初めてのクエスト
「それじゃ、装備も購入したし、クエストに挑戦してみようか?」
クレセアがAI制御のNPCである事を教えられ驚いていたカヲルとミツ。
少しして驚きも収まると、キャラクターの向こう側に実際の人が居ると思えるほどの精巧なAIに、『凄い!』と二人して感激する。
はしゃぐ二人をアークが宥めて、二人の装備を揃えたところでアークが二人に提案する。
その言葉に二人は頷くと冒険者ギルドへと戻り、クエスト受付カウンターへと向かう。
「あ、アークさん、いらっしゃい。クエストの申し込みですか?」
白いブラウスに青のエプロンスカートを身につけた女性がアークに声を掛ける。
「やぁ、アンナ。今日はこの達の付き添いでね」
まだ少女といった風の女性、アンナにアークはそう伝えると、カヲルとミツを紹介する。
二人がクレセアの時と同じくアンナに挨拶と自己紹介を済ませると、アンナは表情を綻ばせて二人に自己紹介をする。
「私はアンナ。鉱山都市【ディアラスタ】の冒険者ギルドでクエスト受付の担当をしているの、宜しくね」
そう言って、アンナが二人に花が咲いたような笑みを見せる。
クレセア同様、アンナもAI制御のNPCだろうが、その挙動はとても人口のものとは思えないほど自然に振る舞っている。
その事もあって、カヲルとミツは人が操作する普通のキャラクターに対する感覚でアンナとも接している。
「確か、この二人向きのクエストが有ったと思うのだけど、クエストの依頼状況はどうなっているかな?」
「クエストの依頼状況ですか? そうですね。今日はたくさんの新規登録の冒険者さん達が、依頼を受けて行かれましたから……」
アークの質問にアンナはそう言いながら、手元にある台帳を確認する。
暫く台帳のページをめくっていた指が止まり、アンナは一枚の書類をアーク達の前に差し出す。
「二人の趣向からですと、このクエスト辺りが今すぐに受けることが可能ですね」
「……今すぐに受ける?」
アンナの言葉に引っ掛かりを覚えたカヲルが誰に聞くと無しに呟くと、アンナがクエストについての説明をカヲルとミツに行う。
説明によると、クエストは一つのクエストに付き人数、もしくはPT数の制限が設けられているのだという。
それに加え、クエストによってはPTでも制限数以上の面子が居ると受けられないクエストも有るらしい。
これは、同じくエストを受けた者同士で争いが起こらない為の配慮らしい。
討伐系のクエストが良い例で、対象となるターゲットが一体しか存在しなかったら早い者勝ちになってしまう。
World chronicleでは、一度受けたクエストは解決すると二度と受けることが出来ない仕様となっているそうだ。
例外的に、失敗したクエストに再度挑むことが出来るものもあるが、基本的にはクエストに失敗した場合はやり直しが利かないらしい。
「という事は、クエストに失敗しちゃうとそこで終わっちゃうって事?」
「カヲルちゃん。この場合だと、失敗する事が前提のクエストもあるかも知れないよ」
カヲルの疑問にミツが思案顔でそう答える。
アークが感心したような表情で、ミツにそう思った理由を訊ねてみる。
ミツは考えをまとめながら、例外的にやり直しが利くクエストは、ゲームの進行上で重要なクエストである可能性を示す。
その上で、やり直しが利かないクエストは、その後の展開に変化があり、サブストーリー的な要素がある可能性を挙げる。
「全部のクエストがそうだとは思わないですけど」
そう言って、ミツは自信は無いが可能性としてはあり得ると言葉をしめる。
ミツの推論にアークは内心で、勘の鋭い子だとミツを評価する。
「ミツ君は、推理ゲームとかが好きなのかい?」
「色々と考えるゲームは好きですよ」
「ミツは推理小説とか好きだよね」
アークの質問に答えるミツに、カヲルが感心半分呆れ半分といった様子で話す。
その様子から、二人は一緒にゲームをする事は多くとも、ゲームの嗜好は違う事が伺える。
アークはこれから二人がどう言った行動を取るのか、深い興味を覚えたが、まずはアンナが提示してくれたクエストに目を通す事を二人に提案する。
アークからの提案に、二人は確かにそうだとクエストの概要に目を通す。
【害獣駆除】
最近になって、ディアラスタ東部の農作地帯に大量の鉱山ウサギが現れ、農作物を荒らしています。
このままでは農作物に多大なる悪影響が出るので、早急に対処をお願いします。
報酬:200G 鉱山ウサギの毛皮×5
依頼書に書かれた概要を読んだ二人は顔を見合わせると、初めての自分達には妥当なクエストだと判断し、このクエストを受ける事にする。
ディアラスタの東門から少し進んだ場所が農作地帯らしく、依頼主のブラン氏に詳しい話を聞いて欲しいとの事だ。
カヲルとミツはアークの案内で、東部農作地帯へと移動する事にする。
ディアラスタの東門から移動した農作地帯は広大な面積を持っており、ディアラスタに済む人々の食生活に欠かせないだけでなく、南部との交易にも利用されている重要な役割を担っているらしい。
ブランは日に焼けた恰幅の良い壮齢な男性で、依頼に応じてきたカヲルとミツを見て僅かばかりに眉をしかめるが、背後に控えるアークの姿に表情を戻すと最近の出来事としてマイニングラビットの被害について二人に説明してくれた。
何でも、マイニングラビットは大人しい動物で、普段は人里近くまでは現れないらしい。
