111・大食漢
『どうだ娘よ。我に盾突き、斃そうなどと豪語しておきながら弄ばれた挙句拘束された気分は』
「くっ……」
何とも悪趣味です事。
『それにしても貴様は弱いな。人間は我が全力でもってしても一部のみ、それも直接干渉ができず空間干渉での疑似拘束しかできないというのに、貴様はとても簡単に身体の自由を奪うことができた。よくもまぁそれで護るなどと言えたものだ』
「この……くぅ」
後ろ姿からもわかる。シルバちゃんは今とても悔しそうだ。
しかしこれはどうすれば……あ、玉が光ってる。なんかする気だなこれ。
どうにか動く、いや、能力使った方が確実だ。
えっと、そう! 気合で動かす!
おっらぁ! F12『サイコキネシス』!
『くくく……我に盾突いた報いを受けるがいい』
「きゃ!?」
「きゃぁぁぁぁ!」
悲鳴と共にシルバちゃんが自分の後ろへ吹き飛んだ。
しかしそれは玉に何かされたわけではなく、単に自分が気合で引っ張り倒したが故である。
なお名称がサイコキネシスなのに中身が気合と言うあたり自分のテンパり具合がうかがい知れる。
『む?』
「な、なによ! 何が起きたの!」
「つっ……なにか、に、引っ張られた」
あ、それ自分です。
あのまま放置してたらなにされたかわかったもんじゃないからね。
そんで彼女がもともといた位置をみると、あーあ、ほら、えぐれてやがる。
「うちの娘さんに手ぇ出さんとくれませんかね」
ホントに怒るよ?
『なるほど、まだ隠し玉を持っていたという訳か。ますます面白い』
「そいつはどう、もっ!」
『のっ!?』
そう言いながら気合を込めて黒い玉を壁にたたきつけるイメージをする。
するとどうだ、玉は見事壁へとめり込んだではないか。
『ぐ、くっ……やってくれるな人間』
よろよろと壁から這い出す黒い玉。案外効いてるようである。
『やはり、人間は面白い』
「そいつはどーも」
褒めてくれてうれしいよ。
じゃあ次はお礼に銀色へ床の味を教えてあげよう。
「もっと褒めてもいいんだよっ!」
『ふむ、しかし悲しきかな、一度種を明かしてしまっては、二度と我には通用しない』
あり? 動かん? えいっ! えいっ! 気合だー! えーい!
……あり?
『ものを動かす、か。単純だが、それ故に稀有なものを使う。だがそのようなもの、空間を固定してしまえば何の脅威にもなりはしない』
空間を固定……どこかを起点に座標で固定してる感じなのかな?
ようけわからんが、とにかく不動の状態になった、という認識で今はいよう。
『しかし残念だったな人間。愚かな人の娘を護る羽目になったばっかりに、せっかくの好機を万全に生かすことができなかった。娘を助けず最初に一撃、我に不意打ちを食らわせていればこの身の一つは破壊できたかもしれないのになぁ』
「……え? そ、そんな、うそ……」
『本当だぞ人の娘よ。奴の一撃は竜のそれと同等、いやそれ以上に重いものだ。それこそお前の魔術などとは比べ物にならんほどにな。くくく……先生を護る、だったか? 護られ挙句足を引っ張っているのは、誰だろうなぁ? そう言う意味では貴様の魔術、あれは悪手だったな。今の衝撃をあの貴様が拘束していると思っていたタイミングで使われていれば、魔術的なつながりと共に貴様も一緒にぺちゃんこだ。先生渾身の不意打ちも、すべて貴様のせいで不意に終わったという事だ。とんだ絆の力だな』
「そんな、わたしが……」
そっちいじめんのやめてくれません?
