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World chronicle  作者: 葵鏡
9/23

エトランゼ

 生体端末機の調整を済ませた翌日。

 朝食を摂り終えた薫と光は、食器を片付けるとWorld chronicleを早くプレイしようと両親を急かす。

 洋一と杏子もキャラメイクを済ませたのみだったので、食事を摂り終え食器を片付けてから薫と光と共にゲーム専用部屋へと移動する。


「準備は良いか?」


 オンラインゲーム専用に組み上げたPCを起動させ、生体端末機にそれぞれの生体端末を接続した事を確認した洋一が声を掛ける。

 確認に皆が頷くのを見て、洋一はWorld chronicleを起動させる。

 ソフトの起動に合わせて生体端末機が、それぞれの生体端末をWorld chronicleと同調させる。


「薫ちゃん、昨日見たのと違う映像が出てるよ」


「ホントだ。なんだろう、これ?」


 World chronicleが起動すると同時に映し出された映像は、先日には見た事のない映像だった。

 映し出された映像は、『友人、恋人、家族、夫婦、親子』と同時に接続されているプレイヤーの関係を示す選択肢だった。

 薫と光は先日プレイヤー登録をした際に『兄妹』として登録しているので、洋一と杏子との関係を選択する必要があるようだ。

 洋一はキーボードを操作して家族を選択し、個別設定で杏子との関係は『夫婦』、薫と光は『親子』を選択する。

 登録が完了すると同時に、思考制御モードへと完全移行してゲームがスタートされる。





 洋一と杏子が選んだスタート地点は、子供達と同じく鉱山都市【ディアラスタ】だ。

 選んだ理由は単純に子供達と一緒に遊びたいからなのだが、それ以外にもディアラスタが最適であったのも選んだ要因の一つだ。

 ゲーム開始時点で選べる都市は鉱山都市【ディアラスタ】、海洋都市【シースティア】、森林都市【フェスティール】の三カ所だ。



 都市ごとに特色があり、ディアラスタは鉱山から採掘される良質な鉱石を用いた武器や防具が有名だ。

 シースティアは交易品や特産品である真珠を使った装飾品が有名で、一部の装備品の素材となっている。

 フェスティールは森林地帯でしか採れない希少な薬草の薬品が特産品で、ここでしか購入が出来ない貴重な薬品などがある。

 それ以外にも、狩猟によって得た毛皮を用いた装備品もあり、それらの装備品は他の都市では見掛けられない物らしい。



 二人がディアラスタを最適だと判断したのは、良い装備品が早い段階で入手できるからだった。

 World chronicleはキャラクターの能力値が解らない仕様となっているが、それは装備品についても同様である。

 その為、武器や防具に関する情報が重要視されており、昨日が稼働初日に関わらずスレッドが数多く立てられていた。

 それらの情報をまとめると、良質な鉱石が採掘出来るディアラスタの装備品が一番良いと現時点での共通認識となっている。

 鉱石そのものは各都市にも流通されてはいるが、どうしても絶対数が違うため、品数に差があるようだ。

 それに加え、販売されている同一アイテムの値段も都市ごとで違うらしく、一般的なゲームとは仕様が異なっている。

 この辺りも謳い文句となっている『もう一つの現実世界』と言うことなのだろう。



 洋一と杏子が昨日作成したキャラクターでWorld chronicleの世界に降り立つ。

 昨晩、子供達から聞かされていた内容とは若干異なり、二人の眼前に一人のNPCが立っていた。


「ようこそ、World chronicleの世界へ。ここでは、この世界で暮らしていくための知識を覚えていただきます」


 どうやらゲーム開始時に訪れるチュートリアルのようだ。

 二人の目の前に立っているNPCはゆったりとした若草色のローブを纏った女性で、長い藍色の髪が印象的な人物だ。


『お父さん達、今どこに居るの?』


 二人がチュートリアルを受けようとした矢先に、カヲルからプライベートチャットが届く。

 どうやら眼前の女性はその事を理解しているようで、所要時間は十分ほどだと二人に教えてくれた。


