100・えんがちょ
その後、シルバちゃんとお姫様はシャドさんに背中を押されてどこかに消えていった。
曰くこれからお化粧があるので先に失礼する、とのこと。
なんでも、一応念のためと言っていたが……彼女らは状況を理解しているのだろうか?
それに付き合うスゥ君もスゥ君だけどもさぁ。化粧ってお前。
そう思っていたからだろう。シャドさんは自分の顔をじぃっと見たと思うと『こういうの昔からやってたから得意なんですよ』と言い始めた。だからどうした。
あとシルバちゃんはシルバちゃんで無駄に真面目な顔して『大丈夫です。ちゃんとやれます』といきまいていたが……まぁ、お洒落は程ほどにね
まったくのんきだなぁと思う反面、化粧とはもしや魔術的な何かがあったりするのかな、とも思ったりもした。
同時にどっかの秘境に住む民族がやるような変な塗ったくったシルバちゃんとお姫様が槍持って謎なダンスを踊る様が頭の中で展開されて非常に困った。
ま、それは置いといて。
とりあえず彼女らは去り、次いで王子様とゼノアもそれぞれのやるべきことをなすためどこかに行った。
さてさて、現在腕時計が示すは午前の7時12分。
……そろそろいきますか。
ということで、自分は予定通り一人街に、というかお城に侵入していたりする。
透明になり、足音を消して風のように街を突っ切りお城に入ったのだ。
しかしここまでくる間に見た光景はひどいものだった。外からの見てくれより断然ひどい。
雰囲気が昔行った本物の廃墟のまるでそれである。
石畳の敷かれていた道は整備のせのじも見当たらないほど荒れて、建物は崩れ、人は皆虚ろな瞳で歩いている。
地獄絵図やね。
しかしなんだろうね、ここ。なんかやたらめったらいろんなところに蟹がいるんだが。
正確には蟹のような見てくれの生き物がそこらへんを歩いていた。
ワタリガニとかそういうのかな? はたまた店から逃げ出して野生化した蟹とか。
もしくはどストレートに言うと街が汚いからでてきたごきかぶりちゃんとかドブネズミちゃんとかと同類なのだろうか。
はさみがでっかい沢蟹みたいでちょっとおいしそうって思いました。
まぁそれは置いといて。
そんな中を通り抜けて自分はお城に到着したのだ。
……ん? 街の人の救助?
無理無理無理。だって人数多いもん。
というかそれはお姫様たちの役目。
彼女らが真っ向から戦いを挑み、かつ市民を救助しおとりになってる間に敵の頭を自分が叩く。または敵さんの戦力を削る。
それが今回の作戦のような何かであります。
勝利条件は自分が頭を潰すかお姫様が正面から叩き潰すか。
そういうわけで自分の役割は後ろからチクチクとお姫様のサポートをし、お姫様の役割は自分が動きやすいようにかく乱する。ということ。
つまりまだ実質的に何も始まってないこの段階で下手なアクションを起こして自分の存在が周知される方がみんなの迷惑になるってーこった。
……まぁ、この不幸を一身に背負ったかのような彼ら彼女らを見捨てる、最終的にはそうじゃないけど今この場では見てみぬふりをするっていうのは、精神衛生的にちょっとアレだけどね。
でもほら、これは未来への投資だから。
ここで少しを救ってちょぴりの自己満足を得た後もっと救えたのにと後悔するより、先に心苦しい思いをして後から『自分はやれることをやったのだ』と言い張れるようになりたい。
……こういう事考えてるあたりやっぱりここの空気は自分の精神衛生的によくないんだろうね。
ま、そんなこんなでお城に潜入したわけです。
幸いにして門は空いていたのでそのまま堂々と正面から入り、優雅に人にぶつからんように突き進む。
そして遠くから見たきれいな外見のお城は、中は街とだいたいおなじだった。
「なんか嫌な空気」
ここに来るまでに鎧に甲冑にメイドに貴族と、いろんな人たちとすれ違ってきたけど、なんだかみんなぴりぴりして、死んだ目をしている。当たり前かもだが。
身なりこそ街の人のそれよりきちっとしているが、どこかこう、虚ろというか、ただ生きているだけというか、虐待されてる室内犬のような怯えとあきらめが全身からにじみ出ている。
というかあれだね、目がよどんで焦点が合ってない気が……いや、そんな事はどうでも良い。些細な事だとしておこう。
今はなすべきことをやるのだ。
という事で自分はお城をぶらぶらしてる。
