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104・耐えてくれよ?


「うぁ……せん、せ? どう、して?」

「大人しくしてなシルバちゃん。何も言わないでいいし動かないでいい。というか寝てるフリしててくれ」

 そう言って頭を撫でる。どうやら賢い彼女はこれだけで把握してくれたようで、敵に顔が見えないよう伏せながらそのままの状態を維持してくれる。

 とりあえずこれで一つ問題は解消した訳で、あとは彼女を持って逃げるなり戦うなりするだけだ。

 ……あ、そういや魔獣を寄生させてるだとかなんだとか言ってたな。

 そっちも処理……どうやろう?

 というかどこにどう寄生されてるのか。

「体に異変はないか?」

「腹部に、何かが這うような違和感があります。他は若干のめまいくらいです」

 腹部か……そういやさっきメイドさんがなんか触ってたな。

「失礼」

 自分がそう言って彼女の服を捲って中を見ると、白く美しい女の子のおなかと……カニ?

 二杯の小さな沢蟹みたいなのがそこにはいた。

 それは灰色で、体に比べて大きなハサミを持った……あ、いや待て。

 背中に目玉がついてやがる。甲殻が瞬きするように開閉しながら自分を見てやがる。まつ毛までついてやがる。

 なるほど、これが魔獣……あ。

 そう言えば遠い昔にハサミを持た小型の魔獣が云々って聞いた気が。ついでに街中で似たような蟹をいっぱい……うん。

 と、とりあえずこの二杯のまずそうなカニを掴んで、と。

「ギー! ギー!」

 うわ、鳴いた。

「ご主人様、魔獣が」

「あ?」

「お姫様につけた魔獣、全部取られた」

 お、アナウンスありがとうよメイドちゃん。

 お礼にこれ、返すよ。

「あげる」

「んっ」

 自分がカニをぽいっと投げると彼女はきちんと両方キャッチしてグシャっという小気味よい音と共に……グシャ?

「お? おー。ご主人様、潰れた」

「見せるな気色悪い」

 そう言うデビル君の表情は、どこか余裕なさげであった。

 どうしたんだろうねー。潰れたカニが苦手なのかなー?

 それとも……もう自分を縛るものがない事に焦ってるのかなー?

「おいマリー。なんで寄生してたやつらが簡単に引きはがされたんだ?」

「しらない」

「おなかの中に入れなかったんじゃないですか? あのお姫様妙に硬かったし。それにいくらなんでも、内側に入ったあれをやすやすと引っこ抜くのはそうじゃないとできないですよ?」

 メイドさんの代わりに答えたキエラの言葉になるほどと納得。

 そうか、ここにきてヘアピンが役立ったか。

「まぁなんにせよ、この状況はまずいですね」

 警戒してこちらを睨むデビル君とキエラの二人。その横ではメイドさんが潰れたカニをつついて遊んでいる。 

 そんな彼らに対して玉座の人は不敵に不気味に笑みを浮かべながら、静かに口を開くのだ。

「ふん、何がまずいのか。相手が人間であろうと、いや、たとえ神であろうと逆らうのならばねじ伏せればいいではないか。なぁ? そのための、我が力なのだろう?」

 そう言って彼はあの魔獣を召喚する魔石、だと思うものを取り出した。

 そう思っただけで確証はないのよね。案外別の何かだったりして。

 ……希望的観測すぎるか。

 でも何をしようとしてるのかはわからんが、それをただ黙って見てるだけの自分と思うなよ?

 まだ自分の目からは出そうと思えば光線が出るのだ。

 ほんだらもんで、一撃で魔石を消し飛ばせる熱量と、あとあれだ。さすがに指もろとも蒸発っていうのは自分の精神衛生に悪影響が出るだろうから細く力を集中させる感じにして魔石だけを射抜くようにしよう。

 ……あと途中で邪魔されないように『直進する』という言葉もつけておこう。

 よぉく狙ってぇ……そぉれ。バシュッと。

「今こそ我が半身たる魔獣どもの力を解放し――」

「ばっ! ちぃ!」

 自分の放った怪奇光線は、しかし先程までと同じようにデビル君の作った結晶に阻まれてしまう。

 が、そこはほら『直進する』ビームである。そのまま真っ直ぐ何のことなく結晶ごと魔石を貫きついでに壁も溶かし……これどこまで行くんだろう?

