1・神様
こっからリメイク!
自分は高校生である。紛いもなく、誰がなんと言おうとピカピカのなりたて高校二年生さ。
常に若い日常を謳歌してる17歳の身長186なちぃっと、ほんとに少し背が高いだけの容姿的には微妙な青年、略して微青年。目立って悪いとこも良いとこもない。
しいて言うなら一人称が『自分』なくらいしか変なとこはない……と思う。まぁそれだけで充分アレだと思うが、別に気にしなくていいし、聞かなくてもいい。気にする所ではない。直そうと努力はしてる。全ては向かいの兄ちゃんのせいだエセ軍事マニアめ。
そしてちょっと……いや、かなりオタクのはいってる普通の人。それが自分こと長谷川 鳴海と言う人間である。
そしてそんな自分は今、非常によくわからない状況に陥っている。
「おっはよー。早速だけど私に付き合ってもらおうかな」
今、現在深夜の3時。ベッドに座る自分の目の前には美少女がいた。それだけ聞けば中々に素晴らしいシチュエーションであろうと思う。
目覚めたばかりの自分の目の前にいる彼女は、どこか幼く神秘的な、『美人』というよりも『かわいらしい』と言った形容詞がぴったりな少女である。
その二つの瞳はくりくりして鈍い金色の輝きを持ち、サラサラとした髪はカーテンの隙間から侵入する月明かりを反射し神秘的な輝きを出す。うつ伏せに寝転がりながら足をパタパタさせるその姿は、なかなかに可愛らしく邪気のない、そしてどこか優雅なものであった。
そんな少女が真夜中の自室にて自身に『付き合って』と言葉をかける。なるほど、素晴らしシチュエーションだ。憧れだね。
……その女の子が空中に浮いていなければな。
「どうした君。変な顔しちゃって」
「……なるほど夢か」
そう結論付け、布団を被り寝る姿勢に入る。
あー、もうなんだい。自分は深層心理では外人趣味を持っているのだろうか。全く17年と数ヶ月を生きていて初めて知った新事実、驚愕である。しかし明晰夢とは珍しいね。自分においてこれもまた初めての経験、明日友達に自慢しよ。
「気付いてるんでしょ。現実逃避しないの」
「黙れ」
夢の産物が何か言ってるが聞こえない。と言うか聞きたくない。と言うかできれば忘れたい。
いやね、自慢しようって思った直後よくよく考えたらこれわりかしアウトな夢なんだもん。別に自分も外人趣味が嫌って訳ではない。が、しかしだ。外人幼女趣味はないだろうに。
「おいコラなにが幼女趣味がないだコラ。現実見ろ現実。あとそれ三回目だからいい加減怒るよ」
そんな言葉と共に小さな右手で顔を掴まれ、そして頬骨から何かが軋むような音がする。そうまるで万力で顔を潰されるような――
「痛いですごめんなさいアイアンクローやめてくだい話聞くから」
「わかればよろしい」
さて、ここは先ほどのとおり自分の部屋。――の、ベッドの上50センチくらいの場所に奴が浮いている。なぜかはわからない、が目の前の女は空中に浮いているのだ。
そりゃあそんなんなったら現実逃避の一つや二つしたくもなるわい。しかしだからと言って本気で二回も眠った自分は自らが不思議でならないけどね。
まぁ今更か、食欲と睡眠欲だけは人一倍あるし。
んで、自分の目の前でムフフと妖しい笑みを浮かべる金髪の少女、彼女はなんと神様らしい。二回目に眠りに落ちる前に言ってた気がする。だから自分を浮かばせて自らもプカプカやってるんだと。
あ、ちなみにこいつに名前は無いらしいよ。これからもつくことはないらしい。なんでだろうね。
「神様だからね。仕方がないよ」
「うっせ、人の思考に介入すんな変質者。そもそもからして今何時かわかっとんのか。3時よ3時。神様だかなんだかわからんが自分は早く寝たいんじゃ。だから帰れ」
「やだ」
「やだってお前」
「だってここで帰ったら来た意味ないじゃん」
頬を膨らせいかにも『怒ってますよ』とアピールする姿は実にあざとく、しかし悲しい事に非常にかわいらしく見える。もう一度自分は自らの趣味を見直すべきかもしれないね。
……ん? おいどうしたお前、ちょっと待て人の机から何を――おい、お前辞書なんか持ってどうするつもりだおいなに振りかぶってんだおい、おいやめろおい! やめてください!!
