103・ビンゴ
敵の黒幕っぽいのにお姫様が捕まっていたが気付いたらそれはシルバちゃんだった。
何を言ってるかわから……いや、さすがにわかるか普通に。
つまり、そういうことである。変装したシルバちゃんが見事に攫われここにいる。
もしかしなくても『お化粧』ってそう言う事だったのかね。スゥ君はシャドさんに変身できるくらいそう言うスキルが高そうだし、きっとそうだろう。
あぁ、でもやばい人質が変わったところでピンチである事には変わりない。
そしてその人質を手中に収めているナルシスト的空気を纏った青年が、引き攣った顔でこちらを見ている。
……うっわやっべー。ちょっとシルバちゃんに度肝抜かされて奴の話全く聞いてなかった。
弱み握られてる限りあまり神経逆撫でするのはよろしくないが、これは全力で地雷を踏み抜いたかもしれない。
……ちょっと危機感足らな過ぎたね。
まぁ内心、ヘアピン装備してるし死ぬようなことはないよねと高をくくってる節があったのは認めるがね。
「……まぁ、いいだろう。ではもう一度言うからよく聞け、そして考えろ。来るべき戦いの日に向け俺達と手を組もうないか!!」
青年がいかにも偉そうに自分がぶち壊した空気を再び真面目に構築していく。元気に。大げさに声を張る。
その姿を見て思わず心の中でガッツポーズをしてしまう。よっしゃ、仕切りなおした。
「我ら三神族が手を組めば全てがすべて思うが侭だ! 共に神へと弓を引き、この腐った世界を浄化しようではないか!」
「ちなみにもっかい言うけどあたいは混じりっけつよいから純粋な心霊種ではないよ。ギリギリそうだけど」
大手を広げて高らかと主張するデビル君と、何を言いたいのかわからないことを主張するキエラ。そしてデビル君の真似をしながら同じ格好をするメイドさん。しようじゃないか! とか言ってる。
メイドさんの行動は若干謎だが、ここで一つわかる事がある。
こいつら全員自分の方に集中しているってことですよ。
特にメイドさんがお姫様から手を放したというのは僥倖ですわ!
それ、F12――
「安全加速装置ィ!!」
叫びながら、飛び込むように床を蹴る。一度発動させた事でその性能もよく理解し、そして問題点を克服した改良版の加速装置。もはや弱点はない。
そして瞬間、お姫様、もといシルバちゃんを抱えて部屋の反対で着地した。そして勢い余って彼女を抱えたまま転がり壁にぶつかった。上下逆にもたれる様に、おへそ出しながら。
……おっかしいなぁ。自分の中ではこう、動画とかで見た電車に惹かれそうな子猫を助けた青年みたいなカッコイイ動きをできた気がしてたのだがね。痛くはないが、なんで転ぶんだろう? 安全なはずなのに。
……あ、自分にかかる速度のコントロールはできたけどもシルバちゃんにかかってる速度は対象外だったのか。道理で上半身持ってかれそうになったわけだ。
「なにっ!?」
「はう!?」
「はわっ!!」
順にデビル君、メイドさん、キエラである。名前がわからないって不便だね。いや、覚えてないだけだけどさ。
……確かメイドさんはメアリー、とか言われてたっけ? デビル君については全く記憶にないけどどっかで聞いてたはずだ。
玉座の人? それこそ興味ない。
「はっ! げほっ! 無事か!?」
むせて咳き込むも、しかしそんな事はどうでもいい。問題は抱え込んでるシルバちゃんである。
転がりながら腹を出しながら彼女の容態を確認するそれは主観的にも非常に間抜けであって、客観的に見たらもう滑稽極まりないだろう。
しかし、なりふり構って入られない。片膝つきつつ不安と焦りに苛まれながらお姫様の姿をしたシルバちゃんをできるだけ優しく抱き上げた。
だが彼女は憎憎しげになにかを睨むだけである。いくらゆすり呼びかけようと、口を開き涎をたらし、悪夢にうなされる様な苦悶に満ちた表情を浮べて睨みつけていた。
その眼は確かな悪意を持ってして空を睨む。間に手を翳し視界が遮られようともその視線はただただ虚空を虚ろに見つめるのだ。
普通じゃあない。そう思う判断材料としては充分な状態だろう。
恐らく魔法か何かか、よくある精神攻撃系のそれだろう。
「……無駄よ、彼女は今マトモじゃない」
哀れむように、キエラが語る。
その後ろではデビル君が嫌らしい下品な笑顔を浮べ、さらにその横で不安げに彼へと寄り添うメイドさん。
玉座の人は……椅子の裏からだと動向が分からん。
「今の彼女は心がないの。思い出も感情も記憶も、殆どのものを失ってるの。いや、正確には違うわね。正確には心を最も思い出したくない記憶の中に封印したの。最も抗い難い思い出の中に沈んだ心は浮き上がることはなく、今残ってるのは最悪の思い出に浸り、そのときの感情を繰り返し自らの心を蝕む、ただ生きているだけの肉人形よ」
そこに意思も想いもなく、上書きされないから繰り返すだけ。と目を逸らし肩を抱き、悲痛にも取れる声でキエラは言った。
「ごめんなさいね。あたいとしてもここまでむごい事をするつもりはなかったんだけど……そのお姫様、直接攻撃がまったく利かなくて精神の方を攻撃するしかなかったの」
「あっそ」
説明どーも。そうやって遠回しに『お前が彼女の防御力上げたから余計ひどいことになったんだよ』と説明しなくてもいいから。へこむ。
……しかし説明貰えるのはありがたいが、なぜにそんな親切に語ってくれるんだろうね。
何か事情があるのかもしれない。彼女も哀しみ後悔しているのかもしれない。
これが彼女なりの懺悔の方法なのかもしれないな。
……なーんて、そういったことを考えると思ったかこのヤロウ。敵の事情なんて知った事か。お前のことはどーでもいいんだよ。
「どうやったらもとに戻る?」
一応聞く。自分だったら応えないがこいつらなら――
「キエラが術を解くか、時間が経つかのどっちかだ。がんばりゃ自力で戻ってくるかもしれないが、まぁ目は低いな。でも気を付けろよ、思い出に沈めばもはや毒だ。思い出に浸り溺れるほどにもとの心を歪めていくぞ。戻った時には、果たして正気でいられるかな?」
ビンゴ。
「ついでにもう一つ教えてやろう、その女には魔獣を寄生させておいた。俺の命令でいつでも皮膚を肉をハラワタを食い破り、そいつは魔獣の餌となる。つまりはテメェが助けたと思ってた事は全て無駄だったって事だ」
意気揚々とでも表現すればいいか、自分の問いにデビル君が白い目を細めて答えてくれた。にやけ、口角の上がった口は今にも笑い声を拡散させそうに震えている。
対して自分は今どんな顔をしているのだろう。
「……へぇ。ここまで知ってまったく表情を変えねぇか。ますます気に入ったぜぇ」
いや、たぶんすごい眉しかめてるよ? グラサンのせいで見えないだけ違う?
