112・金平糖
口を広げ、目の前の玉を前歯で挟む。
そしてそのまま顎に力を入れて……あ、全部入って来た。
小さめの拳くらいのサイズだと思ったのに、案外入るものだね。
まぁいいや。奥歯でゴリゴリ砕こう。
『は?』
「……え?」
「うぇ!?」
できないとは思っていなかった。だってかつて自分は金棒を食ったことのある男。
このくらいができないわけがあるまいて。
バリバリグシャグシャバキバキゴクン。
かくして、銀色の玉は見事自分の口の中で細かな破片となって飲み下されるのであった。
……しかし、これは、あれだ、うん。一つ予想外な出来事がだな。
この玉、すっごい甘い。飴ちゃんみたいに固いが、それ以上にとろけるくらい甘い。金平糖のような武骨な甘さが、なんとも、うん。
これ、普通にいける。
『は……はぁぁぁぁぁぁぁ!?』
残った玉が叫ぶ。そらそうだろう。
なにせ身体の三分の一、と言っていいのかはわからんが、とにかく一部を持っていかれたのだ。
腹の中で何かが暴れる様子もない。これは完全に抹消したとみていいだろう。
『く、喰った!? 我が一部を!? く、くくくくく、喰った!?』
ちょ、うるさいなぁ。
お前今自分にとても近いんだからあんまり叫ばんといてな。
もう、こんなん耳塞がないとやっていけな……あり?
あ、手足動く。
……えい。
うろたえ空中で停滞している残りの玉は、とても簡単に捕まえられた。
金と黒の綺麗な玉が、両の手の中で暴れている。
携帯のバイブの方がもうちょいやる気あるぞ。
『な、は、放せ! 我に、我に触れるな!』
ふむ……こうなってしまったらもう怖くはないな。
暴れるといってもその実ただ少し揺れるだけで、どうあがいても自分の手からは出られないだろう。
『くそっ! くそっ! 力が! 力がぁぁぁ! おのれぇぇぇ! 我が一部を! 我が力をぉぉぉ!』
あぁ、玉が一つなくなったから弱体化したのか。こら好都合。
でも油断は禁物。何が起こるかわからんし、さっさと残りも処理しちゃいましょ。
「……どっちの方がおいしいかな?」
『ひぃ!?』
「ひっ!?」
とりあえず、まぁ、黒でいいや。右手だし。
自分は黒い玉を口に――
『や、やめろぉぉぉぉ!』
ぱくりと放り込む。
ゴリゴリ。
もぐもぐ。
ふむ、これは……なんだ。これも金平糖だ。
まぁ、おいしいからいいけど。
うむ……なかなかに食べ応えのある金平糖である。
しかしなんでこいつは無機物のような見た目のくせしてこんなにおいしいのか。
まぁその見た目のおかげで罪悪感も躊躇もなく食べれるんだけどね。人の姿かたちして言葉をしゃべってたらさすがに喰うのも気が引けるし。
……ん? 喰う前提で話進めたらだめか。
まぁいいや。もぐもぐ。ごくん。
「……おいし」
「ひぃ!」
『や、やめろ! これ以上! これ以上我を喰うな! 我が、我がなくなる! 消える! 消えてしまう!』
「はっはっは。まぁこれも運命だ。諦めんしゃい」
『なぜだ! なぜ我がこんな目に!』
いや、さすがにそこは自覚持とうぜ。悪いことしようとした結果だよ。
あとは、うん。
「調子乗って不用意に敵に近付いたからじゃない?」
『くそっ! そんな! そんなことが! ……ま、まさか』
ん? どったの?
『ま、まさか、そんな……最初っから、すべて、仕組んでいたというのか!? 我を食するために! 我が食べやすい位置に来るように!』
んなわけねーよ。
よしんば食べるのが目的だったとして、そんなら自分普通に叩き落して動かなくなってから食べるよ。
というかそもそもだ。食欲のために女の子盾にするなんて、そこまで落ちてるつもりはないですよ。
「見損なうなよ。さすがにシルバちゃんを囮にしてまでお前を食べようとは思わんぞ」
『完全なイレギュラーだけを上げて否定するな! あれはあの娘がしゃしゃり出てきただけだろうが! やっぱり最初っから食するつもりだったのではないか!』
……これ、何を言っても聞かないタイプだな。
まぁ今食べられるかどうかの瀬戸際だし、冷静になれっていう方が無理な話か。
さっささと楽にしてあげよう。
「ま、いいや。いただきまーす」
『や、やめろ! やだ! 認めんぞ! こんな死に方! こんな、こんな終わり方みとめんぞぉぉぉ!』
ぱくり。
『やめろー! 出せ! し、死にたくない! おのれ! おのれ―』
バリバリ。
『げっ!? ごっ!』
グシャグシャ。
『や、やべぎっ!?』
バキバキ
『あ、ぐ……たす、け……ゆる……』
ゴクン。
……ふむ。
「ごちそうさまでした」
三つともなると量も相まってさすがに飽きたな。
ま、おいしかったからいいけど、しょっぱいものが欲しくなるな。
さて、と。とりあえずこれで目下の脅威は取り除かれたわけだ。
という事で自分はいまだ床に尻もちをついて呆然とこちらを見ているシルバちゃんのもとへと近寄り手をさし延ばす。
「大丈夫? 怪我とかない?」
「ひ、ひぃ! や、ば、化け物!」
……断っておこう。これはシルバちゃんの声ではない。
彼女が携える虫かごの中の、白い小鳥の発言である。
「……ひどないそれ」
「だ、だって! ありえない! 狂ってるわ! こんな、こんなの! ひ、ひひひひひ人が魔獣を……化け物! 悪魔よ!」
……さすがに傷つくぞ。
「あんな魔獣を食べて、しかも、しかも! こんながっ!?」
「うるさい」
……あの、シルバさん?
