107・廊下丸ごと
のんきし過ぎた。
後悔先に立たずとはよく言ったもので、今自分ののんびりさ加減に全力で反吐をはきたいほど後悔している。
女の子の鼻水で服が汚れたからなんじゃい。それ嫌って女の子危険にさらすとか最低じゃないか。
男なら美少女の汁くらい甘んじて受けとめんかい。
まぁ今はそんなことはどうでもいい。反省はすべてが終わってから。
今先立つ問題は、ここをどう逃げるか、だ。
そんなわけでまずは今は見えない扉の向こうの様子を少しでも探るため、扉に耳を当て聞き耳を立てる。
するとガサゴソガサゴソと何やら大量の節足動物がうごめく音が――
「……やーっぱりなぁ。いっぱいいる」
「完全に出口を塞がれましたね」
本当にね。チッ。面倒な。
「申し訳ありません。私が捕らえられたばっかりに」
「こればっかしは自分のせいさ。君のせいじゃない。まぁその話はあとだ。問題はどう逃げ出すか、だ」
「先生は、あのサイズなら蹴散らせたりは?」
「君の方に行くのまでは防げん。あのメイドさんにつぶされるくらいの耐久力しかないようだが、それでも敵が戦力にしてるんだ。何かあったら事だろう? 君を抱えて逃げるにも限界があるし、何より数が数だ」
「つっ……申し訳ありません」
いや、そんな申し訳なさそうな顔せんでも。
「そういうのはいいさ」
「……はい、すみません」
あ、これ気にし過ぎてドツボにはまってる顔だ。
そういうときって究極にネガティブになるからなぁ。今の君の気持ちはよくわかる。
「ほんとに気にしなくていいのよ?」
「はい、大丈夫です」
とてもそういう顔にゃ見えんが。
というか自分、ほんとのほんとに気味悪くないと思ってるからね? 割とこの状態招いた責任自分にあるから。
考えてみ。この非常時に服が汚れたから着替えますねって言うアホとさっきまで呪い掛けられてグロッキーしてた美少女とはどっちが悪いか。火を見るよりも明らかだべさ。
それに、囲まれたとは言うてもどうにもならんわけではないんだ。
安心なさい、これでもまったくの考えなしとは違うのよ。
そ、ん、な、わけでー、っと。少し扉から離れましょう。
「ちょっち危ないから下がってて」
「何か考えがあるのですか?」
んー、まぁ考えというか、むしろごり押しに近しいものというか。
うん。ま、あれだ。
「一応ね」
「わかりました。それでは、私は先生の指示に従います。どのようなことでもご命令ください」
あ、いやそんな戦う顔しなくても……いや自分が気ぃ抜けてるだけか?
あと今更ながらこういう魔物魔獣魑魅魍魎の類の問題はこっちの世界に住んでる彼女に意見を仰ぐのが筋なのではと、本当に今更ながら思った。
シルバちゃんにもっといい案があるならそれでいいし、というか自分のこれは割合やらかす方法だからもっとスマートな方法があればむしろそっちの方がありがたいのだ。
「シルバちゃん。ちなみに聞くが、君は打開策、何かある?」
「強引に突っ切るか、ここで浄化の魔法を放つ以外何も思い浮かびません。今放つことができれば少なくとも近場の魔獣は全滅させられるでしょう。ですが、これを使ったらまた私は動けなくなりますので……」
あ、そらダメだわ。
「じゃあ却下だな。他にないなら説明するようなことでもないし、やっちゃうよ?」
そんなわけで自分は――
「私は、いつでも先生を信じています」
……はい。
よこしまなことは考えないでおこう。
くっそ。不意打ちは卑怯。
というか本当にこの娘は、いや、やめやめ!
ほんだら行きますよ! 扉の向こうの廊下の天井! まっすぐ一本端から端まで! トリガーは、自分の指パッチン!