「……まぁ、呼びかけが心の奥まで響けば引き揚げる事も可能ではあるけど」
「できるもんならな。それこそ自力で戻るのと同じくらい目が低い。王子様のキスで目覚めるなんて都合のいい話、おとぎ話の中だけだ」
キエラがボソッと言うと間髪いれずにデビル君が煽りだす。
程度の低い煽りは置いといて、なるほどよくあるパターンだね。
呼びかけは……まぁ今はいいだろう。自分よかお姫様とかの方が適任だろ……んぅ?
「ま、そうことで、交渉だ」
ただの呼びかけで目を覚ますって言うことは、魔法とか魔力とかに拠らないってことだよね?
「人間、お前が俺達の仲間になればその女の事を助けてやろう。いやそれだけではない、お前が仲間になればこの戦争俺達は身を引こうじゃないか。どうだ、お前はともかくお仲間達が魔獣の相手をせずにすむのだぞ? もっと言えば俺らが捕らえている者共も開放してやろう」
つーことはだ……自分の能力効くんでない?
隙を見て試す価値はあるんでないかね。
問題はそれをいつ実行するか、だ。
「まぁお前が裏切る事もあるかもしれないから、解放した奴らには常に魔獣の呪いを貼り付けたままではある――」
「ならん」
玉座から気だるげな声が響いてくる。
同時に、デビル君が嫌そうな顔をしてその方向に目を向けた。
……あ、隙できそう。
「奴らの国も、いや、やがてはこの世のすべてを我が物とするのだ。身を引くなど、あってはならん。あまつさえ前王を渡すなど、まだ完全に王権を手に入れていないうちにそのようなことは許さん」
「……寝ぼけてんじゃねぇぞ雑魚が。お前との契約は『この国を手に入れる』ことまでだ。それなのに調子乗ってあっちに喧嘩吹っかけたてめぇの尻ぬぐいまでしてやってるんだぞ? おとなしく座ってろ」
「口を慎め若造。いくら契約者だとはいえ、いずれはこの世のすべてを手に入れる我に対しての言葉遣いは気を付けろ」
ほらきた。
ではここで自分は悠々と――
「それに、人間が欲しいと、服従させたいというのなら……力でもって従えればよいのだ」
頭上から声がする。
見上げると、先程まで玉座に座ってた人が長い杖を自分に向けて落下しているところであった。
その杖の先端は怪しく光り、今まさに魔法を発動しようとしているところなのだろう。
「食らうがいい。『幻惑の――」
「ていっ」
「ごぶっ!?」
そして自分はその杖を掴んで、そのまま彼を壁にたたきつけるのであった。
魔法使うならそんな近くに寄って来たらいけないと思うんだ。
「ぐっ」
「おっ?」
あ、消えた。
「なんだあいつは! なぜ反応できた!」
あ、デビル君の横に出てきた。
なるほど、空間移動能力持ちか。
「だから言っただろ? 花相手に圧倒した相手だ。お前程度ではどうにもならん」
花……あぁ、魔獣形態のカノンさんか。
「やっぱりこのひと学習能力ない」
「脳みそまで侵されちゃったのよ」
そしてメイドさんとキエラの無慈悲な評価である。
あぁ、玉座の人のこめかみに青筋が。
「貴様ら……王たる我を侮辱するか!」
「あたいたちがいなかったら、あんた何ができるってのさ」
「き、貴様……」
あーあ、また内ゲバだよ。
でもまぁ好都合。今のうちに。
F12『目覚めの囁き』
「起きろ、シルバちゃん」
なかなかに厨二病的な名前を付けた自分の囁きは、所詮『対象を正常な状態に覚醒させる』というシンプルな能力。ほっぺぺちぺちしながら彼女だけに聞こえるようにささやくのだ。
眠ってるわけでもないし混乱してるわけでもないため、あえてこういったなんとでも取れる名前にした。
これでだめなら、もうちょい考えよう。
「う……あ……ふえ?」
あ……ほんとに起きおった。




