117・深刻な
魔獣たおしてー、階段上ってー、お上品な扉の前ー。
ここがこの国のお姫様のお部屋らしいのですー。
「や、やっとここまでこれたのね」
しみじみと、感慨深く小鳥さんはそう呟く。
きっと救助者と共にここまで来ることは、彼女にとって何よりの悲願だったのだろう。
「ま、まってね。いま封印を解くわ。あいつらのとは別に、奴らに侵入されないように王女様も部屋に鍵をかけているの」
そう言って彼女はシルバちゃんの頭から件の扉のドアノブへと移り、しばし目をつむり数言呟くとカチャリと何かが開く音がする。それを確認して小鳥さんは再び元の位置へと戻っていった。
「これで扉が開くはずよ。早くいきましょう」
「……今更だけどあなた、なに人の頭の上を定位置にしてるのよ」
「乗り心地がいいのよ」
「飛んでなさい」
「いやよ。疲れるもの」
何の話をしてるのだ君たちは。
まぁそんなことしてる二人は置いといて、自分は扉をノックしノブに手をかけゆっくり開く。
「失礼しまーす」
そしてその言葉と同時に、しかし無遠慮にずかずかとお姫様の居室へと侵入するのだ。
そこで見た光景は、小洒落たそこそこ広めの部屋。
上品な調度品が並び、ふかふかのソファーと質の良い机が置いてある、よくあるホテルのスイートルームのそれに近い。テレビでしか見たことないけど。
で、肝心のお姫様とやらはどちらに?
誰もどこにも見当たらないのだが。
「お待ちしておりました」
そう思ってあたりを見回し始めると、途端横から声が掛けられる。
見るとそこには上品な身なりをした……60前後のお婆ちゃん。
……え? こいつがお姫様?
た、確かにお年こそ召していらっしゃるものの、身なりも雰囲気も上流階級のそれだ。だがそれでも、あまりにもお年を召している。
自分が知っている彼女と同年代のお姉さま方に比べたら圧倒的に肌の張りも違うし、いい年の取り方をしている所詮美魔女の部類だとは思う。うちの婆ちゃんなんかと比べてもそれはようくわかる。あれは妖怪の類だ。
が、それでもお姫様と言う年では……あ、ごめん。
この人メイド服着てるわ。質素でシックな、メイド喫茶のそれではないいかにも『本業』としてメイドしてる人のそれ。
なんだよあなたはロッテンマイヤーさんかよ。
ごめんなさいね。お姫様にも行き遅れってあるのかとか心の隅で思っちゃって。
これはまず女性の顔を見ていろいろと判断するのはやめようという話だね。
でもロッテンマイヤーさんが猫耳つけて目の前に立ってたら、みんな頭の方に目を向けてしまうと思うんだ。先にしっぽの方見つけたらお尻に目が行くかもわからんが、どっちにしろ仕方のない事だ。だから仕方がない事だ。
……はい、ごめんなさい。
あ、ちなみに髪色は青の瞳は緑な。
……とりあえずまずは挨拶からですな。こう、一応お姫様の部屋に失礼してるわけですし。
「はじめまして、自分は長谷川鳴海と申します。突然の来訪と無礼をお許しください。申し訳ございません」
そう言いながらぺこりと頭を深く下げる。
これは挨拶と、許可もらう前に部屋に入ったことを詫びるための礼だ。形式は知らん。
一応呼ばれて来たという事にはなってると思うが、こう、お姫様の部屋にいきなり男性が乱入するのは後々問題になるかもしれない。
そういう小心者の気持ちを込めた礼だ。
正式な作法? 知らんよ。
「同じく、トゥインバル王国第三王女近衛騎士隊の一人、シルバ・ランドルフです」
「はわわっ!?」
次いでシルバちゃんもぺこり。頭から小鳥さんが転げ落ちる。
名乗りってそうやるんだね。
ごめんねシルバちゃん。勉強になったよ。
「いえ。こちらこそ危険な道を歩ませてしまい、大変申し訳ありませんでした。よくここまで来てくださいました。まずは深く感謝を申し上げます」
そしてこの流れでロッテンマイヤーさんもぺこり。
日本人じゃなくても発生するんだね、こういう頭の下げあいって。
「さて、申し遅れました。わたくしはエンダルシア帝国第一王女付き近衛騎士、シャルル・グレイと申します」
頭を上げロッテンマイヤーさん、もといグレイさんが自己紹介をしてくれる。
なるほど、ちょい性格が強そうな顔をしてはいるが、その実物腰は柔らかく、やはり礼儀に関してはしっかりとしているようだ。
いいね。こういう人って安心感がある。
グレイさんの好感度がうなぎ上りよ。
そもそも自分は前々からロッテンマイヤーさんは真面目でいい人なんではないかと……アルプスの話は置いておこう。
「グレイ隊長! 姫は!?」
小鳥さんが羽ばたきながらそう叫ぶ。
あぁ、彼女隊長だったの。
……メイド長とか言われたら違和感ないが、これで隊長はどうにもこうにも違和感が。
で、その隊長はと言うと小鳥さんの言葉に、悲しそうに目を伏せそして静かに口を開く。
「姫は……一度、会えばわかるわ」
……おいなんだその深刻な口調。
なんか、えー? まさか、まっさかー。
「お二方も、こちらへ」
自分が最悪な結末を考えて顔を青くしているのをよそに、グレイさんは踵を返して隣の部屋へと消えていく。
「いきましょう。王女様の場所はすぐそこよ」
「でもあなた、彼女のあの言葉は、その……」
どうやらその気持ちはシルバちゃんも同じようで、気を使うように声をかける。
「……行けば、わかるわ」
それに対して小鳥さんはと言うと、シルバちゃんの頭にとまりながら、覚悟を決めたようにそう言うのだ。
……うん。
「そう、ね。行きましょう先生。行かないことには、何も始まらない」
そうだね。うん。
最悪の最悪だとしても、それを悔いるのはあとの事だ。
今は捕らわれてる救出対象を助け出す。それが最重要の目的だ。
「そうだね。行こう」
そうして自分たちはグレイさんの消えていった、扉の向こうへと歩みを進める。