「天誅!!」
「うごぁ!?」
うおぉぉぉ……あ、頭を……角がぁ……。
「お、鬼か貴様は……」
「だから神様だってば」
だからもうそれは……いや、もういいや認めよう。お前が神様だと。で、それを踏まえてだ、もう疲れたから早く話を終わらせようということで自分はさっくり要件を伺う。
「……で、その神様がなんの用ですか」
「うん、君にこの世界からサヨナラして貰うためにきたの」
するととんでもない答えが返ってきた。
「……は?」
「君にこの世界からサヨナラして貰うためにきたの」
いやそでなくて、ナゼに? というかなに、サヨナラって、なに、自分死ぬの? さようなら現世こんにちはあの世ってか? なんでさ、理不尽、余りに理不尽。
そうか、これは夢だな、うん。
「違うよ、あれさあれ、あの俗に言う別世界とやらにいってもらうの」
あぁ! なるほど中二病こじらせた方の夢か!!
「ちがうっつの」
「ふべっ! 辞書を落とすな!」
「まぁとにかく、君には旅立って貰います。というかこのままこの世界にいても君の存在無かった事になってるし」
「おいいまなんつった?」
「そんでその上で、君には特殊な能力を付けておきます。あと魔物とかのいるよーなRPGな世界だし違和感はないよ」
無視か、シカトか、知らんぷりかばかやろう。そして能力ってなんだばかやろう。たったと教えろばかやろう。ついでにもひとつばかやろう。
「……次、鼻にいく?」
「すいません、ごめんなさい、調子乗りました謝りますから辞書仕舞ってください」
「ならいいけど、次ふざけたら鼻の骨へこますよ?」
……ホントにやりそうだから困る。
「じゃあ続けるけど、さっき言った特殊な能力だけど」
あー、なんか『異世界』と『特殊能力』と言う二つの単語が組み合わさるとなんというかワクワクする。もうこの際そのワクワクに身を任せたほうが楽かもわからんね。もうなんか、後戻りさせてくれなそう――
「平たく言うと『名前をつけて保存』ね」
……は?
ごめん理解ができない。なにその謎能力。もっとこう、サイコキネシスー、とかみたいなわかりいいのは……
「ちょっと詳しく説明すると、物の特性を変える能力。例えるならプログラムとかだとわかりいいかな。あるプログラムのソースをいじくって別のものに作り変えて保存する。『電卓』っていう四則演算しかできないプログラムがあったらそれを改造して『関数電卓』を作成する。同じように、『銀玉鉄砲』の特性を弄って『|88mm野戦高射砲《アハト・アハト》』とすることもできる。まぁ弄れるのは中身だけだから、見てくれは変わらないけど、威力や性能は変化するのさ。理解した?」
……えっと、それってつまり、えー。
「……物質に対してチートコード当てて思い通りにできるって、こと?」
「そ。君自身以外の生き物を除いてね」
「なんでも?」
「なんでも」
「ていうかこれなら上書き保存ではないか?」
「んな細かい事気にしなくても。しいて言うなら能力を解除したら基の特性に戻る、名前をつけたデータを消しても基データは残っているからかな」
へぇ……結構凄い、と言うか文字通り非常にチート的能力ではないか。
「つまりいまここで自分が目からビームを出そうと思えば出せるわけか」
「そ。君自身の肉体情報、または特定の行動に対して能力を発動させればね。だからホラ」
そう言って奴は微笑みながら指を鳴らす。パチン言う乾いた音が夜の静寂の中に響き視界の端に映るタンスがふわりと宙に……ふわりと!?
