裏クエスト
【マイニングラビット】
山岳地帯に生息する気性の大人しい重歯目に属する動物。
食性は草食で、希に昆虫を食べる事もある。
餌場近くのひっそりとした所に巣を作る習性があり、縄張り意識が低く、群れでコミュニティを形成する。
丸い体躯に濃い茶系の毛をしており、他に灰色や白い毛並みの個体も存在する。
毛皮は防具などに利用される他、食用としても山岳地帯では重宝する。
普段は人里近くには現れないが、多数の姿が目撃される場合、凶暴なモンスターが付近に居る可能性が高いため注意が必要。
読み終えた書物を閉じて、ミツが一息つく。
あの後、マイニングラビットを狩ることが出来ないと判断した二人は、このままではクエストをリタイヤするしかないという事態に直面した。
カヲルはどうにかクエストを続行する手段は無いのかミツと相談するも、自身はこれといった有効な手段は見出せないでいた。
それとは対照的に、ミツはステータス画面を呼び出すとクエストの内容をもう一度確認している。
「ね、カヲルちゃん。一つ気になる事があるんだけど」
ミツの言葉にカヲルが何か気付いた事があるのか訊ねたところ、ミツはこのクエストの目的が『駆除』である事を指摘する。
カヲルはその指摘に、それがどうかしたのかと不思議そうな表情でミツに説明を求める。
「うん。駆除ってね、別に狩ったりして数を減らす事だけじゃなくて、追い払ったりするだけでも条件をみたせると思うんだ」
元々、駆除とは追い払うことなどを意味する言葉だ。
マイニングラビットを狩るだけなら、駆除ではなく討伐になっているのではないか?
それがミツが気になっている部分だった。
「でも、それがこのクエストで、マイニングラビットを狩らないで済む方法とどう繋がるの?」
「それはまだ解らないけれど……だから、マイニングラビットの事を調べてみようかと思うんだ」
ミツの言葉に首を傾げるカヲルから視線をアークへと向けたミツは、モンスターに付いて情報を集めることが出来ないか訊ねてみる。
アークは内心でミツの着眼点に感心するも、それを表に出さずに冒険者ギルドや図書館に行けば、関連する書物がある事を教える。
「ミツ君はどうして、マイニングラビットを調べようと思ったんだい?」
アークの質問にミツは、このゲームがもう一つの現実世界と謳っている事を挙げる。
この世界が現実世界と同じだというのなら、この世界に存在する既知の存在について、自分達が知らないことも調べられるはず。
まずはそれを調べてみてから、今後の行動を決めても良いと思う。
ミツはそう言って自分達には情報が不足している事を告げる。
ミツの提案もあり、カヲル達は一度【ディアラスタ】に戻ると、冒険者ギルドの書庫でモンスターに関する書物の閲覧許可を求める。
書庫は冒険者ギルドの二階から三階にかけて吹き抜け構造となっており、見渡す限りの書物で埋め尽くされていた。
入り口は二階からの扉一つで、三階部分は全て本棚となっているようだ。
書庫に初めて入った二人は蔵書の多さに驚く。
読書が好きなミツからすると、一日中でもこの場所でなら時間が潰せそうだ。
書庫の入り口横に司書席が設けられており、そこには一人の老紳士が古びた書物に目を通している。
冒険者ギルドの書庫を管理する老紳士、グラスウェルは気難しそうな人物だった。
書庫にやってきたカヲルとミツをグラスウェルは一瞥すると、低く重々しい声で『何のようだ?』と二人に訊ねる。
「お久しぶりです、グラス老。実は、この二人にマイニングラビットについて記載された書物の閲覧許可を頂きたいのですが」
「……アークか。珍しいな、お前が他人と行動を共にするとは」
グラスウェルはそう言うと、書庫の奥へと向かい、少しして一冊の辞典を持ってくる。
「好きな場所で読め。山岳地帯の項目に必要な事は書かれている。読み終えたら儂のところに持ってこい」
ぶっきらぼうに告げてミツに辞典を渡したブラスウェルは司書席に戻ると、読み掛けだった書籍に再び目を落とす。
ミツはグラスウェルにお礼を述べると、カヲルと共に窓際の明るい場所へと移動する。