「あんまりいじめないでくれませんかね。君も耳貸すなって」
「は、はい……」
あ、すっかり意気消沈してる。
『ククククク……まぁいい。それより、娘よ。面白いモノを見せてやろう。お前の拘束に苦痛はないはずだ。これからの光景をじっくりと眺めさせてやるための、我からの配慮だ。喜ぶがいい』
そしてそれとは対照的に玉の方は実に元気で意気揚々とした声である。
「誰が、おまえなんかにっ!」
『なんとでも言うがいい。それよりしかと目を見開いているのだぞ。これは歴史的瞬間だ。何せ人間が、貴様の大事な『先生』とやらが、我が僕たる魔獣へと変わるなのだからな』
……は? なんかわけわかんない事言いだしたんだけどこの無機物。
「な!? こ、のっ! 動け! 先生に! 手を出すな!」
『あぁそうだ。どうせなら貴様も楽しめばいい。人間を魔獣と変えた暁には、まず貴様を徹底的に犯しつくすよう命令しよう。大事な先生に抱かれるのだ。本望だろう?』
いやいやいや。
何で君たち魔獣陣営はみんながみんなそう下の方に思考が行ってるのか。
じゃなくって!
「やーよそんなの」
『拒否権があると思うか?』
「ないと思うか?」
『ならば拒否してみるがいい』
嫌だって言ったべさ。
が、どうせ言っただけなら実力行使してくるんだろうなぁ。
仕方がない、どうにか反撃をしてやろう。
よし、F12『蠢く――自分の影お姫様のところだったね。
あとは……無難に頑張って拘束を解こうと努力してみるか。
『まだそこまで暴れられる元気がある、か。本当に、人間とは化け物だな。肉体に干渉ができず、半端な空間干渉もさも何もないように動き回る。仕方なしに、こんなに力を使っても局部的にしか動きを止められない。四肢が千切れんばかりの苦痛があるだろうというのに、それでもなお。くくく……面白い』
なんか玉が何かを言いながら近寄ってくるが、抵抗しないわけにもいかない。
自分は腕に思いっきり力を入れて、その拘束をはずそうと、力ずくで引きちぎろうと努力する。
『無駄だ。何をやろうともその拘束は空間を完全に固定しているのだ。二度と、貴様が手足を自力で――』
するとどうだ、ある瞬間からふっと、右腕が何の抵抗もなしに動くようになった。
まるでそう、力入れてたら腕を縛る縄が千切れたかのように自由になったのだ。比喩でもなんでもなくそのまんまだね。
しかしどうやら何とかすることは可能なようだ。
とりあえずいつの間にやら手の届く目の前でフヨフヨしている玉を――
『ぬぉ!』
チッ。避けられたか。
『くっ、化け物め』
ぬっ。クソ、右腕がまた。
『なるほど。これは確かに打開策たり得る秘密だ。もっとも、どこかの愚者がしゃしゃり出たせいで最もいいタイミングで放つことができず失敗したようだがな。先の不意打ちさえしなければ、あの娘がしゃしゃり出てきて貴様がそれを護る羽目にならなければ、我もここまで警戒することもなく意気揚々と捕まっていたであろう。感謝するぞ人の娘。後に存分に先生とまぐわうがいい』
「そん、な……私の、私のせいで……先生が――」
「ちょ! ちょっと! しっかりしなさいよ!」
「だーからうちの子いじめんのやめてくれませんかね。彼女なりの思いやりの結果だ。むしろ女の子にあそこまで頑張ってもらえて男冥利に尽きるって感じ? だからてめーに何やかやと言われる筋合いはないの、よっ!」
『ちっ!』
くそ! 左腕も……的小さい。
『ふん。愚かなことに変わりはない。しかしここまで動くとは、どうやら猶予はないようだな。ともかくと、貴様のその肉体、頂くぞ』
そう言って玉はふわふわと緩慢な動きでくっつきそうなほどに眼前まん前に……そう言えば、そうだ。
『貴様の肉体でもってすればどれほど強力な魔獣が産まれるのだろうな』
手が使えなくても人間には、生き物には原始的な武器があるではないか。
『さぁ、目覚めよ我がげぼ――』
「いただきます」
F12『大食漢』




