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118・動かない

 間一つ部屋を抜けてついたそこは、所詮広い寝室である。

 豪華な、しかし下品ではないその部屋に置かれた大きなベッド。その横で悲痛な顔をしてグレイさんが立っている。

 そしてそのベッドの上には、顔色を失くしただ目をつむって動かない、一人の女性の姿が……。

 おい、これって、やっぱり。

「こちらが我が主。ランドルフ帝国第一王女であらせられるイヴ・セシリア・フレイ・エンダルシア様でございます」

 グレイさんが紹介するのはもちろんベッドで寝ている彼女である。

 しかし彼女の顔に生気はない。ただただ血の気の引いた彼女の表情に、生きている人の温かみはまったくもって感じない。

 微かも動かずひたすらに沈黙を続けるその姿は、ガラス繊維のような翠の髪も相まって、ただ美しい人形がそこにあるだけにも見えてくる。

 ……これは。

「……そんな、遅、かったの?」

 悲しい声でシルバちゃんがつぶやく。

 あぁ、そうか。自分は彼女を救えなかったのだ。

 ……なんというか、なんだろう。言語化できないこの、心の中に澱としてたまり渦巻くこの気持ちは――

「姫ぇー!」

「うわぁ!?」

 ロケットスタート。まさしくそう形容して差し支えないだろう。

 さっきまでシルバちゃんの頭にとまっていた小鳥さんが、彼女の頭を蹴り飛ばしながらすごいスピードで飛んで行った。

 それによりよろけ、バランスを崩しかけているシルバちゃんを自分が支えてるうちに彼女は翼を折りたたみ、鷹が獲物を獲るため滑空するようにただ一直線に飛んでいく。

 ベッドに横たわる彼女、エンダルシアのお姫様目がけてまっすぐと。

 そして、そのまま……。

「こんな時に何やってんのよおバカー!」

「いったぁ!?」

 その鋭利な嘴を突き出し、お姫様の額に体当たり。

 硬い音と共に大きな悲鳴が部屋に響く。

 ……うん?

「バーカバーカ! 残念姫ー! さっさと何とかして立ちなさいよバーカ!」

「たたたたた……あ、あんた本気で突っついて……覚えてろよ」

 ベッドの端にとまり吠える小鳥さん。そしてその言葉に起き上がり答えるのは、先程まで死んだような顔をしていたエンダルシアのお姫様……うん?

「あははははは! ひ、ひめのひたい、跡、ひたいに、だ、だめ……おなかいたい」

 しかもその横では腹抱えて爆笑するのはグレイさん。

 ……どういうこった。

「跡? ……おい、お前乙女の顔によくも」

「うるさいわよバーカバーカ! どうせ四六時中生傷だらけなんだから一つ増えたところで今さらでしょ!」

「うるさい!」

「きゃぁぁぁぁ!? この! このっ!」

「あ、このっ! いてっ! 齧るな!」

「はははははは!」

 ……エンダルシアのお姫様に捕まり悲鳴を上げながらもその手をつつく小鳥さん。そして痛がりながらも反対の手で小鳥さんをなんとかしようとするお姫様。その横では死にそうなほどに大爆笑しているグレイさん。

