102・偽物だ
とりあえず念のために数歩下がって距離をとっておこう。逃げる気はないが、同じ場所で突っ立ってとどまる気もないのでな。
しかし、おのれ薫り付き消臭剤。ラベンダーの香りなぞ二度と買ってやんねぇ。フローラルな香りとか、皮肉か。
……あ、玉座の人も奴らの近くに移動してる。いつの間に動いたんだろう?
見た感じ特にアクションを起こしていたような雰囲気はなかったが……眼中になさ過ぎたか?
「おいキエラお前人間見つけられるんじゃねぇのか!!」
「あんたほんっと人の話聞いてないわね! あたいは誰もいないのに足跡ができていくからたまたま見つけられたって言ったでしょ! ホントにいたときは焦って笑っちゃったわよ!!」
「きいてねぇよ! そういう大事なことは先に言え! くっそ! そこにいるんだろう人間! 出てこい!」
しかしいまだに姿は見つかっていないようで、デビル君及びキエラは若干見当違いの方向を見つめている。
というかキエラはそういうカラクリで自分を見つけたのか。今後気をつけよう。
あとデビル君。ブーメラン。
しかしメイドさんはともかく奴らに見えてないならまだチャンスはある。そんな訳で誰がでるか誘拐犯。
おまえらもそこで悠々と玉座に座りなおす彼を見習って元のポジションに戻りたまえ。その方がお姫様奪いやすいから。
「出てこないとこいつの細い首、このままへし折るぞ」
しかし奴はそんな自分の気持ちなど露知らず、メイドさんを降ろしながら器用に片手で袋を開けると、中からお姫様を取り出しその首を右手で掴みながらそう言った。
……まぁ、人質がいるならそうなるわな。自分は観念してその姿を奴らに晒すこととした。
といっても、パーカーフードにサングラスにと素顔は依然晒す気はないがね。
「……やっと会えたな。会いたかったぜぇ人間」
舌なめずりしながらこちらを見る誘拐犯。こちらとしたらお前みたいな変質者に会いたくなかったよ。そう思いながら自分はお姫様の様子を伺う。
幸いこちらを注視するのに夢中になって彼女の首から手は離れたが、そのまま床へと倒れ伏し――
「こんなのまで用意した甲斐があったってもんだ」
言って、奴はお姫様の頭を踏む。床に転がる彼女は縛られてこそいないが体が麻痺しているのか思うように動けないようでただ芋虫のようにもがいているだけだ。ボロボロに羽根の散っている自慢の翼からも、彼女が満身創痍である事は間違いない。
おい。さすがの自分もそれにはキレるぞ。
「足をのけてあげちゃくれませんかねぇ」
「お前の出方次第だ」
あ? 舐めとんのかこいつ。
「……そうだぞウェンズリー。あまり傷つけるな」
お、玉座の人は案外常識人枠? 言ったれ言ったれ。
ごめんね、カースト底辺とか思っちゃっ――
「よく見ればその娘、中々に美しいではないか。我が妃の一人として飼ってやろう。傷ものにするのは許さん」
……あー、まぁ、うん。
どっちにしろ現段階では許す余地はないけどね?
そんな脳みそに虫沸いたようなことを言い出す玉座の野郎を、デビル君はまるで潰れたウジ虫を見るような目で見下すのだった。
「……お前、状況わかってんのか?」
「人間についてはこれはお前たちの問題だ。私の関与するものではない。お前がそう言ったのだろう? それにそいつは敵の頭なのだろう? ならば私が扱うのが筋というものだ」
「脳みそ死んだか? これは頭であると同時にその人間との交渉材料に使うために持ってきたんだ。説明しただろうが低能。殺すぞ。何ならお前の力、剥奪してもいいんだぜ?」
邪悪な顔のデビル君と苦虫を噛み潰したような玉座の人。
まーまーなんと険悪な雰囲気でござんしょ。内ゲバはよそでやってくれんかね。
そしてここで明確な力関係というか、彼らの関係性が見えてきた。
そうかぁ、デビル君が力を与えたのか。
ま、今はいいや。そんなことより、だ。
F12『安全な加速そ――
「おっと。下手なことしようとすんなよ人間。俺たちは話をしたいだけなんだ。それにちょっとでも変なことしたら……」
彼はお姫様の頭をつま先でつんつんとつつく。
チッ、読まれてたか。目ざとい奴め。
しかしさすがに何もしないほど自分もおバカじゃないのです。
直接動くのが止められたのなら、動かないでもお姫様を助ける布石を用意しておこう。
という事で行ってきなさい。F12『ドッペルさん』
得意げな彼の表情をにらみながら自分は影に名前を付ける。
カノンさんとの戦闘時に使ったあの時と同じもの。つまりはお姫様を自動で護る影の防護壁。
これにより最悪奴らがお姫様に何か危害を加えようとしても彼女は安全……あれ?
なんで影さん窓から外に飛び出すの? え? どこいくの?
……えー。
と、自分が一人混乱していると、だ。
「まぁそのままおとなしくしとけ。マリー、任せた」
デビル君がメイドさんの方にお姫様を蹴り飛ばす。
自分の悪だくみには気づいていないようではあるが……あんまり調子乗ったことしてるんじゃねぇぞ。
「うん……かわい」
対して君はのんきだねメイドさん。
「ぷにぷに」
でも勝手によそのお姫様のおなかをごそごそまさぐるのはやめた方がいいと思う……ん?
