冒険者ギルド
アークの案内で冒険者ギルドへ向かう事になったカヲルとミツ。
二人が大聖堂と思っていた場所(アークから転移の神殿と教えてもらった)から外へ出ると、眼前に広大な景色が広がっていた。
転移の神殿は町を見下ろせる場所に立てられており、緩やかな傾斜が真っ直ぐに続いている。
神殿の後方には聳え立つといった感じの山肌が見えており、どうやら山の一部を削り取ってそこに建てられているようだ。
「すごい……」
「……うん」
壮麗なその光景にカヲルとミツはしばし見とれてしまう。
「この転移の神殿は世界各地に七つある内の一つで、初めてこのゲームにログインした時には、ここともう二カ所から始まるんだ」
アークの説明によると、ゲームに初めてログインした場合、三カ所の内のどこかに降り立つ事になるらしい。
インフィニスト社の支店からゲームを始める場合、友人同士である事を告げれば、同じ場所からスタートできるそうだ。
World chronicleをプレイするのに最低限必要な器具は、HMDとパソコンと生体端末を繋げるコネクターの二つ。
ナノマシン技術が進んだ昨今では、ダイレクトに情報のやりとりが可能となっている。
とは言え、体質的に合わない人も居るため、生体端末からの情報は個人を特定するのに最低限度しか読み込まない設定も可能である。
この場合だと思考制御でのプレイが不可能なため、従来通りのコントローラーを用いた操作が必要となってくる。
「今の状態だと、一番最初は支店でキャラクターを作って、以降は自宅でプレイするのが一番確実だね」
このゲームで唯一の問題となっているのがキャラクターメイキングで、生体端末から直接データを登録するには現行だとまだ不安要素が残っているらしい。
セキュリティーがしっかり構築できているなら問題は無いのだが、それには相応の金額が掛かるため、インフィニスト社の支店で登録するのが一番安全という理由で、先ほどのような長蛇の列が出来る原因となっている。
「この問題も、近い内に解決してみせるけどね」
そう言ったアークは二人に晴れやかな笑顔を見せる。
「そう言えば、二人はこの春から中学生なんだって?」
「はい! それで、お父さんが生体端末の認証機を明日買ってきてくれるから、今日中に登録したかったんです!」
生体端末を使ったゲームもここ数年の間にその数を増やしてきているが、法律で中学生になってからでないと、遊ぶ事が禁じられている。
その為、厳密には薫と光はWorld chronicleをプレイする事が出来ないのだが、すでに小学校を卒業しているので、晴れて生体端末使用のゲームを遊ぶ事が出来るようになったのだ。
生体端末を利用したゲームはどれも面白いモノが多く、法律で遊ぶ事が出来なかった薫は悔しい思いをしていたらしい。
小学校卒業を控え、どのゲームを遊ぼうかと迷っていた時にWorld chronicleの存在を知り、薫は真っ先に選んだのだと話す。
「カヲルちゃんはゲームが好きなんだね」
「はい! これまでも、ミツと一緒に色んなゲームを遊んだんですよ!」
どうやら生粋のゲーマーらしく、アークの質問に満面の笑みを浮かべてカヲルが答える。
話を聞いてみると、二人の両親もゲームが好きらしく、晴れて二人が中学生になる事に当人以上に喜んでいたらしい。
「これで生体端末使用のゲームが出来るって、お父さん達も喜んでたんですよ」
「僕達以上にゲームが好きなんです」
楽しそうに話すカヲルとは反対に、ミツはどことなく恥ずかしそうに話す。
昔に比べ、今ではゲームも娯楽としての認知が高まっており、【ゲーム脳】などの根拠のない差別も少なくなってきている。
それどころか、生体端末を用いた思考制御型のゲームは、脳細胞を活性化させる効果がある事が最近になって証明されたほどだ。
もっとも、限度を超えれば副作用が出る事も判明しているため、使用時間には制限が設けられている。
それはこのWorld chronicleでも同じで、連続使用は五時間が限度となっており、三時間に一度は休憩を取る事が推奨されている。
ゲーム開始が正午からなので、夕方の五時が最終となっているため、他のプレイヤー達は我先にと冒険者ギルドへと向かっているようだ。
「アークさん、僕達も急がなくて良いんですか?」
急いだ風でないアークにミツが訊ねると、アークは笑って慌てなくても大丈夫だと答える。
その言葉の意味はすぐに理解できた。
冒険者ギルドは転移の神殿を出て緩やかな坂を下りたすぐの場所にある、石造りの大きな建物だった。
入り口は、人が四人並んでも余裕があり、今も冒険者ギルドに登録したキャラクター達が慌ただしく出入りしている。
「ここは冒険者ギルドの本部のある町でね。ゲーム開始時点で一番大きな町なんだよ」
一番大きな町と言っても、ゲーム開始時点での三つある町の中でという事らしく。
この町は最北にある鉱山都市【ディアラスタ】という場所らしい。
「一般参加のユーザー登録だと、ゲーム開始時にスタート地点を選べるのだけど、テスト筐体からはココしか選べないんだ」
アークはそう説明すると、二人に『好きな場所から始められなくてごめんね』と謝罪する。
その謝罪に二人は慌てると、本来ならゲームの登録すら出来なかったのに、こうして遊ばせて貰えてそれだけでも嬉しいですと答える。
