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World chronicle  作者: 葵鏡
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ログアウト

 ゲーム内からログアウトした薫と光は、初めて経験する生体端末使用のゲームを終えて、体調に違和感がないか涼子に訊ねられていた。

 二人は特に違和感を覚えてはおらず、筐体に搭載されているプレイヤーのコンディションチェッカーも、異常なしを示している。


「うん、二人とも異常は無さそうね。もし後で体調不良を感じたら、我慢せずにご両親に話して、病院に行くのよ?」


 そう言って、涼子が二人の体調を気に掛けると、二人は涼子の気遣いにお礼を述べる。

 その様子を見ていた浅倉が二人に自宅まで車で送ってあげると申し出ると、二人はそこまでして貰う訳にはと慌てた様子で答える。


「僕の一存で君達をテストプレイヤーにしたからね。その件で、二人のご両親に説明をしないと駄目だからね」


 浅倉にそう説明された二人は、そういった事情があるのならと浅倉の申し出を受ける事にする。


「それじゃ、涼子ちゃん。僕は二人を送ってくるから、後の事は頼むね」


「解りました。それじゃ、薫ちゃん、光君、またね」


 浅倉から後を任された涼子が二人に笑顔で手を振ると、二人は改めてお世話になった涼子にお礼を述べてから浅倉の後を追う。

 テストルームから薫達が去った事を確認した涼子が、改めて先ほど使っていたPCで二人のログを確認する。


「浅倉さんから仕様を聞いた時はどんな冗談かと思ったけど、確かに二人の行動に合わせて、データが調整されているわね……」


 画面に表示されているデータの内容が示す事実に、涼子の表情が真剣なモノに変わる。

 涼子はログのバックアップを秘匿ファイルに保存すると、パスワードを掛けてから元のデータを消去する。

 この件に関しては浅倉が戻ってきてからの指示待ちなので、涼子は自分が抱えている他の案件を処理するべくPCをシャットダウンさせる。

 PCの電源が落ちた事を確認し、テストルームの照明を落として涼子も開発室へと移動する。

 これから薫と光の二人がどのような行動を取り、その行動がどのような影響をWorld chronicleに及ぼすのかを考えながら。





 浅倉に付いて地下駐車場まで来た薫と光は、浅倉の指示でインフィニスト社のロゴが描かれた青の社用車へと乗り込む。

 二人がシートベルトを着用した事を確認し、自身もシートベルトを着用してから車を発車させる。

 キャラクター作成時に登録した住所は既に入力済みで、浅倉はナビの指示に従って車を運転する。

 今の時代、電気自動車が一般的に普及されており、浅倉の運転する社用車は最新型の電気自動車だ。

 静かなモーターの駆動音をBGMに、浅倉は二人にWorld chronicleを初めてプレイした感想を訊ねてみる。


「ステータス画面を見て思ったんですけれど、このゲームって、能力値は未表示なんですね」


「あ、あたしもそれは気になってた。浅倉さん、どうして能力値の傾向をキャラメイクで決めたのに、能力値の表示が無いんですか?」


 二人の質問に浅倉は微笑むと、二人に自身の身体能力を客観的に認識できているかを逆に質問で返す。

 その言葉に薫は難しそうな表情になるも、光は浅倉の言いたい事をすぐに理解できた。


「World chronicleはもう一つの現実世界だから、能力を確認する事が出来ない?」