「サイコキネシスみたいなわかりいい能力も再現可能なの」
ニコリと笑うその顔は、イタズラを成功させた子供のような顔だった。
やってる事は洒落にならんがね。タンスってお前。
「で、早速準備なんだけど、まずこの部屋の荷物持ってこうか」
言いながら、奴は両手をバッと広げる。自分が見渡すとそこにはタンスに机、パソコンや本などなるほど自分の部屋である。
「この部屋の物を全部リュックに詰めろとな?」
さすがに睨む。しかし悲しきかな、自分の目は優しく柔らかい慈愛に満ちたタレ目であり、威力はない。むしろ笑いかけてるように見えるらしい。
「むふふ……そこで君の超能力だよ。ここらのもの全部、異空間に押し込みましょう」
「……どうやって?」
冷ややかな視線を送るが、迫力はないのはわかっている。対して奴は自信満々に佇みながら言うのである。
「簡単さ、君の影をただの『影』から『無限収納できる影』すればいい。 大丈夫、君に与えたチカラはすでに魂に根を張った。身体はまだぎこちなくとも、魂が使い方を知ってるさ、っと」
そして奴は言いながら、宙に浮くタンスをこっちの方に――あ、やな予感。
「さあ、やってみよう。よっと」
まるでバスケットボールを投げるように軽く、奴はタンスを放り投げる。
まっすぐこちらに飛ぶタンス、奴の憎たらしいどや顔。
「――――っ!!」
そして声にならない自分の悲鳴。
自分は顔を青くして、頭を守りながらベッドの上からなりふり構わず転がるように落ちて逃げる。
そして頭を抱えたまま数秒、自分はその異変に気づいた。
おかしい。なぜタンスが飛んできたのになんの音もないのだろうか。
疑問が湧いた瞬間、プレイリードッグよろしく自分は急いで立ち上がり部屋を見渡す。するとそこはタンスがなくなっただけのいつもの慣れ親しんだ自分の部屋だった。あと自称神様。
「どう、わかった? タンスは君の影に入ってしまったのさ」
ニヤニヤしている自称神様。対して自分は体中から汗が吹き出て心臓がバクバク言っている。
が……それ以上になにか、こう。自分のなにかが変わった気がした。具体的にはわからんがね
「……なんとなく、ね」
自分はそう言って近くにあった机に右手を翳す。
すると右手の影に触れた筆記具が、ズブズブと沼に沈むように消えていく。それを見ながら自称神様がにんまり笑う。
「いいねいいね。ちなみにそれ、出したいなら影に手を突っ込みゃいいよ。小型なら手のひら握ったら中に出るのもあるかもね。てな訳で、お掃除開始!!」
その言葉を合図に嬉々として跳ねるように机やらベッドやらを自分の影に放り込み……あんまこいつに逆らわないようにしよ。
そして数分後、主に自称神様の働きによりものの数分で自分の部屋は物がなくなった。
「……すがすがしいね、こうなると」
「でしょ」
皮肉だよ。
「ま、とりあえずこれで荷造り完了ね。さぁ、旅立とう」
「……はぁ。いや疲れたから少し休まして。というか、今更だがなんで自分なん?」
「それはいえない」
は? 意味わかんない。
そう思いながら怪訝な顔をしていたのだろう、自らの眉間に皺がよるのがわかったと同時に目の前の美少女がイタズラっぽく笑いつつ、そっと人差し指を自分の唇に当ててきた。
「『たまたま君が素養持ってたから。素養あったら誰でもよかった』今はそういうことにしておきましょう」
その表情に自分は思わずドキリとした。実にあざとくかわいいと素直に思える行動だが……やっぱ趣味見つめなおしたほうがいいなこれ。
とか考えてなるべく覚めた目で奴を見下してるうちに、唇に触れていた人差し指が未だに皺のよっている眉間へと移動する。
「て、な、わ、け、でっと」
そしてトンッ、と触れると同時になぜかバランスが崩れ、自分は後ろに倒れこみ、そしてそのまま――視界に青が広がっていた。街のそれより汚れていない、澄み渡った空の青が。
「……は?」
思わず間抜けな声が出る。そ見ると見慣れた部屋の中、自分の真後ろの空間に大きな穴がぽっかり開いている。それを見るやいなや、世界が視界が自分自身が、ひどく緩慢で、スローに感じる。なるほど、これが走馬灯か。
「君がそこでやる事は主に私の与えるクエストをこなす事。なぁに、ゲームのそれと同じように考えればいいさ」
楽しそうな声が聞える。スローではなく、普通に……あ、もしかしてこのスローあいつの仕業か!?
「そしてそれ以外は自由でいい。全ては君の自己判断。さぁ、歓天喜地の桃源郷か奇々怪々な人外魔境か。それを決めるのは君自身さ」
「お前は来ないのかよ」
喋ってみると、意外と普通に声は出た。ただ状況が状況なので、震えてるようには自分でも感じる。
「行かないよ。少しくらいのサポートはするけど、それじゃ意味がないからね。がんばって成長してくれたまえ」
「何を言って……」
「さぁ――まずは最初のクエストだ」
パチン、と指がなると同時に重力が体にかかる。視界にはただ、青い空と緑の地上と、暗い月明かりの照らす見慣れた部屋の一部分。そして――
『そこで生きて、そこで死ね』
その言葉と同時に、自分は地上へ堕ちていく。
最後に自分が見たものは、自称女神の実に嬉しそうな笑顔であった。