これは紛れもない二人の本心である。規定数に入れなかった自分達にここまで便宜を図って貰ったのだ。
感謝こそすれ、文句の一つもある訳がない。
それどころか、初めての生体端末使用のゲームに不慣れな自分達にこうして付き合ってくれているのだ。
二人からすれば、これほどまでに心強い事はない。
「そこまで言われると、僕も嬉しいよ」
二人の言葉にアークは嬉しそうに笑う。
「っと、このまま立ち話をしていても仕方がないから、二人の冒険者登録を済ませようか」
そう言うと、アークは二人を連れて冒険者ギルドの中へと移動する。
『うわぁ……』
入り口から中にはいると広いホールが目の前に広がっている。
大理石で出来たホールは飲食店を兼用しており、テーブルが幾つも並んでいる。
入って左右に二階へと続く階段があり、この階段も大理石で出来ている。
どうやら、階段を上った先は各施設へと続いているようだ。
入り口から見て正面の奥にカウンターがあり数人の受付嬢がプレイヤー達の受付をしているようだ。
カウンターの左側は飲食店の厨房へと続いており、右側はクエストの受付になっている。
登録を済ませたプレイヤー達はそれぞれ、クエストを確認していたり、ゲーム内での飲食物の味見をしているようだ。
アークは二人を連れ、右側の階段の下にある扉から中へはいると、カウンターの裏側と思わしき場所へと二人を案内する。
「あら? アークさん。どうしたんですか? 珍しくこっちに来るなんて」
そう言ってアークに声を掛けてきたのは、白と紺の事務服を着た二十歳半ばと思わしき女性だった。
栗色の髪はゆったりと結い上げられており、白いリボンで結ばれている。
愛嬌のある表情をしており、話しやすそうな雰囲気を纏っている。
「やぁ、クレセア。実はこの二人の冒険者登録をしてもらいたくてね」
アークは軽く手を挙げて挨拶すると、クレセアと呼んだ女性にカヲルとミツを紹介する。
「あら、可愛らしい子供達ね。今日は冒険者登録に来る人達が多いから、あんな人混みに巻き込まれたら、この子達だと潰されちゃうわね」
クレセアはそう言うと、目線をカヲルとミツに合わせて自己紹介をする。
「初めまして、可愛い子供達。私はクレセア。この冒険者ギルドの人事を任されているの、宜しくね」
クレセアの自己紹介に、カヲルとミツもそれぞれ自己紹介を済ませると『よろしくお願いします』と言って頭を下げる。
「まぁ、まぁ、まぁ! 何て礼儀正しい子供達なんでしょう。今日来た冒険者登録の希望者達とは大違い!」
そう言うと、クレセアは嬉しそうに二人を抱きしめる。
突然の事に目を白黒させる二人の姿をアークは微笑ましく思いながら眺めるも、このままだと窒息死させられそうな勢いのため助け船を出す事にする。
「クレセア、そんなに力一杯抱きしめたら二人が窒息してしまうよ」
「あら、あら、あら! ごめんなさいね。二人とも大丈夫?」
「……けほっ、だ、だいじょうぶです」
「僕も、だいじょうぶです」
力強い抱擁から解放された二人がやっとの事でそう答えると、クレセアは再び二人に謝りながら二人に書類を手渡す。
「それじゃ、この書類に必要事項を書いてくれるかしら?」
クレセアから手渡された書類には名前と初期クラスを記入する欄があり、その下にアンケートが幾つか書かれていた。
アンケートを見て不思議そうな表情を見せる二人にクレセアは、クエスト受付で優先的に選べるクエストの傾向を決めるものだと説明する。
確かにアンケートを見ると、討伐系、採取系、お使い系と思われる解答が提示されている。
二人は暫く相談すると、生体端末を使った思考制御にまだ慣れていないので、採取系とお使い系をそれぞれ選択する。
「カヲル君とミツちゃんね。クエストは……うん、解ったわ。これでギルドへの登録は終了よ。ギルドカードを発行するから、ちょっと待ってね」
そう言ってクレセアは書類を処理済みの箱に入れると、機械を操作して二枚のカードを発行する。
カードの大きさは文庫本の半分くらいの大きさで、二人の顔写真と名前、所属した冒険者ギルドの名前が書かれている。
名前の下には現在のレベルとクラスが書かれており、二人ともレベルは1で、クラスは剣士と法士と書かれている。
ギルドの登録した際に二人にはそれぞれ支度金として1000Gが支給され、これで装備品やアイテムを購入するようにとの事だ。
二人がクレセアにお礼を述べると、クレセアは『まぁ、まぁまぁ!』と嬉しそうになると、二人にちょっとした情報を教える。
クレセアからの情報に二人がお礼を述べると、満面の笑みを浮かべて、二人に『いつでも遊びにいらっしゃい』とクレセアは上機嫌に話す。
「初対面でクレセアにあんなに気に入られるなんて、二人とも凄いね」
ホールへと戻って来るなり、アークが二人にそう話し掛ける。
「そうなんですか?」
「やさしそうな、いい人って感じでしたけど?」
アークの言葉に二人がそう答えると、アークは納得がいったのか、ひとしきり頷いて二人にある事実を話す。
「ところで、二人とも。初めてAIで動くNPCと接してみて、どうだった?」
その言葉に二人は呆気に取られた表情になると、少ししてアークの言葉の意味を理解して、驚きの表情を見せるのだった。
2012年07月24日 初投稿