時折あわただしく兵隊さんが駆けまわったりしてるのをしり目に、どうやって戦力を削ろうかとかを考えながらぶらぶらしてる。
一番いいのは魔獣を全部倒すことができればいいのだが、さてはて方法が思いつかない。
そもそも魔獣がはびこる言うてる割にはそんなもん影も形もないじゃないか。
うーん。
……ちなみ戦力を削る、というか敵さんをてんやわんやの前後不覚にするという観点から最初自分は武器庫とかそういうとこの銃火器を爆発させればいい感じに戦力が削れるのではないかともくろんでいたのだが……どうやらそうも行かないようで。
そもそもからしてこの世界では戦争で火薬を使うという発想が無いらしい。
ぶっちゃけだいたいが魔法を使うとかなんとか。
というよりも最も致命的なのが火薬持ってる時に炎系の魔法撃たれたら目も当てられないとのこと。そうゼノアさんが言ってた。
だから武器庫襲撃しても破壊できるのは剣やら槍やらの近接武器程度で、魔法使える兵士がいる限りあまり効果が無い。
同時に火薬なんて作るやついないとも言ってた。
そらそうか、魔法が全部解決してくれるものね。
わざわざ質が低くて制御しにくいもの作るわけないか。
でもそもそも銃というものがね、うん。
と、考えながらうろうろしていると、いつのまにか庭に出ていた。
中庭だろうか。いくつかお花も咲いているが、やはり事態が事態なので周りの兵士も雰囲気が険しい。
顔は兜でわからんがね。ちょっとかっこいい。
……でもこいつらこれから何するんだろう?
考えてみたら自分らの方に刃向けるならその矛先を魔獣とかの方に向けりゃぁいいのにね。
荒っぽいけど、せっかく助けに来てんのにさ。
そんな感想を抱きつつ彼らに近付く。
何か有益な情報でも得られないかなと聞き耳を立てるためだ。
が、聞こえてくるのはなんというかかんというか。
「こんな時に攻めてくるとかトゥインバルの野郎どもは、クソッタレだな」
「こんなところ侵略してなにがしたいんだか」
「でも、あいつらを倒そうが俺らはどうせ……こんなことしても無駄だよ」
「しかし逆らえば家族が……」
「案外魔獣を操る黒幕もあいつらかもしれねぇけどな」
この手の内容ばかりである。
そうか、家族人質にされとんのか。かわいそうに。
でもそれで味方として引き入れるって、士気とかそういうのは大丈夫なんだろうか?
そしてそんな何人かの会話を聞き、これ以上ここにいても有益な情報は得られそうにないなと判断した自分はその場を何事ともなく離れようとした。
ちょうどそのときだ。
「ギャァァァァス!!」
爆裂するような雄叫びが聞こえたのは。うるせー。
これは多分飛竜だな、うちの軍にもいるし朝飯ん時も叫んでたのを聞いたから間違いない。
あれは自衛隊の戦闘機と同じくらいの轟音だ。ほんっと、目覚ましいらずだよチクショウ。
……ん? 飛竜?
いっくら雄叫びが轟音だとして、この声の大きさは結構近くにいることになるぞ。
そして自分らの味方の飛竜がこんな近くにいたら騒ぎになっているはずだ。つまり――
「ビンゴ!」
歩いて2分、やはりいた。
大量に繋がれた飛竜達が、兵士から餌を貰っていた。
そうだよそうそう。よくよく考えたら、こっちも飛竜を持っててなんら不思議は無い、むしろ無い方が不思議だろう。
空を飛べて色々運べて、あらゆる面で活用できる。
そしてこれは自分にとっても結構都合が良い。
こいつらが暴れて手が付けられなくなったら彼らの戦力も落ち、何よりかなりの騒ぎになるはずだ。
ここが騒ぎになりゃ後ろでの作業もしやすくなるじゃろ。
……まぁ、ちょっと飛竜も目が虚ろって言うか、弱ってるように見えるが。
……うん、アレだね、きっとこれがこの種類の飛竜のデフォなんだよ。左右の目で違う所を向いてるのとかがいるのが……やっぱり違う気がする。
そしてここにも蟹はいるのな。もしかして飛龍のご飯なのかな?
……ま、いいや。考えても仕方がないし。
てな訳で、まずは手始めに自分はそこらに落ちてる石ころを確保。
そして――
「そーれ。F12『炸裂石ころ』」
石ころをを奴らの目の前で爆発させた。
煙と音と、光が走る。それだけだけど。
「ギャァァァァ!!」
すると案の定、竜達は騒ぎ出した。
一匹が騒ぐと隣も騒ぎ、さらにその隣もってな具合に一気に騒ぎがおっきくなってった。
ついでだからもう一発。
それドーン!!