 ……ま、まぁいいか。どうせなんかしらの要因で減衰して消えるだろう。よう知らんが。

「くうっ! 貫かれた! おい! 魔石!」

 そんなことよりデビル君のこの慌てよう。やはり穴の開いた魔石は使い物にはならないのだろう。

「な、ま、魔石に、穴が……これでは、魔獣が……」

 やったぜ。

「てめぇ! 学習能力ねぇのか!」

「貴様がしっかり守らぬからこうなったのだ!」

「もとはといえばてめぇが悠長に魔石をひけらかすからだろうが! あいつが光線出すの知ってただろうが間抜け! 貴重な戦力をなんだと思ってんだクソが!」

 ははは。奴らの内ゲバが心地よい。

 ……なんでこいつら手を組んでるんだろう?

 まぁなんでもいいか。それより、とりあえずは今のうちに――

「ふ、ふん。なに、まだ魔石は12個もあるのだ。案ずるな」

「それを敵の前でばらすな間抜けぇ!!」

 無能な味方はどんな敵より恐ろしい、ってね。

 敵ながら同情するよ。

 ま、それはそれとして。逃げるなら今のうちに――

「なんでもいい。なににせよ今ここで奴を斃せばいいのだ。集まるがいい我が下僕!」

 あ、悠長しすぎた。

 玉座の人がそう叫びながら先程のとは別の魔石を高らかに掲げると、それは薄っすらと淡い光を放ち輝いた。

 そして、その直後扉から窓から先程シルバちゃんにはっついていたのと同じカニが大量にうぞうぞと……ヤダ。この光景生理的にゾワゾワする。クリスマスアカガニじゃないんだから。

 そんな大量のカニたちはやがて部屋の床を埋め尽くし、とうとう自分たちを包囲した……きもいな。

 小さい生き物がこう、ウヨウヨと動きながら絨毯よろしく敷き詰められてる光景は、うん。きもいな。

「……相変わらず、嫌な光景」

 おう不本意だが気が合うなキエラさんよ。

 嫌ならそのまま追い払ってくれても構わんぞ?

「おい、最後だ。俺たちの――」

「さぁどうだ人間。命乞いをし服従を誓い、その娘を差し出せば命だけは助けてやるぞ?」

 会話キャンセルされるデビル君かわいそう。玉座の人すごい顔で見られてるけど今後大丈夫?

 でもまぁ誰がどう言おうと、君らの仲間にゃなりませんよって。

「さすがに女の子生贄に捧げて生き残ろうとまでは思いませんわ」

「ではどうするというのだ? 女を抱え、この数を相手に戦おうというのか?」

 まるで勝利を確信しているかのように、挑発的にいやらしい顔で玉座の人が言い放つ。

「いいねぇ。かわいい女の子を護り戦うなんて、男冥利に尽きるじゃない。こりゃぁ何を持っても護ってあげなきゃね。そ、れ、に、心配せんでもあなたたちはこの娘に指一本触れませんので気にしなくていーよ。ここが男の見せ所ってなもんよ」

 対して自分は余裕綽々と、まだ何か腹の底に隠しているような雰囲気を醸しだしてるつもりでそう返す。

 ……ま、こんな状況でこう余裕ぶったことやれるのも、往々にしてどこかの自称神様のおかげ、というのは非常に腹立たしいが。

 やっぱりパトロンがいると安心感が違いますね。本気で不本意だが。

 ……ん? あぁ、そんな不安そうに服を掴まなくても大丈夫だよ。

 安心し。とりあえず君の事はなんとしても護るからね、シルバちゃん。

 まぁでも、確かにこの状況がまずいのは認めよう。

 敵は四人とたくさんのカニ型魔獣。まともにやりあったら恐らく勝て――いや、でもあのちびっこメイドさんの手でミンチになるくらい弱いんだよなあの魔獣。歩いて踏むだけでも潰れないか?

