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113・ゲーム脳とは

 さて、それからは小鳥さんの指示のもとこの国のお姫様、王女様とやらの場所へと自分たちは歩いていた。

 しかしあれだな。小鳥さんはどうにも自分の事を、うん。怖がっている。

 ……まぁ、しゃーないのかもしれないけど、なんだか悲しいなぁ。

 そんなことを思っていると後ろから声がする。

 その小さいそれは、小鳥さんが虫かごの中からシルバちゃんに語り掛けるこえである

「……ね、ねぇ。その、そこの、女の子。お名前、そう、シルバ。シルバさん。あなたに、ちょっと聞きたいんだけど」

 それでこっそり話しているつもりだろうか?

「……はぁ。なんですか」

 うわ、シルバちゃんめっちゃ嫌そうな声。

「この、その、人間さんね。あの、本当に何者なの? 本当に、人、なの?」

 ……なんでそこまでボロクソに。

 さすがに傷つくぞ。

「どこからどう見ても人ですよ。疑いようもなく、紛いもなく先生は優しく温かい、心を持った一人の人類です」

 そしてそこで心に染みるシルバちゃんの優しさよ。

「……まぁでも、私自身もしかしたら先生はもっと上位の、神様とかの類かもしれないとは少し思っていますが」

 待って。

「神様って……シルバさん、本気?」

「空から堕ちてきましたからね。あの力も相まって、もしかしたら神様とか、その御使いとかの類かもしれません」

 ……待って。

「それはない。絶対ないぞ」

 思わず口をはさんでしまう。

 あれだ、図星突かれて焦っての行動だ。

 あとあれと同類と認識されるのは……うん。自分あんな奇天烈ではない。

「そりゃぁいくら何でも看過できんぞ。自分は神様なんて、あんなしょうもないものではない。断じて」

 自分がそう、力強く否定すると彼女は数秒じぃっと自分を見つめて……なんね。

「……不満かえ?」

「いえ、ふふふ。そんなことはないですよ」

 ……なんだろう。すごく含みのある言葉ですね。

「あ、ここよ!」

 そんなこんなをやっていると、小鳥さんがそう言って自分たちの歩みを止める。

 彼女が指し示すそこは、なんの変哲もないただの壁。今まで通って来た道の途中にある、あらゆるそれと変わりのないただの壁だ。

「壁?」

「壁ですね。しかし、ここは確かに西の方角ですが、この向うには塔はないはずです」

 よくそこまで把握してるねシルバちゃん。

「安心して。ここにはしっかり道があるわ。塔を正面から突破するよりも誰にも見つからず安全な道が」

 それならいいんだけど、でもどうやって通るのだろう。

 ……これはゲーム脳的に考えるとだ。

「殴って壊すのか、爆破するのか、どっち?」

「……考え方が物騒ね」

 ……そう?

