110・下等生物
「……え? 勝ったの?」
「まぁ、予想できたし」
何か来るだろう、というのは予想できたがこんなんが来るなんて言う事までは予想できていなかったけど。
「先生なら、やってくれると信じていました。もう向かうところ敵なしですね」
君はヨイショしすぎやね。
まぁ何はともあれ終わったのだ。となれば次にすべきは問題のブツの処理である。
「で、小鳥さんよ。この玉が件の宝玉というやつかえ? こいつを壊しゃいいんかい?」
床に転がる玉を指さし彼女に問う。
すると小鳥さんは震える声で、まるで信じられないとでも言いたげに口を、嘴を開く。
「ち、ちゃんと殺せた? もう動かない?」
聞けや。
「質問に答えんしゃい。これが宝玉でいいんかい? どうすりゃいいん?」
「え? あ、そ、そう。魔獣の力の源、禍々しい災いの種。それがすべての元凶よ。それを見つけてから私たちの国は、狂ってしまった」
……。
「で、どうすりゃいいの? 叩っ壊しゃいいん?」
「そう、ね。それさえなくなれば、きっと変えられた人たちも元に戻るし、魔獣への力の供給も止まる。姫様への忌々しい封印も消え、私たちだって呪縛から解放される……全部、砕いてしまって」
「はいよ」
まぁ玉潰すだけならそう苦労もあるまいて。踏んで砕けばいい。
ちっとばかりもったいないとも思うがな。高そうじゃん、だって。
と、いう事で……あり? 玉はどこに――
『砕かれては困る。我とてこの世に未だ未練があるのだ』
ん? なんか頭上から変な声がするぞ?
……まっさかぁ。
「くっ! なるほどそういう……」
「ま、まさかそんな……宝玉が……」
あーあ、この二人の、二人? の反応を見る限り、またまたどーにもろくでもない事が起こってそうだ。
とりあえず声のした方をみると……あー、やっぱり。
見るとそこにはただ三種類の玉が浮かんでいた。
ただそれだけ。ただそれだけなのだが……どーせこいつら意思持ってんだろうなぁ。
「よう。元気か?」
『ふむ……それなり、といったところだ。ちょうどそこで寝ているそれから力を吸い取ったので腹は膨れているが、しかし我がこのように出向くことになるというこの事態は、実に腹立たしい』
ほらきた。
そいでもってそこで寝ているそれ、とは三面の魔獣の事だろうね。
つまり最悪ここで逃したらほかの魔獣の力全部集めてフル強化した状態のこれと戦うことになるんか。それは避けたいな。
「そうか、そらすまんことしたな」
さてさて、ではこいつも一丁叩き落して……あれ?
『あぁ、しかし一ついい事もあった。我にここまで力を使わせる強者と出会えたことだ』
……腕が動かれん。
いや、腕だけじゃない。脚もだ。
両の手足がまるで鎖でつながれてるかのようにまったくもって自由に動かれない。重い。
『ふははははは。動けまい。我が力でもって貴様の事は完全に拘束させてもらった。誇るがよい、我にここまで力を使わせたのは、貴様が初めてだ』
やぁっぱり。
さて、これは割合ピンチと違うか?
「……せんせい?」
あぁ、シルバちゃん。そんな心配そうな声出さんといて。
でも、この状況は芳しくないから警戒だけはしといてな。
「もちっと離れてろ。今自分こいつに何かされた。なんとかするまで離れて待っとれ」
『何か、か……我が力で手足が千切れんばかりの苦痛を受けてなお、顔色一つ変えずに女子に気を遣う。ますます気に入った』
あ、いえ別に苦痛はないです。
しかしこのままでいるわけにもいかんしな。よし。
「ちょっと。余計な事吹き込んでうちの子不安にさせるのやめてくれません?」
じぃっと玉を、金色のでいいや。それを見つめながら語りかける。
……ふわふわ動くな。狙いがずれる。
『そうか、すまぬな色男。しかし案ずるな。我は今貴様にしか興味がない』
「ウレシイ事言ってくれちゃって」
まぁ、これくらいなら大丈夫だろう。というか『必中』の属性を付ければ万事解決だ。
いくぞ、F12『必中のレーザ――
「はぁぁぁ!」
『ぬ?』
あぶぶぶぶぶ! あっぶねぇ!
