116・闇を抱えて
壁に寄りかかりひっくり返ってる剛力さんも動く気配はないし、うん。完勝。パーフェクト。
とりあえず勝ったことだし気合は抜いてエアハンマーも解除して。
今更だが圧かけ続けるんならハンマーじゃないな。まぁ、めんどうだからいいか。
「……うっし。そっちは怪我とかない?」
後ろを振り向きシルバちゃんと小鳥さんを見る。
大丈夫だとは思うが、何せ魔法世界だ。もしかしたら想像もつかない何かをされてなんかなってる可能性もあるのかもしれないと思ったが……大丈夫そうね。
「はい。先生のおかげで、何も問題はありません」
「問題以前にまず私たちに怪我する要因がなかったわよ」
シルバちゃんが言いながらテトテトと寄ってきて、肩にとまっている小鳥さんがあきれたように言葉をつなげる。
そいつはよかった。安心安心。
そう自分が胸をなでおろしていると、小鳥さんがパタパタとこちらへ飛んできて、そして自分の頭にちょこんと乗る。
「まったくもう。予想はついていたけど、すごいわね。あのガーグをあそこまで一方的になぶるなんて」
「反撃されてたけどね」
「完全に見切っておいてよく言うわ」
まぁそれもたまたまだったんですがね。
とは恥ずかしいから言わないでおこう。
「……人間さん」
「うん?」
なしたね。
「……私は、あいつのもとにいっぱい人を送ったの。王女様を助ける、それこそがこの国を救う方法だと信じて。でも、その人たちはみんな、死んじゃった。みんなあいつに潰されて、おもちゃのように弄ばれて……私のせいでみんなが死んだ。だからこんなことを言えた立場ではないとはわかってる。だけど、だけどね……人間さん。あいつを斃してくれて、ありがとう」
……そんなしみじみ言われると対応に困りますがな。
「おうよ」
とりあえずそれだけ言ってあとは黙る。
だってその、アレだ。どうしようこれ、何をどうしたら正解なんだろう。
「……先に、進みましょう」
あ、シルバちゃん。
「感謝も贖罪も、考えるのはすべてが終わってからです。まずはこの悲劇の幕を降ろすことこそが私たちの使命。そしてそれは散っていった者たちへの償いであり、手向けになるんです」
お、おー。さすがシルバちゃん。いい事言うね。
「そう、よね……うん。行きましょう人間さん、シルバさん。まずはこのまま、姫のもとへ」
小鳥さんの声は先程までの悲壮にまみれた声から一転、いつもの彼女の調子にもどっていた。
……ほんとありがとうシルバちゃん。マジ助かった。
「で、ですけども。それは置いといて」
ん? どしたシルバちゃん。まだなんかあるん?
……なんね、そんな非難するような目で自分の顔を見よってからに。
確かに自分はポンコツ晒しかけたが、君のおかげでなんとか……あ、だからか?
「いますぐ先生の頭から降りなさい。余計な負荷を先生に与えないの」
あ、そっち。
負荷って言うてもそんな重くないし、自分としては問題ないぞ?
「えー。でもこっちの方が視線が高くて見晴らしがいいわ」
「それは喧嘩売ってるととっていいかしら?」
悔しそうに小鳥さんを睨む。
無理やりにでも引きずり落としたいのか、その手は胸の前で固く拳を握って……そっか、君いくら手を伸ばしても届かないもんなぁ。
まぁ、いいや。
「はいはい。別に自分は大丈夫だからケンカしない」
「でも先生! こいつ私を! 見晴らし悪いって! 小さいって!」
自分の腕を掴んで涙目で訴えかけてくるシルバちゃん。身長差から必然的に上目遣いになるのがかわいらしい。
うん。すごい心にダメージが入ったのはわかった。
「……え? なにシルバさんもしかして身長を気にして――」
「え? あ、ち、違うわよ! そ、そんなわけないじゃない! それにまだ伸びるわよ! ちゃんと毎日ナツマメ食べてる! 伸びるわ!」
目、泳いでるぞ。
「そ、そう……でも、気にしなくてもいいのよ? シルバさんは今のままならちょっと小柄なだけで、普通の女の子とあまり変わらないわよ。むしろそれくらいの方がお人形さんみたいでかわいらしいわよ」
「う、うん……ちょっと、小柄、ね……」
シークレットブーツ込みで小柄扱いか。
かわいそうに。
「あと、ナツマメで伸びるって、迷信よ?」
「……す、好きな食べ物食べてるだけよ」
……かわいそうに。
しかしこう、注意深く観察してみると確かに靴が不自然な大きさしてるな。と言うか明らかに靴底が厚い。
そう思っていると小鳥さんは自分の頭を蹴って飛び立ち、次いでシルバちゃんの頭にちょこんと降り立つ。
「それに人間さんを対比物にしたらだめよ。あれは高すぎるわ」
うるせぇ。
「それに腕が長すぎてもはや新種の生物よ」
「お前は自分をバカにしとんのか?」
まったくこいつはもう。
「君も気にし過ぎだ。まだ成長期だろう? そんな気にせず大豆と緑黄色野菜食べて牛乳飲めば伸びるって。あとは質のいい睡眠だね。いけるいける悲観すんな」
しかしあれだな、この調子だとゼノアが無防備に暴露したあの時にシルバちゃんがいたら確実に奴は死んでたな。
という訳でこの話はおしまい。
さっさと先に進み……シルバちゃん?