 でもゲームとかならだいたいこういうのは叩くと消えるか爆弾で破砕するかの二択な気が――

「シルバさん、お願いなんだけど、かごから出してもらっていいかしら? 扉の仕掛けを解除するわ」

 ……そうだよ。ゲーム基準で言うならまず謎解きから入らなければいけないじゃないか。

 これは小鳥さんが言う通り、さっきの発言は脳筋極まりないものだったな。

 ゲーム脳とは何だったのか。

「うーん」

「……ねぇ、ちょっと聞いてる?」

 ま、それは置いておいて。

 そんで君は何をやってるんだねシルバちゃん。小鳥さんを早く出してあげな――

「ここがこうなってるから、こうやって、こうして……えい」

 彼女が何かつぶやきながら壁に指を這わせると、あら不思議スゥッと壁が消失し、その向こうには階段があった。

 人ひとりがやっと通れる程度の細く暗いその道は、ただただ下へとつながっている。

 壁にはランタンが掛けられてることから真っ暗にはならなそうだが、それでも用心して進まないとこけそうだ。

「さすが、といったところですね。隠されていることにまったく気が付きませんでしたし、仕掛けもかなり複雑なつくりのものです。案内がなければ見つけられませんでしたね」

 5秒かからず開けた人が何か言ってる。

「……あの、一応この扉、かなり厳重な封印がされてて鍵を持っていないと開かないんだけど」

「ええ。かなり高度な封印術式ね。だから力技でこじ開けるのは無理だと判断して、鍵を複製して解錠したわ。まぁ昔見たことあったからできたことだけど」

 なんかとんでもないこと言ってるんだけどこの人。

「……一応私自身もここを開ける鍵になってるんだけど」

「……あ、そうだったの? ごめんなさい」

 ……なんねこの空気。

「と、とりあえず入ろうか」

 重たい沈黙に耐え兼ね、ひとまずと自分はその階段に侵入する。

 そしてそれに続きシルバちゃんも足を踏み入れ――

「うぎっ!?」

 どうした? 尋常じゃない声が聞こえたんだが。

「何かあったか? 後ろから敵に襲われたか?」

 自分が振り返りそう叫ぶと、そこにはバツの悪そうな顔をしたシルバちゃんの姿が。

「あ、いえ、その、心配なさらずに。少々お待ちください」

 彼女はそう言って一歩後ろに下がると……あ、壁が出てきた。

 ……。

「お待たせしました」

「お、おう」

 再び壁が消失すると、彼女は何事もなかったかのように入って来た。

 すると、先程まで消えていたはずの壁が再び音もなく出現しあたりは真っ暗な闇に包まれた。が、それも一瞬で仄明るいランタンの火があたりを照らす。

 ……で、何事かね。

「何があった?」

「……羽が引っかかって入れませんでした」

 ……あー。お姫様変装用の。

「もう折りたたんだので大丈夫です」

 そういう彼女の背中を見て見ると、あー。確かに羽がまっすぐ、背中に垂直になってる。

 これならなんとかなりそうだ。

「さて、そんなことよりこの道に罠はないでしょうね?」

 あ、こいつごまかしやがった。

「さすがにないわよ。いざというときに王族が使うためのものだもの」

 まぁ、そこも大事だけどもね?。

「この先何回か折り返しがあるけどまっすぐ降りて。そして一番下まで行ったらまっすぐ行く。途中いくつか分かれ道があるけど無視して。他の場所へ繋がる抜け道だから。最初から道なりに進めば大丈夫よ。そしてしばらく進むと壁にあたるわ。そこが西の塔の隠された入り口よ。そしてその向こうには魔獣の一体、剛力のガーグがいるわ。奴が姫を部屋に閉じ込め、また助け出そうとする者を始末しているの」

 小鳥さんが丁寧に教えてくれるが……反響がすごい。ききとりにくい。

 でも一つ疑問が。

「この細い階段で折り返しって、またひっかからない?」

「……少々お待ちを。羽を畳んで縮めます」

 最初っからそうしようぜ。

「……今更だけどあなた、その羽偽物? というかお姫様じゃないわよね。名前も違うし」

「今の私は姫様の影です」

「あー、大変ねぇ」

 なんとまぁ気の抜けた声で。

 さて、そうこうしてるうちに羽もコンパクトに畳まれ、無事問題なく前へと進めるようになったのでいざ進軍といきましょう。

「今更だけど少し質問してもいい?」

 歩き始めてちょっとして、ふいにシルバちゃんの声が響いてくる。それは自分ではなく、小鳥さんへ語り掛けているものなのだろう。

 しかしやっぱり反響がひどいな。

「なにかしら?」

「他の王族はどこにいるの? 囚われているとしか情報がないの」

 あ、これ真面目な話だ。黙って聞いてよ。

「魔王様と王子様以外の捕らわれている人たちは皆、王女様のもとにいるわ。ただし、封印された状態でね」

「その二人は?」

「魔王様はランドールのもとにいるわ。王権の移行のために必要だから、あいつが片時も離さず持っている」

「持っている、と言うのは?」

「魔石へと封印しているのよ。魔獣が魔石へと封じられて使役されるように、人もまた魔石へ閉じ込めることができる。使役まではされないけどね。そして王子様はどこにいるかは全くの不明よ」

 ……んっんー?