さすがにその勢いで虫かご振るのはどうかと思う。
「先生が戦ってくれなかったら、私たち今頃仲良く肉塊にされていたところだったのよ? それをあなたは……先生は人間です。化け物でも、悪魔でもない。いえ、むしろ、もしかしたら先生はきっと……」
……うん? 『きっと』なに?
「先生。ありがとうございます」
彼女は自分の手を掴み、そして立ち上がる。
ねぇ、『きっと』の続きは?
「そして、申し訳ありません。勝手な行動を行ってしまったばかりに、先生にご迷惑をおかけしてしまい……本当に、申し訳ありませんでした」
もうこれ続く気配ねぇな。
まぁ、どうせ10秒後には忘れとるだろうけどさぁ。
で、あぁ、うん。そうね。そんな気に病まんでいいよ。
「別に大丈夫さ。それより怪我とかない?」
「はい。大丈夫、です」
そいつはよかった。
無事に敵を倒してシルバちゃんも護ることができて、満点なのではないだろうか。
「先生こそ、お怪我はございませんか?」
ん? 自分?
ないない。
「んにゃぁ、全然大丈夫よ」
「……無理、なさらないでくださいね」
……いや、ほんとに大丈夫よ?
「心配しなくても何ともないからね?」
「そりゃぁあんなことやらかすくらいだから平気でしょうあぁぁぁぁ!!」
君も学習しようか小鳥ちゃん。
「うぅぅ……」
「しかし、驚きました。まさか宝玉それ自体が魔獣だったなんて。でもこれで大きな脅威は取り除かれたはずです。彼女が言う言葉が本当ならば、あれは他の魔獣に力を与える源の存在。恐らくこれで他の魔獣も著しく弱体化されたでしょう」
あぁ、そういやそんなこと言ってたなぁ。
ん? でもそれが本当なら、中に潜り込んで引っ掻き回して戦力を削るという自分の仕事の最低限は成し遂げたという事かな?
やったぜ。
……はい。まぁそれは置いといて、このままここに留まっているわけにもいかれないのでとっとと先に進みましょ。
次の目標は……あぁ。
「小鳥さん小鳥さん」
「ぴぃ!?」
……そんな怯えなくても。
「別にとって喰いやせんよ」
「あ、あなたは一度説得力という言葉を辞書で調べた方がいいわよ?」
言いたいことはわかる。
が、今はそんなこたどうでもいい。
「ま、いいや。それよりもね小鳥さん。この国のお姫様のところ、案内して。これで封印とやらは解けたんでしょ」
あとはこのままお姫様助けて、そのあとは……そこにそれ以外の人たちもいればよし、いなければ探すのかな? こういうパターンだとお姫様が情報持ってたりするんだがなぁ。
「……え?」
で、なんでそんな驚いたような声をだすのでしょうかねぇ。
「お、王女様の、と、所に行くの?」
「え? うん」
さっきそういう話しとったべさ。
「え、と、その、えー、あー、その、あれ、えっと……」
なにこれめっちゃこの鳥挙動不審なんですが。
それから彼女はしばらくあーうーと唸ったと思うと、やがて決心したように声を張り上げる。
「わ、わかったわよ! 連れて行くわよ!」
おう。その、すまんな。そう怒るな。
「人間さん!」
お、おう? な、何ですのいきなり。
「はい?」
「私はあなたを信じるわ! あなたは恐ろしいまでの力をもって、魔獣を餌として貪り食らって、しかしそれでもあなたは正義の人だと! 私信じるからね!」
……はぁ。
「まぁ、はい。ありがとう」
なんだろうこれは、あれか?
もしかして魔獣って、食べたらいかれなかった奴だったりするんですかね?
……いや、普通に考えて食べ物じゃないか。