アークは二人に調べ事が済むまで自身も別の書物を読んでいることを告げて、二人から離れていく。
マイニングラビットについての情報を得たミツとカヲルは、このクエストがただのクエストでは無い事に気付く。
最後に書かれている一文。
おそらく、これがマイニングラビットが被害を起こしている原因だろうと二人は考える。
二人は辞典をグラスウェルに返却すると、アークに自分達の考えを伝え、マイニングラビットの巣を捜してみる事を告げる。
それならばと、アークは二人にこの町に住む野生動物に詳しい人物を紹介するといって、二人を冒険者ギルドから連れ出す。
アークに連れられてやって来た場所は、冒険者ギルドの近くにある【ディオソニア】という名の雑貨屋だ。
この店では、冒険に役立つ道具から日用品まで幅広く取り扱っており、冒険者のみならず町の人々も利用しているため、活気のある店だ。
店内に入ったアークは二人を連れ、カウンターに立つ青年に声を掛ける。
「こんにちは、リオン。クレアは居るかい?」
「アークじゃないか! 久しぶりだな! クレアなら裏でいつもの日課だが、クレアに何か用か?」
リオンと呼ばれた青年は金の髪を後で縛った気さくな青年で、年の頃は二十代前半といった所か。
屈託のない青い瞳が印象的な、気の良いお兄さんと言った感じの青年である。
「あぁ、実はクレアにマイニングラビットの巣について、この二人に教えてもらおうと思ってね」
そう言ってアークはリオンにカヲルとミツを紹介する。
二人を紹介されたリオンは、小さいながらも冒険者をしている二人に感心して、今後ともこの店共々宜しくやってくれと店の宣伝をする。
その様子があまりに自然であったため、二人も変に身構えることなくリオンと接することが出来ている。
「兄さん、薬草と毒消し草の在庫がそろそろ心許ないのだけど……」
そう言って、カウンター奥の扉からカヲル達より二つか三つ年上と思われる少女が姿を現す。
長く伸ばした金の髪を三つ編みにしており、勝ち気そうな少女だ。
「アークさん!? お久しぶりです!!」
クレアはアークの姿を見付けると、驚いた表情を見せたのも束の間、アークに嬉しそうに声を掛ける。
アークもクレアに挨拶を返すと二人を紹介して、マイニングラビットの巣について二人に教えて貰えないかとクレアに頼む。
二人を紹介されたクレアは簡単に自己紹介を済ませると、二人にどうしてマイニングラビットの巣の事を知りたいのかを訊ねる。
クレアの真剣な眼差しにカヲルはミツに説明を任せると、ミツはクレアに自分達が今受けているクエストの付いて説明する。
「……そっか、二人はマイニングラビット達を傷付けたくないから、私に巣の事を聞きに来たのね」
説明を受けたクレアがそう言って納得した表情を見せる。
彼女も最近になって人里付近に現れては農作物を荒らすマイニングラビット達に違和感を覚えていたらしい。
一度、様子を見にマイニングラビット達の巣へと向かったそうなのだが、聞き覚えのない獣の唸り声に慌てて引き返してきたらしい。
「それが、ついこの間の事で兄さんに相談したら、暫くは近付かない方が良いって言われたの」
「そりゃ、そうだろう。クレアが聞いた事のない唸り声って言うんだから、ろくな存在じゃ無いはずだ」
何でもクレアの趣味が野生動物の観察で、暇なときはお弁当を持って一日中町の外に出掛けているらしい。
気性が大人しいとは言え、モンスターが徘徊する場所には近付いて欲しくないとリオンは常々クレアに言っているのだが、当人はどこ吹く風といった様子だ。
「私からもお願い。このままじゃ、あの子達は住む場所を失って絶滅するまで狩られてしまうわ!」
クレアの必死な願いにカヲルとミツは頷くと、必ず原因を突き止めるからとクレアと約束を交わす。
二人の言葉にクレアは喜ぶと、マイニングラビットの巣の場所を二人に教える。
クレアに教えられたマイニングラビットの巣は、被害に遭っている農作地帯からそれほど離れた場所でない森林地帯にあった。
山の斜面に面したその場所は人の手が加わって無く、木々が鬱蒼と茂っている。