「不明、ですか」

「そう。この騒動が起こった最初期に四将の一人である『割れ爪のケーナ』様が逃がしてくれたの。結果としてそれにより王族の希望はまだ残っている、ということ。だからあいつは魔王様を殺さず、王権の移行をしようとしているの。殺してしまったら王権は王子様に移ってしまうから。でも、これによりケーナ様は……」

「なるほどね……ちなみに先程の言葉ではお姫様は封印されていないような印象をうけたのだけど」

「まさしくよ。王女様は封印されていない。しかしそれよりもっと残酷なことになってしまっているわ。王権の移行を要求するため、魔王様の目の前で……」

「……ごめんなさい。つらい事を聞いてしまって」

「いえ、いいの。すべてが終われば、王女様も救われる。あなた達が救ってくれる。わたしはそう、信じてるから」

 う、うん。小鳥さんがなんかいい感じなこと言って話締めてくれてるがそんなことより、いやそんなことっていうのもアレだが、うん。

 そっかー。魔石に王様封印されとんのかー。

 ……片端から破壊しようとしなくて、正面からカチコミ決めなくて本当によかった。

 そうこうしているうちに階段を降りきると、そこには左右に分かれる細い道がありましたとさ。

 ……どっち?

「あたっ」

「あ、ごめん」

 つい立ち止まってしまいシルバちゃんがぶつかってきてしまった。

 倒れそうな彼女を掴み、なんとか持ち直す。

「すまない。大丈夫?」

「いえ、大丈夫です」

 そう? ならよかった。

「あ、階段終わった? ならここ右よ」

 君はマイペースだね小鳥さん。

 で、道なりとは何だったのかな?

「……道なりなんじゃなかったの?」

 あ、シルバちゃんも同じ気持ちらしい。

「え? 右に行ってあとは道なりよ?」

 ……そっか。階段からずっとじゃなくてそこから道なりか。

「ち、ちょっとなんでかごを持つの? まさかまた振ろうなんて思ってないでしょうね」

「……まぁ、今回はいいでしょう」

 とりあえず小鳥さんは命拾いしたようである・

 という事で右に曲がり道なりに進んでいこう。相変わらず狭い。

 そして最初の一歩を踏み出した直後くらいである。シルバちゃんがしみじみと口を開いたのは。

「……そうね。そろそろ、あなたも自由になった方がいいわね」

「あら? 出してくれるの?」

「ええ。あなたの先程の言葉に、その気持ちに嘘偽りはなかった。だから私はあなたを信じる。共に戦いましょう」

 あ、シルバちゃんが軟化した。

 さっきの小鳥さんの言葉に感化されたんだろうか?

「シルバさん……ありがとう」

「ふふふ。それに、お姫様にその使い魔を拘束したまま会いに行く、と言うのは失礼じゃない?」

 おどけて言うあたり、これが彼女なりのユーモアなのだろう。

 二人の、一人と一羽の間に流れる空気が、一層と和やかなものになっていく。

「まぁそんな理由? じゃあ私も魔獣相手は怖いから隠れて逃げ回ろうかしら?」

「それは大変。お姫様に言いつけてやらなきゃ」

「それは、あの方にまたいたずらされる口実になるからやめて」

 ガチの拒否をするときの声だなこりゃ。一体ここのお姫様はどんな人なんだろう。

 そんな会話を後ろでしているのを聞きながら歩いていると、とうとう行き止まりにたどり着いた。

 ここがその塔への入り口って奴だ――

「くっ! このっ!」

「その、大丈夫?」

 うん? 後ろで何かと格闘するような音がするぞ?

「くぅ……だめ。すみません先生。このかごの開け方が、わからなくて」

 ……オチをつけてくれるな。


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