おまえ! シルバちゃんお前! 何人の目の前に飛び出てからに!
誤射るとこだったぞお前!
「ちょ、シル――」
『娘よ。何のつもりだ?』
「先生は! 私が護る!」
……あ、あのー。
「シ、シル――」
『護る? 貴様が? たかだか人の如きに惑わされ、己の心に捕らわれたひ弱な存在である貴様が? 護る? 我に盾突こうというのか?』
「あの――」
「ええ。魔獣だろうとなんであろうと、私は引かない。あなたを斃し、先生を護り切って見せる」
「ちょっと――」
『斃す? か弱き人の程度である貴様が? 我を? 思いあがるな下等生物が』
「もしも――」
「何か問題でも? いつだって醜い魔獣を斃すのは、気高き人の役目じゃない」
「ちょ、聞い――」
『愚かな』
「話聞けやテメェら」
「人ではないあなたにはわからないでしょうね。護るという事の意味を、大切な誰かを護ろうとする強さを」
『人の如きの戯言など、理解したくもないわ!』
「話聞けいうとるべさスカポンタンども!」
あぁ、やっと手に入れた沈黙。
無音がここまで心地よいとは。
「シルバちゃん」
「聞けません」
なんだとこら。
「さすがの私も、ここで先生を見捨てて引くなんてことはできません。だからこればかりは、先生のご命令だろうと聞くことはできません」
あ、の、ねぇ……。
「に、逃げましょうよ! 人間さんだって逃げろってきっと言ってるのよ! 信じて逃げましょう!」
「ええ、そうね。きっと先生は『一応打開策はあるから』などとおっしゃって私を逃がそうとするでしょう」
お、おう。
そこまでわかってるんならそう戦う構えをせずに逃げ出して――
「ならば先生、それがあるなら試してください。しかし先生の事です、何もなかったとしてもきっと同じことを言うでしょう。ですのでなんと言われようとも、私は引く気はございません! 私は先生の仲間です! 何があろうと見捨てるなんてできません!」
お前は自分の何を知っとるのか。自分そんなこと言ったことないべさ。
と言うか君が邪魔したからロマキャンしなきゃならん羽目になったんだよ。
「そ、そんなぁ……くっ! この!」
小鳥さんかわいそう。絶望に染まって虫かごから逃げ出そうと必死になってやがる。
しかし、はぁ……まぁ、うん。いいや。
『人とは、なぜこうも愚かなのか。どいつもこいつも仲間などというくだらないものに縛られ、我に盾突き、刃を向ける。今まで何人もの人がそうやって歯向かい、そしてすべてが我に屈したというのに。口を開けば皆似たような言葉をほざく。人とはまるで成長しない』
なんか説教モード入った。
これはチャンス。もうこうなったら逃がすことは考えない。小声で彼女に指示を出そう。
「シルバちゃん」
「はい」
「二秒。動くな」
そう言って奴を、金色の玉を凝視する。
さぁ、貫け。
『そう言う意味では貴様もだ人間。その娘を護り、気遣うなど、所詮子を成せるのならばどの女でも変わりはないではないか。愛だか何だか知らぬが――』
F12『必中レーザー』
光線が走る。そしてそれはまさしく金色の玉にぶつかり貫き、貫き、貫き……
『ふむ……これが『打開策』か。予想はできた』
なんで無傷なんですかね。
『……なるほど、貴様もこの展開は『予想済み』という顔だな人間』
いや全くの予想外ですが。
『貴様の予想のその通りだ。我はあらゆる光を吸収し無力化できる。つまり貴様の得意の光線は、まったくの無駄だという事だ』
だから自分なんも言っとらんのですが。
しかしこうなったらどうし……あれ? そうやシルバちゃんがどっか消えて――