「当たり。ま、ダメージ判定とか装備品を装備できるかを判断するために、内部パラメーターとして存在はしているけどね」


 正しい答えを導き出した光に浅倉が笑ってそう説明する。

 理由としては浅倉が説明したとおりだが、それ以外にも能力値だけを重要視するプレイヤーが現れる事を考慮しての事でもある。

 もう一つの現実世界を謳ったゲームが数値で全てを推し量られるのは本末転倒だ。

 その為、プレイヤー側からは能力値やダメージソース等は見られないように調整がされている。



 戦闘時に自身の残り体力が解らないと、引き際が見定められないという問題があるが、これはエフェクトで判断出来るようにされている。

 攻撃を受けると光の粒子が漏れだし、その色によって残り体力が大まかに解るようになっている。

 最初は青い光の粒子が漏れ出すようになっており、次いで黄色、赤と信号機のように危険度を示している。

 瀕死状態になると視界の縁に、赤い霧のようなモノが現れもう後が無いことをプレイヤーに知らせる。


「それ以外にも、キャラクターの反応速度が低下していくから、感覚的にも判断が付くと思うよ」


 今度ログインした時にでも確かめてみると良いよと、浅倉が二人に話す。

 浅倉のサポートで被害が無かった二人は、今度ログインした時にでも試してみようと考える。

 お喋りをしている内に、二人の自宅付近まで辿り着いた浅倉は近くの駐車場に車を駐めると、二人に自宅へと案内して貰う。

 浅倉が訪ねてる事は前もって薫から連絡して貰ったので、二人の自宅に到着した浅倉はすんなりとリビングへと通された。


「初めまして、インフィニスト社ゲーム開発部所属の浅倉と言います。この度は、突然の来訪となりました事、申し訳ありません」


 在宅していた薫と光の母親に名刺を渡しながら、浅倉がそう話す。

 二人の母親である杏子(きょうこ)は浅倉より少し年上のおっとりした人物で、突然来訪した浅倉をにこやかに出迎えてくれた。

 杏子の旦那で二人の父親である洋一(よういち)は所用で外出しているそうなので、話は自分から伝えておくと杏子が話す。

 浅倉は杏子に二人がテストプレイヤーとして登録された経緯を説明すると共に、二人にテストプレイヤーとしての注意点を説明する。


「本当はテストプレイヤーとして登録する前に説明する事なんだけどね」


 そう前置いてから浅倉が二人に話した内容は、テストプレイ時に見付けたバグの報告とログイン情報が個別に保存される事。

 一般プレイヤーに対して、自身がテストプレイヤーである事を話してはならない等の守秘義務に関連した事。

 それらについて浅倉が説明をするも、二人が思っていたよりも緩い規則に、それだけで大丈夫なのかと二人が逆に心配する。


「テストプレイヤーである事さえ漏らさないでくれたら、後は一般プレイヤーと条件は同じだよ」


 浅倉はそう言うと、他のテストプレイヤーと出会った時にアナウンスが入る事くらいが、一般参加者との違いかなと付け加える。

 気になった薫が他のテストプレイヤーは何名ほどいるのかと訊ねると、現状では五名ほどが本稼働後に参加していると説明する。

 ゲームシステムを知らないテストプレイヤー達は、ゲーム開発部の面々が個人の伝手で集めた面子で人数は少ないとの事。

 インフィニスト社に関係のないテストプレイヤーは十名ほどしかおらず、残りの半分はテスト終了時にキャラクターを削除しているそうだ。



 浅倉の説明に薫と光は、World chronicleで遊んでいれば、いつか出会うであろう他のテストプレイヤー達の事を思う。

 どんな人達で自分達と違い、どのようにWorld chronicleの世界を見ているのか?