 ……いや、まぁ王子様たちの言葉を信じるなら魔獣はとても厄介な存在なのだ。うん。たぶん。

 そしてそれらと正面からやりあっても恐らく勝てない。はず。

 いや、もしかしたら勝てるかもしれないが、少なくともシルバちゃんが無傷というわけにはいかない。

 それにカニを戦力に入れる入れないは抜きにしても四対一だ。よしんばシルバちゃんが戦えたとしても四対二。なかなかむつかしい話ですな。

 もっと言えば彼女はさっきまでグロッキー状態だったのだ。なるだけおとなしく休ませたげたい。

 ではそれならどうするか。

 答えは簡単、彼女抱えて逃げるだけさ。

「そーんなわけで君たち。覚悟はいいか?」

 立ち上がりながら、なるだけ凄みをつけて、腹の奥から声を出す。低く重たい揺れるような声。

 そう、まるで次の瞬間には殴りかかってきそうな、戦闘モードのスイッチが入ったようなそんな雰囲気を出す努力をする。

 するとどうだ、どうやらそれは成功したのか目の前の彼らもまた、いつでも動けるように臨戦態勢をとりだした。

 意識を自分に集中し、皆くるであろう攻撃に備え身構える。

 してやったり。

「それじゃ、耐えてくれよ?」

「何か来るぞ! 構えろ!」

 F12『バラエティジャンプ』

 何かそれっぽい事を言ってぴょんと跳ぶ。

 するとあら不思議、先程までいた部屋の前の廊下に出てきたではありませんか。

 だーれが戦うかってーの。

 まぁでもこれで、奴らもしばらくは警戒してくれるでしょう。

 いかにもこれから何か攻撃を仕掛けます、という空気出して消えたんだ。看過されてない限り、死角からの一撃を警戒しないわけがない。

 特にデビル君はきちんと引っかかってくれたようで、きっとありもしない攻撃に備えて構えてくれているのだろう。

 どんまい。いつかいい事あるさ。

 ま、そんなわけで。自分たちはスタコラサッサだぜ。


 とりあえず体勢を立て直して、それからもう一度あいつを、玉座の人をぶちのめしに行こう。

 デビル君やキエラは二の次。まずは玉座の人だ。

 ……いや、個人的なヘイトがたまってるとかではなく、あれよ、彼というか狙うはあの魔石さ。

 どうやらあの様子から街の魔獣は彼が魔石を使って操ってるのだろうと予測ができるのだ。

 となれば、それはまさしく自分がここに侵入し探していた本丸そのもの。これを破壊しつくせばミッションコンプリートさ。

 そしてそれは12個すべて彼が持っている、と。

 狙わなかったら嘘でしょう。

 ということで、とりあえずのボス、討伐対象は把握した。

 ……が、一つだけ懸念事項、というか、今の救出劇のおかげでもう一つ、切実にやばい問題が浮上してきた。

 これさ、さっきの会話的にこっちの王様捕まってるんだよね? しかも『捕らえている者共』って表現から察するにそれだけではなくほかにも複数。

 そもそもようけ考えたらあのアニスさんの言葉からお姫様とやらが捕らわれてるのは確実なわけで。

 一応目的があって命だけはとられていないっぽいが、デビル君の様子から察するに必要とあれば平気でサクッとしちゃう可能性もあるわけで。

 ほぼ確実に次には人質にされるよなぁ。

 ……しゃーない、探すか。



Out side


「……こない、わね」

「……おい。マリー」

「ん?」

「あいつの、人間の気配はあるか?」

「んーっと……いない。変なのいない」

「ご主人、これって……」

「くっそがぁ! 担がれたぁ!!」

「騒ぐな。しかし人間も口ほどにもない。あれだけ大口叩いておいて我に勝てぬと尻尾を巻いて逃げ出すとは、恐るるに足らず。所詮人間とはいえ我の敵ではないという――」

「アホか! 大敗北だ屑が! 人質を奪還されたからには人間を無力化するには荷物抱えていたあの時以外にないんだよ! 花相手に無傷で立ち回った化け物に正面からやりあうつもりか!? これ以上戦力を削ってどうする気だテメェは!」

「ふん。確かに花は強力な魔獣であったが、所詮は単騎。今こちらにどれだけの魔獣がいると思う?」

「その魔獣を一匹ずつ処理されていったら無くなんだろうが……くそ、こいつと話してると頭痛がしてくる」

「……でもご主人。あの人間をあんな方法で仲間にできると本気で思ってました?」

「まさか。ただ無力化はしたかった。そのための術式も組んでいたが、無駄になったな。あいつは危険すぎる。放っておけばこちらの戦力が削られていのは間違いないだろう。何をもってしても、しばらく動きをとめておきたかった」

「……たしかにね。あれは、何をするかわからないですからね」

「あと俺は、確かめたかったんだ。あの人間が、どちら側の存在かという事を。このタイミングで出てきたんだ。何か意味があるはずだ。まぁこんなわけわからん結果になるとは思わなかったがな」

「で、その結果は?」

「まだわからん。わからんが……うまくいけば、いい具合に利用できそうだ。無力化できなかった以上、こちらの戦力と極力ぶつからせず誘導するしかない」

「ご主人様」

「ん?」

「もうすぐ」

「……そうか」

「うん」


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