あ、そうだ別に自分動かんでも遠距離攻撃できるじゃん。
デビル君をよーく凝視してー。F12『目からビーム』
「ま、こうくるよな」
……おう光線を事もなげに避けるなや。
ちょっち戦慄したじゃないか。
あとサングラス溶けた。穴空いた。間抜けすぎない?
……はぁ。F12『自己修復サングラス』
「なかなかいい反射神経をお持ちのようで」
「そうほめるな」
いやぁ、素直な賞賛の言葉ですよ?
ほれ賞賛ついでにもう一発。
「無駄だ」
……最小限の動きだけで避けよって。化け物か。
グラサン越しだから視線を読まれるってことはないと思うんだがなぁ。
「その程度では俺を殺すことはできねぇよ」
ほーん。そっかぁ。
「……ねぇキエラちゃん。あの人変。魔力使わないで魔法使ってる」
「人間だからねぇ……」
じゃそっちのお嬢さんはどうなんでしょうねぇ?
ということでキエラさんに恨みを込めて一発バシュッと――
「ひぇ!?」
「おお」
……バシュッと言ったところ突如彼女の目の前に出てきたいびつなクリスタルのようなものに阻まれて見当違いのところに飛んで行った。
なるほど、光の屈折を利用して防いだのか。
……本人の悲鳴とメイドさんの感嘆から察するに、彼女らがやったのではないのだろう。
となると恐らく犯人は……。
「ふむ。念のために防いだが……キエラ狙いなら別に対処しなくてもよかったか」
やっぱりお前か。
……光速にここまで対応できる。ゲーム脳的に考えるとすれば未来予知か時間圧縮か、そこらへん、かな?
さすがに五感強化とかみたいなので光速に対処するのは無理だろう。
「ちょ!? それどういう意味ですか!?」
「そのままの意味だ。テメェの身はテメェで護れ」
そしてキエラの扱いよ。
「しかし、これ以上変なことをされても困るな。おいマリー」
「なに?」
「次あいつが変なことをしたら、そうだな。腕でももいでやれ」
「わかった」
……あーそうかい。
「わぁったよ。で、お話ってなーに?」
お手てひらひらー。降参だよー。
「聞き分けが良い奴は好きだぜ」
そのニヤニヤした顔やめてくれません?
そしてその足元でメイドさんに抱えられながら転がるお姫様の体は時折痙攣し、うまく閉まらないのか口を半開きにしつつも苦しそうな表情ながら敵を憎憎しげににらみ付けて――ん? ちょっとまて何か違和感があるぞ。
「俺の名前はウェンズリー・レイ。まぁわかると思うが偽名だが、それは今は良い」
まるでお姫様の存在なぞ眼中にない、とでも言いたげな風に彼は言う。
しかしそんな事など今はさりとて、自分は彼の足元、ただ床に転げさせられているお姫様を凝視し観察する。確かに彼女はお姫様に見えるが、同時にやはり色々細かく違和感感じ取れる。
ピンクの長い髪もお姫様のものだし着ている服も確かに彼女のそれに見える。息をしてないとかでもなくきちんと胸が上下してるのが見てわかる。うん生きてる。そもそも動いてるし。
「種族は貴様の人間、そしてここにいるキエラの心霊種と同じく最上位種のひとつ混沌種の一人だ」
何がおかしい? 別にそこまでおかしな所は無いように見えるが……。
「いまは故あってこの『惑い杖』のランドールと契約をしており、この国を手に入れる手伝いをしている」
別に服がドレスでこの場にそぐわないだとかじゃない、いや、それはそれで問題だが、腕が力なく垂れてるのは状況的に仕方ないし、翼もボロボロだけどいつも通りに……おい、そういや翼だけ動きが違うぞ。
翼だけ呼吸で体が動いても微動だにしないどころか、体の痙攣にも全くの無反応で本当に体の一部のそれなのかちょっと判別つきにくいんだが……。
「ク、ククククク……しかし運命的だとは思わないか人間よ。ここに神にも並び称される三つの種族が一同に集まったのだ」
何だろうこの違和感。別に見た目としてはなにもないはずなんだが…顔もそんな、いつもは見られない憎しみとも取れる感情を表してる以外……あれ? ここでなにか引っ掛かりが……あ、ヘアピンか。
そういや朝は白かったのにいつの間にか黒になってら。
……え? なんで?
なんで効果同じなのにそこ交換したの?
いや、でもまぁそう言う事も、ある、か?
「我ら神族とも称えられる三種族は、その気になれば世界をも滅ぼせる存在なのだ」
「あ、あたい混じりっけあるから正確には違うよ。ギリギリ心霊種ではあるけど」
あと違和感といえば、そう。半開きになっている瑞々しい唇とその間から覗く見慣れた大きな牙が――あぁ、ああ!?
あぁぁ!!
「単刀直入に言おう人間! 我らのために力を貸せ! その人の身には過ぎたるその力、我らと共にきたる神との戦いの日に振るおうじゃないか!」
あー! あれお姫様じゃない! 偽物だ!
というかあれシルバちゃんだ!!
「どうだ人間! 悪い話ではないだろう? ともに世界を悪意の底から救おうじゃないか!」
「……うん? あ、ごめん話全く聞いてなかった」
自分の言葉にデビル君の顔が固まった。
え? なに? これって一体どういう状況?