 World chronicleを遊ぶ楽しみがまた一つ増えた事に、二人は喜びを感じる。


「それでは、そろそろお暇いたします。薫ちゃん、光君。何か困った事があれば、僕か涼子ちゃんに相談してね」


 そう言って、薫達に見送られて浅倉は帰っていった。

 杏子は二人に良い人と知り合えて良かったわねと、浅倉に好意的な態度を示す。

 二人はゲーム中、浅倉に色々と良くして貰った事を話すと、話の続きはお父さんと一緒に聞くからと言って、杏子は晩ご飯の支度をする。

 今日の献立は煮込みハンバーグのパスタと、野菜サラダにコンソメスープだと聞かされ、好物がある事を薫が喜ぶ。


「薫ちゃん、喜ぶのは後にして、お母さんのお手伝いをしなくちゃ」


 そう言って光は薫を窘めると杏子の手伝いをするために自分と薫のエプロンを取り出してくる。

 光から手渡されたエプロンを付けると、薫は光と作業を分担して杏子の手伝いをする。



 晩ご飯の支度が終わる頃になって洋一が帰宅し、家族そろっての晩ご飯となり、薫と光が今日の出来事を両親に話す。

 二人の話を聞きながら杏子は運が良かった事を喜び、洋一は謳い文句通りのWorld chronicleの世界に関心を示す。


「しかし、二人の話を聞いていると、NPC達は個別でAI管理されているようだな……」


「その上、クエストが途中分岐するなんて、自由度が高いのね」


 それぞれが思った事を述べる。

 公式サイトの情報の少なさと合わせて考えると、World chronicleには既存のゲームとは違った要素が他にもまだありそうだ。

 AIによる完全制御のため、人が管理するのと違い昼夜の別なく対応が可能だろう。

 ひょっとすると、リアルタイムで各プレイヤー毎に対応している可能性もありそうだ。


「そうだ。二人共、生体端末機を買ってきてあるから、後でセットアップ作業をしておこうか」


「本当!? お父さん、ありがとうっ!」


 洋一の言葉に、薫が満面の笑みを浮かべて喜んでいる。

 光も薫ほどではないが、同じように嬉しそうな表情を見せており、二人の様子を杏子が微笑んで見ている。

 食事を終え一息ついてから、洋一が薫と光の生体端末機のセットアップを始めるために二人を連れてゲーム専用の部屋へと移動する。



 近所迷惑にならないよう、防音処置が施された部屋には様々なゲーム機が置かれている。

 薫と光も幼い頃からこの部屋で様々なゲームをプレイしており、休日は家族で遊ぶ事も少なくない。

 洋一が購入してきた生体端末機は箱から取り出されており、PCと接続済みだった。

 プログラムも既に入力済みのようで、後は薫と光の生体端末を登録してWorld chronicleとリンクさせれば作業は完了である。



 洋一が購入してきた生体端末機は入力ポートが四つ付いている標準型で、家族全員で一度に遊ぶ事が可能である。

 登録画面を確認すると、既に洋一と杏子の生体端末が登録済みで、World chronicleのアカウントも取得済みだ。


「お父さん達は、World chronicleのキャラメイクは終わっているの?」


「いや、アカウントを取っただけだな。キャラメイクは後でするつもりだ」


 薫の質問に洋一が答えながらキーボードを操作して二人の生体端末を登録していく。

 作業は十分少々で済み、World chronicleにログインできるかをチェックして作業は終了する。


「これで登録完了だ。今日はどうする? もう一度ログインして遊んでくるか?」


「ううん。お父さん達がまだキャラクターを作っていないのなら、それが終わってからにするよ」


「僕達は先に楽しんできたからね」


 訊ねる洋一に二人はそう答えると、今日は色々あったから早めに休む事にすると告げる。

 薫が先にお風呂に入ると言って着替えを取りに自室へと戻り、光は薫が上がるまでの間リビングでテレビを見ると言って移動する。

 親に気を使った子供達の優しさを嬉しく思うと、洋一は杏子を呼んで早速キャラメイクを始める事にする。

 ただし、ゲーム自体は子供達と一緒に遊ぶ事にして、今日の所はゲーム内にはログインしない予定だ。



 洋一と杏子はキャラメイクをする前に、掲示板に情報が上がっていないかを確認する。

 稼働したばかりのゲームだが、幾つもの情報が書き込まれており議論も飛び交っているようだ。

 情報の中には、薫と光が体験したクエストの途中分岐に付いての考察や、NPC達の自然な振る舞いに対する感想などが書かれている。

 それらの情報を元に、二人は自分達のキャラクターの方向性を考えながらキャラメイクを続けていく。

 二人の作業は薫と光がお風呂から上がり、二人に就寝の挨拶をするまで続けられていた。


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