はいF12『吊天井』
自分が指をぺちんと鳴らすと、部屋の外で轟音と、途方もない振動が発生した。同時に小さく『ひぃ!?』っと悲鳴を上げながら吸血鬼が縋り付いてきた。
ふふふん。廊下の天井全部ひっくるめて叩き落したんだ。さすがのカニとて全滅だろう。
まぁ人様のテリトリーに入って迷惑かけたから悪いんだ。成仏しろよ。
……しかし指パッチンミスったな。かっこ悪い。
「……な、何が起こったのですか?」
そういうのは困惑顔のシルバちゃん。彼女はいまだしっかりと自分の服の端を掴んではなれない。
まぁそういう感想持つわよね。前情報なしにあんな音と振動がしたら。
でもあれだ、なんにしても君は女の子なんだ。
その、あれだ。押し付けるのはいろいろ毒だ。
……ま、まぁ、自分としてはいいんですけどねぇ? うん。
とりあえず優しく引き離して、と。
「簡単に言うと廊下の天井を吊天井にして叩き落したのさ」
「はえぇ……私を抱えて逃げ込みながらいつの間にそんな準備を」
あ、いやたった今です。だからそんな尊敬したような目をばせんでください。
「さすがに逃げながらはしてないよ。たった今よたった今」
「たった今と言いましても、でも先生はずっと……あぁ、さっき着替えてる時、私が別の方向を見ていた間にですか?」
お前八割がたこっちゃ見とったじゃないけ。
あと自分が異変に気付いたのその後よ?
「早業ですね」
「……もうそれでいいや」
まぁ勝手に納得してくれてるならそれでいいや。正解の説明も面倒くさいし。
「とりあえず先に進もうか」
という事で自分は扉を……元に戻す。そう、同じ過ちは繰り返さない。
そしてそのままドアノブを回して扉を、扉を……あり?
「また、何かありました?」
「いや、その、扉開かない」
なんでだ? 確かこれ外開きだったはずなんだが、ノブは回るが押しても引いても動きやしない。まるで何かに突っかかるようにきしむだけ――
「落とした天井に引っかかってるのでは?」
……なるほろ。
「よく気付いたね」
「遺跡探索をしているとよくあるんですよ。部屋を崩落させて入り口をふさぎ逃げ出した侵入者を排除する、または閉じ込めるトラップは。昔攻略したとある神殿ではそこの正式な神官がトラップを発動させて聖剣と共に閉じ込められた遺体がありまして、書き残されたメモには神への恨み言がびっしり記されていたんですよ。皮肉な話です」
おうそれまさに今の自分じゃないか。遠回しな嫌味か?
「ちなみにこの神殿についてはほかにもいろいろ興味深い話がありまして……そうだ! すべてが終わったら、お話を聞いていただけませんか!?」
あ、違うわ。こいつ純粋に特定のキーワードから話を発展させただけだ。
無垢ってこわいなぁ。
「……全部終わったらね」
でもそういうのは終わらせてから語ろうか。
「あ、そ、そうですね。今はこの戦いを終わらせることに集中しましょう!」
「そうだ、その意気だ」
投げやり的にそう言いながら……さてこの扉をどうしよう。
……ま、荒っぽいけど仕方がないか。
「せい、のっ!」
と猪木な鉄拳制裁をイメージしながら壁を殴る。
するとどうだ。扉はそのまま破片を散らして割れたではないか。
ふむ。まぁ岩も割れる素人パンチだ。気の扉が割れん訳がなかろうて。
……でも上半分しか割れんかったな。てい、割れろ。壊れろ。蹴り蹴り。
……あ、壊した扉の下からカニ汁が……見ぃひんかったことにしよ。
「おぉ……本当に天井を落としたんですね」
自分の拳と足でもってほぼほぼ完全に排除された扉を乗り越え、自分たちは一段高くなった廊下へと踊り出る。
「……うん? うわっ、廊下丸ごと。本当にいつの間に準備したんだろう」
……まぁ、非常識かました自覚はあるから聞かなかったことにしよう。
「断面が綺麗に切り取られている……なにか道具で切断、いや、直接空間に干渉をした? どんな仕掛けで? ……だめ、考えるだけ無駄ね。今度落ち着いたら教えてもらお」
……聞かなかったことにしよう。