あの、腕、放してください。
「……先生」
「ハイなんでしょ」
「すべてが終わったら、二人っきりで、二人だけでお話をしましょう」
……え? なにこれこのタイミングで、えー?
「まぁシルバさん大胆」
「なりふり構ってられませんので」
「情熱的ねー」
えっと、ごめんなんでこのタイミングで――
「その身長を伸ばす方法を、先生がそこまで身長を伸ばした方法を教えてください」
……。
「別に自分それでここまで伸びたわけではないんだけど」
「そうですか。でも先生がそれで伸ばしたかは関係ありません、先生の知識を私にください。絶対ですよ? いいですね?」
「うっす」
「約束ですからね?」
「うっす」
「絶対です。わかりましたね」
「うっす」
……目が怖え。
「……ある意味欲望に忠実ね」
身長を求める欲望って何なのですかね。
「でもそんなに気にしなくてもいいのに。世の中には小さな女の子が好きと言う人も多いわよ」
それってロリコン……いや、うん。
「……有象無象の汚らしい男どもなんてどうでもいいの。私は! ただ! 自室の本棚の! 上から二段目の本を! 台を使わないで取れるようになりたいだけなの!」
シルバちゃんの声が自然と粗くなる。
あ、これ盛大な地雷っぽいね。グッバイ小鳥さん。
「そ、そんなことで――」
「そんなこと? 妹に身長を抜かされた私の事をバカにしてるの? 彼女が届く棚の上に手が届かない私の悲しさをあざ笑ってるの?」
……厚底込みで同じくらいだからなぁ。
しかし本当、この娘怖いです。目が濁ってやがる。
「ご、ごめんなさい」
「……感情に任せて喋りすぎたわ。でもあなた、このこと誰かに話したら竜の餌にするからね。弱みを握ったなんて思わない方がいいわよ」
「……は、はい」
やっぱり普段はかわいいけど、こういうときは血を感じるね。ある意味この状態が彼女の素なのかもしれない。
……素だとしたら闇が深すぎるな。
「……でもどう考えても身長低いのは隠しようがないじゃない」
小鳥さんも余計なこと言わない。
「さぁ、先に進みましょう。早くこの戦いを終わらせないと」
そう言いながら彼女は自分の腕を放し、先へと続く扉へ歩いていく。その顔は先程までのアレな表情とはうってかわりいつもの柔らかな可愛らしい笑顔となっている。女子のこういう切り替えの早さ本当に怖い。
しかし早く終わらす、か。それはどういう目的でかな?
まぁ、こんなことを長々と続けるのもアレだし、さっさと終わらせるのはいいことだしそれ自体も賛成だけどね。
そんなわけで自分も彼女に続いて先へ進むために歩みを進めるのだ。
「……そういえば人間さん」
進む言うてるべさ。呼び止めんな。
で、今度はなんね。
「はいはい。なんですか」
「あれは、食べないの?」
あれ? どれ?
「なんのこと?」
「あれよアレ。あそこに転がってるの」
転がってる?
……。
「剛力のガーグ、食べないの?」
「あんなまずそうなのいらんよ」
こいつは、さっき自分が玉齧ってたら発狂したくせに。
「おいしそうなら食べるのね」
否定はしない。
「……ちっ。みんなの事を殺した罰に人間さんに食べられれば良かったのに。もっとおいしそうに生まれてきなさいよ。豚にもなれてないじゃない」
……こっちもこっちでなかなかに闇を抱えていますな。
触らないどこ。