「それでも、目眩ましには十分すぎる物だと思います、よ!」
『がっ!?』
「きゃぁぁぁぁ!」
自分が一人考えあぐねていたところで、いつの間にやら前に飛び出していたシルバちゃんが金色の玉を力の限り拳で殴る。
勢いのある跳躍と共に放たれる全体重の乗ったその拳は、小さな球体一つを壁に叩きつけるには十分だった。
ついでにしっかりと溶岩グローブを装備しているので、多量の溶岩が金色の球体を包み込み叩きつけられた壁ごと溶かして焦げ臭い匂いを充満させる。
しかし小鳥さんもかわいそうに。シルバちゃんが結構なスピードでスタイリッシュアクションをしたからそれに振り回されて悲鳴上げてら。
『ぐ……竜の宝具とは、貴様、下等生物の分際で!』
あ、玉無傷で出てきた。
どうすんべかね。
「その下等生物に出し抜かれるあなたはよほど上等な存在なんでしょうねっ!」
『無駄だ』
再び拳。今度は黒い玉目がけて放たれたそれは、しかしそれはあっさりと躱され――
「法の焔よ」
『ぐぁ!』
「裁きの雷よ」
『ぐっ!?』
「血に濡れ沈む背徳に、永劫の救済と冤罪を。罪人の夜曲『断罪の法』」
『があぁぁぁぁ!』
……。
えっと、まずシルバちゃんが自分の目の前の、さっきまでいたところに戻ってきて、その直後大きな炎が真横から玉を襲い、次いでさかさまの雷が床から生えてきて、最後に黒い巨大な針のようなものが玉を突き刺しとどめを刺す。
……うん。
だめだ展開早すぎてついていけない。
「先生、ありがとうございます。先生に頂いたこの好機、無駄には致しません。あとはこのまま浄化すれば私たちの勝利です」
いや、自分別に――
「しかし、先生はすごいですね。このような事態も想定し、私にこれを授けてくれたのですか」
いやだから違うって。
『おのれ! おのれぇぇぇ! 下等生物がぁぁぁ!』
「どう? その下等生物に出し抜かれてやられた気分は。最高でしょう?」
この娘怖い。
「これが私と先生の絆。そして護る決意をした人の強さよ」
……RPGによくあるセリフをこうぶっこまれると、なんか聞いてる方が恥ずかしくなるな。
「ちょ、ちょっとこれどう言う事!? な、なにが起こったの!?」
今更だが小鳥ちゃんは一般人枠なんだろうかね。なんか親近感沸いちゃう。
で、まぁそれは置いといて。あんな大技を見事直撃した玉はどうなったかと言うと――
『……ふん。この我に魔術が効くと思ったのか間抜けが』
さっきまでの絶叫から一遍。なんか余裕そうね。
『しかし旧い業を使う。今は廃れもはや使い手もいないと思ったのだが、まぁいい。このようなもの、我には効かんよ』
その言葉の直後見る見るうちに黒い針が溶けてゆき、そして最後に残るのは元気な三つの玉だけである。
「な!?」
さすがにこれにはシルバちゃんも驚きを隠せない様子。
『くくく……どうだ娘よ。不意打ちを成功させたと意気揚々としていたところですべてが無意味だったと知った気分は。最高だろう?』
こいつもこいつで性格悪いな。
『なかなかおもしろかったぞ。我が少し演技をしてやれば、勝手に効いてると思いこみ術を展開していく姿は、実に滑稽で、愚かで、無様なものだ』
ホントに性格悪いな。
「そんな……」
『そしてだ。くくく、気付かないか娘よ』
ん? シルバちゃんがどした?
「なんのこ――つっ!?」
『我が何もせずただた貴様と戯れていただけだと思っていたのか?』
「か、体が……」
あ、これまさかシルバちゃんも――
『貴様の動きは完全に拘束させてもらった。もはや貴様はただの肉人形。何もできない無力な存在だ』
おいおいおい。これ、えー?
ピンチじゃん。