「キェェェェェ!!」
騒ぎに乗り遅れた奴らの前でも爆発を起こし、すべての竜がパニックになった。
もう手はつけられまい。暴れる猛獣は手ごわいぞ。
と、してやったりとほくそ笑んでいたその時である。不意になにかの気配、もとい視線を感じたのは。
反射的に視線の方向に首を向ける。
すると視線の先、庭の向こうには、腰までかかるまるで金糸と見紛うような、ミミリィ隊長のそれとは明らかに輝きの違う黄金の髪をなびかせた長身の女性が立っていた。
というかこれ本当に髪か? 若干金属光沢が見て取れる気がする。あとこれがホンモノの金髪なら恐らくミミリィ隊長はくすんだ黄色になっちゃうね。
そして背中には白い翼がついている。一点の曇りもない、漂白剤使った後のタオルみたいなまっさらな翼である。
年齢は18くらいだろうか、どこか大人と子供の中間のような顔立ちをしてはいるが、上品な藍色のドレスに身を包み佇むその姿は今まですれ違ってきた誰とも違う雰囲気を纏っていた。
……ふむ。予想しようか。
多分彼女はエンジェルとかそんな感じの種族だろう。光魔法を使いそうだね。
よし、彼女の事はエンジェルさんと仮称しよう
で……エンジェルさんは一体なに見てんだ?
というかこんないかにもお嬢様なお方が何ゆえ竜糞の香る中庭に?
「……なんだ?」
思わずそんな言葉が口から出る。
なんなのだろう、エンジェルさんはなぜこちらをみてるのか? しかも若干微笑みながら。
まさか自分が見えてる訳ではあるまいに。
あともしかしてこの国の貴族の誰かだろうか? 戦争中もドレス着込んでお城待機とか大変だね。
あれかむしろ今だからこそ有能な騎士に粉かけようと張り切ってるのか?
よく見たら割と胸あるしそれで誘惑とか――
パチンッ! と乾いた音がした。
荒れ狂う飛竜の声と混乱する兵士達の怒声の中でもはっきり聞き取れたその音は、目の前のエンジェルさんが指パッチンをした音である。
すると瞬間、ベチャッという音と共に重たい流動的ななにかが頭に……臭い。
それはまさしく糞である。瑞々しくも汚らしい、薫り鮮やかな肥溜めに溜まる飛竜のクソだ。
……それが、頭から落ちてきた。えんがちょ。
いやこの場合えんがちょされんのは自分かはっはっは。
「てんめぇクソが! かじるぞてめぇ!!」
「あはははははは!!」
感情任せのがなり声に応えるように、上品とは言えない笑い声と乾いた指パッチンの音がこだまする。
そして自分が駆けだそうとした次の瞬間にエンジェルさんは光の粒子となって消えていった。
なるほどなるほど逃げられたか。よし、次会ったらぶん殴ろう。
そして最終的には表に出れないくらい社会的に抹殺してやる。具体的には……人前で同じ目に合わしてやる。
まったく、レインコートとゴーグルじゃなかったら愛編悲惨なことになってたよ。
うらみはらさでおくべきか。おのれ見ておれエンジェルさん。
しかしなんで自分がここにいるのがバレたのかね?
とか考えながらタオルを取り出し糞を拭ってた時である。
「貴様! 何者だ!!」
「ふぇっ!?」
いつの間にやら後ろには二十人くらいの兵士さん。
彼らは皆殺気立っておりそれぞれの獲物を構えながらこちらを睨みつけている。
え、なにほんとになんでばれてんの!?
自分特に能力解除した覚えはないんですけれどもね……うん?
あ、そうかそういうことか。なるほど君のやりたい事がよくわかったよエンジェルさん。
つまりあれだな、ここの人たちには人型に竜の糞が浮いてるように見えるわけだ。
って! 魔法はやめっ! 炎怖い雷怖い!!
「F12『加速装置ぃ』ー!!」
とりあえず選ぶコマンドは『逃げる』一択。
今はいているシューズは現在『加速装置』となり兵士達の姿はすぐに見えなくなっ……あ、やべちょ!
ミスった左足が普通のブーツのままっちょとま止まれ止まれ止まれ左側千切れる置いてかれる!!
しかも右側ホントに加速しか能力なくなって減速できない!!
まじ、ま、まってまって! くっそ! あーー!!
……それから能力を解除すればいいと気付いたのは壁を二、三個駆け上ったあとであった。
ちなみに、気付いた後にいきなり能力を解除した結果勢い余って顔面から地面に突っ込む羽目になったとさ。ああ鼻が痛い。
……ちくしょう。