『お父さん達は今、チュートリアルを受けようとしているところだ。十分くらい掛かるそうだから、二人は先に遊んでおいで』


『うん、解った。ミツと何かクエストをやってくるから、終わったらまた連絡するね』


 そう言ってカヲルとのプライベートチャットを終了すると、眼前の女性が『良いお子さんですね』と声を掛けてくる。

 どうやらゲーム開始時に登録した情報が反映されているらしく、相手が誰かも理解していたようだ。

 二人は自分達の子供が褒められた事に礼を述べるとチュートリアルを受ける事にする。



 チュートリアルの内容は他のゲーム同様、この世界での生活についての事と戦闘に関する事だった。

 プレイヤーが最初に降り立つ場所が“転移の神殿”と呼ばれる場所で、そこから冒険者ギルドで冒険者登録を済ませる事。

 冒険者ギルドでは各種クエストが受注でき、これらを解決する事で収入が得られる事。

 クエストは冒険者ギルド以外でも発生する事があり、クエストを解決していく事が基本的な生活となると教えられた。

 戦闘に関しては子供達から聞いた通り、エフェクトで残り体力が大まかに解るようになっており、感覚的にも判断が付く事。

 倒したモンスターからは素材が入手出来る事もあり、それらを使い装備品や消耗品を強化、作成が出来る事を教えられる。


「チュートリアルは以上となります。何かご不明な点はありますか?」


「今のところだと一点……いや、二点か。今さらなんだが、まだ君の名前を聞いてなかったね。このキャラの名前はオーシャンで、そっちが」


「アプリコットです」


 女性の質問に洋一と杏子、オーシャンとアプリコットが自己紹介を兼ねた質問を返す。


「私の名前はディアと申します。ここでしかプレイヤーの皆様と接する機会がないので、私の自己紹介は不要かと思っていたのですが……」


 二人に名前を聞かれたディアがそう答える。

 正式稼働してから幾度となくチュートリアルを行ってきたが、自身の名前を聞かれたのは初めてだとディアが嬉しそうに話す。

 そんなディアにアプリコットが例えチュートリアルだけの関係とはいえ、自己紹介は大切だとディアに話す。

 オーシャンも同様に、名前があるという事は名前を付けた開発者も、ただのプログラムだとは思っていないのだろうと言葉を続ける。

 二人の言葉にディアが目を見開くと、これからは自己紹介をしていく事を他の姉妹にも伝えると話す。

 ディアの姉妹という言葉に二人が顔を見合わせていると、開始時点の都市ごとに担当者が違う事を教えてくれる。


「まさに、一期一会ね」


 ディアの言葉にアプリコットがそう呟く。

 一人のキャラクターしか所有できないWorld chronicleでは、他の担当者に会うためにはキャラクターを作り直すしかない。

 その事を考えると、チュートリアルだけでしか会う事が出来ない彼女達に対する開発者達の拘りが伺える。

 こうして話していると、目の前に立つ女性がAIである事を忘れそうになるどころか、二人はすでに一人の人物としてディアを認識している。

 チュートリアルが始まった時点と今だけでも、仕草がより自然なモノになっている事が要因なのだが、それよりも受け答えが滑らかなのだ。

 これまで二人が体験したゲームに登場するAI搭載型のキャラクター達とは雲泥の差で、技術の進歩を実感せずにはいられない。


「自己紹介も済んだところで残る疑問点なんだが、プレイヤーが出来る事は、ゲーム内ではどういう扱いになるのだろう?」


「内部パラメーターに関するので詳しくは申せませんが、料理などでしたら自動でスキルを習得する事になります」


 ディアの説明から。どうやら現実世界での感覚とほぼ同じ事が出来るようだとオーシャンは認識する。

 とは言え、これらの事はゲームの進行に対しては大きな影響は無いのでディアは答えてくれたのであろう。

 その証拠に、料理に関してゲーム内にのみ存在する食材もあるので、書物などで調べる必要がある事も教えてくれた。

 その事から、ゲーム内に料理のレシピに関する資料がある事が想像できる。


「ありがとう。聞きたい事は以上だ」


「そうですか。それでは、お二人をディアラスタの【転移の神殿】へとお送りします。良き旅を」


 お礼を述べるオーシャンにディアが柔らかく微笑むと、二人を転移の神殿へと転送する。

