんとはたく。
「あなたを待ってたら時間が無くなる」
あ、反応示した。
「なら捨て置けばいい。私に構って時間を浪費するよりもその方がいい。それにもし私を無理にでも連れて行こうというのなら――」
「わたくしがお相手いたします」
ずいと二人の間に入るのはグレイさんである。
先程まで死ぬほど爆笑していたあれは何だったのかと思うほどに冷たい表情でシルバちゃんを見下している。
が、それで止まるほどうちの娘さんは優しくないようで、臆することなく口を開く。
「別に私たちはあなた生き残ってほしいわけではないわ」
冷たい、冷めた声が二人に向けられる。そして、畳みかけるように続けるのだ。
「私たちとしてはあなたについてきてもらいたい。これは私たちのためであるの。しかし同時にあなたの為でもありまたこの国のためでもある。王族たるあなたが私たちの側につけば、この国の兵も誰が敵なのかが一目でわかる。わかりやすく言えば私たちの側にこの国の兵を寝返らせることができるかもしれないの。そうすれば残る敵は魔獣のみ。人同士で殺しあうこともなく、魔獣に対する力も増え死にゆく命はぐっと減る。あなたの存在、あなたの声だけで多くの命が救われるの。もっと言えば私たちにあなたはそれ以上の価値はない。なんなら首だけで喋っていられるのなら重たい胴体なんかいらないです。とにかくいいから黙ってついてきて、私たちに協力してください。と言うかあなた達に拒否権があると思うな。生きる気がないなら私たちの道具として使い倒されてから死になさい。自殺できないなら手伝ってあげてもよくってよ」
そこまで一息で言い切ると、彼女は大きく息を吸い再び低く深い声でこう続ける。
「簡潔に言うと『民を救いなさい』ということよ。民があなたのために戦っているのにあなたが諦めてどうするの。まったく、アニスさんの主だからどんな人物かとったら、期待して損しちゃった」
そしてそれだけ言うと彼女はこちらへ――
「待て!」
こようとしてその服を引っ張り止められた。
無論、お姫様によってである。
「なんですか?」
「アニスが生きてるのか!?」
あー、情報なけりゃまぁそうなるか。