それが最近になってから、その姿を見せ始めるようになり、今では農作物を荒らすようにまでになっているという。
その為、農作物への被害も軽視できないほどになり、罠を仕掛けたり色々と手を尽くしてみたが効果はあまり出ていないそうだ。
「そこで、お前さん達にマイニングラビットを駆除して欲しいのだ」
そう言ってブランは言葉をしめると方法は任せるので、一刻も早く仕事に取り掛かって欲しいとカヲル達に話し、仕事があるからとその場を後にする。
ブランが出て行った後で、カヲルはミツにどうしようかと意見を求める。
「取り敢えず、どれくらいの数がいるのか確認してみないと対策の立てようがないよ」
ミツはそう言うと、取り敢えずマイニングラビットをその目で確認しようと提案する。
その提案にカヲルは頷くと、ブランの説明にあった被害に遭っている場所へと移動する。
「そうだ、二人とも。現在受けているクエストは、ステータス画面のクエストの項目で内容を確認できるからね」
アークがそう説明すると、二人はステータス画面を開いてクエストの内容を確認する。
確かに、アークの言うとおりクエストの項目に現在受けているクエストとして【害獣駆除】をいう項目が表示されている。
そこにはマイニングラビット10羽の討伐と書かれており、表示は0/10羽となっている。
「これって、10羽狩ったら良いって事?」
「そうなの、かなぁ……?」
ミツは先ほどのブランの説明とクエスト画面に表示されている条件に何らかの違和感を覚える。
具体的にどこがおかしいのかは説明できないのだが、何かが引っ掛かっている事は確かだ。
二人でそんな事を話しながら目的地に着くと、先客がいたらしく手にしたブロードソードで無造作にマイニングラビットを狩っている。
相手も二人連れらしく、長剣でマイニングラビットを狩っている金髪の剣士と、その様子を眺めている黒髪の法士だ。
「シュウ、その辺でそろそろ切り上げた方が良い。プレイ時間が限られているんだから、効率よくクエストを進めないと」
黒髪の法士が金髪の剣士にそう声を掛ける。
その言葉に金髪の剣士は面倒くさそうに了解すると、ブロードソードを鞘に収めカヲル達へと振り返る。
「なんだぁ? お前達も【害虫駆除】のクエを受けてきたのか?」
胡乱な視線をカヲル達に向けて、金髪の剣士が訊ねてくる。
「そうよ、何か文句でも有るわけ!?」
金髪の剣士にカヲルはそう言って食って掛かると、黒髪の法士が何かに気付いたらしくカヲルとミツに視線を向けてくる。
「ひょっとして、君達はインフィニスト本社直営店の前で会った子達かい?」
その言葉にカヲルは、目の前の二人が自分達を押し退けて列に並んだ青年達だと気付く。
カヲルの表情の変化に気付いた黒髪の法士はひとしきり頷くと、二人がゲームをプレイできている現状に嬉しそうな表情を見せる。
「良かった、君達もプレイをする事が出来たんだね。あの後で君達の事が気になっていたのだけど、本当に良かった」
嬉しそうな笑みを浮かべて、そう話す黒神の法士の姿にカヲルは毒気が抜かれると、感情の行き場を失い戸惑った様子を見せる。
そんな二人のやりとりに金髪の剣士は面白く無さそうな態度を見せている。
「あん? 俺達が一番最後に並んだから、このガキ達がプレイできるわけ無いだろう? どんなイカサマを使ったんだよ」
「シュウ、イカサマは無いよ。おそらく後にいる人が関係者で、二人を特別に参加させてくれたんじゃないかな?」
その言葉にアークは頷くと、今の自分はプライベートで参加しているので君達と条件は同じだと、カヲル達が不正をしていない事を示す。
黒髪の法士はその言葉に納得するも、金髪の剣士はますます面白く無さそうな表情を見せる。
「……ったく、こんなガキ共に何が出来るって言うんだ。参加者数の無駄遣いだぜ」
「シュウ、それ以上この子達の事を悪く言うようなら、流石の僕も怒るよ?」
声のトーンを一段落として黒髪の法士が金髪の剣士を窘める。
その様子の変化に金髪の剣士は慌てると、急いでクエスト完遂の報告に戻らないとと言ってその場を後にする。
「気を悪くさせてごめんね。彼も根は良いヤツなんだけど、どうにも思慮に欠けるところがあってね」
そう言ってカヲルとミツに謝罪した黒髪の法士は『それじゃ、二人もゲームを楽しんで』といって、金髪の剣士の後を追ってその場を去る。
「何であの人って、あんな嫌なヤツの友達をやってるんだろう?」
カヲルはそう言うと、不思議そうな表情で二人の去った方角を見つめている。
ミツも同じように感じているようだが、その件については何も言わず、マイニングラビットを確認しようとカヲルを促す。
その言葉にカヲルは頷くと、ミツと一緒にマイニングラビットの姿を確認するために場所を移動する。
『……これって』
マイニングラビットの姿を確認した二人は途方に暮れた表情で、目の前に居る多数のマイニングラビットの姿を眺めている。
大きさは小柄な二人が抱き上げるに手頃な大きさで、まん丸とした体躯に濃い茶色の毛をしている。
中には灰色の毛をしたマイニングラビットも存在しており、とにかく一言で言うのなら『可愛い』の一言に尽きる。
「こんな可愛いのを狩らないと駄目なの?」
「カヲルちゃん、僕とてもじゃないけどこの子達を狩る事が出来るとは思えないよ……」
二人の初めてのクエストは、いきなり失敗の気配が濃厚な状態で始まったのであった。