 二人の足下に魔法陣が現れ、天へと伸びる光の柱に包まれた二人が転送される。





 光が消えると目の前には子供達から聞いた通りの光景が現れた。

 まさに大聖堂と思われる光景に二人は感嘆の声を漏らす。


「子供達から聞かされて、どんな場所かと気にはなっていたが、これは凄いね」


「えぇ、現実の光景を見ているかのような自然な出来映えに驚くばかりね」


 このままずっと眺めていたい誘惑に駆られるも、ゲーム内に居られる時間に限りがあるので、二人は冒険者ギルドへと向かう事にする。

 景色を堪能しながらギルドへと向かう途中、アプリコットの視界に気になる光景が映った。

 それは、どこか途方に暮れた様子をした白いローブ(外套)を着た長い黒髪の少女で、辺りの様子を不安げに眺めている。

 アプリコットの様子にオーシャンもまた、その少女の姿を見付ける。

 少女の様子が気になったアプリコットがオーシャンへと視線を向けると、思いを察したオーシャンが頷きを返す。

 オーシャンの同意を得、二人は少女の元へと向かう。


「こんにちは、何か困り事?」


 深紅のレザーアーマー(皮鎧)姿のアプリコット(女性)に話し掛けられた少女は身体を強ばらせると、視線を不安げに彷徨わせる。


「驚かせてごめんよ。困っているようだから声を掛けたのだけど、良かったら小父さん達に話してくれないかな?」


 そう言って、藍色のローブ(外套)姿のオーシャン(男性)が少女と同じ目線で安心させるように笑顔を見せる。

 二人から心配されているのだと悟った少女は視線を真っ直ぐオーシャンへと向けると、自身の状況を二人に説明する。


「……なるほど。お兄さんと一緒にプレイするために初めてログインしたのは良いが、開始地点を間違えて離ればなれになってしまったのか」


 少女の説明にオーシャンがそう呟くと、心細い中よく頑張ったねと少女を労る。

 オーシャンの言葉に少女は表情を崩すと嗚咽を漏らし、その姿を見たアプリコットが少女を優しく抱きしめる。

 アプリコットに抱きしめられ優しく背中を撫でられていく内に、少女が落ち着きを取り戻していく。


「落ち着いた?」


「はい、ありがとうございます。生体端末使用のゲームって、生まれて初めてで……」


 少女の言葉にアプリコットとオーシャンが顔を見合わせる。


「ひょっとして、君はこの春から中学生になるのかい?」


 オーシャンの言葉に少女が頷くと、二人はこれも何かの縁と、自分達と行動を共にしないかと提案する。

 別の町に居る少女の兄がいつ合流出来るのかが不明である以上、心細い思いをさせる訳にはいかない。

 自分達では気を使わせるかも知れないが、子供達となら仲良くできるのではないか?

 そう言った考えもあっての提案だ。


「見ず知らずの私が一緒でも良いのですか?」


「勿論。初めてで困っている子供を独りきりにしたくはないしね」


「今は別行動をしているけれど、私達の子供達があなたと同じ歳だから、後で紹介してあげるわね」


 二人の申し出に恐縮気味な少女の言葉に二人が好意的に答えると、少女は『よろしくお願いします』と言って頭を下げる。


「こちらこそ宜しく」


「そう言えば、あなたの名前をまだ聞いていなかったわね」


「あ、私の名前は天祢紫織(あまね しおり)って言います」


 少女の自己紹介に、二人が一瞬だけ呆気に取られた表情になる。


「えっと、それってあなたのリアルの名前よね? 今聞いたのは、そのキャラクターの名前なんだけど……」


「自分の名前を含めた個人を特定できる情報は、ゲーム内では簡単に教えない方が良いから、今後は気をつけた方が良いよ」


 すんなりと自身のリアルネーム(本名)を教えてしまった少女にオーシャンが注意する。

 この手のゲーム自体が初めてだと先ほど聞いてはいたが、個人情報に関する注意を受けていなかった事に二人が危機感を覚える。

 その辺りの事もこれから少女に教えた方が良いと考える二人に少女は改めて自己紹介をする。


「このキャラクターの名前は、アリスです。改めて、よろしくお願いします」


 そう言って、少女は二人に頭を下げるのであった。





2012年11月12日 初投稿

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