 おい。さっきまでの悲壮感どこに行った。

「……これは、どういうことですか?」

 ……あ。シルバちゃんのこの声は、うん。

 許可する。やったれ。

「ん? あぁ、すまない。私はエンダルシアていたたた! やめろ!」

「やめて! ほしいなら! 放しなさい!」

「この……使い魔のくせに。覚えてろよ」

 ……よかったね小鳥さん。放してもらって。

 でもまたシルバちゃんの頭に戻るのはどう考えても悪手だと思うんだ。

「まったくもう。ごめんなさいねうちの姫はぁぁぁぁ!」

 ほら。つかまってまた虫かごに入れられた。

「ちょ! これどういう事!?」

 わからんか。

「私たちはあなた方の茶番を見るためにここまで来たわけではない。これはどういうことですか?」

「ふっふっふ……死んだふりだ」

 ……どや顔決めんなや。

「迫真の演技だっただろう? あまりに暇すぎて何度も練習していたのだ」

 こいつは……。

「……状況わかっています?」

 自分はかなりむっとした。怒鳴ってやろうかとも思った。

 が、それ以上にシルバちゃんが怖い。

「大げさに言うなら私たちはあなた達のために時間を割いてここにきた。外で戦ってる仲間たちを助ける大切な時間を浪費して、あなた達のためにきた。それで見せられるのがこれ? ふざけてんじゃないわよ」

「あぁ、まったくとその通りだ。でもいつまでも気を張ってばかりだと、いい事はないぞ。それにお前たちの探し物はすでに用意してある。グレイ」

「ちょ、ま……ふ、腹筋が……」

 グレイさんの好感度ダダ下がりなんですが。

「ひー、ひー……こ、こちらです」

 苦しそうなグレイさんがベッドの横から取り出しこちらに持ってきたのは大きなカバンと一振りの剣。

 かばんには何かが大量に入っているのだろう。シルバちゃんが受け取ったそれはずっしりと重そうな雰囲気を感じられる。

 剣はというと、まぁ、剣だね。鞘に納められた上品で気品のある全体的に白銀の、細かな装飾のされた剣だ。柄の端には翠の宝石がはめられている。

 ……これはなに?

「なんすか、これ」

「父上以外の魔石に封印された者たちと、王の証たる剣だ。それを我が弟、エドワードに託してほしい」

 あぁ、なるほど。剣はともかく魔石に関しては確かに探していたものだ。

 が、自分たちはこれだけを探していたわけではないのだぞ?

「ふふふふふ。あいつらにばれないよう八方手を尽くして盗み出しここまで集めて隠しておいたのだ。我ながらよく働いたと思うぞ。特に王剣を隠し持つのには苦心したものだ」

 知らんがな。

「集めたの私たちなんですけどね」

「姫はベッドの上から一歩も動かなかったくせに」

 ……まぁいいや。そんなことよか。

「いや、渡すのは己でやってくださいな。そんなことよかほら、早く避難する用意をして。さっさと逃げるから」

「……いや、いい。それをもって、お前たちだけで行ってくれ」

 ……いやなにいい笑顔で言っとるかなこいつは。

「何言ってんのよ姫! さっさと行くわよ! 人間さんは強いんだから姫がいたくらいだったらなんも問題ないわよ!」

 ……小鳥さんは姫様に恨みでも――ありそうだね。

「先生。もういいです」

 そしてシルバちゃんの声がさらに低くなってって怖い。

「……セシリア・イヴ・フレイ・エンダルシア様。これが最後の警告です。避難準備をして私たちについてきてください。従わないのなら――」

「従わん。行け」

 なんなのこいつ。

 ……そう言えば今もうお昼過ぎよね。

 こんな時間にベッドに転がってるのは、死んだふりするためだけか?

 ……それどころか布団越しにも下半身が微動だにしてない気がするのだが、まっさかねぇ?

「姫! バカ言っていないでさっさと行くわよ! ほら、グレイ隊長もはやくこいつ抱えて! 何とかして持っていくわよ! さっさとここから離れてあいつら蹴り飛ばせるようになりなさいよ!」

「こうなったら姫は動かないわ。諦めるのが吉よ。ま、人生の最後をお姫様を護るために命を張った勇敢な騎士で終わらせるのも、悪くはないわね」

「ちょっとぉ!」

 目の前で繰り広げられる茶番にシルバちゃんが拳を握る。

 対して自分は彼女たちを見て思うのだ。

 ちょっとこれはもしかしたらもしかすると……。

「あー、お姫様。一つ確認したいことがあるのですが」

「なんだ? 私はまだ処女だぞ」

 知るかんなもん。

「あなた立てますか? もっと言えば歩けます?」


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