この森林地帯に育つ木々は材木としては利用価値が低く、主に森林地帯に生息する木の実や薬草などを採取する目的で利用されている。
クレアに教えられた場所は森林地帯の奥、天然の湧き水のでる泉の傍にあった。
傍には野生の野菜が群生しており、マイニングラビットの巣を作るには好条件の場所といえる。
注意深く辺りに気を配りながらカヲル達はマイニングラビットの巣へと向かう。
本来なら、他の野生動物たちの気配があるはずなのだが、どういう訳か辺りは静まりかえっている。
「……静かだね」
小さな声でカヲルがミツに話し掛ける。
気配が全くない訳では無さそうだが、どうにも息を殺しているような感じがする。
カヲルの言葉にミツは頷くと、カヲルにいつ戦闘になってもおかしくはないから、武器を構えていた方が良いと注意を促す。
「あれは、何……?」
クレアに教えられたマイニングラビットの巣へと到着したカヲル達は、目の前の光景に戸惑いが隠せない。
巣の傍でカヲル達よりも一回り大きな四足獣が、前足で押さえつけたマイニングラビットを捕食している。
四足獣の傍には食い散らかされたマイニングラビットの骸が散乱しており、その光景にカヲルとミツは吐き気を覚える。
「……あれは、魔獣【グレイウルフ】!?」
四足獣の正体に気付いたアークが小さく驚きの声を上げる。
魔獣【グレイウルフ】
魔力の吹き溜まりにある一定の条件が重なった時に生まれる魔法生命体。
その中でも比較的レベルの低い個体であるグレイウルフだが、そのレベルは5でレベル1のカヲル達では荷が重い相手だ。
アークは二人にその事を告げると、これから二人にどうするかを訊ねる。
「アイツをやっつけないと、マイニングラビット達を助ける事が出来ないんでしょ? だったらやる事は決まっているよ」
「クレアさんとも約束しましたからね。何としても倒さないと」
二人の返答に、アークは内心に沸き立つ嬉しさを感じていた。
言ってしまえばただのゲームのクエストだというのに、二人はこの世界で出会った人との約束と大事にしている。
それどころか、見捨ててしまっても良いマイニングラビットの事まで考えている。
子供故の感情移入かも知れない。けれども、それだけこのゲームに対して真剣に取り組んでくれている証でもある。
アークはこの二人にはこんな所で躓くことなく、もっとこのゲームを楽しんで欲しいと心から思う。
「解った。それじゃ、僕がサポートするから、二人でグレイウルフを倒すんだ」
アークの言葉に二人は力強く頷く。
グレイウルフ程度の相手なら、アーク一人で討伐が可能だが、それでは二人の経験にはならない。
その為、アークはグレイウルフにダメージを与える方法ではなく、機先を逸らすやり方で二人をサポートする事にする。
「良いかい、二人とも。グレイウルフは同時に二つの対象に対して対処をする事が出来ない。君達は互いにグレイウルフを挟み撃ちにする形で攻撃を続けるんだ」
アークは二人にグレイウルフに対する対策を伝えると、自身は木の上に登り武器を構える。
それは白銀に輝く銃と弓を合わせたような形の武器だった。
銃身の中央を弦が通っており、弦を引き絞り引き金を引く事によって攻撃を行うようだ。
武器の構造上、連射が出来ない仕組みになっているが、木の上からならばグレイウルフに反撃される事はないだろう。
カヲルとミツはアークがいつでも行動できる事を確認すると、互いに目配せをして武器を構える。
「ミツ、私は右側から攻撃を仕掛けるから、ミツは左側から援護して」
「うん、解ったよカヲルちゃん」
二人は互いにどうするかを確認して、グレイウルフを挟み込むようにそれぞれ位置取りをする。
食事に意識が集中していたグレイウルフは、気配の変化に気付いて顔を上げて辺りを見渡す。
紅く爛々と輝く瞳が辺りを見渡し、そこに見慣れない二つの存在を確認する。
グレイウルフは低く唸り声を上げると、身を低く構えて警戒する。
二人は互いに目配せすると、グレイウルフの背後に位置取るミツが呪文を詠唱して先制攻撃を仕掛ける。
World chronicleでの二人の初めての戦闘は、こうして火蓋を切ったのだった。
2012年08月04日 初投稿